予感③
ドン
再び太鼓が鳴らされる。それは演奏の最後の太鼓の音だった。激しくたたき鳴らされた太鼓は、最後に大きく打ち鳴らされると、笛の音も鈴の音も一斉に止まる。今まで震えていた空気は怪しげな熱だけを残して、張り詰めた糸のように止まった。
自分の鼓動だけが高鳴るのをミランダは感じ、自分の体を自らの腕で抱きしめる。この高鳴りは緊張からか、それとも恐れからか……。
「ミランダよ……さぁ、そなたの出番じゃ」
赤い装束を身に着けた村人達を従え、鎮座するように椅子に座る村長が、神歌を歌うようにミランダを促した。その低い声は、まるで死刑を告げる言葉のように、ミランダには重く感じられた。これまでは神様のために歌うことは正しいことだと思っていたし、村長や村人達が喜ぶから歌を歌うことも大好きだった。
だが、祭りの意味に気づき始めた今では、神歌を歌うことがどうしようもなく嫌になった。
いつまで経っても動こうとしないミランダに村長が苛立たしげに声をかけた。
「ミランダ、早ようせんか!」
村人達がざわめく。神聖な祭りは、滞りなく行わなくてはならない。しかも、神歌が無くては、神へユリヤを捧げることができないからだ。
ミランダ様と、村人達が口々に不安そうに呼びかける。大人たちの声がぐるぐると回り、ミランダは耳を塞ぎ、俯いた。自分が歌うことで、ユリヤを失うことに比べれば、このくらいの抵抗はなんとも無い。
村人の一人がミランダを引きずるように立たせようと試みた。ミランダは必死でその場に留まろうと試みたが、ずるずると祭壇へと向かわされてしまう。
村の男が乱暴につかんだ腕は、契れそうな痛みをミランダにもたらしたが、ミランダは耐えた。ユリヤを失う心の方が、痛かったから。
「ええい!!ミランダ様、我侭が過ぎますぞ!!」
「いや、お歌を歌ったら、ユリヤお姉ちゃんと会えなくなっちゃう!!」
「ミランダ様、祭りの後はお覚悟されませ!厳しいお仕置きをいたしますぞ!」
「それでも嫌!」
暴れるミランダを数人の男が取り囲む。その迫り来る手が怖くて、ミランダは硬く目を瞑った。
「おやめください。大丈夫です。祭りはまだ始まったばかり……。少し、ミランダと話をさせてください…。」
優しく細い声。だけどどこか凛としたその声の主に従って、男たちはミランダから手を離した。
「ユリヤ……お姉ちゃん。」
赤い装束を身に着けている村人達とは違い、神の元へ嫁ぐユリヤは純白のドレスを身に着けていた。決して過度な装飾品を身につけているわけではなく、むしろ質素すぎるドレスであったが、ユリヤの内面の美しさを引き出すように、柔らかく儚げで、そんなユリヤの姿はミランダにはとても美しく写った。
「ミランダ……さっき社にいたのに、会いにきてくれないから寂しかったわ。」
「それは……」
エリクの頼みでリンを助けに行っていたのだが、エリクに口止めされていたため、ミランダはなんと答えてよいのか分からず、ユリヤから視線をそらせた。
だが、そんなミランダをやんわりと抱きしめて、ユリヤは耳元で囁いた。
「リンさんを、助けに行っていたのでしょう?」
「どうして分かったの?」
思わずユリヤの胸を押しのけて、見上げた。
ユリヤはいつものようにゆったりとした微笑を浮かべながら答える。
「ふふふ。だって、エリク兄さんはそんな冷たい人じゃないもの。だましたり、裏切ったり。それがミランダの命の恩人ならなおさらでしょ?……ねぇ、ミランダ。」
「なぁに?」
「ミランダが義理妹で、良かった。私、この村では辛いことが多かったけど、エリク兄さんやミランダのおかげでとても幸せだった。だから、私がいなくなっても悲しまないで。村の皆がいるでしょ?」
「でも、寂しい……ユリヤお姉ちゃんがいなくなるの、嫌だもの。」
「ふふふ。ミランダは欲張りさんね。……でも、ありがとう。ねぇ、ミランダ。最後に私のお願い、聞いてくれるかしら?」
普段、自分の願いを口にしないユリヤからの申し出に、ミランダは何かと思って嬉々として先を促した。自分にできることなら何でもしてあげたかった。
「最後に、ミランダのお歌が聞きたい。ミランダの神歌を聞きながら、私、神様の元に行きたいの。」
「お姉ちゃん……。」
あまりの衝撃だった。そのとき、ミランダはユリヤの覚悟を知った。そして、それに答えようと思った。
「分かった……。お姉ちゃんが望むなら、ミランダ歌うよ。……だから、ちゃんと聞いてね。」
「うん。最高の歌を歌ってちょうだいな。」
そういって、ユリヤはエリクがいつもやるように、ミランダの頭を撫でると、すっと立ち上がった。その視線の先には祭壇がある。ミランダが歌う場所。そして、ユリヤの旅立ちの場所。
「さぁ、行きましょう。」
ユリヤに手を引かれるようにして、祭壇へと2人は歩み始め、やがてその階段を上った。
祭壇は神木のすぐ横に設けられており、舞台のように広かった。
ユリヤはそのまま舞台の中央へと歩みを進めるが、ミランダはそこまで足を踏み入れられないしきたりだ。
階段を上った直ぐのところで、ユリヤが位置につくのを静かに待った。
舞台の上には不思議な文様が描かれている。それは、丁度ユリヤの胸元を飾るようにある、赤い痣にも似ていた。
ユリヤが円陣の中央へ辿り着くと同時に、再び太鼓が鳴らされる。
これは祭りの最後を告げる音。そして神歌の始まりを告げる音。
ミランダはいつものようにすうと息を吸った。吸い込んだ空気は少しひんやりしており、ミランダは自分がその空気に満たされているような感覚を覚えた。
そして、そのまま言葉を紡ぎだす。その言葉は旋律となり、闇夜に溶けていく。
村を守りし黒き神
命の源わけ与え
我らの涙を寄り代に
この地に沈み この地に根付き
我らが願いを叶えしは
対価となりし人の子を
与えたもうて永遠となす
ミランダは歌った。愛する義理姉のために。一筋の涙を流しながら……。




