ファンタジーショートショート:異世界転移断固拒否
「飲み過ぎたかな?」
そう言いながら男は居酒屋のトイレで用を足していた。
「とは言えこれから2次会、3次会と続くんだからセーブしていこうかな」
等とぼやきながらトイレを出ようとした瞬間、男の足元に光り輝く魔法陣が現れたのだ。
「!?」
一瞬の浮遊感。そして男は異世界へと転移・・・
「なんの!」
次の瞬間男は無理やり体を捩じるように飛び退きその魔法陣を回避したのだ。
「何だったんだ今のは?」
ラノベ等を愛読する男には、先ほど現れたのは召喚の為の魔法陣ではないかと推測できた。
「と言うことは、あれに吸い込まれたら異世界行きなのかね?俺勇者になったりして?」
酔った頭で考えた挙句、先ほどの現象は酔った事による幻覚の類と決めつけ男は飲みの席に戻っていった。
次にその男の足元に魔法陣が現れたのは、2次会へ徒歩で移動中の事であった。
再び目にした魔法陣に今度こそ幻覚でも何でもないと理解した男。今度は目いっぱい足を広げ魔法陣を回避。
「今度もどうにか回避できたか・・・な⁉」
するとすぐさま次の魔法陣が現れ男は慌てながらに回避する。しかし次から次へと現れる魔法陣。男はひたすら回避に専念する。
「なんかお前の足元さっきから光ってないか?」
2次会へ一緒に歩いていた友人達から男に指摘が入る。
「き、気のせいじゃないか?もしくはスマホかな?」
白々しくも男が嘘をつく。しかし友人も酔っているためそれ以上の追及はしてこなかった。
「そう言えば今度お前結婚するんだって?」
友人の一人が思い出したように呟く。
「まだしてねーよ。今度プロボーズするんだって」
どうにか次々と現れる魔法陣を回避しきった男が答える。
「サプライズで色々用意してんだ!」
力説する男に友人は
「あんまり力入りすぎて失敗するなよ?」
そんな友人の照れるように「おぅ」とだけ答えるのだった。
そんな二次会中何故か魔方陣は現れなかった。
「やっと諦めたか…」
ホッとした気持ちで男は自宅に戻るのであった。
そんな油断していた男に翌日、起床する寸前に布団よりも大きな魔方陣が突如現れた。一瞬の浮遊感に目が覚めた男は魔方陣の縁に何とかへばりつく。
「ぬぉぉぉぉ!寝起きを攻めてくるとは卑怯なぁ!」
しかし今度はそこから抜け出すことが出来ない。今までよりも遥かに引き込む力が強いのだ。
「い、いやだ!まだ彼女にプロポーズもしていない!こっそり指輪も用意しているのに!サプライズで用意しているのに俺が消えるサプライズって嫌すぎるだろう!」
そうやって抵抗続けるもどんどん引き込まれていく男。彼女にあれをするこれをすると大声で叫び続ける男。もうだめかと思っていた次の瞬間。ガチャガチャと家の玄関の鍵を開ける音。そこに立っていたのは彼女であった。よくわからないものに引き込まれそうになっている男を抱き抱えると「ふん!」と力を込めて引き上げる。あの力が嘘のように男は魔方陣から逃れることができた。
「朝ごはん作ってあげようと思って寄ったんだけど、あんなこと大声で叫んでるんだもん。」
そう嬉しそうに彼女は微笑んでいた。
「でもさっきの叫びは本当・・・?」
もうサプライズでも何でも無くなってしまった。そのままの勢いで何とかプロポーズに成功し幸せを掴んだものの、あの時の彼女の細腕のどこからあんな力が出たのだろうと首を傾げ、そして自分が尻に敷かれる未来が容易に想像できてしまったのである。