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11 not婿,yes家政夫!

「聞いたぞ、カティアちゃん! ついに婿を取ったらしいな!」

「違うし」


 ギルドのドアを開けるなり、とんでもないパワーワードが剛速球となって私に襲いかかってきた。

 一呼吸の間すら置かず即答した私だけど、既にギルドは盛り上がっていて私の言葉なんて届いちゃいなかった。


「まじかぁ……あれだろ、昨日カティアちゃんを訪ねてきたっていう優男」

「そうそう。……なあ、カティアちゃん! もう町長に結婚誓約書は届けたのか!?」

「届けるも何も、あれは婿じゃないし」

「そう照れるなって! ……あー、しかし俺らのマスコットが、あんなヒョロッとした男にかっさらわれるとはなぁ……」

「マスコット言うな」


 まだお日様が完全に昇りきっていないというのに、酒をあおっているムサイお兄さんたち。

 これは言い訳するのも無駄だと判断した私は彼らの山をかき分け、エイリーの控えるカウンターに向かった。


「おはよう、エイリー。……あのさ、何か言われる前に先手を打つけど、婿取ってないから」

「おはようございます、カティア。私は分かっていますから、安心してください」


 そう言ってエイリーはふわっと笑ってくれた。ああ……さすが我が友! 話を聞かない男たちとは大違い! ギルドの男に「天使」と呼ばれるのもよく分かるなぁ!


 カウンター席の椅子を引いて座り、酒精の入っていないジュースを注文する。


「これから依頼中の仕事をこなしに行くけど……先に言っておこうか。ヒースっていう件の男は、家政夫として雇うことを検討中なんだ。だから今までエイリーにちょくちょく掃除とかをしてもらっていたけど、これからはたぶん大丈夫だと思う」


 エイリーには鍵を預けているから、私が長期の遠征に出るときとかは換気や掃除のために家に来てもらっていた。家を買って半年経つけれど、ゴミ屋敷にならずにここまでやってこられたのはエイリーのおかげだ。

 ドリンクをテーブルに置いたエイリーは一瞬緑色の目を丸くしたけれど、やがてくすくす笑いだした。


「ふふ……なるほど。そういうことなら了解しました」

「あれっ、深く聞いてこないんだ?」

「カティアの決めたことなら、何も言いませんよ。ただ……そうですね。もしそちらの方がこれから先もファブルの町で滞在なさるなら、是非ご挨拶をしたいところですね」

「あ、そうだね。でも来てもらうのも悪いし、仕事が空いている日にエイリーの家に連れて行くよ」


 エイリーはムサいギルドの受付嬢をしているけれど、ファブル町長の一人娘――まあ、言うならお嬢様だ。この町は王都と違って住民票とかは特にないけれど、これから先ヒースが人間界に馴染むためにも、紹介しておいて間違いないはず。

 ただし、家政夫として、だ。









 エイリーとしばらくおしゃべりした後、私は気合いを入れて仕事に向かった。

 身体強化魔法が得意で魔物との戦闘に慣れている私は専ら、魔物討伐関連の仕事を受け持つようにしていた。ギルドで選んだ仕事の多くは、「このエリアで最近見かける、こういう魔物を倒してほしい」というものだ。だから指定されたエリアに向かい、場合によっては依頼者と打ち合わせをしながら魔物を退治していく。


「……はーい、遅すぎまーす!」


 とんっと地面を蹴って宙に舞い、魔物の振りかざしてきた棍棒を難なくかわす。豚とスケルトンを混ぜたような見目のこの魔物は見た感じ、中級魔物だ。鉄製の棍棒は造りからして人間から奪ったものだろうけれど……どう見ても武器の重さに振り回されている。本人――いや、本トンコツ?――は鉄の武器を手にして強くなったつもりなのかもしれないけれど、一撃が重すぎて体がついていっていない。


 重い音を立てて地面にめり込んだ棍棒を尻目に、私はショートソードを構えて体を捻った。狙うは――人間で言うと肋骨部分に該当する、骨と骨の継ぎ目。


「筋力強化」でたたき込んだ剣は漆黒の骨を一撃で粉砕し、体全体があっという間にばらばらと崩れていく。体の大半が崩れてもまだ悪あがきするようにもぞもぞ動いていたから、豚の形をした脳天を地面と縫いつけるように真上から剣を突き刺し、試合終了。


「ふー……おっ、いいもん持ってんじゃん」


 しゅわしゅわと消えていった魔物から取り出せたのは、赤く輝く核。昨日見つけた四つの核より大きめだ。核は小さいのが大量より、大きいのが一つの方が価値がある。ふふっ、儲けた儲けた!


 核を回収したら、さっさとギルドに戻る。中にはついでに魔物討伐をしていく冒険者もいるけれど、いつ魔力が切れてこっちが不利な状況になるか分からない。私の身体能力強化魔法も、一年前よりはだいぶ持続時間が短くなったし、一日で使える回数が減ったんだよね。魔力が切れてしまってもある程度渡り合えるとは思うけれど、無理は禁物。


 ……それにしても。

 町へ戻りながら考えるのは、ヒースのこと。


 神への信仰心が絶対であるこの世界において、洗礼の印を刻んでいるというのは彼の身が潔白であることの何よりの証明であり――そして、それだけ彼が「本気」だという決意表明もであるんだろう。

 とはいっても。


「……私、好かれる要素なんてあるのか?」


 なにせここにいる女は、ずっと慕っていた婚約者にさえ「脳筋」と呼ばれるような物理攻撃特化戦士バーサーカーで、趣味は魔物討伐。家事全般の能力が壊滅的な残念乙女である。

 ヒース曰く「剣を振り回している君を見て好きになっちゃった」とのことだが、彼の目は節穴なのかな。それとも、ただ単に女の趣味がおかしいのかな。


「……誓い、かぁ」


 彼が本気だというのは、「紳士であり続けることの誓い」をした点で分かっていた。神官長様でさえ使用するのを躊躇われていた物騒な誓いをあっさりと立てたのは思慮が足りないからではなく、命を賭けてでも私に信じてほしかったからなのだろう。


 でも、そうしてでも主夫になりたがるって……しかも、エイリーみたいにおっとりしたお嬢様でも豊満な娼館のお姉様でもなく、色気より食い気、剣を軽々振り回し魔物をぶっ潰す私を選ぶなんて……うーん……。


 歩きながら考えていた私だけれどだんだん面倒くさくなったので、ひとまず「魔王の趣味はおかしい」と結論づけたのだった。










 ギルドでエイリーに核を渡して、飲み物を片手に雑談でもしようと思っていたんだけれど。


「……そういえばカティア、お家に戻らなくていいのですか?」

「家? ……あ、ああ……そうだった」


 エイリーにこそっと指摘され、私はヒースの存在を思い出した。いつもは外食したり買って帰ったりするから、家政夫のことをすっかり忘れていた。


「さっき通りすがりのおばさまに聞いたのですけれど……ヒースさん、昼過ぎに市場に行って買い物をしていたそうです」


 財布から飲み物代を出している私に、エイリーがどこか神妙な眼差しで教えてくれる。


「店の前で長時間悩んで食材を買って行かれたらしくて……きっと、カティアのためにご飯を作ってくれるんじゃないでしょうか?」

「……そ、そうだね。彼、結構料理が上手みたいで」

「それなら、遅くなる前に帰るといいでしょう。今日もお疲れ様でした、カティア」

「うん、また明日ね、エイリー」


 代金をカウンターに置き、私は丸めて隣の椅子に置いていたマントを羽織った。

 ……そっか。ヒースは買い出しに行っていたのか。エイリーに指摘されなかったら、このまま彼を放置していたかもしれない。


 いつもより早足で、自宅への道を歩く。辺りはそろそろ夕方に近づいているけれど――いつもは薄暗い我が家にほんのり灯りが灯っているのが見えると、胸の奥からじわっと熱いものがこみ上げてきたのを感じる。


 ……私、結構人恋しくなっていたのかな。

 帰宅したら家の中が真っ暗なのも、気まぐれに「ただいま」と言っても返事が返ってこないのも、当たり前。別に気にしていないし慣れているつもりだったんだけどな。


「……ただいま」

「おかえり、カティア。遅くならなくてよかった」


 私の挨拶にすぐ応じてくれたヒースは、キッチンからひょっこり顔を出していた。ほっとしたような顔を見ていると――エイリーに指摘されなかったらいつまでもギルドでグダグダしていただろう、自分の薄情っぷりに胸が痛む。


「うん。エイリー――ああ、ギルドの受付嬢に聞いたんだけど、今日買い物に行ったんだって?」

「そうなんだ。昼ご飯を作ったところで俺が買ってきていた食糧が尽きてしまってね、カティアに生活費を渡されていたし、買い出しに行ったんだ」


 そう言って彼は「まず、汗を流してきなよ」と私をそっと風呂場の方に促してくれた。ひょっとして汗臭かったのだろうかと焦って自分の袖辺りを匂ったけれど、ヒースはからりと笑って首を横に振った。……あ、よく見ると右手にお玉を持っている。魔王がお玉……お玉王……いや、やめておこう。


「臭うわけじゃないから、そこまで気にしないでいいよ。……ああ、そうだ。洗濯した衣服は部屋の前に、タオルとかはひとまず洗面所に重ねて置いているから、置く場所があれば移動してくれるかな」

「分かった。ありがとう、ヒース」


 ちゃんと洗濯もしてくれたんだな。ありがたい。

 ヒースにひらりと手を振り、まず着替えを取りに自室に上がる。ヒースは朝の指示通り下着以外は洗濯してくれていたようで、部屋の前にきれいに畳まれた上着やシャツが入った籠が置かれていた。ドアの前に置いているのは、寝室に入るのは気が引けたからだろうな。一年前は人ならざるものだったというのが信じられないほど気が利く男だ。


「……本当に、いい人」


 呟きは、ホウ、ホウ、と窓の外で鳥が鳴く声にかき消されてしまった。

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