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ふたりのお茶会

 テーブルクロスは、しみ一つない純白。銀食器は丁寧に磨き上げて。窓からの日差しを和らげるレースのカーテンも、この時期に珍しい薔薇も、白。

 勿論、一日二日で仕上げられる準備ではない。

「お招きありがとう」

 だけど、お姉様からのご挨拶は、そんな苦労が報われて余りあるものだった。


 ティーテーブルの向かい側で微笑むお姉様に、舞い上がりそうになるのを自制する。

「お好きなものをどうぞ」

 純白の陶器の器にころころと盛られている丸いものは、深い蜂蜜色の琥珀(アンバー)。中には、太古の花が封じこめられている。

 お姉様は嬉しそうに幾つか手に取ってから、一つを選んでころん、とティーカップへ入れた。私も同じようにしてから、他の器の蓋を開く。

「お幾つですか?」

 答えのまま、柔らかな紫から緑にかけて染まる蛍石(フローライト)の八面体を小さなトングでカップにそっと落とす。

 そして、熱いお湯を注いだ。

 ゆうるりと溶けていく琥珀(アンバー)が、お湯を淡い蜂蜜色に変える。すぐに蛍石(フローライト)がくずり、と形を崩し、底の辺りでたゆたう。

 そして、カップの中でふわりと小さな花が開いた。

「まあ、綺麗」

 耐熱ガラスのカップを目の高さまで上げて、その変化を見つめていたお姉様が、ため息と共に感嘆する。

 花弁を散らさないように注意してティースプーンで軽く混ぜ、口に含む。

 すぅ、と口腔に満ちる香りは、遥か昔の花のものか。

 お姉様の笑顔をずっと見ていたいけれど、それではもてなし役として失格だ。

 私は席を立ち、準備していたものをひとつひとつ慎重に組み上げた。

 お姉様の目の前に、崩さないようにそっと置く。

「アフタヌーンティーね!」

 皿を三段載せられる籠に、上からケーキ、マフィン、フィンガーサンドイッチを配置している。

 目を輝かせ、それらを眺めていたお姉様は、まず、サンドイッチから手に取った。

 私も、いつもそうする。だって、後から食べたら、折角の甘みが台無しになってしまうもの。

 小さなサンドイッチの側面からは、慎重に薄切りにした孔雀石(マラカイト)の、濃い緑と黒の縞々の断面が見えていた。

 小さく噛み切ると、さくり、とした食感と共に、僅かな苦味が舌先に残る。

 ちょっとだけぴりっとするのは、粉末にした黒曜石(オブシディアン)をふりかけてあるからだ。大昔に、刃物として用いられたともいう黒曜石(オブシディアン)は、なるほど刺激的な味だった。

 ふた切れほどサンドイッチを食べてから手に取ったのは、マフィンだ。ほのかに温かいそれを半分に割って、紫水晶(アメジスト)のジャムを塗る。荒く粒を残したものを、マフィンと一緒に口の中で転がした。

「これは、瑪瑙(アゲート)と……、こちらは柘榴石(ガーネット)かしら」

 味を当てて、お姉様は嬉しそうに笑う。

 瑪瑙(アゲート)にも色々あるけれど、今回は乳白色から橙色にかけて色づいたものを選んだ。かり、と歯で噛み砕くと、舌の上に香ばしさと滋味とが広がる。

 柘榴石(ガーネット)は対照的に、甘酸っぱさに口をすぼめた。

「あら、でも、ケーキに乗っているのも柘榴石(ガーネット)よね?」

 困ったように、不満そうに告げられたのは、味が一緒になるのではないか、という懸念だ。

 いつも、この方は優しく、しかし的確に私を導いてくれる。

 私も、少しは成長したところを見せなくちゃ。

 それは食べてのお楽しみ。そう勿体ぶって返すと、あら、と数度瞬いて、お姉様はいそいそとケーキのお皿を最上段から下ろした。

 白雲母(モスコバイト)を細かく泡立てたクリームは、きらきらと光を乱反射させている。その上には、幾つも散らされた小粒の柘榴石(ガーネット)。深い赤が、まるで内側から光っているかのよう。そして、大粒でまん丸の淡い若草色をした橄欖石(ペリドット)がひとつ、三角に切り分けられたケーキのちょうど重心位置に鎮座しているのだ。

 お手並み拝見、といった表情もすぐに消えて、お姉様は幸せそうにフォークを入れた。すっ、と一口分を切り取って、柘榴石(ガーネット)を乗せたまま口の中へ。

「ああ!」

 大きく瞳を開いて、驚嘆する。

 マフィンに使っていた材料は、素材をそのまま練りこんである。

 だけど、ケーキに使った方は、実はシラップに漬けこんだ柘榴石(ガーネット)だ。

 そのままでは硬い表面が、シラップを浸透して柔らかくなり、歯で軽く潰すだけでぷつん、と中身が溢れる。その中身も、元の酸味が和らげられて、甘味が増しているのだ。

「こんな柘榴石(ガーネット)、初めてだわ! いくつでも食べてしまえそう!」

「合格点ですか?」

 思わず訊いてみたが、お姉様は意味ありげに見返してきた。

「それを決めるには、こっちを食べてみないとね」

 そして、今度はクリームごと橄欖石(ペリドット)を掬い上げたのだ。


一体いつから『お姉さま』が女性だと錯覚していた……?

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