②助けるのは
「姫里! 前原! 桧野! 谷屋!」
「はい!」
陸上部の練習中。
先生に名前を呼ばれた4人は、いっせいに先生のほうへ駆け出す。
わたし(姫里明日奈)、C組の前原夢芽、桧野陵河、同じクラスの谷屋巧。なぜこの4人が呼ばれるんだ?
「きみ達4人は、100メートルハードルの選手として推薦している人達だ」
ああ、そういうことか。
わたしは最初、100メートルハードルで推薦されていた。でも、膝を痛めているから無理かもしれないと言ったら、100メートル走でも一応考えてみると言われたんだ。
「えっ、姫さんハードルなの? 100メートル走じゃないんだ」
「姫さん」
ほとんどが呼んでいるその愛称。
そう呼ばれることには慣れていたし、それが普通だった。
でも、陵河が言ったというだけで、すごく特別感を感じる……。
「うん。でも、膝痛めてるから、100メートル走になるかもしれない」
「そっかぁ。膝大丈夫? オスグット?」
「ううん。違うよ。っていうか、そういう陵河こそオスグットでしょ?」
「いや、オレは大丈夫だから」
「何言ってんの」
思わず笑ってしまう。
こんな和やかな会話をしている間に、先生がハードルを準備していた。
「本番は男女でハードルの高さが違うが、今回はまだ姫里が初めてなので低めに設定している」
「はい」
テニス部と陸上部はいつも部活の時間がかぶっている。
だから、わたしは他の人に比べても陸部に顔を出す回数がかなり少ないんだ。まあ、同じ部活の高守祐也は同じだけどね。
「じゃあ、試しに1人1本走ってみよう。並んで」
「誰からやる?」
「やっぱりそこは男子からでしょ〜」
「いや、レディーファーストで」
「あーもう良いよ。オレから行くから」
陵河が1歩前に出た。
「さっすが陵河」
わたしが笑顔で言うと、陵河もほほ笑んだ。
「オレの次は姫さんね」
「うん。分かった」
陵河からしてみれば、こんなのは特に気にも止めない日常会話なのだろう。
でも、わたしにとっては特別で、本当に嬉しい会話だった。
「オレの次は姫さんね」
その言葉と陵河の笑顔が、頭から離れない。
「陵河くんの跳び方……」
夢芽が思わず吹き出している。
そう。陵河ははっきり言って、ハードルがめちゃくちゃ下手なんだ。
足が速いからタイムも速いけど、跳び方が本当におかしい。ピョーンと跳ぶというか……とりあえず、なんか変すぎるんだよなぁ。
「夢芽、笑っちゃダメでしょ!」
わたしも笑いながら夢芽の頭を軽くたたく。
ピンクのフチのメガネに、一つ結びにしているサラサラのロングの黒髪。
かなり可愛い容姿で、しかもフレンドリー。
クラスは離れてるし違う小学校出身けど、わたしにも「姫さん」って言って明るく話しかけてきてくれたんだ。
だから、夢芽のことはかなり良く思っている。
「はい、次、姫里良いよ〜」
先生に言われ、スタートを切る。
久しぶりのハードルは、感覚がよく分からなくて難しかった。
うう、ヤバい。失速してるなっていうのが自分でも分かる。
もっとスピード上げなきゃ。
踏み出す足に力を入れ、ハードルを飛び越そうとした瞬間……。
「きゃぁ!」
痛い、ヤバい、どうしよう。何も考えられない。
なんでわたし、地面に倒れ込んでるんだ?
あ、そうか、ハードルに足がひっかかってしまったんだ。
今、腕から落ちたよね。そして腕の力だけじゃ体重を支えることができなくて、倒れちゃったんだ……。
「姫さん!? 大丈夫か!?」
これは、陵河の声……。
「うん、大丈夫だよ」
そう言って無理に笑顔をつくり、起き上がろうとする。
「痛っ!」
右腕に激痛が走る。
右腕から着地しちゃったんだ……。
なら、左腕を使って……。
「痛っ!」
右足を地面につけた瞬間、にぶい痛みが走った。
治りかけの捻挫を、もう1回捻挫しちゃったんだ……。
「姫さん、無理すんな! 動かないで良いから!」
誰よりも速く駆け寄って来てくれた陵河が、わたしのことを止める。
「姫里! 大丈夫か!?」
先生、巧、夢芽。
まず視界に入ってきたのは、その3人だった。
「明日ちゃん!?」
「姫さん、大丈夫か!?」
他の人達も駆け寄ってきている。
ああ、やっぱりわたしはバカだな。
みんなに迷惑をかけることしかできないんだ。
みんなの心配そうな顔を見ていると、苦しくなってきた。
わたしはこんなに迷惑をかけているのに、みんなは本当に心配してくれてる。
なんで……。
なんでみんなは、こんなに優しくしてくれるの?
涙がこぼれ落ちた。
ああ、バカ。
泣いたらみんなはもっと心配するのに。
「姫里、歩けるか? いや無理だよな。保健室の先生呼んでくるからちょっと待ってて」
「先生。姫里さんのこと、オレが連れて行きます」
「ホントか?」
「はい」
え、高守……? なんで……。
「でも、どうやって連れて行く気だよ?」
「姫さんは歩けないんだぞ」
「持ち上げる」
「はぁ!?」
突然の高守の持ち上げる発言にびっくりする。
「そんなこと言っても、わたしのほうが体大きい……」
「黙ってろ」
高守が、右腕をわたしの背中に回し、左腕を足の下に通した。
ちょまっ、それって、お姫様抱っこ……。
フワッと体が持ち上げられる。
す、すげぇ。身長差が6センチくらいあるわたしのこと、軽々と抱き上げちゃったよ……。
「ちょっと待って。姫さんは痛いと思うし、こんな時にこんなこと言っちゃいけないと思うけど……。このシチュエーションはヤバい!」
「高守、男らしすぎだろ!」
「普通にすげぇな」
は、恥ずかしい……。
陵河にも思いっ切り見られてるのが分かる。
保健室に向かう途中、みんなに声が届かない距離まで来た。
「高守、ごめんね。ホントに。迷惑かけちゃって……」
「今そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ」
「はい……すみません……」
「っていうか、おまえ身長の割に軽いんだな」
高守がニコッと笑い、わたしを抱く手に力を入れた。
こんな状況なのに、鼓動が速くなっているのを感じる……。




