第一話
もう3月が来ようというのに風は冷たく、山の木々の蕾もまだ小さく硬い。
りかが眠い目をこすり、時計を見ると既に11時を回っていた。
頭がズキンと痛む。
《しまった・・・、昨日は打ち上げでちょっと飲みすぎたかしら・・・、帰宅したのが深夜2時。嘘?それから、ずーっと眠りっぱなし?まぁ、番組の収録で仙台へ飛ぶのは、今日の最終便だから時間もあるし、カフェでも行ってランチでも食べますか》
りかはベッドの脇で眠る愛犬に声を掛ける。
「小町、小町も一緒に行くわよね?」
嬉しそうにワンと吠えた。
「おいで」
りかは小町を持ち上げる。
小町は、りかが今住んでる河内長原のメゾン・聖ケ丘に引っ越した際に飼いはじめた柴犬の雌で、2階上の管理人も兼ねているマンション・オーナーの息子の紹介で手に入れたのだ。
りかがマンションを探す条件は3つあった。
1、防音設備がある部屋が在ること。(りか自身がラジオのDJ以外に、シンガーソングライターをやっている為、楽器の演奏や歌ったりするのだ。)
2、セキュリティがしっかりしてること。(マンションはオートロック以外にも、“番犬警備保障”という警備会社との契約がされていた。)
3、ペットが飼えること。(実は、りかは重度の寂しがり屋なのだ。)
この条件を完全に兼ね備えた物件は大阪府下で三軒しかなく、最後に紹介してもらった物件が今の部屋なのだ。
不動産屋の営業は、りかの3つの条件が揃っている事以外にこうも囁いた。
『ここのオーナーの息子さん、無茶苦茶イケメンなんですよ。今は近くの高校の先生やってるらしいんですが、大学の頃ファッション雑誌のモデルもやってたんですって、ここだけの話。しかも、独身』
実際、部屋を見せて貰った帰りに、オーナーの息子の帰宅とはちあわせ、
一目で彼の事が好きになった。
思わずボソリと洩らす。
「営業さん、決めました。このマンションにします。ここじゃなきゃ嫌です」
心の中では、拳を握りしめ、
《ううん、これ絶対運命。そうじゃなきゃ、こんな絵に描いた様な出会いあるもんですか。神様、ありがとう!》
マンション・オーナーの息子に、満面の笑みで応えた。