3.とある羊飼いの夢
三、
それから、僕はなんとなくサトーに気まずさを覚えて、物資の配給のときも、サトーと鉢合わせしない様に、気をつけていた。みんな図体がでかくて、サトーとそんなに変わらない人ばかりだった。でも、サトーが他の兵士と違っていたのは、
「サトーさん、かっこいいわよね!」
「そうそう、優しいし、笑顔も素敵よ!」
「兵士にならずに、この村にいればなぁ〜。私、お嫁さんになりたかった!」
「私もよ、王都に彼女とか、いるのかしら」
村の娘がきゃっきゃと、騒ぐほどの顔立ちの良さ。あと、性格の良さ。サトーはいい奴だから、きっと、王都でも無自覚に女を誑し込めているんだろう。
僕は、はぁ、と息を吐き出して、家路を急いだ。
サトーが訪ねてきたのは、王都に帰る前夜だった。手には大きな袋。
「リオ、なんで配給に来なかったんだ」
玄関を開いて、早々。怒った顔のサトーがあった。背も僕よりずっと高くて、迫力がある。
「い、行ったよ。ちゃんと、薪もご飯も貰った!」
僕は扉に隠れる様に返事した。が、サトーは強引にも扉を開け、ずかずかと家に乗り込んできた。そして、床下の貯蔵庫を覗きこみ、配給された物資を確認した様だった。
「な、ちゃんと行っただろ!」
僕は、床下から出てきたサトーに言った。サトーの機嫌はまだ直っていないらしい。どうして怒ってるのか理解できず、少し不安になる。すると、サトーが口を開いた。
「なんで、来たなら来たって、俺のところに来ないんだよ」
……?
「そ、それで怒ってんの?」
こくり、とサトーが頷く。
僕は、気が抜けて、笑いがこみ上げて来た。サトーは、かあぁ、と真っ赤になって、口をパクパクさせていた。
「だ、だって!心配するだろ、来ないし!俺、明日帰るのに!顔見れないし!」
僕は笑い過ぎて、サトーの言葉が入ってこなかった。だから、サトーがジリジリと僕に近づいているのにも、気づかなかった。
「リオ、わ、ら、い、す、ぎ、だ!」
「え…きゃっ!」
僕はサトーに担がれて、ベッドに放り出された。そのまま。サトーは僕のお腹に頭を押し付け、うぅ、と唸り声をあげている。恥ずかしいんだろう。
「サトー、ありがとう。でも、僕は大丈夫だから」
僕はサトーの頭を撫でた。ごつごつした髪が、少し痛い。サトーの放り投げた袋には、パンやチーズがはみ出していた。羊が、それを嗅いで、ふんっ、とそっぽを向いて僕の視界から消えた。
ぼそぼそと、サトーが話し始めた。
「本当に心配なんだ……リオは家族だから」
胸の奥がチクリとした。
「…家族、ね。ありがとう、サトー。」
「だから、リオ、俺と一緒に王都に来ないか?」
「…………え?」
頭がついていかない俺とは裏腹に、サトーは僕のお腹から離れ、覆い被さるようにして顔を近づけた。
「もちろん、羊も連れて来たらいいから!家だってあるし!な、俺と王都で暮らそう?最初は寂しいかもしれないけど、慣れたらどってことないから!」
サトーのキラキラした青い瞳に吸い込まれそうだ。僕は、暫くサトーと見つめ合うことになっていたが、ハタと気付く。
プ、プロポーズみたいだ……。
思いつくと顔に熱が集中するのがはっきりわかった。しかも、この体勢はマズイ……。
「ん?リオ、顔赤くなって…」
「な、なんでもないから!」
僕は、ベッドから転がるように抜け出し、羊の方へ駆け寄った。サトーに背を向けて、羊に抱きつく。
「なぁ〜、リオ〜」
サトーが、背後に近づいてくるのがわかった。
「ちょっと待って!考えさせて!」
声がうわずってしまった!
サトーは立ち止まり、わかった、と言った。少し、寂しそうな声だったが、今は自分のことで精いっぱいなんだ。許して。
「それじゃぁ、明日の十時にはここを出るから。役場のところで、待ってる」
こくこくと首を縦に振ると、サトーは玄関から出て行った。おやすみ、と外から声がした。僕も、羊に回した腕に力を入れ、おやすみ、と呟いた。