深まる謎②
※ ※ ※ ※
夜の森は鬱蒼とし、人の出入りを拒んでいる。
まるで世界はイシューのものであると告げているかのように。
アンリを追いながら、リンは頭の中でこれまでの出来事をまとめようと試みていた。
領主の子供の誘拐
村に伝わる伝承
森の中にあるという村
返された領主の子供
色々な情報があるものの、どうもその関連性が見えなかった。
誘拐の犯人はいったい何の目的で子供を攫うのか?
そして一度攫った領主の子供を、何故返しに来たのか?
考えるほどに疑問点が膨らんでいた。
「リン!!」
突然自分の名を呼ばれ、リンは我に返った。
「あ……アンリ。どうだった?」
リンの問いかけにアンリは首を左右に振った。
「すみません。この近辺までは確認できる距離だったのですが、急に見失いました。」
「そっか。でももしかしたらまだ潜んでいるかもしれないね。ちょっと探してみようか。」
「いえ、今夜は止めた方がいいかと……。夜に森に入るのは余り気が進みません。それに、相手は手傷を追っています。もしかしたら血痕があるかもしれませんから、明日、日が昇ってから捜索しませんか?」
「うん……」
「リン?先ほどもそうでしたが、任務中や森の中で考え事をするのは感心しないですよ。」
上の空で話を聞くリンを、アンリは軽くたしなめた。
リンの性格上、一つのことに集中すると周りが見えなくなる。
さっきもかなりの近距離に接近していたにも関わらず、リンはアンリの気配に気づかなかった。
これがイシューであったなら、一発で致命傷を与えられ、絶命しても可笑しくない間合いである。
殺気が無いから気づかないというのもあるが、聖騎士として、なによりも対イシューとの戦闘を常とする身としては致命的な欠点であった。
「う。ご、ごめん」
「ごめんで済むならいいですけど……本当に心配をかける人ですね。で、どうしたいですか?」
反論の余地がなく、唸るしかないリンにアンリは微笑みながら言った。
近くの木にもたれるように腕を組み、話を聞こうとするアンリに、リンは降参とでもいうように両手を上げた。
「はぁ、まったくアンリにはかなわないわ。」
「私はリンの相方ですからね。貴女は私の主でもあり、守るべき大切な人でもありますし。」
「もう、すぐそうやって茶化すんだから。まったく、いつも真面目なのに、こういう時だけ冗談言わないで!」
アンリとしては至極まじめに言っているのであるが、リンにとってはこそばゆいことを言われているような感覚となり、いつも気恥ずかしくなって怒鳴ってしまう。
「えっと、本題に入るけど……」
リンはこほんと咳払いをしつつ、これまで考えていることを一つ一つ言ってみることにした。
「あの赤ちゃんはやっぱり領主の子供だったみたい。」
「あの不審人物が持っていたということは、犯人か、それとも助けてくれたのか?」
「……あるいはその両方かもしれなわね。」
「では可能性を潰して見ましょう。」
アンリの提案に、リンは頷きながら自分の考えを口にした。
「まず、可能性①。犯人はイシューであるという場合。」
「そうすると、あの不審者は使い手で、イシューを倒して子供を助けたということになりますね。」
「でも、そうならばもっと堂々と返しにくればいいでしょ?私たちに呼び止められて逃げるって言うことはやましいことがあるって感じじゃない?」
「確かにそうですね。ということは、あの不審者は誘拐事件の犯人と何らかの関わりがあるかもしれないですね。」
リンはアンリの言葉に同感といった体で頷いた。
「じゃ、次。可能性②。犯人は人間である場合。これなら何らかの目的で領主の子供を攫ったものの、やっぱり返しにきたということになるわね。これならさっきの不審者が犯人の行動とも辻褄があうし。」
「えぇ、ですからこの事件はやはり人間の仕業かと私は思います。」
「とは言うものの、犯人に関しての情報はあんまりないわよね。決定的な目撃情報としては領主の奥さんの証言だけでしょ?」
「そうですね。『犯人は複数』ということと、『犯人は男だった』ということに2点だけになりますね。」
「領主の子供を攫って、でも領主の子供を返して…目的が分からないからその行動もよく分からないわね。」
うーんと唸りながら考えをめぐらしていたリンが、ふと思いついたように言った。
「……もしかして、犯人は領主の子供だって知らなかったんじゃないかしら?」
「どういうことですか?」
「領主はたまたまガザンに来ていたって話だから、それを狙っての犯行というは難しいと思うの。それに身代金などの脅迫も来てないし……。なにより同日に他の子供も攫われている。このことを考えると村の伝承に則って子供を誘拐したものの、攫った子供が領主の子供だということが後で分かったのかもしれない。」
「だとしたら、何故わざわざ子供を返しに来たのでしょうか?返しにくるリスクが高いと思いますが……。」
「もしかして……、捜索隊のせい……かもしれない。」
「捜索隊?」
「子供の捜索・奪回として捜索隊が結成されていたという話があったでしょ?捜索隊が結成されたのは領主の子供が攫われたからだわ。もし領主の子供が攫われることがなければ捜索隊が結成されることは無かった……。」
「そういえば、食堂のおかみが『すごい捜索隊が結成されて森に入ったって……』仰ってましたね。」
「ええ。つまり犯人は森に入ってきて欲しくなかったってことになるんじゃないかしら。」
「そうなると、攫った子供が領主の子だったってことに気づかない人物で、森を捜索して欲しくない人間が犯人ってことになりますね。」
「それにね、領主が乗っていた馬車には普通、ラスフィンヌの紋が入っているはずでしょ?つまり一目で領主の馬車だって分かるのに、あえてその馬車を襲ったってことはラスフィンヌの紋の意味が分からない人間なんじゃないかと思うの。」
「少なくとも、村人はラスフィンヌ紋を知っているでしょうね。」
「でしょ。ってことは、ガザンの村人以外ってことになるんじゃないかな?」