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10 優秀なエプロン男子

 私、カティアの朝は早い。

 早いのだけれど、目覚めはよろしくない。


 いつも太陽がすっかり昇ってようやく目を覚まし、しばらくベッドの上でぼーっとしてからもぞもぞと身支度をする。まだ寝ぼけた頭のまま、昨日のうちに買っておいた朝食を食べ、食べ終えた頃にようやく脳がまともに動き始める。


 そんな私だけれど、今日は珍しく朝の日差しが差し込むうちに目を覚ますことができた。理由は、なにやらおいしそうな匂いが漂ってきたから。


「……んー?」


 もぞもぞとベッドから降り、着替えだけひっつかんでキッチンに向かう。


「……あ、カティアおはよう、って……ちょっと、なんて格好しているんだい!?」

「ん?」


 キッチンには金髪の美青年が立っていて、私を見るとつかつかと歩み寄ってきた。シンプルなシャツにスラックスという出で立ちの彼だけど、喫茶店でウエイターが身につけているようなショートエプロンを身につけている姿が結構様になっていた。

 彼は着替えを手にぼーっと戸口に立つ私の前に立つと、ポンポンと背中を叩いてきた。


「先に、洗面所で顔を洗ってきてよ。シャツのボタンもはずれているし……仕度を終える頃にはご飯ができているから、頭をすっきりさせてきて。ほら、いってらっしゃい」

「んー、了解」


 彼に促され、ゆらゆらしつつ洗面所に向かう。顔を洗って着替え、髪をとかしているとだいぶ頭もすっきりしてきた。


 ……ああ、そうだ。私、元魔王を家政夫として雇うことにしたんだっけ。

 昨夜、ひとまず彼には一階のリビングで寝てもらうことにして、朝食とかの準備を頼むことにしたんだ。私は寝起きが悪いから、その辺よろしく、とも付け加えて。


 いつもと違ってパンの焼ける匂いやスープの香りがするからか、私の脳みそは早めに覚醒してくれた。キッチンに戻ると、二人分の朝食が準備されていた。焼きたての丸いパンに、野菜のスープに、なんかよく分からないけれどおいしそうな副菜。


「……おいしそう」

「どうも。あるもので作ったからそんなに種類はないんだけどね」

「あるもの、って……うち、食材ないでしょ? これもひょっとして、ヒースが買っておいたもの?」

「うん、昨日の夕方のうちに町で買っておいたんだ。クロムウェル神官長が俺のことを心配してくれていて、ある程度の路銀はもらっていたんだ。いずれお金は返すつもりなんだけどね」

「……その、なんかごめん。ちゃんと生活費、渡すから」

「うーん、俺はどっちでもいいんだけど……了解」


 ヒースの作った料理は、相変わらずおいしかった。彼は「たいしたことないよ」と言うけれど、いや、普通にたいしたことだから! 私じゃこんなふわふわパンは焼けないしスープも作れないから! 作ろうとしてもデロデロの怪奇生物しか誕生しないから!


「んん……今日もご飯がおいしい……」

「それはよかった。……今日もギルドの仕事に行くのかな?」


 ヒースに問われ、既にスープのお代わり二杯目に移っていた私は頷く。


「今のところ、まだ受注中の任務があるからね。といっても中級魔物の退治だから、私にとっては朝飯前だよ」

「魔物か……いや、君なら大丈夫だろうね」


 ヒースは少しだけ渋い顔をしたけれど、それが私の仕事だということは理解しているみたいで了解してくれた。

 そういえば、と私は昔から疑問に思っていたことを元魔王様に尋ねてみることにした。


「結局のところ、魔王と魔物って関係ないんだよね?」

「うん、ない。だって俺がこの地に降臨するより前から魔物はうろうろしているし、これまでの勇者と魔王の記録を読んでも魔物との関連は描かれていなかっただろう?」

「……そうだね。確かにそうだった」


 魔王と勇者の戦いは、私たちで始まったわけではない。

 記録によると、ここ最近で魔王が誕生し、勇者が選定されたのは百年とちょっと前。その前はさらに百五十年くらい前で、そのさらに百年くらい前の魔王がひとまずのところ初代だと言われている。つまり私たちは四代目の勇者と魔王なんだよね。


 どういった理屈で魔王が現れるのかは分からないけれど、「魔王はこの世界を恐怖に叩き落とす存在」と言われていて、歴史に残っていない遙か昔には勇者が魔王の討伐に失敗したため、世界が崩壊しかけたことがあるそうだ。「ひとまずのところ」初代というのは、魔王の暴走によってそれ以前の記録が残っていないからで、高位の神官が神から聞いた内容によると、それより前にも魔王と勇者は存在していたそうだ。


「魔物はあくまでも、この世界の……まあ、歪みとかゴミとかが具象化したような存在。俺はまた別の存在だから、あのウジャウジャした連中と同じにしないでほしいな。この町に来る途中に何度か襲われたけれど、邪魔だから全部吹っ飛ばした」

「うーん……でも確か、魔王城でヒースと戦ったときは、なかなかグロい見た目だったじゃない?」


 今思うと、魔王がキモチワルイ見た目で良かったと思う。もし今目の前にいるエプロン男子のような魔王が現れたとしたら、さすがに私も戦うのを躊躇っただろう。私は魔物とは何百回も渡り合ってきたけれど、人と戦ったことはないんだ。魔物は斬っても血が出ることがないから、心おきなくぶった斬れるんだよね。


「別に俺が好きであの形になったわけじゃないし。まあ、人間になったからには君に少しでもいい印象を与えられるような見た目になりたいなぁって思っていたら、こうなった。この世界の神ってすごいねぇ」

「……本当にね」


 どちらかというと、討ち取られた魔王がわざわざか弱い人間になりに来るってのが異例なんだろうけれど……まあ、なったものは仕方ないか。

 そういうわけで、元魔王様本人の口からも聞いたことだし魔王と魔物は全くの別問題ということだ。魔物は昔からウジャウジャしているし、私たちの仕事が終わることはない。


 食事を終え、後かたづけもヒースが担ってくれた。


「カティアはこれから仕事なんだから、できることは全部俺がするよ」

「……分かった。あ、そうだ。これ」


 私が彼に渡した財布に入っているのは、生活費。将来のためのへそくりは別の場所に貯めているから、食費や日用品代もここから出してもらおう。


「何かヒース自身でも必要なものがあれば、遠慮なく使ってくれていいから。……といっても、お金の価値とか本当に分かっている?」

「神官に教わったから大丈夫だよ。……いつか俺も何か仕事ができればいいんだけど……下手すると俺、目立ってしまうからな」


 ため息をつきつつ彼は革袋に入れた生活費を受け取った。「目立ってしまう」というのは容姿のことだけではなく、彼の卓越した魔法の才能のことを言っているんだろう。

 確かに、難なく全属性の魔法を使えることが知られれば面倒なことになるかもしれない。魔法の才能はあまりおおっぴらにせず、「最低限の魔法なら使えます」という方針で行った方がよさそうだ。


 腹ごしらえをし、剣の手入れも済ませて、準備万端。


「それじゃ、行ってくるね。いつ戻ってこられるかは分からないから、掃除と洗濯だけやってくれたらあとはヒースもゆっくり過ごせばいいからね」


 どうせ私はもともとものを持たない方だから、見られて困るものとかはない。家事を一通りやってくれれば、あとは自由に過ごしてもらって結構だ。

 ちなみに洗濯も任せたけれど、「悪いけれど、下着だけは別にしてくれるかな……?」とほんのり頬を赤らめたヒースにお願いされたので、そのとおりにしておいた。彼に洗濯を任せるのはシーツやカバーの他にシャツとスカート、それと汚れやすい上着などだけにしておいた。


 剣を担ぎ、家を出た私はふと、十歩程度歩いたところで立ち止まって振り返る。

「見送りはいいから」と言ったのでドアは閉まったままで、一見すれば昨日と何ら変わりのない一軒家。

 でも、家の中には私以外の人がいる。私の帰りを待つ人がいる。


「……頑張ろっか」


 私は背伸びをし、家に背を向けた。

 ギルドに向かう私の足取りは、いつもより少しだけ軽く感じられた。

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