25 捜さないでください
あー、今日もたくさん魔物を刈れた!
「いやほんと、まとめて四匹を串刺しにしたときのあの快感! これだから魔物討伐はやめられないんだよねぇ!」
「それはよかったですね。今日カティアが持って帰った核も純度が高そうなので、きっといい値で売れますよ」
ジュースの入ったジョッキを片手に今日の武勇伝を語っていた私に、エイリーがほわっとした笑みを返してくれた。
本日の私の収穫、小さめの赤い核が四つとちょっと大きめだけど純度は低めの青い核が一つ。魔物から採取できる核は大きくて純度が高いほど高い値で売れる。核は加工されて便利な道具になったり武器を鍛えたりできるから、重宝されている。ギルドも、核を売ったお金が収入の支えになっていると言ってもいいくらいだそうだ。
いったん話が途絶えたところで、エイリーは辺りを見回した後カウンター越しに私の方に身を乗り出してきた。
「それで……ヒースさんとはいかがですか?」
「……いかが、とは?」
「他人の事情に首を突っ込むのははしたないとは分かっていますが……私も気になっていまして」
そう言うエイリーの目は好奇心で輝いている。
……エイリーにはこの前、花言葉を教えてもらったばかりだ。エイリー本人もはしゃいだ様子で教えてくれたから、私たちのことが気になるのも仕方ないだろう。
とはいえ、「旦那とチューしたか?」「そろそろ一緒に寝てるんだろう?」とか噛ましてくるギルドの連中に比べれば可愛いもんだし、気遣われているのが分かるから嫌な気分にはならなかった。一回それとなく誘われたけれど寝てねーよ。
「……まあ、ぼちぼち」
「そうですか。……えっとですね。私もヒースさんとたまに話をするんですが、本当にカティアのことが好きなんだなぁ、と言葉の端々から感じられるんです」
カティアも隅に置けないですね、と微笑むエイリー。
ヒースは手が空いたら、私の帰りをギルドで待ってくれているようになっていた。そのたびに「旦那が嫁のお迎えに来てるぞー」とからかわれていたけれど、最近ではわりと当たり前の光景になっていていちいち突っかかってくる野郎はかなり減った。ヒースはよくカウンター席で何かを飲んでいるから、その時に冒険者仲間やエイリーと世間話をするんだろう。
……というかヒース、エイリー相手にノロけてたのか。何してるんだ君は。
「いやまあ……そうは言っても私たちはビジネスの関係だから!」
「でも、ヒースさんのおごりで出かけたりしたのでしょう?」
そこでふとエイリーは目を細める。
「……ずっと疑問だったのですが、カティアはヒースさんのことをどう思っているんですか?」
「どうって――」
家政夫、器用で便利な男、雇用契約をした相手。
彼を形容する言葉はいくらでも思いついたのに、そのどれもが不適切な気がしてすぐには返事ができなかった。
エイリーは、目を細めて私を見つめていた。答えを急かすつもりはないし、ひょっとしたらこれといった答えは求めていなかったのかもしれない。そんな様子だ。
「……あの、さ。私――」
「ほいほーい、エイリーちゃん! 郵便だよー!」
カランカラン、とベルが鳴り、外の香りを纏った男がカウンターまで大股でやってきた。ごつくて大きな肩掛け鞄を提げている彼は、ファブルの町の郵便屋だ。たまに私の家にも手紙を届けてくれている。
エイリーは立ち上がり、彼から手紙の束を受け取った。そして私に向かって「ちょっとごめんね」と断ってから郵便屋の接待に回った。これもエイリーの仕事だからね、私は大人しくジュースを啜ることにした。
「いつもお疲れ様です。お飲み物はいつも通りで?」
「おお、今日はちょっと走ったから喉が渇いていてなぁ、うんと冷やしたやつを頼む! あと、鶏皮を揚げたやつがあればそれも」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
注文を受けたエイリーが裏に引っ込むと、郵便屋は私を見て「よっ!」と大きな手を挙げた。
「カティアちゃんもお疲れ! 仕事終わりか?」
「うん、エイリーとおしゃべりしていたところ。……今日はずいぶん荷物が多そうだね」
顔なじみの彼の鞄は、いつもより膨らんでいる気がする。すると彼は頷き、鞄から紙の束を取り出した。
「王都からお触れが出ていてなぁ、郵便と一緒に各ギルドに配るようにって言われているんだ」
「お触れ?」
「おう。どうやらラルフ王子が勇者ケイトリンを捜しているらしいんだ」
……。
……危ない、口にジュースを含んでいたら間違いなく彼の顔に噴射していた。
私はジョッキを脇に退け、ごく真剣な顔で郵便屋の顔を見上げる。
「……勇者、ケイトリン?」
「そうそう。カティアちゃんも知っているよな、目から光線を放つとか言われている女傑の噂」
「え、ええ……それはもちろん」
とんでもない噂のおかげで私の正体がばれないのはありがたい。でもさすがに目から光線を放つとかゴリゴリマッチョの大女とかって噂は聞いていて、あまり気持ちのいいものじゃないけれど……まあ、今は置いておいて。
ラル――名前を言いたくないあの人が、私を捜している? 今さら?
「えーっと……ラルフ王子って確か、一年くらい前に勇者ケイトリンと婚約破棄したんじゃなかったっけ?」
そのケイトリンは私です、と言えるはずもないので、私は精一杯一般市民の顔を装って郵便屋に尋ねる。職業柄、ファブルの町だけでなくあちこちに足を運ぶしいろいろな人と接する彼なら、詳しいことを知っているはずだ。
彼は頷き、カウンターのテーブルに置いた紙を手で示した。
「これがそのお触れなんだが……去年の初夏、勇者ケイトリンは婚約者だったラルフ王子との婚約を破棄するよう陛下に頼んだ。陛下がそれを受諾したから王子との婚約は解消されたけれど……どうやら王子は勇者のことを諦めていなかったそうだ」
「……ほう?」
あいつが私を諦めていない……だと?
本当は「あぁーん?」と問いたかったけれど、努めて無表情で先を促すことにした。
「……私は、王家の規則とかに縛られるのを嫌がった勇者が、一般市民として生きることを願ったからだって聞いたけれど。それで、王子もその願いを聞き入れたはずだって――」
「そうなんだが、王子は婚約してから十年間ずっとずっと勇者のことを想っていて、全ての縁談も断っていたそうだ」
嘘こけ、一年前の時点で既にムチムチボディーの公爵令嬢とよろしくやっていたんだろうが。
喉が渇いてきたのでジョッキに残っていたジュースをぐいっとあおる。エイリーは郵便屋に飲み物だけ渡すと、すぐに奥に戻っていった。何かを揚げる匂いがするから、料理の最中みたいだ。
「……それで、婚約破棄されても諦めきれずに勇者を捜しているってこと?」
「簡単に言うとな。一般市民に向けても望みは薄いだろうってことで、ギルドの冒険者向けに配布している。ただ、たいていのギルドでは『見つけたら教えるように』程度で済ましているようだが……違法のギルドでは懸賞金を掛け、勇者を連れてきた者に褒美を取らす……とか言われているそうだ」
「ほー?」
郵便屋に促され、私は手元の紙を見てみた。そこには最近発達したばかりの印刷技術で刷ったらしい「勇者ケイトリン捜索!」の文字と、似顔絵が載っていた。
……それを見て、どきっとする
「……噂に聞いていたのとはだいぶ違う顔つきだね」
そう呟く声は、情けなく震えていないだろうか。
手は、しっかりジョッキを掴めているだろうか。
「俺も思った。だが大女なのは間違いないし、一年経ったのだから少々顔つきも変わっているかもしれないしなぁ」
郵便屋はのんきそうに飲み物を飲んでいるけれど――それは、彼があちこち飛び回る郵便屋で、私の私情をあまり深くは知らないからできることだ。
チラシに描かれているのは、きりっとした面差しの少女の絵。濃い色の長い髪は頭頂部で結っていて、魔王討伐の旅で着用していた鎧を身に纏っている。
これまで、「女勇者ケイトリンは目からビームを出すゴリマッチョだ」という噂が流れていたから安心していたし、旅の間はほぼずっと甲冑姿で素顔を見られることはほとんどなかった。それに名前を言いたくないあの人は私に愛想を尽かしているのだから、わざわざ捜索隊を出したりしないだろうと高をくくっていた。
でも……どういうことなのか、あいつは私を諦めていなかった。
そうして私の素顔も個人情報もばっちり知っているあいつは画家に、「本当の勇者ケイトリン」の似顔絵を描かせてチラシをばらまかせた。このチラシには勇者ケイトリンの身長や体格、口調や食事の好みまで子細に書かれていた。
そう、チラシに描かれているのは、「私とよく似た顔つきの女の子」だった。
……体が冷える。胸がばくばく高鳴っていて、まだ秋の中頃だというのに手足の先が凍えるようだ。
町の人はまだ誤魔化せるかもしれない。でも、私の身体能力をよく知っているギルドの皆は? 世間話もよくしていて、私の好みも把握しているエイリーなら?
今になって、一年前に捨てたはずの「勇者ケイトリン」の影がよみがえり、私に向かって手招きしている。「逃げられないよ」と囁きかけている。
ただ単にあいつに呼ばれているだけならまだいい。でも郵便屋はさっき、懸賞金も掛けられていると言っていた。金ほしさに、ギルドの誰かが――エイリーが、町の人が、私に優しくしてくれる人が――私を捕らえ、嬉々として王都に連行するかもしれない。
あいつの前にしょっ引かれることより何より、皆を騙していたことがばれること、そして誰かが目の色を変えてくるかもしれないことが、私の胸を突き刺してきていた。




