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グッバイキャンディ

作者: ひがしりっか

妖精焼きの味はほとんどマシュマロだった。やっぱりほんのりとイチゴの匂いもした。妖精焼きにはかつて妖精がつけていたであろうアクセサリーの、小粒の黒焦げた石が肉に埋まっている。妖精の顔を探してくるくる回していたけど、映画の予告が終わって電気が消えたから口の中に入れてしまった。しゃりしゃり、もちもち。チョコレートソースがかかっているから時々指を拭かなければいけなかった。

去年の三月ぶりに会った隣の彼女も、小さくしゃりしゃりと音を立てながらスクリーンを眺めている。妖精焼きを取る細い指の先は、映画館の中の薄明かりでも分かるほど傷だらけだった。手なんて握ったら、ありえないことだけど、今にも傷が開いて痛めつけてしまいそうで僕は目を逸らした。

映画のエンドロールまで僕は何十回も欠伸を噛み殺さなければいけなかった。単純につまらない映画だった。教育用の記録映画なんてそんなものだ。小中高生無料なんかに惹かれずに他の流行りの映画でも観れば良かった。だいたいこの映画の内容はテレビやネットのニュースで知っていた。

「どうだった?」

「妖精焼きが美味しかったかな」

寝ていたからか感想に触れない彼女。そういえば彼女は妖精駆除隊に選ばれていたんだ。ニュースなんか見なくても目の前で見ていただろう。

「でももう妖精はたくさんだよ」

不機嫌そうな声だった。そういえば言おうと思っていた事が言い出せなかった。次は普通に遊ぼうって約束してその日は別れた。

それが彼女と会った最後の日だった。

授業中に大好きなイチゴミルク味の飴を舐めたり制服のスカートを思いっきり短くして登校したり、よく先生にむちゃくちゃに叱られていた彼女。部活には入っていないけど運動神経が抜群で、体育のある日は朝からジャージを着てにこにこ笑っていた。どの教科も赤点ギリギリだったからいつも友達にノートを借りて、大騒ぎしながら写していた。劣等生という言葉がぴったりの女の子。

いつだったか彼女にノートを貸していた友達が休んだ時、隣の席の僕がノートを貸したのが初めて喋った時だった。ついでに簡単な問題を教えたら人懐っこい彼女は僕によく絡んでくるようになった。

「イチゴミルク禁止だってー! 死活問題だよ!」

明日からはイチゴチョコ持ってくる、っていたずらっぽく微笑んだ彼女がもういないなんて僕は信じられなかった。

彼女のお葬式には全校生徒十五人で出席した。彼女と友達じゃないみんなも泣いていた。僕達と彼女の家族以外に喪服のスーツで妖害対策委員会と書いた腕章を着けた人々がごっそり並んでいた。

彼女の死因は東亜妖脳炎だった。昨日突然発症して病院に運ばれた時にはもうだめだったそうだ。一ヶ月前にやっと終わった妖精の駆除だけど、駆除をしていたどこかのタイミングで妖精に噛まれてしまったんだろう。駆除隊に選ばれたメンバーで最年少の死だったそうだ。

世界中の果物やキノコ、穀物を食い荒らした妖精。各国で駆除が始まった。

人口が減った少し前、必要なのは人だった。死なないように使えるように僕達の教育期間は昔より伸びたらしいし、昔なら見放されたような体の弱い子も悪い子も馬鹿な子も全力で育てられた。

でもイチゴミルクの飴でしか殺せない妖精達が現れてからその流れは変わってしまった。異様に動きが早く、赤ちゃんなんかが噛まれるとすぐに死んでしまう。激減した人類にとってそれこそ死活問題だった。

だから、妖精駆除隊に必要なのは運動神経の良いいらない子。できない子はいらない子になってしまったのだ。

あれから一年後、やっとイチゴミルク味の飴が売られるようになった。ぴいぴい叫んで、空をふわふわ発光しながら埋めていった妖精はもういない。彼女の好きなイチゴミルク味の飴がざりざりと口の中で転がる。

鎖骨までの黒髪をカールさせて叱られていた。あんなに動くのに意外に細い体。お菓子をあげる度きらきら光る目。イチゴミルクの飴をコロコロ転がす小さなピンクの口。自由で明るくて楽しい彼女が僕は好きだった。

「駆除隊、選ばれちゃった。すごい特別なんだって。普通は十八歳以上なんだから」

学校休める!やったねって彼女は笑った。

「いっぱい妖精さんにイチゴミルクあげてやるんだ」

わたしの運動神経ならたくさん殺せるって自慢した。

「わたし、いらない子なんだねえ」

「・・・・・・」

「ねえ、何か言ってよ」

いつも通りの笑顔だったけど、彼女の声は消え入るようだった。結局僕は何も言えなかった。

ぱきり。飴を噛んでしまった。ミルクの味が口に広がる。

あの時僕は何か言えば良かった。映画の時も。君はいらない子じゃないって、僕だけでも叫んであげるべきだったんだ。

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