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15 いってらっしゃいの―

 朝、相変わらず寝起きの悪い私はヒースの作ってくれた朝食の匂いで目を覚まし、寝ぼけ眼のままキッチンに向かおうとして――先日、「ちょっとは警戒して」と言われたのを思い出し、三つも外れていた寝間着のボタンをそそっと留めておいた。


「はい、これお弁当」

「中身は?」

「半分は肉で半分は穀類。中にびっちり詰めているから、少々揺すっても中が崩れたり零れたりしないからね」

「最高じゃん。ありがとう」

「どういたしまして。それじゃ、いってらっしゃい」

「うん、行ってきます」


 朝食後、ヒース特製の弁当(かなりでかい)を受け取り、仕事用のごついブーツに履き替える。玄関を出ると、ヒースはまだ見守ってくれていた。小さく手を振ると、嬉しそうな顔で手を振り返された。……結構、可愛いかも。


 今日はギルドの冒険者仲間と臨時パーティーを組み、一日掛けて魔物討伐に行くことになっていた。帰るのは早くても夜中、場合によっては翌日以降になるかもしれない。ヒースには「よくあることだから」と言っておいたけれど、最後まで彼は心配そうな顔をしていた。「やめておけ」と言われないのはありがたいけれど、「俺もついて行けたら……」と切なそうな顔で言われるとなぜか罪悪感が湧いてきた。


 ヒースはほぼ全属性を扱える魔法使いとして知られているけれど、「正直自分の上限がよく分からない」のだそうだ。家事をする際に魔法を使うくらいは全然平気だけど、いつふっつり魔力が切れるか分からないし、「もし切れたときに何が起こるかよく分からない」そうだ。そういうこともあって、ギルドには登録せずに家政夫をやってもらっているんだ。


「おーっす、カティアちゃん。旦那からいってらっしゃいのチューはしてもらったか?」

「おっす。あの世へいってらっしゃいのグーならあげるけど?」


 拳を固めてドスを利かせた声を上げると、からかってきた冒険者は「冗談だ」と両手を挙げた。

 まだ朝の早い時間だからか、ギルドはそこそこすいていた。エイリーもまだ出勤していないようで、カウンターには夜間や早朝などだけ担当している男性が控えていた。


「おはよう、カティア。今日は六人のパーティーで短期遠征だったか」

「そうそう。あ、いつもはお弁当を注文しているけれど、作ってもらったから私のはナシでいいよ」


 ほら、と背負っているリュックからヒース特製の弁当をちらっと見せると、男性は心得たように微笑んだ。


「そうか。……それじゃあ家で待ってくれている彼のためにも、無事に行ってこないとな」

「……うん。最近そう思うようになったの」

「それはいいことだ」


 男性に頷きかけ、私は皆の準備が整うまでジュースを飲んで待つことにした。

 ……本当に、ヒースが転がり込んできてから私は変わった。

 魔物討伐にしくってのたれ死んだら、きっとヒースは悲しむ。私が二度と帰ってこなかったり――もしくは物言わぬ骸になって帰ってくるのを、彼は一人で待つしかできなくなってしまう。


 もちろん、ヒース以外にもエイリーや冒険者仲間たち、町の人たちを心配させるだろう。遠く離れたところにいる神官長様たちだって、私が死ねばいずれ訃報が舞い込んでくるかもしれない。だから、一応用心はしていた。


 でも……家で帰りを待ってくれる人がいるってのは、大きいな。「帰らないと」って気持ちになる。

 とはいえ、それを強みにしても弱みにすることがあってはならない。

 私には、戦うしか生きる術がないのだから。










「そっちに行ったぞ!」

「追え! 氷魔法が弱点だから、氷柱で足止めするんだ!」


 パーティーのリーダー格の冒険者が野太い声で指示を出すと、魔法が得意な仲間が素早く魔法詠唱し、逃げる魔物の前方に見上げるほど巨大な氷の柱を生み出した。


 私たちは半日掛けて目的地に向かい、ギルドで討伐指示を受けたとおりの魔物を追いかけていた。それはここらではちょっと珍しい上級魔物で、既に数名の村人が犠牲になっている。

「ギルドでも手練れの冒険者に頼みたい」という人々の依頼を受け、私たちが選出された。依頼人は六人の中に若い女が混じっていることに最初怪訝そうな顔をしていたけれど、「身体強化」魔法で一抱えほどの岩石にチョップを入れて粉砕させると、腕前を信じてくれた。


 時刻は既に夕方。夜になると視界が不明瞭になり、光魔法を使っても魔物の追跡がはかどらなくなるのはおろか、背後から襲いかかられることだってありうる。だからできるかぎり日中に仕留め、もし仕留め損ねたら村で一泊し、朝日が昇ってから追跡を再開させることにしていた。


 でも幸運にも、日が沈む前に標的と遭遇できた。がりがりに細くて異様に長い脚を持つ、鳥のような魔物だ。見た目は結構間抜けな感じだけど、跳んで跳ねて逃げ回るし油断していると灼熱の炎を吐き出してくることもあるそうだ。こんな体のどこに火を溜め込んでいるんだろう……?


 氷柱に行く手を遮られ、魔物が足を止める。この魔物の思考回路ならきっと、迂回するより脚力を使って氷柱を跳んで回避しようとするはず。

 予想通り、魔物の脚がぐぐっと曲げられ、ジャンプの準備を始める。


「……行くぞ!」


 それまで物陰に隠れていた私は「身体強化」「脚力強化」の魔法を同時に掛け、剣を手に宙を蹴った。ほぼ同時に宙高くジャンプした魔物は――いきなりくるりと私の方を向き、くわっと口を大きく開いた。


 ――火を吐く!


「カティア!」


 すかさず地上から氷のつぶてが飛んできて、私の目の前でぶつかった氷と炎がじゅわっと音を立てて蒸散した。

 私はさっき仲間が作り出した氷の柱のてっぺんに着陸して体制を整えると、氷柱を蹴って再び跳び上がった。


「……やっ!」


 振りかざした剣は午後の日差しを浴びて銀の奇跡を描き、ジャンプ中のため弛緩していた魔物の脚の片方をすぱっと切り落とした。本当は本体を狙いたかったけれど、空中戦だから仕方ない。


 とたん、片足を失った魔物は鼓膜が破れるんじゃないかってくらいの咆哮をあげ、くるんと私の方に向いてきた。こいつ、空中でも難なく方向転換できるみたいだ。


「ちっ……」

「カティア、急所を守れ!」


 まずい、と仲間も判断したんだろう。言われるまま、私は頭と上半身を籠手の嵌った腕で防御する。脳と心臓、首をやられるわけにはいかない。

 魔物もそれに気づいたようで、骨のような脚で蹴り飛ばしてきたのは――私の腹だった。


「ぐっ……!」

「カティア!」


 鎧は身につけているし仲間の守護魔法も掛かっているけれど、上級魔物の渾身の蹴りはかなり堪えた。

 魔法の効果も切れてしまい重力のなすがままに落ちていく私を、仲間が風魔法でクッションを作り、受け止めてくれた。


「っは……」

「無理するな、カティア。後は俺たちがやる!」


 リーダーがそう言い、片足を失ってふらふらしながら着陸した魔物に挑み掛かっていった。魔物は耳障りな鳴き声を上げて威嚇し、炎を吐き出したようだ。でも炎のほとんどは氷の壁に阻まれ、間もなく「やったぞ!」「核を取れ!」と仲間たちが叫ぶ声が聞こえてきた。


 ああ、よかった。任務達成だ。


「カティア、無茶するな」


 私を受け止めてくれた魔法使いの仲間にそう言われたけれど、私は苦笑して体を起こした。……うん。腹は痛いしちょっと頭ががんがんするけど、吐き気はないし歩けそうだ。


「大丈夫。守護魔法のおかげで骨も折れていないみたいだし、歩けるよ」

「そりゃよかったが……」

「本当に大丈夫。……リーダー、ありがとう」


 核を拾い上げたリーダーに声を掛けると、拳大の巨大な核を手にしていた彼は心配そうに眉根を寄せてきた。


「こっちこそ、おまえが片足を奪ったおかげで仕留められたが――おい、立ち上がっていいのか?」

「うん。……この後どうする? 町に戻る?」

「いや、おまえもそうだしこっちも少々負傷している。村の宿で泊まって、早朝に出発すれば昼前には町に戻れるから、安全に事を進めよう」


 リーダーは「少々負傷している」と言ったけれど、ぱっと見たところ休まなきゃならないほどの怪我を負っている人は見当たらない。どう考えても、腹に一撃食らった私を思いやっての発言だ。

 私は唇を噛み、頭を垂れた。


「……分かった。気遣いありがとう」

「どういたしまして。……それより、今日はちゃんと休めよ? ヒース君だったか……おまえの旦那が心配するぞ」

「旦那じゃないってば……」


 いつもよりは弱々しくはなったけれど、言い返す。


 言い返すけれど……。

 私が魔物に腹を蹴られたと知ると、ヒースはどんな顔をするだろうか……

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