願い③
(開け!!)
そう思って何度も見えない壁をたたくが、びくともしない。最後の手段とばかりにリンは『女神の涙』を握りしめ、女神を讃える言葉を呟いた。
現れた剣を握り締め、リンは結界に切りつけた。
パリンという乾いた音と共に、結界は粉々に砕け散った。
その音は空間に響き渡り、ユリヤの胸元に口付けようとしていたザゼルの耳にも届いた。
「ふ……そなた、本当に面白い……。」
リンに向き合うと不適な笑みを浮かべてザゼルは言い放った。今までユリヤに浮かべていた愛しさの欠片もない残酷な笑みであった。
「そう。でも、あんたを面白がらせるためにしたわけじゃないから。」
リンも負けずにザゼルを睨みながら言う。人型のイシューは獣型のイシューに比べて遥かに強い。こうやって対峙しているだけでも、その存在感に圧倒されてしまいそうになるのだ。
だが、リンはそのザゼルではなく、ユリヤに向かって語りかけた。
「ユリヤさん。駄目よ!!貴女は騙されている!こいつは『神様』じゃないわ!」
「神様じゃない……?」
「そうよ!こいつはイシューと呼ばれる存在。人を糧とする種族よ。」
「イシュー……。」
ユリヤの瞳に戸惑いの色が浮かぶ。だが、それも一瞬のことだった。
再び虚ろな瞳になったユリヤはザゼルに身を寄せたのだった。
「ユリヤさん!?」
「私は、この方が神様でも、そうではなくてもいいの……。この方は……私を必要としてくれる。」
「え?」
「貴女には分からないわ。全てを持っている貴女には……。」
その言葉を聴いたとき、リンの脳裏に別の人物がよぎった。
美しい栗毛に軽やかな笑い声。いつも優しく微笑む少。だが、あの時彼女は苦しげにリンに言ったのだ。
『リンには分からないわ……。だって貴女は全てを持っているもの。』
別の時間に言われた言葉。だが、ユリヤにそれを言われ、リンは少なからず動揺した。だから気づかなかったのだ。ユリヤの瞳が真紅に輝き始めていたことに。
「だから……貴女に私を止める権利は……無いわ!」
ユリヤの叫び声と共に、空気が震え、床が切り裂かれる。
赤黒い光の刃は、確実にリンを狙い、突き進んできた。
リンはその轟音で我に返ると、それを避ける。が、その風圧まではかわしきれず、リンははじき飛ばされた。
慣性のままもっていかれる体を、バランスをとり、着地する。そして、変わらずに剣を構えたリンが目にしたのは、赤い瞳に綻ばせた口元から出る白い牙を持つユリヤだった。
「ククク……。ようやった、ユリヤよ。」
「その……瞳。何故、ユリヤさんが……イシュー?」
「ユリヤは……我が姫。我が娘。」
「どういう意味?」
「十五年前の祭りの夜、捧げられた娘は孕んでおってな。その娘の胎児に我が力を注ぎ込み、イシューにしたのだ。」
「なんて酷いことを!」
その言葉が告げる意味に、リンは思わず口元を覆った。その反応を面白がるかのように、ザゼルは笑いながらリンに畳み掛ける。
「なにが酷い。人間は我が力を利用した。だから我も人間を利用した。それまでのこと。我をこの地にとどめる約定は、人によってしか解く事ができぬ。さぁ、ユリヤよ。外の世界にゆき、我を解放してくれるな。」
そういいながらザゼルがユリヤの胸元の痣に口付けると、花のような痣は、真紅に輝きを放ち始めた。
風と共に、強力な力をリンは感じたが、あまりの風圧で立っているのがやっとの状態だった。
「ユリヤ……さん!!」
リンはユリヤの名前を必死に呼んだが、その声はユリヤには届ない。ユリヤは赤い瞳をゆっくりと閉じると、不適な笑みを浮かべ、そして…消えた。
「さて、後はユリヤがこの約定でできた結界を破壊し、我を解き放ってくれるのを待つばかりじゃ。」
「させないわ!」
クツクツと喉の奥で笑いながら悠然と微笑むザゼルに対し、リンはその剣を握りしめ、言い放った。
「させない?何の権利があって、そなたはそれを口にする?」
「権利……ね。確かにそんなもの、無いかもしれない。だけど、私には義務がある。」
「義務?」
「そう……。私は聖騎士。人に仇なすイシューを倒す、それが私の仕事。女神ラーダの力に依って、お前を討つ!」
「ほう。聖騎士……。忌々しい女神の犬か。ならばやってみよ。……せいぜい、楽しませてもらおうぞ。」
ザゼルの放った赤黒い光と、リンのもつ青い輝きが交錯する。それが合図。終焉へ向けての始まりだった。




