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28 人違いです

 私の身体強化能力は、魔物退治以外にも発揮できる。

 たとえば今、ファブルの町を出て王都に行く道中。多くの人は馬車を借りたり馬に乗ったりするだろうけれど、私にはこの、しっかり鍛えた脚の筋肉と溢れんばかりの魔力がある!

 賞金稼ぎに捕まらないためにもなるべく単独行動を取り、最高速度で神殿までたどり着く必要があった。


「……いー天気」


 とんっ、と地面を蹴ると、私の体はふわりと宙に跳び上がる。「脚力強化」魔法によって私は普通の人がスキップするよりずっと高く跳べ、長い時間滞空できた。これも神殿で教わったんだ。

 素早く走ることもできるけれど、加減を間違えてぶつかった動物をうっかり殺したり、通りがかった旅人を吹っ飛ばして骨折させたりする可能性が高くなるから、私はジャンプ移動を好んでいた。


 魔王討伐の旅では、数百人単位の護衛を連れて野を越え山を越え海を渡り、西の果ての島に居座っていた魔王の居城まで遠征した。ぶっちゃけ一人で跳んでいった方が早いと思ったんだけれど、そこはさすがに陛下が許してくれなかった。

 ちなみに私は息継ぎができないから泳げないけれど、身体強化魔法をフルに活用すれば海の上を走ることができるんだ。すごいだろう! 身軽になるため着ているものをほとんど外さないといけないし、すっごい疲れるけどね!


 今回の旅は魔物討伐がメインじゃないから、極力魔物との戦闘は回避して移動時間の短縮に努めた。まあ、少々知恵のある魔物なら私の魔力を察知してすぐに逃げていくし、中級魔物でも邪魔だったらひとっ飛びして逃げるようにしている。


 夜になると、野宿することにした。身体能力強化魔法を使っても、さすがに一日二日では王都に着けない。普通に旅しても片道で半月、速達の郵便でも十日はかかる。


 ……そう考えると、郵便屋が持っていたあのチラシはいったいいつ発行されたんだろう? 案外私がいなくなってすぐにばらまかれ、ファブルにまで流れてきたのがつい最近――だったりして?


 もし私が王都に着いた頃には既に王位継承問題が解決してライアン王子が王太子になっているなら、無駄足にはなるだろうけれどめでたしめでたしだ。私がいなくなったことで焦るくらいなら、名前を言いたくないあの人が王太子になるとは思えないし――


「……解決したら、ヒースを捜そう」


 それは、今日一日ぴょんぴょん跳びながらずっと考えていたこと。

 ヒースがどこにいるのかは分からないけれど、王都の問題が解決したら彼を捜して、謝りたい。魔王がいるから勇者が必要とされるというのは当然だけれど、彼だって好きで魔王になったんじゃないだろうし、これまであれほど私に尽くしてくれた。


 謝るべきことは謝り、礼を言うべきことは礼を言い、それから――


「……もう一度、一緒に暮らしてください――なんて、虫がよすぎるな」


 ぱちぱちと燃えるたき火を眺めながら、私は自嘲する。

 このたき火だって、炎属性の魔法を使えない私はさっき魔物を倒したときに回収した核を叩いて壊し、その時に発生した火花でなんとか着けることができた。ヒースが家事をしてくれているときは万能魔法使いな彼に甘えまくっていたし、その間私は日常生活に全く不便がなかった。


 彼がいてくれた方が便利、というのももちろんある。でもそれ以上に――純粋な、「一緒にいたい」という気持ちが胸に溢れていた。


 一緒に朝ご飯を食べたい。

 彼に見送られてギルドに行きたい。

 疲れて帰ったときにはホットミルクを淹れてほしい。

 休みの日にはまた、一緒に買い物に行きたい。


 雇う側と雇われる側の関係でいいのか、と問われると即答できない。ただのビジネスの関係では満足できないと思う自分に気づき……ほとほと呆れてくる。かつての私はあんなにはっきりと、「私たちの関係はビジネス」って豪語していたのに、どの口が言うのか。


『カティアはヒースさんのことをどう思っているんですか?』


 頭の中で、エイリーが尋ねてくる。


 ……私は、ヒースのことを。


 荷物の中から毛布を取り出し、丸くなった。「聴覚強化」だけはしっかり発動させ、寝ている間に首チョンパされないようにしておく。


 久しぶりの野宿は、なかなか寝付けそうになかった。











 朝になったら簡単な朝食を食べ、再びぴょんぴょんと跳びながら王都を目指す。幸運にも道中の天候には恵まれていたし、風もほとんどない。これが真夏だったり真冬だったりすると暑さと寒さで動きも鈍ってしまっただろう。秋でよかった。


 この調子だと、明日の昼頃には王都に着くだろう。

 そう思った私はフード付きのマントで顔を隠しながら町に買い出しに行っていた。私は……まあ、普通の女の子よりよく食べるから、家から持って行っていた食料はあっという間に底をついていた。だから町や村に立ち寄った際には顔を隠しながら買い物をしていたんだけれど――


「……ああ、やっと見つけました! ケイトリン様!」


 ……なんだろう、嫌な予感がする。

 いや、気のせい気のせい! 一般市民に私の正体が分かるわけない!


「……なんだか騒がしいねぇ」

「そうですねぇ。今、勇者を捜しているみたいですからねぇ」


 怪訝そうな顔をする果物屋のおばちゃんに、おいしそうな果物を選んでいた私はぎこちない笑みを返す。懸賞金も懸けられているみたいだし、あちこちで「ケイトリンを捜せ」が勃発しているんだろう。うん、ご苦労なこった……。


「ケイトリン様!」

「うぐえっ!?」


 いきなり背後からぐいっと引っ張られ、私はかわいげの欠片もない悲鳴を上げ――商品の果物を取り落としそうになり、慌てて掴んだ。


「なっ、何すんだ……!」

「ああ、やはりケイトリン様ですね!」


 無礼者に一発食らわしてやろうと振り返った先にいたのは、見覚えのある服装の青年だった。ひらひらとしたケープに、膝下まで丈のある上着。頭には、短い円柱形の帽子を被っている。

 大通りの皆の注目を一心に浴びているのか分からないけれど、彼は額を伝う汗を拭ってにこやかに微笑む。


「お探ししました! ああ、このような町にいらっしゃったとは――」

「イイエ、ヒトチガイデス」

「人違いなことがありましょうか! 我々神官にはあなたの魔法の気配が分かるのですよ!」


 ……そう。

 この服装は、王都の神殿に仕える神官の平服。神聖魔法を使いこなす彼らには、他人の持つ魔力の種類がなんとなく分かるんだそうだ。つまり、私が常人離れした身体能力強化魔法を持っていることも、神官なら分かってしまう。


 腕を掴まれたまま、私は冷や汗ダラダラだ。さっきまで私の値下げ交渉に付き合ってくれていた果物屋のおばちゃんも、「はっ!? ケイトリン様……勇者様!?」と悲鳴を上げているし、周りの人たちも私の顔を見ようと詰め寄ってきている。なんてことを。

 私は「人違いです」作戦を諦め、「ちょっととぼける」作戦を実行することにし、ぎこちなく笑いながら首を傾げてみせた。


「わ、私に何のご用で?」

「ケイトリン様もご存じでしょう? ラルフ王子殿下がケイトリン様をずっとお捜しなのです! ご無事で本当によかった! すぐにお連れしますね」

「え? ……あーいや、その、城より先に神殿に行きたいなぁ、なーんて……」


 少なくとも、私を拘束してにこにこ笑っているこの神官の顔に見覚えがない。クロムウェル神官長様や神官長様の直属の部下なら顔と名前が一致するから、正直この人は信頼できるわけじゃない。


「ほら、クロムウェル神官長様には私も世話になったしー……」

「クロムウェル神官長はご多忙です」


 あ、ちょっと不機嫌そうな顔になった。神官長様の部下じゃないのは確定だ。


「あー、それじゃあ知り合いの神官を呼んでくれる? アーチボルドって、分かる?」

「……いえ、わたくしめが責任を持ってケイトリン様を城にお連れしますので、ご安心ください!」

「……」


 こいつ、神官ではあるけれど立場がかなり怪しいぞ。

 基本的に、勇者の養育や生活の保障は神殿が行う。それはたとえ勇者がつとめを終えても同じで、勇者が神殿と懇意であるのは当然のことだ。勇者と王家で意見が割れた場合、神殿は基本的に勇者の意見を尊重するようにしている。私がクソ王子と婚約破棄できたのも、神殿の助力があったからだった。


 それなのにこいつは神殿に行かせたがらず、頑なに「城にお連れする」を連呼している。


 そういえばクロムウェル神官長様も、「神殿の中にも派閥がある」と苦々しい顔でおっしゃっていた。神官長様は勇者である私を保護し教育する立場だったけれど、中には勇者とか神より、王家に傾倒している神官もいたみたいだ。当然、今のような王位継承権問題が勃発している時期だとさらに細かい派閥が生まれるわけで――


「あの、本当にいいから。自分で王都に行くから」

「まあそうおっしゃらずに! ……皆の者! これより勇者ケイトリン様が王城にご帰還なさる! 敬意をもってお通しせよ!」

「あっ、この……!」


 止めようとしたときには、遅すぎた。

 神官の声を聞いたとたん、町の人たちはわあっと盛り上がってしまった。「勇者様、万歳!」「お帰りなさいませ、ケイトリン様!」と町中大騒ぎ。


 ……これが狙いだったのか。

 じとっと横目で神官を睨んでやるとびくっと怯えたような目を向けられたけれど、腕を拘束される手は弱くならなかった。


 魔力の気配を頼りに私を捜し、逃げられないように拘束する。神官一人相手ならいざとなったらぶん殴ってでも逃げられるけれど、国民まで味方に付けられたら厄介になる。

 もし神官に見つかっていても、クロムウェル神官長様側の人間だったらここまで騒ぎにならなかった。というか、ここまであからさまに勇者の意志を無視してくる神官を初めて見た。

 騒ぎにしてでも私を城に連行したいとなると――


「……おまえ、ラルフ王子の配下だな?」


 ドスの利いた低い声で問うと、神官はますますびくっとしたようだ。おお、図星だな。


「そ、それはわたくしめの方からは申せませぬが――王子殿下がケイトリン様との結婚を今でもお望みなのは確かですし、お二人のご結婚が国を豊かにすると信じておりますゆえ――」

「ほっほー……」


 やっぱりそうか。こいつ、「神を敬い、勇者を守れ」という神官の信条をはっきり捨て、王家に――名前を言いたくないあいつに身を売ったんだな。他にも王家に媚びを売る神官がいたとしても、破門を恐れておおっぴらにはしないのがほとんどだというのに……。


 でも、こうなったのは私の落ち度だ。そしてこうなってしまえば、逃げるのは不可能。

 ……ちょっと順番は狂ったけれど、ラスボスと対峙せねばならないようだ。

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