祭りの刻②
そんなユリヤの後ろ姿を見送りながら、僕は懐にしまったそれをそっと触った。
そこに確かにある硬い感触。この空と同じ…いやそれ以上に深い赤を湛えたそれは、一見すればきらびやかな装飾品と思うほど美しかった。
彼女達はそれを聖具と呼んでいた。この世界に現存する最強と言われる武器の一つ。
そんな力を僕が手にすることができた幸運に満ち足りた気持ちになる。あのとき出会った偶然が奇跡をもたらしたとしか言えない。
あの少女には悪いことをしたと思うが、このチャンスを棒にふるほど僕はお人好しではない。
神は僕にとって全てを奪う存在。そしてこの村も偽りの存在。
もうすぐ、時が来る。終焉の時が……。
「エリクお兄ちゃん」
不意に呼び止められて、僕は後ろを振り返ると、ミランダが抱きついてきた。
「ミランダ!」
僕にとって心を許せるもう一人の義理妹を抱きしめる。
「良かった……。リンさん達は、無事に村を抜け出せたかい?」
「うん……と。たぶん。」
ミランダの意外な言葉に、僕は思わず首をかしげた。
ミランダには牢の鍵を渡していたし、村からの抜け道も教えている。しかもあえて聖具も残してきたのだ。聖騎士である彼らが、村から脱出できないはずが無い。その証拠にミランダ自身は無事に神木の社まで戻ってきているではないか。
「たぶん……って、どういうことだい、ミランダ。」
「あのね、リンお姉ちゃんは調べものがあるから、後から行くっていって、離れちゃったの。」
「調べもの?」
誘拐事件のことだろうか。であれば、もう彼女たちが真実を知るのは時間の問題。だが、それには全てが遅すぎる。
あの聖騎士の少女がこの祭りの真実を知る頃には、すでに祭りは終わっているはずだ。そのとき、僕やユリヤ達はどうなっているのだろうか。
もし、リンさんがこの呪縛を解いてくれればどんなに良かったか。
ふと、そんな詮も無いことを思い、僕はかぶりを振った。
聖具を手に入れられたことだけでも十分過ぎる奇跡なのだ。村には何の関係もないリン達を巻き込むわけには行かない。ただでさえ誘拐事件という形で彼女を巻き込んでしまった。
不意にミランダが僕の服の裾をつまんで呼びかけてきた。
「ねぇ、エリクおにいちゃん。」
「なんだい、ミランダ。」
「わたし……ユリヤお姉ちゃんと離れたくないな…」
「そう……だね。」
この幼い少女はうすうすとこの祭りで行われることを感じ取っているのかもしれない。いつも明るく生命力に溢れる笑みを絶やすことの無いミランダが、今日は不安そうな色を瞳にたたえている。
「エリクお兄ちゃん……危ないことは、しちゃ駄目だよ。」
「……どういうことだい?」
ミランダの意外な一言に僕はどきりとした。
「“あなたの思いは強運を引き寄せた。女神ラーダはあなたを救う”」
「え?」
「アンリお兄ちゃんが、エリクお兄ちゃんに伝えてくれって。」
「アンリ……さんが?」
僕はアンリさんの持つアメジストの瞳を思い出した。丹精な顔に均整の取れた体つきは、男の僕でさえも美男子と思った。だが、彼が異質と感じるのはたぶんその雰囲気のせいだろう。何か、人ではないような、静寂さを持つ不思議な雰囲気。全てを見透かすようなアメジストの瞳。
なぜ、彼がこんなことを言ったのかは理解できなかったが、そんなアンリさんの言葉であれば、何か最後まで希望を捨ててはいけないような気がした。
「そうだね。でも、大丈夫。きっと、うまくいく。何もかも、全部……」
地鳴りのような低い太鼓の音が空に響き渡った。
祭りが始まる。狂気にも似た祭りの夜が、こうして幕を明けるのを、僕は静かに感じていた。




