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18 とてもおモテになってらっしゃるご様子で

 薬草摘みは午前中に終わり、薬草師のおじいちゃんの厚意で昼ご飯もご馳走になった。おじいちゃんの奥さんが作ったという料理は薄味だけどどこか懐かしい味がして、食後の薬草茶を飲むと薬草詰みで疲れた体の芯まですっきりするような心地になった。


 仕事を終えた証のサインをもらい、ギルドに提出する。カウンターにいたエイリーは私の顔をじっと見ると、小首を傾げた。


「お疲れ様、カティア。……あの、一仕事してきたのですよね?」

「え? うん、もちろんサボらず薬草を摘んでミミズちゃんを投げてきたよ?」

「そう……いえ、朝見たときよりカティアの表情が明るい気がして」


 気のせいだったかしら、とエイリーは苦笑するけれど、たぶんエイリーの言うとおりだ。

 朝、仕事を受注したときは「なんで私がこんな仕事を」って不満たらたらだったけれど、実際に仕事を終えた今は気持ちもすっきりしている。おいしいご飯とお茶をいただけたからってのももちろんだけど、地道な仕事の意味を諭されたからってのも大きいな。


 私は賃金を受け取り、今日私と一緒に仕事をしてやんわり指導してくれた仲間に酒一杯分の小銭を掴ませてギルドを出た。


 この前、魔物の核を売った分の臨時給金が出た。そこそこの値段になったようで、私の懐はほっかほかだ。いつもヒースには家計のやりくりを頼んでいるけれど、たまにはおいしいものを一緒に食べに行ってもいいかもしれないな。


 ……そういえばヒースって、お金の計算はできるし言葉も難なく話しているのに、読み書きはてんでダメだった。神殿で過ごしている間に神官たちにいくらか教えてもらったそうだけど、自分の名前を書くのが精一杯らしい。


「文字と違って数字は分かりやすいんだよ」と言っていたけれど、読み書きが不自由なのは本人も気にしているようだ。買い物するときにもいちいち店主に品物の名前を問わないといけないそうで、基本的に優しい人ばかりのファブルの町の中だけならともかく、王都とかに行けばあっという間にぼったくられそうで心配だ……。


 まだ日も高い位置に昇っているので、市場をぶらぶらしながら帰ろうかと思っていた私は、大通りを歩く金色の髪の男を発見した。いやまあ、大通りで見かけても何らおかしなことじゃないけどね。


 この国の人間はおしなべて髪の色が濃く、金髪は滅多に見られない。だからヒースのふわふわした金髪はかなり目立つし、しかも振り向けばおっとりした優しそうな好青年のご尊顔が露わになるのだから、二重の意味で目立つ。


 ヒースは財布の入っているらしい鞄だけを肩に掛けていて、ゆっくり歩いている。私たちの進行方向は同じ――つまり向かう先には家があるから、散歩に行った帰りなのかもしれない。だったら、一緒に帰ってもいいかも。ついでに、たまには外食しないかと誘ってみてもいいかもしれないな。ヒース、家政夫として本当によく働いてくれているし、これくらいは雇い主としてサービスしないとね!


 そう思って少しだけ足を速めた私だけど――ヒースが知らない女の子二人に声を掛けられたのを目にして、立ち止まってしまう。


 ……ほぼ反射的に「聴覚強化」の魔法を使ってしまった私は、一年前から何も成長していないようだ。

 でも、これは雇い主として家政夫の心配をしているからである。決して後ろめたいことをしているわけじゃない。うん、そうに決まっている!


「……そうなんですね! あの、私たち最近この町に来たんですが、ずっとお兄さんのことが気になっていて……」

「お兄さん、とっても格好いいですよね! ねえ、私たちと遊びません?」


 私は店の壁に寄り掛かり、ヒースたちの会話を聞く。

 おーおー、これはあれか、ギルドの仲間が言っていた逆ナンとかいうやつか。モテる男は大変だねぇ、ヒース。


 ……あ、私今、ほとんど何も考えずに「聴力強化」を重ね掛けしていた。……これは、ヒースの返事が気になるから。もしヒースが女の子のお誘いを受けるなら、私は彼の雇い主兼理解者として彼の交友関係を応援するべきだからだ。……うん、きっとそうだ。なぜか胸がドキドキしているけれど、これはこの後の展開が気になっているからだ。そうに決まっている。


 ヒースはしばらく黙っていたようだけど、やがてふっと小さく息を吐き出した。ため息すら聞こえるなんて、私の魔法すごい。


「ありがとう。……でも俺、急いでいるから」

「誰かと約束でもしているんですか?」

「約束……まあ、そうだね。そろそろ家に戻って雇い主の帰りを待たないといけないからね」


 先約があったのか……と思ったのも一瞬のこと。

 ヒース、私の帰りを待つために女の子の申し出を断ったんだ。別にヒースが留守にしていたからといって私は怒ったりクビにしたりしないのに……。


 さっきまでドキドキしていた胸が、なぜか今はきゅうっと絞られているかのように痛い。上着の胸元を掴む私の耳に、少しいらだったような女の子の声が届いた。


「雇い主って……私、知ってます。ギルドに登録している女冒険者のことでしょう?」

「そう。その人だよ」

「……私たち思っていたんですけど、お兄さんってどうしてそんな使用人みたいなことをしているんですか?」

「前にその女冒険者を見たことがあるんですけど、大きな剣を担いでいるし所作は乱暴だし、なんか残念な感じがしません?」


 女の子たちは、まさにその所作が乱暴な女冒険者が盗み聞きしているとは知らずにあけすけに言っている。


 ……残念な感じ、か。

 ま、それもそうかな。


 私、女らしくないし。髪や肌の手入れなんてしたことないし、エイリーみたいなふわっとした体つきでもない。脳筋だし、使える魔法は物理特化だし、笑いながら魔物を斬り飛ばすし、頑張れば素手で岩石を破壊できるし。


 眉間に指を押し当て、少し俯く。

 女の子たちの言うとおりなのが我ながら情けない。嫌なものを聞いちゃったけれど、これは一年前から盗聴癖の変わらない私の責任だ。何食わぬ顔をして、先に家に帰ってしまおう。それでヒースを出迎えてあげるのが一番平和的な解決策だ。うん、そうしよう。


 そんなことを思っていると。


「……それ以上、カティアの悪口を言わないでくれるか」


 突如響いたのは、これまで聞いたことないくらい低いヒースの声だった。

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