㉖悔しさ
16,55。
頭の中からその数字が離れなかった。
わたしの最後の大会は、16秒台後半で終わり……。
「お疲れ様!」
「すごかったよ!」
みんなが笑顔で声をかけてきてくれる。
悔しい気持ち、辛い気持ちを隠し、笑顔でうなずく。
「ありがとう」
本当にこれで終わりなんだ。
来年の連陸まで、わたしが陸上の大会に出ることはあり得ないんだ。
ごめん、陵河。わたし、全然速くなかった。
17秒台出せないなんて……。
沈んだ気持ちをみんなの前では隠し通し、ついに祐梨子先輩の100メートルYH予選が始まった。
「On Your Marks」
雨に打たれながらも、身を乗り出して祐梨子先輩を見つめる。
「Set」
ファイトです、先輩……!
「バン!」
「祐梨子先輩ファイト〜!!」
最初は3位くらいだった祐梨子先輩だけど、どんどん加速していってトップに近づいて行った。
何位だ……?
「きゃ〜! 1位だよ!!」
「うおおおお〜〜!!!!!」
あり得ないほどの盛り上がりを見せるM中。
M中の中で、唯一の予選突破じゃない!?
予選の組の中で1位だからって必ず予選突破できるわけではないけど、祐梨子先輩のタイムならきっと決勝に進めるはず!
ブルーシートに戻って暖まっていると、祐梨子先輩が戻って来た。
「先輩〜〜!!」
「お疲れ様です!」
「予選突破?」
「うん!」
う、うおお、すごすぎる……!
かっこよすぎるよ……!
今まで、都大会で入賞したとか聞いても、ただすごいなーって思うだけだった。
でも、同じ舞台に立って、そのすごさをやっと本当に理解することができた。
いや、同じ舞台なんて言ったら失礼だね。
祐梨子先輩とわたしじゃ、格が違いすぎるから。
陸上部の1年生と円になって話していても、心の中の暗さはとれないままだった。
あっという間に時間は過ぎ、100メートルYHの決勝。
「第5レーン、下川祐梨子さん。N」
支部対抗は市区町村対抗なため、学校名じゃなくて市区町村の名前を言われる。
「せーの」
「祐梨子〜」
わたし達が名前を呼ぶと、祐梨子先輩は気づいて笑ってくれた。
「なんかずっとニヤけてるけど大丈夫かな?」
「ね、さっきからずっとニヤけてるよね」
わたし達が「祐梨子〜」って言ってから、ずっと笑ってるぞ。
「On Your Marks」
う、ヤバい、なぜかわたしまで緊張してきた……。
「Set」
必死に祈る。
「バン!」
最初は他の人に比べてスピードが出ていない祐梨子先輩。
「祐梨子先輩ファイト〜!!」
全身で叫ぶ。これ以上ないくらいの大声を出した。
どんどんスピードが出て、順位も上がってきている。
「ラストファイト〜!!」
「何位だ?」
「何位だった?」
みんなが一斉に、電光掲示板に名前が出て来るのを待つ。
1位は明らかに違う人だった。だから、祐梨子先輩は少なくとも2位以下……。
あ、1位の人は、下川舞子さんだって。
2位は……。
「やった〜!」
すごすぎる!
M中唯一の都大会入賞で、しかも2位なんて!
「っていうか下川さん最強すぎね?」
「それな。1位も2位も下川さんじゃん」
みんなの顔が、今までにないくらいの笑顔で満たされていた。
雨の中、寒い中。本当に辛かったけど、祐梨子先輩がゴールしたこの瞬間だけは、あり得ないくらい幸せだった……。
「姫里、お疲れ様」
山内先生に声をかけられた。
もう表彰も終わり、祐梨子先輩は賞状を持ってみんなに囲まれている。
「よく頑張ったな」
わたしは無言で首を横に振り、涙をこらえた。
祐梨子先輩がかっこよくて、すごすぎて、自分が不甲斐なさ過ぎて……。
涙がこぼれ落ちてしまった。
「どうした、姫里。泣くな!」
山内先生もびっくりしている。
「……悔しかったか?」
無言でうなずく。
もう、涙を止められなかった。
「明日ちゃんどうした?」
唯香も驚いて声をかけてくる。
「16秒台前半いけなかったのが、悔しかった……」
「何言ってんの! こんな天候の中、自己ベスト更新なんて無理だよ! でも、そんなに自己ベストに近いタイムが出たこと。それは、本当にすごいことなんだよ! だから泣かないの!」
「うん……ありがとう」
唯香の優しさが身にしみた。
でも、やっぱり涙は止まらなかった。
「姫さんどうしたの〜」
他の人も声をかけてくる。
「なんで泣いてんの、都大会でビリじゃないとかそれだけで最高じゃん!」
「すごい速かったよ!」
「ありがとう……」
みんなの言葉で、わたしは少しだけ笑顔になれた。




