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20 服はおやつに入りません

「カティア、今日は休みだよね? 一緒に出かけよう」

「……ん?」


 いつも通りちょっとぼんやりしながら朝食を食べていた私は最初、ヒースの言葉の意味がよく理解できなかった。

 ヒースは空になっていた私のグラスにミルクを注ぎ、嬉しそうに微笑んでいる。


「この前町をぶらついていたら、いい雰囲気のカフェを見つけてね。次にカティアが休みの日があったら、一緒に行きたいな、って思っていたんだ」

「カフェねぇ……」


 だんだん脳が覚醒してきたので、私がミルクを啜りつつ考える。

 ファブルの町にも多くの料理店はあるけれど、これまで私はカフェなるものの世話になったことがない。

 理由は二つ。私はよく食べるから洒落たカフェの料理じゃ胃が満足しないから。それと、独身脳筋ゴリラには縁のない場所だから。以上。


「もし気になるのなら、ヒースだけで行ってきたら?」

「いや、俺は君と一緒がいいんだ」


 そう言ってきらきらの眼差しで見つめてくるヒース。

 最近分かったのだけれど、私は彼のこの眼差しに弱い。期待を込めて輝く灰色の目を見ているとなぜか鼓動が早くなり、もし彼に何かお願いをされても、ダメと言いにくくなってしまうんだ。……こいつ、分かっていてやっているなら質悪いな。


「メニューも確認したんだけど、肉料理もあったよ」

「肉料理だと」

「うん、結構分厚いステーキとか」

「分厚いステーキ……」


 まずい、朝食を食べた後だというのに口の中に唾が溢れてくる。どんだけ食べるんだ私。

 なおも笑顔のヒースは自分の薄い唇に人差し指を当て、「さらに」と秘密を告げるような口調で続ける。


「個室もあるから、周りの目を気にせずに気持ちよく食べられる」

「むっ……」

「とどめに、カティアの大好きなプリンも各種取りそろえております」

「い、行きたい……!」


 思わず本音を漏らすと、ヒースは満足そうに頷いた。


「うんうん、そう言ってくれると思った!」

「なんだか誘導された気もしなくないんだけど?」

「気のせいじゃない? ……それじゃあ、洗濯と掃除が終わったら出発しようか」

「いいけれど……ランチでしょ? 出かけるには早くない?」

「そんなことない。事前準備が必要だからね」

「……事前準備?」


 意味深に言われ、私はオウム返しに問うてしまう。でも立ち上がって食器をシンクに運ぶヒースはいつも通り柔らかい笑みを浮かべるだけで、何のことかは教えてくれなかった。












 ヒースが洗濯と掃除をしている間、私は剣の手入れをして過ごした。


「お待たせ、カティア。……うわぁ、磨き粉の臭い」

「えっ、ごめん。そんなに臭った?」


 慌てて自分の袖を匂ってみるけれど、風通しのいい玄関でしていたとはいえ、長時間磨き粉や剣と一緒にいたからか鼻が麻痺してしまっているみたい。

 私とは対照的に石けんの匂いを漂わせるヒースは苦笑し、空になった洗濯物籠を脇に置いた。


「んー、なんとかなるとは思う。それじゃあ、着替えしてきて」

「うん。……でも私、おしゃれなカフェに着ていけるような服がないんだけど」


 実用第一の私が持っているのはどれも、洗濯しやすく伸縮性があり、汚れにも強い服ばかり。色気なんてものは道ばたに捨ててきた。

 するとヒースはふふっと笑い、シャツとズボン姿の自分を手で示す。


「それは俺も同じだ。……普段着で大丈夫だよ。その辺もちゃんと考えているから」

「……どういうこと?」

「それは行ってみてからのお楽しみ、だよ?」


 ぱちっとウインクを飛ばされた。ヒースのウインク、初めて見たけれど結構様になっていてなんか悔しい。昔ギルドで遊び半分にやってみたら、「顔中がすげぇしわしわになってんぞ」ってからかわれたっけ……ふっ。









 ひとまず磨き粉臭い服からシンプルなシャツとズボンに着替え、ヒースと一緒に市場に向かう。ランチにはちょっと早い時間だと思いつつ彼に付いていくと――


「……ここ、どこ?」

「見てのとおり、ちょっとおしゃれなブティックだよ」


 振り返ったヒースが微笑むけれど、私はぽかんとして目の前の店を見上げていた。

 それは、大通りに面した位置に建つおしゃれな服飾店だった。オーダーメイドではなく出来合品ではあるけれど、私が二束三文で買っているような服とは桁違いのものばかり揃っている。ちなみにエイリーはいつもこの店で普段着を買っているらしいから、話には聞いていた。


 聞いていたけれど……。


「……服は食べられないよ?」

「俺だって食べないよ。……さ、行こうか」

「えっ、あの……」


 戸惑う私の腕を優しく取り、ヒースはずんずん店に向かっていく。引きずられるままだとポーチの前の階段で転びそうになったから自分の足で付いていくけれど、心臓はばくばく鳴っている。


 脳筋ゴリラ女がこんなおしゃれな店に……?

 カフェもそうだけれど、あっちは個室があるからってことで安心していたのに、こんなきれいな店に、鉄臭い女が……!?


「いらっしゃいませ。ヒース様ですね」

「こんにちは。今日は俺と、こちらの女性にぴったりの服を選んでほしい」


 店の中はとにかくきらきらしていて、可愛いワンピースとかが近くにあるけれどなんだか直視することができなかった。

 そんな中出迎えた小綺麗な店員に、ヒースは落ち着いた様子で対応している。えっ、と驚いてヒースを見上げる私に構わず、店員はにこやかに頷いた。


「かしこまりました。では、ヒース様はあちらへ。カティア様はこちらへどうぞ」

「それじゃ、また後でね、カティア」

「えっ、ちょっ、置いてかないでよ……!」


 ついつい迷子の子どものような情けない声を上げてしまったけれど、ヒースは笑ったりせず穏やかな眼差しでなだめるように私の背中をポンポンと叩いてきた。


「大丈夫。仕度ができたら合流するからね。……それじゃ、いっそうきれいになった君の姿を楽しみにしているよ」


 それだけ言うと、ヒースは別の店員について店の奥に行ってしまった。

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