予感②
ドン
と、いう太鼓の音で、ミランダの意識は再び戻された。気づくと音楽は終盤に差し掛かっている。
この演奏が終了した次は、いよいよミランダが神歌を歌う番となる。
だがミランダは神歌を歌うことに対して緊張よりも、憂鬱さが心を占めていた。
自分が神歌を歌えば、ユリヤは神の元にお嫁に行き、もう二度と会えなくなってしまうから……。
(そういえば、伝言を伝えた後のエリクお兄ちゃん、なんか様子が変だったなぁ……)
先ほど、祭りの開始前に社にいたエリクとようやく再開を果たすことができた。
そのときのエリクは、いつもと同じに優しかったが、少しだけ怖いようにミランダには感じられた。そして、アンリの伝言を伝えたときのエリクの表情は、今までミランダが見たことが無いほどに悲しそうで、辛そうだった。
自分が言った言葉が大好きなエリクを傷つけてしまったのか、とミランダは考えた。だが、アンリの伝言の何にそんなに傷ついたのか皆目検討がつかず、ミランダはますます憂鬱になっていた。
エリクの悲しそうだが何か決意を秘めた顔を、ミランダは思い出していた。
「エリクお兄ちゃん……どうしたの?」
と、祭りが始まる前の社の中で、ミランダは問いかけた。
だが、敬愛する義理兄は回答をはぐらかすように、含みを持たせた言葉を返してきた。
「ん?……どうもしないよ。ただ、祭りが終わったとき、僕たちはどうなっているんだろうね……。」
「お兄ちゃん……なんだか怖い。」
「えぇ!?僕が怖いのかい?……ミランダにそんなこと言われたら、悲しいな。」
その声の調子はいつものエリクだった。気のせいなのかともミランダは思った。だが、それは打ち砕かれることとなる。
突然やってきた若い村人達。年のころはエリクとほぼ同じ世代だろう。皆、ミランダの知っている村人達だった。
「若長……。いよいよですね。」
がっちりとした体つきの男が、興奮する気持ちを抑えきれないように言った。身に着けている衣服が普段着ではなく、祭りのための赤い装束を身に着けていることから察するに、この男もまた祭りにおいて重要な役割を担っているのだろうということが推測された。
「準備は?」
「ばっちりですぜ!!」
「そうだね。今日は……失敗は許されない。もし失敗したら、それが何を意味するか、皆分かっているね。」
「もちろんです!でも、俺はこの村の生活にうんざりしていたんでさぁ!それに、若長の頼みだったら、何でもしますぜ!」
「そんな大きな声で言っては、外に聞こえてしまうよ。」
興奮によって大きな声で力強く語る男を、エリクはたしなめる。他の若い村人達も同様に苦笑を浮かべ、その男をたしなめてはいたが、彼らに宿る瞳にも何かしらの興奮と決意が感じられた。
その熱気に、ミランダの心はざわついていた。
ともすれば一気に破滅へと誘われるような、そんな危うさが彼らにあったからだ。
だが、幼いミランダにはそのざわつきの正体が分からず、ただ不安げにその光景を見つめるしかなかった。
「村長は?」
「もうとっくに舞台へと行かれましたぜ。」
「そう……か。」
意を決したように前を向き、社を出たエリクに続き、ミランダもその後を追うように社の外に出た。
そこには、二十人ばかりの若い村人達が集まっていた。
彼らはエリクの姿を認めると、若長、エリク様と皆口々に言って出迎えた。そんな彼らを見て、エリクは社の階段から、一人ひとりの顔を見ながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「皆、僕たちはこの村に縛られて生きてきた。だけど、僕たちは元は外の人間だ。犠牲は払ったが、僕たちが手にした力は絶大なものだ。この力を持って、僕たちは自由になる。この古い風習を打ち砕き、僕たちは自由を手に入れよう!」
おおっと、皆が歓声を漏らした。そして意を決したように、頷き合い興奮を押し殺すように神木の元へと向かっていった。
エリクはそれを見送ったまま、階段から微動だにせず、じっと神木がある湖畔の方向を見つめていた。が、くるりと後ろを見ると、ミランダの目線に合わせるように腰を屈めた。
そのままいつものようにミランダの頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「ミランダ。このことは秘密だよ。誰にも言ってはいけないよ。」
「エリク……お兄ちゃん……?」
「ミランダの神歌。楽しみにしているよ。さぁ、僕たちも神木に行こうか。」
差し伸べられた手をとると、その手はいつもより少し冷たく、そして少しだけ震えているように、ミランダには感じられた。




