2.とある兵士の苦難
二、
シオンが狼を撃ち殺し、幌馬車は森を抜けた。兵士たちの安堵の声が聞こえ、俺は羊とリオを抱く腕の力を緩めた。
「サトー…?」
腕の中のリオの目が覚めたようだ。
「あぁ、リオ。おはよう」
「おはよう………どこ、ここ」
「馬車の中だ」
「…ばしゃ…?………馬車!?」
リオは俺の腕から飛び起きて、辺りを見回す。それに驚いた兵士たちの視線は一斉にリオへと向けられた。
「なんで馬車に乗ってんの!」
「なんでって、お前、泣きながら走って来ただろ」
「そんなことしてな……」
リオは、だんだん思い出してきたようで、その場に座り込んだ。恥ずかしい、と呟いて両手で顔を覆う。羊はそんなリオへと近づき、俺を責めるようにメェメェと騒がしく鳴いた。
「なんだよ、一緒に行きたかったんじゃないのかよ」
「そのつもりだったけど!」
泣くはずじゃなかったんだよ、と口の中でもごもご言って、羊に抱きついて動かなくなる。昔から、都合が悪くなったり、恥ずかしくなると、こうやって不貞腐れるのだ。
かわいいなぁ、と思いながら、ぽんぽん、と頭を撫でる。
「馬鹿にすんな、馬鹿……」
「ごめんって」
リオはチラリ、とこちらを見て、ありがとう、と呟いた。
あぁ、かわいい!
抱きつこうと両腕を伸ばしたとき、
「はぁーい、そこまで〜」
と、シオンが俺とリオの間に入り込み制す。
「なんだ、邪魔だ」
「お二人とも、仲良くするのは良きことですが、ここは公共の場ですよ、弁えてくださーい」
シオンがそう言うと、リオは周りを見て顔を真っ赤にさせ、また羊に顔を埋めた。
「男同士で恥ずかしいもなにもないだろ」
俺はシオンの肩を掴み、退かせようとするが、逆に両肩を掴まれて、
「あの〜、そのことなんだけれどね、この子、男の子じゃなくて……」
「今、なんて?」
リオがシオンの肩越しに話しかけて来た。
「男同士?誰と誰が。」
なんだろう、物凄く機嫌が悪い。
「いや、だから、リオと俺が男同士で……」
言い終わる前に、リオの拳が鼻に直撃した。ワァォ、とシオンが口笛を鳴らした。俺は打たれた鼻を押さえながら、リオを見る。リオは耳まで赤くして、涙を浮かべ、叫ぶように言った。
「僕、女なんだけど!」
それから後、幌馬車の中では他の兵士から馬鹿にされ、リオは口をきいてくれなかった。最悪だ。
王都に着いてからも、リオはシオンの隣を歩く。リオの人見知りにシオンのフレンドリーな勢いは合わないと思っていたが、そうでもないようだ。
「リオちゃん、17歳なんだ〜。同い年かと思ってた」
「女にしては背が高いし、髪も短いから、そう見えるのかも。」
「大人っぽいんだね〜、今度さ、町の案内したげよっか!」
「いいんですか!」
和気あいあいとする二人の背中を見ながら、ため息をつく。リオに殴られた鼻からは鼻血が出て、まだ完全に止まってない。口に嫌な鉄の味が広がる。
「お前は俺の味方か?」
足元をトコトコあるく羊に話しかけてみたが、メェ、とひと泣きして、リオの隣を歩き始めた。
あぁ、味方がだれもいない。
□□□
背後から溜息が聞こえた。
サトーも反省しているのだろう。俺は、隣を歩くリオちゃんを見る。確かに、外見は男の子っぽいが、やっぱり女の子だ。なんで、幼馴染は勘違いしていたのか。馬鹿なのか。
「シオンさん…」
「な〜に?」
「僕って、そんなに男に見えますか?」
"僕"という一人称に違和感を感じながら、そんなことないけどなー、と笑って返す。すると、そうですか……、と納得してないように返事をして、俺とリオちゃんの間には無言が続いた。こういう、繊細なところも女の子らしのに……。なんて考えながら、後ろを振り返ると、サトーと目があった。俺がふざけてウィンクすると、今にも殺しにかかるような目つきでこちらをにらむ。堅物の鈍ちんだなぁ〜。俺は、これから先がとても楽しみになった。