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21 馬子にも衣装とは言わせない

 置いて行かれた私はしばし呆然としていたけれど、最初に挨拶してくれた店員に声を掛けられて我に返る。


「カティア様のお噂は常々伺っております」

「あっ、その……たぶん、ろくでもない噂だと……」


 素手で岩を割る、ギルドでのアームレスリング大会であっさり優勝する、中級魔物くらいなら千切っては投げ千切っては投げられる、好物は肉の塊である。その名もバイオレンス・カティア。


 達観した眼差しになる私を見てどう思ったのかは分からないけれど、店員は営業スマイルを絶やすことなく私を採寸部屋に連行していった。


「まずは寸法を測らせてもらいます。服をお脱ぎください」

「……ハイ」


 こうなったら逃げ場はない。ここは男らしく……じゃなかった、女らしく腹を括ってどーんと構えよう!

 そう思ったけれど、店員の言うままにシャツを脱いだところではっとする。

 私、可愛い下着を持っていない!


 でも店員は私の超地味下着を目にしても一切動揺せず、巻き尺で寸法を測ってきた。接客業、すごいな……。


「……カティア様は腰と脚が引き締まってらっしゃるので、そちらの魅力を引き出せる服がお似合いでしょうね」

「……そう、なんですか?」

「ええ。肩幅と肋骨周りがやや大きめなので、上半身はゆったりとしたデザイン、腰から下は体の細さを魅せられるような服がお似合いかと」

「そ、そうなんですね」


 正直よく分からないけれど、プロが言うならそうなんだろう。

 採寸を終えると、店員は部下らしい人を何人か呼んで、いくつかの服を持ってこさせた。さてさてどんな服、どれほど私に似合わないおしゃれなものが運ばれてくるかと身構えていたけれど――


「えっ、これ可愛い……」

「はい。カティア様の御髪や目の色などに合いそうなものを揃えてみました」


 どうですか? と微笑む店員。

 椅子に座る私の前に差し出されたのは、寒色系の服。胸元に黒いレースのひらひらが付いていたおしゃれなブラウスに、腰をベルトみたいなもので絞るコバルトブルーのワンピース。ウエストのところからスリットが入ったスカート、夜空みたいにきらきらしたものを縫いつけられたマフラーなどなど。


 思わず私が目を皿のようにして見つめていると、店員がそっと声を掛けてきた。


「……気に入られたものがございましたら、試着いたしましょう。何かご意見がございましたら、どうぞ」

「は、はい。あの、このワンピースって結構裾が短いんですけど、もしこれを着たとしても脚が見えたりしません?」


 おしゃれ初心者の私がおずおずと質問すると、店員は微笑んで部下から黒っぽい布のようなものを受け取った。


「もちろん素足でも構いませんが、気になるようであればこちらのタイツを着用していただけたら。カティア様は普段から鍛えてらっしゃるようですので、美脚を見せつつ素肌を隠すこともできますよ」


 えーっと、それってつまり、「脚は細いけれど筋肉も付いている」ってことだね。素足だと脚の筋肉のラインまではっきりしてしまうけれど、タイツとやらを穿いていればよさはそのまま、隠すべき点はしっかり隠せるということか。


 今まで私はソックスやスパッツは穿いていたけれど、タイツとかストッキングとかいうのは買った試しがない。町の女の子たちは穿いているみたいだけれど……だって、すぐ破れそうじゃん?


「ちなみにこちらのタイツ、通常のものより伝線しにくい材質となっております」

「でんせん?」

「破れにくいということです。少々運動したくらいでは破れませんし、冬場はタイツの上にズボンを穿けば、保温効果もありますよ」


 な、なるほど。冬場はスカートじゃなくてズボンを穿いて仕事に行くから、下にタイツを履いておくという手もあるかも? さすがに剣戟を食らうと破れるだろうけれど、普通に活動する分なら問題なさそうだ。

 ……ちょっと多めにお金を持ってきているし、たまには贅沢してもいいよね?


「……分かりました。じゃあ、このワンピースとタイツで。……その、タイツは予備もほしいです」

「かしこまりました。丈夫なものを探しますね」


 さすが店員!










 そうして私は購入することにしたワンピースやタイツをその場で着させてもらい、おまけに薦められた可愛いパンプスを履き、「これからお食事ですからね」ということで髪を簡単に整えて香水を振りかけ、化粧もしてもらった。

 店員曰く、食事の前に服を買いに来る客は結構いるらしく、化粧とか髪のセットもオプションとして承っているそうだ。店には販売員だけでなくメイク専門のスタイリストとかも常駐しているらしい……知らなかった。


「お連れ様はこちらでお待ちですよ」


 店員が私を案内したのは、店内の休憩所みたいな場所。あー、やっぱりヒースより私の方が時間が掛かってしまったか。


「お待たせ、ヒース! どんな感じ?」

「ああ、カティア……」


 こちらに背中を向けて紅茶を飲んでいたらしいヒースが振り返り――私を見て、灰色の目を見開いた。あ、目だけじゃなくて瞳孔も開いている。


 全体的に暗めの色合いな私と合わせているのか、ヒースはキャラメル色のジャケットとスラックスという出で立ちで、首にはスカーフを巻いていた。いつもは家事のしやすい簡素な服しか着ていないから、王都の上級市民階級みないなぱりっとした格好は新鮮だ。おまけに彼もヘアーセットをしてもらったようで金色の柔らかい髪が整えられていて、おでこが見えている。


「おー……ヒース、ますます格好良くなったね」

「カティアこそ……きっともっと輝くだろうとは思っていたけれど、俺の想像以上だ。とても美しいよ、カティア」


 立ち上がったヒースは私の前までやってくると、しげしげと全身を眺めてきた。なんとなく気恥ずかしくなって首筋を掻くと、いつもはざっと櫛でとかすだけで下ろしている髪が軽く結われていて、ちょっと違和感があった。


「そ、そう? ……まあ、これからおしゃれな店に行くなら確かに、これくらいしないとねぇ」


 二人分の衣服となると結構値は張りそうだけど……まあ、一着くらいこういうのを持っていてもいいよね。ちゃんと保管していたらエイリーと遊びに行くときにも着られそうだし。

 ヒースはほんのり頬を赤く染めて微笑み、私たちの様子を見守っていた店員に軽く会釈した。


「どうもありがとうございました。それでは」

「ええ、またのご来店をお待ちしております。素敵な休日を」

「え? ……あの、ヒース。代金は?」


 そのまま退店する気満々のヒースのジャケットの袖を引っ張ってこそっと尋ねると、彼は「ああ」と微笑んだ。


「カティアが仕度している間に払っておいたよ」

「……あ、そうなんだ?」


 生活費の財布はヒースが持っているから、先に払ってくれていたみたいだ。彼は意外と金勘定にしっかりしているみたいで、買い物したときには必ず使った金額をメモしてくれているから信頼してもいいだろう。数字だけは書けるようでよかった……。


 ヒースと揃って店を出ると……なんだか、不思議。

 見慣れた町、見慣れた大通りなのに、なんだかいつもとは違った風景に見えた。この青と黒のワンピースには、何か秘密の魔法でも掛かっているんだろうか。


「それじゃあ、いい時間になったしカフェに行こうか」

「うん。……混んでなければいいんだけど」

「大丈夫、ちゃんと俺の名前で予約しておいたから」

「そうなの!?」


 いざとなったら店の前で並ぶ覚悟もしていた私は、ヒースの用意周到さに驚いた。でも予約って……あ、そっか。名前も書けるんだ。

 ヒースは微笑むと、私をカフェまで案内してくれた。……あ、ここは「デートにぴったり!」って娼館のお姉さんが教えてくれた店だ。


「二人で予約しているヒースです」


 ヒースが店の人と予約の確認をしている間、私は彼の後ろに立って店内を観察することにした。

 外観もおしゃれな感じがしていたけれど、内装もアンティーク風で上品な印象だった。あんまりキラキラしていたり可愛らしすぎたりしていたら私も入るのを躊躇ったけれど、木目調の床やパッチワークが飾られた壁はどことなくギルドのホールみたいで、それほど緊張せずに済んだ。


 店内は大半が普通のテーブル席だったけれど、私たちが案内されたのは奥にある個室だった。途中、食事している人たちと視線がぶつかったけれど、声を掛けられたり変な目で見られたりすることはなかった。もしかすると、「私」だと認識されていない……?


「こちらへどうぞ」

「ありがとうございます。……さあ、こっちに来て、カティア」


 カーテンで仕切られた個室に入ると、ヒースが椅子を引いてくれた。この男……どこでこんな仕草を学んだんだ? 神殿か? アーチボルドは一年間で、いったいどれだけのことをヒースにたたき込んだんだ?

 ぎくしゃくしつつ椅子に座った私とは対照的に、ヒースはしれっとして自分の席に座るとなめらかな口調で店員にメニューを持ってくるよう頼んだ。なんだこの男。


「カティアはどれがいいかな。やっぱり肉?」

「うっ……う、うん。肉がいい」


 思わず脇に立っている店員を見てしまったけれど、彼は表情筋一つ動かすことなく私たちの注文を待っている。プロはすごい。


 結局、私は厚切り肉のステーキセット、ヒースはチキンステーキセットを注文した。「厚切り肉のステーキセットには、ニンニク抜きで」と私の好き嫌いを完璧に把握しているヒース、すごいを通り越してもはや謎だ。


「楽しみだね。ここの料理、すごくおいしいって聞いていたんだよ」


 そう言ってヒースはにこやかに笑っているけれど……。


「聞いた、って……誰から?」

「え? ……あー、えっと、町の人。ほら、俺よく買い物に行くだろ? そうしていると奥様方とよくしゃべるようになってね、『カティアちゃんも絶対喜ぶよ!』っていろいろ教えてもらったんだよ」

「……そうなんだ」


 ヒースの言葉に、私は内心舌を巻いた。

 ヒースがファブルの町に来て約一ヶ月。ついでに言うと、人間になって一年と少し。その短期間で、彼は学習していったんだ。人との繋がりを作って、情報を仕入れて――


 それもそうか。ヒースは引きこもりでも何でもないし、人当たりがよくて私と違って頭もいいみたいだ。彼のことを人間を始めて一年の赤ちゃんのように思っていた自分がいることに、今気づいた。

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