予感④
ようやく探し出したエリクの部屋で、リンはその膨大な書類に目を通し、一人難しい顔をしていた。
日が傾く時間まで、リンは攫われた子供達を必死に探していた。
だが屋敷に捕らえられている様子はなく、仕方なくエリクの部屋を先に探し出したのだった。
時期村長とされるエリクが、今回の事件の鍵を握っているのには間違いないと踏んでいたが、ある意味首謀者だったとは。
床に散乱する文書の内容が、その事実を雄弁に語っていた。
だが、リンにとっての衝撃はそれだけではなかった。その内容はリンにとって予想外のものだった。
「どうして……気づかなかったのかしら。」
否、気づけるはずは無かった。
地図に無い村、攫われる子供、赤く染まった神木の花、そしてそれを合図に執り行われる祭り……。
それらの全てが一つに結びつくなど、考えられただろうか。
そもそもリン達が、このラスフィンヌの地に派遣された本来の目的は誘拐事件の犯人の確保だった。それがイシュー絡みであればそれを殲滅し、人間の犯行であれば犯人を捕らえる。それがリン達に与えられた任務であった。だからこそ、この事件の犯人は、イシューか人かのいづれかの可能性しか考えられなくなっていたのだ。
聖騎士になってからというもの、いくつものイシュー絡みの事件や戦闘に赴いていた彼女であったが、今回の事件は特異といっても良い内容だった。
そう、この村の存在から異質過ぎた。それが今回、リン達の盲点となってしまっていたのだ。
「まさか……その両方が絡んでいるなんて、誰がわかるってのよ!!」
リンは苦々しげに吐き捨てると、そのまま窓から身を乗り出した。
猫のように軽やかな身のこなしでリンは着地すると、リンは逸る気持ちを抑えながら駆け出した。
(このままで祭りを行えば、待ち受けているのは悲劇しかないわ。その前に、なんとしてでも祭りを止めなくちゃ!!)
日はもう暮れかけている。夜の帳がそっと足音を忍ばせて迫っているようにリンには感じられた。
目指すのは神木のある湖畔。そのためには村を抜けなければならない。ミランダから教わった抜け道目指して駆けるリンの前方に、不意に人影が現れた。
「!!」
村人と思しき人影を見つけて、茂みに身を潜めようと考えたリンであったが、その人影の動きがあまりに異様だったため、足を止めて凝視してしまった。
体には力が入っておらず、腕や足は鉛のように重そうにであった。ふらつく足元をなんとか進ませているような緩慢な動き。まるで、下手な操り人形のように、奇怪な動きだった。
「なぜ……クグツがいるの……?」
クグツと呼ばれるそれは、イシューによって生み出される不完全なイシュー。それは自らの意思を持たず、ただ飼い主であるイシューの命じるままに行動する存在である。イシューでもなく、人でもないそれはただの生きる屍といっても過言ではなく、救う方法はただ女神ラーダの力によっての浄化のみ。
リンが使えるラーダの力はその武器によって「斬る」ことに他ならない。
今自分の持つ唯一の武器は『女神の涙』だけであるが、正直一度も使ったことがないこの武器をどう使っていいのか、リンは戸惑った。
聖騎士団への入団試験で覚えた知識を記憶のそこから引っ張り出し、その聖なる言葉を口にする。
「慈悲深き女神ラーダよ
その涙を以って、ここに力を現し給え!」
手に握り閉めた涙型の石は、青い光を放ちながら、一振りの剣となる。
それを握り締め、リンは元は村人であったクグツを見据えると、静かに構えた。
間合いを計るリンの脳裏に拭いきれない不安が占められた。クグツを生み出せる能力を持ちえるのは、イシューの中でも『人型』だけだ。つまり、この事件の背後にいるのは、『人型』のイシューに他ならない。
「やっかいになったわ……。まったく、カナメ隊長はこれを見越して私達を送り込んだのかしら。……もしそうだったら、絶対に特別手当をふんだくってやるわ!!」
思わず漏れた愚痴に反応するように、クグツがリンの存在に気づく。クグツの赤い双眸がリンを捉え、今までの緩慢な動きとは比較にならない俊敏さでリンへと襲い掛かった。
リンは一つ大きく息をついて、同じくクグツに向かっていく。クグツとなり長く伸びた爪は、イシューのそれと同じに鋭く、これをまともに食らえば、一撃で致命傷となるだろう。
だが、リンはクグツの攻撃をいとも簡単にかわすと、そのまま大きく跳躍し、クグツの背後に回った。
クグツが反応するよりも早くにその胴を一薙ぎする。人間であれば血飛沫を上げるであろう攻撃であったが、クグツからは血が流れ出すことはなく、そのままぼろぼろと崩れ、そして土に還っていった。




