表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリマヴェーラ  作者: 夏木潤
とある羊飼いの夢
3/8

2.とある羊飼いの夢

 ニ、


 夢を見た。幼い頃からずっと続く夢だ。


 僕は迷路を進んでいる。薔薇の迷路だ。壁は僕の背よりずっと高い。進むにつれて、白色だった薔薇が、どんどん赤くなっていく。そして、開けた場所に、彼女がいる。一人でお茶会をしている。彼女はとても綺麗な人だった。豪奢なドレスを見に纏い、僕に気づいて微笑みかける。夢の中では、彼女とお話をする。醒めたら、覚えていないけれど。とても美しい時間。それが終わるのは、どこからか鳴り響く鐘のおと。それがなると、お茶会は終わる。彼女は、寂しそうに笑って言うのだ。


 …また、お会いしましょう、我が愛し子。


 目を覚ますと、朝で、暖炉の前だった。羊に頭を乗せ、あのまま眠りこけたらしい。

 がちがちの体に鞭打って、消えかけた暖炉の火の為に床下の貯蔵庫に向かう。床下は寒いし、暗い。ランプを手にとり、床下へと潜り込む。そこには、羊の干し草と僕の食糧、それと薪。どれも、もう残りわずか。自然と、溜め息が漏れる。しかし、どうこう考えても仕方ない、と気を取り直して、薪に手を伸ばした時だった。

「リオ!おーい、おはよう!」

 と、地上から懐かしい声が聞こえ、僕は薪を放ったらかして玄関へ向かった。

 そう、そこにいたのは、

「サトー!」

 ニカッと笑う青年。僕の友達のサトーがいた。サトーはこの村の出身で、今はお城の兵士をしている。図体が良く、軍服が良く似合う、そんな奴だ。

「久しぶりだな、リオ。相変わらずひょろっちぃなぁ」

「うるさい!お前が凄いだけだ、このゴリラめ!」

 サトーの胸板を一発殴ったが、びくともしない。ははは、と笑って僕の頭を撫でた。馬鹿にされている。僕は、むっとしたままサトーを家に入れた。

「寒いな、火が消えてるじゃないか」

「これから入れるんだよ!」

 僕は床下から薪を取り出し、暖炉に焚べた。サトーはコートを脱ぎ、ベットに腰掛け、足元に寄ってきた羊を撫でていた。緩む頬に気づき、こほん、と咳払いをする。

「で、サトーはどうしてここにいるんだ?」

「あぁ、物資の配給さ」

「配給…」

 僕は羊を挟んで、サトーの隣に座った。

「王様が、夏と秋の女王に頼んで楽園(エデン)から食糧を貰ってきたんだとさ」

楽園(エデン)?」

楽園(エデン)…って知らないかぁ。女王たちにはな、それぞれ楽園があるんだよ。塔にいる期間以外はそこで暮らしているらしい。場所は王様しか知らないんだけど。そこには食糧があるらしい」

 僕が、へぇ、と声を漏らすと、サトーはくすくす笑った。そして、ぽん、と僕の頭に手を置き、

「…辛いこととか、なかったか」

 と、呟くように尋ねた。

 どくり、と心臓から血液が大量に送り出された気がした。サトーの視線が突き刺さる。

「ないない、元気だったよ?みんな優しくしてくれるし」

 僕はサトーと目を合わせず、そう言った。足元の羊は能天気に眠りこけている。なんだか、心の奥底から氷の様な冷たさを感じた。

 サトーは暫く僕を見て、そうか、と立ち上がって、コートを纏った。僕も立ち上がり、玄関へ見送りにいく。

「俺、あと二日いる予定なんだ。この村が終わったら、王都に帰るから。」

「二日…か」

「役場の前で物資を配給するから。…昼頃から始めるからな」

「うん、バイバイ…」

 サトーは、じゃあな、と僕の顔を一瞬見て、出て行った。

 僕は、ちゃんと笑えていただろうか。



▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷▷


 俺は、リオの家を出て、役場までの道を歩いていた。リオは俺の弟みたいな、そんな存在。立ち止まり、ふと、リオの声を思い出す。


『ないない、元気だったよ?みんな優しくしてくれるし』


「目が、赤かったよなぁ…」

 俺は自分の無能さ加減に腹が立ってきた。大切な人も守ってやれない、情けない男だ。図体がでかくても、兵士になっても、俺はいつまでたっても、あいつを守ってやれてない。

 俺は、地面に降り積もった雪を蹴り上げた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ