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散り逝くは真紅に染まりし花  作者: 天野 みなも
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予感①



 さっきまで赤紫だった空は、今はもう漆黒の闇に包まれていた。

 一つ、二つと祭りのかがり火が灯される。とりわけ神木のそばにある社には、多くのかがり火が用意されているためか、神木が鮮やかに、幻想的に照らし出されていた。

 闇夜に浮かぶ、真紅に染まった神木の花は、かがり火に照らされ一層妖艶さを増している。

 祭りの開始を告げる太鼓の音が闇夜に吸い込まれるように鳴る。

 はじめそれはゆっくりと、だがやがて激しさを増していき、加えて鈴の音と笛の音が合わせられる。

 ミランダはその音を聞きながら、先ほどまでの出来事をぼうっと思い返していた。

 (大人の考えることって……分からないよ……)

 自分に分かっているのは、ただ、姉と慕っているユリヤと離れたくないということだけ。

 だが、偶然出会い行動を共にしてきたリンもアンリをはじめ、いつも自分を守ってくれるエリクや村の義理兄姉たちは、何か違う思いを持って祭りに臨もうとしているようであった。

 (あの時……アンリお兄ちゃんと一緒にいたのは……リンお姉ちゃんじゃなかった。でも、少しリンお姉ちゃんに似ていたかも)

 ミランダはリン達を助け出して、ここまで一緒に来たアンリの不可解な言動のことを考えた。



 「ミランダ、すみません」

 と、あの時アンリはなぜかミランダに謝ったのだ。

 「どうやら、私が来たせいで、逆にイシューに狙われてしまったようです」

 「アンリお兄ちゃんが、悪いの?」

 理解できず問い返した言葉に、アンリはまぁそうですねという曖昧な返事で答えた。

 イシューと呼ばれる存在をこれまでミランダは知らなかった。だが、先日初めて一人で村を抜け出し、夜の森へと駆け出したとき、その化け物と出会ってしまった。

 闇を凝ったような四肢を持つ化け物だったが、目だけが以上に赤く光っていたのを鮮明に覚えている。

 そしてまた今回、アンリと共に神木の湖畔まで行く道すがら、そのイシューがまたもや襲ってきたのだった。だが、意外にもターゲットとされたのは聖騎士であるアンリだった。

だが、そのイシューの攻撃をアンリは軽くながすと、こともなげに2匹のイシューを倒してしまった。

 「お兄ちゃんも強いんだね!!」

 「まぁ、リンのパートナーですから。」

 このくらいは当然とばかりに、顔色を変えないアンリであったが、ミランダとしては強くて綺麗なリンとアンリの姿に大興奮であった。

 「すっごいお兄ちゃん!!」

 戦闘中、茂みに隠れていたミランダは思わずアンリに駆け寄ろうとした、そのときだった。

 黒い塊が視界の隅に入った。

 鋭い咆哮には聞き覚えがある。もう、何度聞いても肌があわ立つその声の主は、イシューだ。

 迂闊に茂みから出てしまったばかりに、標的にされたミランダは、今度こそもう駄目だと思った。

 「ミランダ!!」

 とたん、ミランダの腕はアンリにつかまれ、そのまま抱きかかえられるようにミランダはすっぽりとアンリに覆われてしまった。

 この状態ではアンリがイシューにやられてしまう。イシューに背を向ける形となったこの状態では、いくらアンリが優秀な聖騎士であろうとも、無傷ではすまないだろう。

 ミランダが戸惑いを覚える間もなく、ぎゃんという悲鳴と、鈍い音がした。

 「『女神の盾』の力?……まさか!?」

 呟きながら体を離したアンリの後ろに、いつの間にか緩やかな金髪の女性がただずんでいることに、ミランダは気づいた。

 彼女が何かを呟くと、その手から眩いばかりの光がほとばしり、身動きが取れないイシューに向かって放たれた。

 イシューはその光に飲み込まれると、そのままバキバキと音を立てて固まっていく。そして、自らの重みに耐えかねたように、黒い欠片となって崩れ落ちた。

 その様子をアンリもまた、信じられないものでも見るかの様にその女性を見つめていた。

 「クリス様……。」

 振り向いた女性は日の光を封じたような見事な金の巻き毛に、蒼穹の双眸を有していた。そして何故か白く、光り輝いているようにミランダには見えた。

 『アンリ……もう一人の私のいとし子。』

 彼女は愛おしそうにアンリを見つめた。それは慈愛に満ちた表情であった。ミランダは孤児であったため、本当の両親を知らないが、その女性の微笑の中に、『母親』というものを感じた。

 しばしの静寂。その後、女性は何も言わず、たた微笑んだだけであったが、アンリは何かが分かったようにうなずいて答えた。

 「大丈夫です。リンは……私が守ります。」

 その返答に満足したように女性は頷くと、すうっと消えてしまった。

 そして辺りは再び闇に飲まれ静寂に包まれた。今までのことがまるで夢だったかのように……。

 「本当にあの人も、心配性ですね。でも……助かりました。」

 誰に言うとも無く、今まで女性が佇んでいた場所に向かってアンリは微笑みながら言った。

 「ミランダ。大丈夫ですか?」

 「うん。アンリお兄ちゃんも大丈夫?」

 「ええ。私は大丈夫です。……ミランダ、すみません。どうやら、私が来たせいで、逆にイシューに狙われてしまったようです。」

「アンリお兄ちゃんが、悪いの?」

「まぁ……そうとも言えますね。お詫びの印に一ついい事を教えてあげます。強い思いがあれば、必ずうまくいきます。」

 アンリの言わんとしている意味が分からず、ミランダはきょとんとした表情で、アンリを見つめ続けた。それを見て、アンリは優しく微笑むと、すっと森の先を指差した。

 「ミランダ。神木の湖畔はすぐそこです。私は今からリンを迎えに行かなくてはならないので、ここでお別れです。ですが、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」

 突然突きつけられた別れに、ミランダは戸惑いながらも頷いた。

 薄暗くなった森を一人で行くのは不安だったけど、リンを心配しているアンリのこともまた理解できたからだ。

 「なあに?」

 「エリクに、伝えてほしいのです。」

 「うん。いいよ!!」

 アンリは静かに告げた。それはミランダにとって難しい言葉だった。ラーダというのがいったい何なのかは分からなかったが、“救う”というその言葉だけでも、ミランダには希望に思えた。

 「分かった、必ず伝えるね。アンリお兄ちゃんも、気をつけてね!!」

 そうして、ミランダとアンリは別れたのだった。



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