2.とある羊飼いの夢
ニ、
夢を見た。幼い頃からずっと続く夢だ。
僕は迷路を進んでいる。薔薇の迷路だ。壁は僕の背よりずっと高い。進むにつれて、白色だった薔薇が、どんどん赤くなっていく。そして、開けた場所に、彼女がいる。一人でお茶会をしている。彼女はとても綺麗な人だった。豪奢なドレスを見に纏い、僕に気づいて微笑みかける。夢の中では、彼女とお話をする。醒めたら、覚えていないけれど。とても美しい時間。それが終わるのは、どこからか鳴り響く鐘のおと。それがなると、お茶会は終わる。彼女は、寂しそうに笑って言うのだ。
…また、お会いしましょう、我が愛し子。
目を覚ますと、朝で、暖炉の前だった。羊に頭を乗せ、あのまま眠りこけたらしい。
がちがちの体に鞭打って、消えかけた暖炉の火の為に床下の貯蔵庫に向かう。床下は寒いし、暗い。ランプを手にとり、床下へと潜り込む。そこには、羊の干し草と僕の食糧、それと薪。どれも、もう残りわずか。自然と、溜め息が漏れる。しかし、どうこう考えても仕方ない、と気を取り直して、薪に手を伸ばした時だった。
「リオ!おーい、おはよう!」
と、地上から懐かしい声が聞こえ、僕は薪を放ったらかして玄関へ向かった。
そう、そこにいたのは、
「サトー!」
ニカッと笑う青年。僕の友達のサトーがいた。サトーはこの村の出身で、今はお城の兵士をしている。図体が良く、軍服が良く似合う、そんな奴だ。
「久しぶりだな、リオ。相変わらずひょろっちぃなぁ」
「うるさい!お前が凄いだけだ、このゴリラめ!」
サトーの胸板を一発殴ったが、びくともしない。ははは、と笑って僕の頭を撫でた。馬鹿にされている。僕は、むっとしたままサトーを家に入れた。
「寒いな、火が消えてるじゃないか」
「これから入れるんだよ!」
僕は床下から薪を取り出し、暖炉に焚べた。サトーはコートを脱ぎ、ベットに腰掛け、足元に寄ってきた羊を撫でていた。緩む頬に気づき、こほん、と咳払いをする。
「で、サトーはどうしてここにいるんだ?」
「あぁ、物資の配給さ」
「配給…」
僕は羊を挟んで、サトーの隣に座った。
「王様が、夏と秋の女王に頼んで楽園から食糧を貰ってきたんだとさ」
「楽園?」
「楽園…って知らないかぁ。女王たちにはな、それぞれ楽園があるんだよ。塔にいる期間以外はそこで暮らしているらしい。場所は王様しか知らないんだけど。そこには食糧があるらしい」
僕が、へぇ、と声を漏らすと、サトーはくすくす笑った。そして、ぽん、と僕の頭に手を置き、
「…辛いこととか、なかったか」
と、呟くように尋ねた。
どくり、と心臓から血液が大量に送り出された気がした。サトーの視線が突き刺さる。
「ないない、元気だったよ?みんな優しくしてくれるし」
僕はサトーと目を合わせず、そう言った。足元の羊は能天気に眠りこけている。なんだか、心の奥底から氷の様な冷たさを感じた。
サトーは暫く僕を見て、そうか、と立ち上がって、コートを纏った。僕も立ち上がり、玄関へ見送りにいく。
「俺、あと二日いる予定なんだ。この村が終わったら、王都に帰るから。」
「二日…か」
「役場の前で物資を配給するから。…昼頃から始めるからな」
「うん、バイバイ…」
サトーは、じゃあな、と僕の顔を一瞬見て、出て行った。
僕は、ちゃんと笑えていただろうか。
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俺は、リオの家を出て、役場までの道を歩いていた。リオは俺の弟みたいな、そんな存在。立ち止まり、ふと、リオの声を思い出す。
『ないない、元気だったよ?みんな優しくしてくれるし』
「目が、赤かったよなぁ…」
俺は自分の無能さ加減に腹が立ってきた。大切な人も守ってやれない、情けない男だ。図体がでかくても、兵士になっても、俺はいつまでたっても、あいつを守ってやれてない。
俺は、地面に降り積もった雪を蹴り上げた。