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22 半日限定お姫様

「……なんというか……こんなに紳士な振る舞いもできたんだね。こういうのも神殿で教わったの?」

「うん、まあね。俺、神官ってもっとお堅い人たちなんだと思っていたけれど、結構気さくだったね。特にアーチボルドはいろんなことを教えてくれたよ」


 ……アーチボルドは神官としても優秀だし誠実な人だったからまあ、変なことは教えていないだろうけれど、道理で振る舞い一つ一つに慣れた感じがあったのか。

 間もなくそれぞれの肉料理が運ばれてきた。見るからに、私のステーキの方がでかい。でかくて分厚い。しかし香ばしい匂い。


「……服、汚さないようにしないと」

「そうだね。でも、もし汚れても俺がちゃんと洗濯して染み抜きするから安心してね」

「家政夫スキルすごいなほんと」


 個室を予約してくれていたおかげで、私は周りの目を気にすることなく特大のステーキを平らげることができた。いやほら……きれいな服を着てるのに分厚い肉にかぶりつく女って、やっぱりちょっと見栄えがよくないと思うし。ヒースよくやった。


「あー……おいしかった。この前の核で稼いだお金、おいしかった……」

「お金は食べ物じゃないよ……それじゃ、カティア。これどうぞ」


 食後のプリンバイキングとお茶を堪能し、ほっと一息付いた私にヒースが差し出したのは……花束? え、これどこから出したの?

 透明の包装紙に包まれ黄色いリボンでまとめられているのは、ピンク色の薔薇が――九本?


「……こ、これって?」

「見てのとおり、俺からのプレゼント」


 すっと薔薇の花束を差し出してくるヒースの頬は、少しだけ赤い。ちょうど、差し出された薔薇みたいな色だ。

 ちょうど口元をナプキンで拭いていた私は、差し出された薔薇を受け取ることもできずぽかんと口を開いてしまう。だって……薔薇だよ? 私に、薔薇? バラ肉じゃなくて?


「……えーっと、これ、私が受け取っていいものなの?」

「もちろん。……実はね、さっきの服代もこの花も後で払う食事代も……全部、俺が稼いだお金で払っているんだよ」

「えっ、生活費じゃないの!?」

「そう。君には黙っていたんだけれど、カティアが留守にしている間、一通りの家事を終えたらちょっと働きに出で小遣い稼ぎしていたんだよ」


 知らなかった。

 ずっと隠していたのが後ろめたいのか、ヒースは少しだけ遠慮するような口ぶりで続けた。


「食堂の裏方とか、俺の魔法でできそうなことを探してね。カティアには内緒で稼ぎたいんだって言ったらみんな協力してくれたんだ」

「……まさか、今日のために?」


 声が震える。ヒースはこっくりと頷き、薔薇の花束を軽く持ち上げた。


「これは、俺から君への感謝の気持ち。……いつもお疲れ様」


 何も言えない。

 私はぎこちなく両腕を伸ばし、ピンク色の薔薇の花束を受け取った。思ったよりも重いのは、茎の切り口の辺りに保湿用の布を巻いているからだろうか。

 薔薇の花はつぼみがほころびかけている状態で、ほのかに甘い匂いがした。


「……あ、ありがとう。あの、私、割り勘になると思って服も食事も思いっきり頼んでしまったけれど……」

「俺が好きでやったことだから、気にしないで。それに、カティアが可愛く着飾った姿もおいしそうに肉を食べる姿も見られたから俺も満足だし、頑張ってお金稼ぎをした甲斐があったと思うよ。ただ……内緒にしていてごめん」

「っ……なんで謝るのよ、馬鹿……!」


 思わずぎゅっと薔薇を握りしめそうになったけれど、即席押し花になる前にヒースが「あーっ、花、大切にしてあげて?」と慌てた様子で言ってくれた。


 ありがとう、と震える小さな声で礼を言った。

 でも、本当は……すごく、すごく嬉しい。


 ぽたり、と零れた滴が薔薇の花びらに滴り落ちる。ヒースが驚いたような顔でこっちを見ているのは分かっていたけれど、一度流れ出たものをそう簡単に引っ込めることはできなかった。


「えっ……ごめん、そんなに嫌だった?」

「い、嫌なわけないじゃない! これくらい察してよ馬鹿っ!」

「……そう、だね。俺って、カティアのことになると馬鹿になっちゃうみたい」


 困ったように頬を掻いて言われると、照れ隠しの八つ当たりも虚しくなってしまう。


 ……花を贈られたのは、初めてだ。

 私は八歳まで、生まれ故郷で暮らしていたらしい。らしい、というのは、当時の記憶がほとんどないからだ。欠片にはあったけれど、どれも思い出して心地よいものじゃなかった。


 子どもの頃は力の加減が分からず、皆に白い目で見られていた。「せめて男の子だったらよかったのに」「どうしてこんな乱暴な子になったんだろう」――そんな言葉ばかり掛けられていた気がする。


 子どもだからどうやって魔力を押さえ込めばいいのか分からなくて、時々暴走させてしまっていたらしい。そうして家族も周りの人たちも私の扱いにほとほと困っていたところに――王都の神殿から神官がやってきて、私を引き取ってくれた。


 私が勇者であることを告げるときっと面倒なことになるだろうから、「お嬢さんに魔法の才能があるそうなので、神殿で養育させてほしい」とだけ伝えたそうだ。両親は、手のつけようのないクソガキがいなくなることにせいせいし、あっさり私を手放したそうだ。両親とはそれっきり。きっと、手放した娘が勇者であることなんて、今でも知らないままだろう。


 そうして神殿に引き取られ、訓練を受けながら育った。「おまえは魔王を倒すことができる。その人並み外れた身体強化能力は、魔王を倒すために神が授けた力なのだ」と教わると、自分の力も好きになることができた。


 神官長様は私に勉強だけじゃなくていろいろな知識を与えてくれたし、アーチボルドたち神官にも可愛がってもらえた。でも、あくまでも私は魔王を倒すために生まれた勇者。女であることは捨てなければならない――と、剣術指南の騎士に言い聞かされてきた。


 名前を言いたくないあの人と結婚の約束をしたときには、すごく嬉しかった。頑張る糧ができたと思っていた。でもあいつが与えてくれた愛情はまがいものだったし、本当の意味で私を女の子扱いしてくれることはなかった。


 なぜなら、私は勇者だから。

 可愛い服を着て、可愛いものを愛でる暇はなかったし、そんなことは世間が許さなかったから。

 そして私のことを理解してくれていると思っていたあの人も、内心では私のことを馬鹿にしていた。


 それだったら、もう裏切られたくないのなら、女らしさなんてぽーいっと放り投げて魔物討伐に心血を注いでいけばいいと思ってすらいた。


 ……でも、ヒースはそんな私の意固地な心に触れて、開かせてきた。今日だって、「可愛い服」「おしゃれなカフェで食事」「薔薇の花束」って、私が密かに憧れつつも封じ込めていた願いを実現させてしまった。

 嬉しくないわけがない。


「……あの」

「うん」

「服、大事にするから。それと、花も……あ、でも私、花の生け方が分からないからすぐ枯らしちゃうかも」

「それなら、帰ったら一緒に花瓶に生けよう。それで、枯れる前にドライフラワーにしてみない? そうしたらずっと飾っておけるよ」


 ……本当に、憎たらしくなるくらいヒースは万能だ。花の生け方とかドライフラワーの作り方とか……ヒースが側にいると、私の女子力の底辺っぷりが顕著になる気がする。

 でも……ヒースと一緒に花を生けたいし、ドライフラワーを作ってみたい。もっと他にも、いろんなことを一緒にしてみたい。


「そろそろ店を出ようかな」と言われたので、私たちは会計に向かった。宣言したとおり、ヒースは一人でさっさと会計を済ませてしまった。伝票を私に見せようとしない辺り、本当に気が利いているというか。


「お待たせ。それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

「……うん。ヒース、今日はありがとう」


 改めて礼を言うと、ヒースは振り返っていつも通りの優しい笑みを浮かべた。


「こちらこそ。……今日くらいは仕事のことも忘れ、お姫様になれたかな?」


 ……心の奥底にはあったお姫様願望まで見抜かれていたみたいだ。

 もう反論する気力もない私が苦笑すると、ヒースはさっと私に左手を差し出してきた。


「段差があるよ。……お手をどうぞ、お姫様」

「段差って……たった三段じゃない」

「それでも、君が倒れたりしたらいけないから」


 仕事中は剣を振り回すし転げ回るし場合によっては怪我をすることもある女に対し、「倒れたらいけない」なんて。

 くすっと笑いながらも、私は花束を左腕に抱え、右手を差し出した。


「では……エスコートお願いします、王子様?」

「お任せを」


 戯れのような言葉を交わして重ねられた手のひらはどちらのものも、熱かった。

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