③嫌われない
ガラガラガラ
高守が、足で保健室のドアを開ける。
「あれ、姫里さん!? どうしたの?」
保健の先生がびっくりして声を上げた。
まあ、そりゃそうだよな。
男子にお姫様抱っこされてる女子が現れたら、かなりビビるわ。
「陸上部の練習でハードルをやって、ひっかかって転んで、右足首をまた捻挫したのと右腕を痛めました」
「前やったところをまた捻挫しちゃったのか……。とりあえず冷やしましょう。そこのベッドに寝て」
「じゃあ、僕はこれで失礼します」
「ありがとう、高守くん。姫里さんのこと、すぐ連れてきてくれて」
先生がほほ笑んで言う。
「高守!」
ドアから出て行こうとした高守を呼び止めた。
言わなきゃ、お礼を言わなきゃ……。
いつもなら簡単に出て来る「ありがとう」の言葉が、今回は中々出て来なかった。
「……あっ、ありがとう!」
やっと絞り出した声。
この声は、高守に伝わったかな……?
「おう。早く治せよ」
ニコッと笑い、高守は保健室から出て行った。
「高守くん優しいね」
笑顔で言う先生に、わたしもうなずく。
「高守はホントに優しいです」
中学校に入ってから知り合った高守。
最初からフレンドリーで、かなり仲良くなった。
ちょっとお調子者なところはあるけど、明るくて優しい高守のことをわたしが好いているのは事実だった。
あ、陵河とは別だよ。
陵河は完全なる恋愛的な意味の好き。
高守は、友達としての好き。
「あれ、でも、姫里さんってテニス部だよね? なんで陸上部の練習に参加してるの?」
「連合陸上競技大会の学校推薦に選ばれてるので……」
「あ、そうなんだ。ホントに足速いもんね」
「いや、そんなことないです」
「ウソだぁ。体育祭の団対抗リレー、すごかったよ。あれ、クラスで1番足速い人が出るんでしょ? それの第1走の1年女子の中でぶっちぎり1位は、ホントにすごい」
「ありがとうございます」
「高守くんも連陸?」
「はい。高守は長距離の推薦です」
「へえ、長距離得意なんだ」
「長距離めちゃくちゃ速いですよ。短距離は高守より速い人いるけど、長距離は多分学年1位です」
「すごいね! 姫里さんは短距離推薦?」
「はい。100メートルハードルか、100メートル走です」
そんな会話をしながら冷やし、湿布をしてもらう。
「姫さん! 大丈夫か!」
「姫さん大丈夫?」
「明日ちゃん、捻挫?」
みんなの声が聞こえて顔を上げると、陸上部に参加していた人達が保健室に入ってきていた。
「みんな!」
「大丈夫?」
「うん。もう大丈夫だよ。練習終わったの?」
「うん、終わった」
「良かったぁ、元気そうで」
「いやそりゃ元気だろ。姫さんがケガしたの、腕と足だし。神経に以上はないだろ」
「大丈夫? 頭はおかしくなってない? あ、もともとおかしいか」
「おい! 失礼すぎだろ!」
明るい会話。
陸上部の先生も、安心したように笑って見ている。
「姫里。今日は病院に行け。テニス部の先生にも説明して、部活はしばらく休んで」
「はい」
「しっかり治すんだぞ。連陸、出れなくなっちゃうからな」
「はい。頑張って治します!」
「どう頑張ったら治んの?」
「それはまあ……気合で……」
陵河、そこツッコむなよ!
思わず笑ってしまう。
「姫さん1人で帰れんの?」
「あ、うん。きっと大丈夫……かな」
「大丈夫じゃねぇだろ。そんな足で、まともに歩けんの? 1回歩いて見ろよ」
高守の言葉に立ち上がり、おそるおそる右足を踏み出してみる。
「痛っ」
激痛が走る。
ああ、最悪だ。
1人でまともに歩くこともできないのかよ……。
「高守、おまえお姫様抱っこして送れよ」
うう、お願いだから、そのネタでそんなにからかわないでくれ……。
「おい姫さん、送るから。行くぞ。荷物は?」
からかいにも全く動じず、普通の調子で高守は言い放った。
みんなはびっくりしているが、これ以上からかおうとはしなかった。
単純に、わたしのことを本気で心配してくれているのが伝わってきたから。
でも、こんなに高守と一緒にいて……陵河に誤解されたらイヤだな。
ちらっと陵河を見ると、本当に心配そうにわたしのことを見ていた。
「姫さん、気をつけて帰れよ」
「えっ……あ、うん」
陵河に声をかけられたことにびっくりして、少し反応が遅れてしまった。
「あ、荷物は唯香が持ってるよ」
唯香が荷物を差し出してくる。
「ありがとう!」
笑顔で荷物を受け取り、ラケットを背負う。
「オレが持つから」
高守が手を差し出してくるけど、わたしは断った。
だって、荷物めっちゃ軽いしね。
陸上部で貸してもらってるスパイクと、後でテニス部に行く予定だったのでテニスラケット&テニスシューズ&帽子、そして水筒を持っているだけだ。
「姫里さん、気をつけて帰ってね」
「はい」
「行くぞ」
高守の左肩に右手を置いて、右足にできるだけ体重をかけないように歩く。
「明日ちゃん大丈夫?」
唯香が話しかけてくる。
「明日ちゃんは足速いから、いなかったら大変だから。無理しないで治してね」
「あはは。そんなことないよ〜。でも、部活行けないのはイヤだから、治す! 気合で!」
「はははは。気合で、な」
陵河も笑う。
「でも姫さんがいないのは本当に大変だから」
「早く治せよ」
「姫さんがいたほうが、部活楽しい〜」
「いや姫さん陸上部じゃないから」
「姫子、早く治すんだぞ」
「姫子ってなんだよ!」
横野若菜の言った「姫子」にツボるみんな。
でも、若菜はいっつも姫子って呼んでるから、わたしは慣れちゃった。
みんなと明るく話しながら歩く。
このメンバーで同じ家の方向の人はいないので、すぐに分かれ道に来た。
「じゃあね。気をつけてね!」
「これ以上コケるなよ」
「分かってるよ!」
「高守。おまえが姫さんを守れ。姫さんのこと、頼んだぞ」
ちょっ、陵河、いきなりなんだよ……。
「なんだよ。おまえのその、保護者みたいな言い方!」
「オレ姫さんの保護者だから」
「ちゃうやろ!」
「ちゃうやろって何だよ。ツッコミ方おもしろすぎか」
陵河のツボに入ってしまったらしく、超笑っている。
小学生のころからこうだった。わたしはいつも、かわいくない受け答えをしてしまう。
でも、それでも、陵河が笑ってくれるなら良いと思えた。
わたしの言葉で陵河が笑顔になってくれるのなら、それで良い。
「じゃあね」
「うん。気をつけてね」
陵河もいなくなり、いよいよ高守と2人きり。
なぜかものすごく緊張してきた。
「姫さん」
「何?」
「おまえって、ホントにすげぇよな」
「え、どうした。いきなり何?」
「頭良くて、運動神経良くて、学代やってて、合唱コンクールのピアノ伴奏とアルトのパートリーダーもやっててさ……」
「パートリーダーやってることも知ってるんだ」
「うん。A組の人に聞いた」
「そっか」
「そんな感じでさ、何でもできるし優等生なのに、明るくて優しくておもしろくて……みんなに好かれてて。誰にも別け隔てなく接してて」
「そんなことないよ。わたしはみんなに好かれてなんかない」
「いや。おまえのこと嫌いなヤツは、ただ単におまえのその能力を妬んでるだけだから」
「そんなことはないと思うけど……?」
「絶対そうだから」
高守、わたしのこと、そんなふうに思っててくれたんだ……。
嬉しくて、涙がこぼれそうになった。
「わたし、怖かったんだ」
「え?」
「小学校のころ、わたしの悪口言ってる女子が何人かいてさ……。中学校でも同じように、いや、小学校のころ以上に陰口言われると思ってた」
「……うん」
「だから、学級委員になって『えらそう』とか言われないか心配だった。でも、みんなはわたしのことを好いてくれた。わたしのことを良い子だって、優しいって言ってくれたの」
「うん」
「みんながわたしに自信を与えてくれた。わたしのことを嫌わない人もいるんだって、改めて教えてくれた」
「姫さん……?」
「あ、あれ? なんで泣いてるんだろ」
頬に涙がこぼれ落ちていた。
「何でもできる、カンペキな姫さんにも悩みがあったとはな」
「カンペキじゃないよ。わたし、テニス部の中で1番テニス下手だし」
「絶対うまくなるって」
「そうかなぁ」
「足速いし頭良いし腕の力強いんだから。絶対大丈夫だよ」
テニス部で1番強い高守が言ってくれたその言葉は、本当に嬉しかった。
「ありがとう。テニスも、本気で頑張るね!」
「あ、姫さんちここか」
「うん。ホントにありがとう!」
「じゃあな」
「じゃあね」
あっさりとした別れ方。
でも、そんなところも高守らしくて、わたしは少し笑ってしまった。




