プロローグ②
※ ※ ※ ※
女神ラーダが愛する国―エンティア。
イシューによって多くの国が滅ぼされている中で、未だ栄華を誇っている国である。
イシューは、女神の妹神が、女神の美しさに嫉妬し、生み出した化け物だといわれている。
漆黒の翼と赤い瞳を持ち、人の血肉を糧とするイシューは森に潜み、夜に活動する。
この化け物に対抗する手段は、女神の聖なる力だが、それを使えるのは資質のある一部の人間だけである。
女神の力を使ってイシューと対峙できる人間を、人は『使い手』と呼ぶ。
エンティア国ではその使い手を束ねる騎士団を組織し、警備のため各地への派遣を行っているが、騎士団の中でトップクラスの能力を有するものは、精鋭部隊である聖騎士団へ配属することが出来、様々な特権が与えられている。
いわば人々の憧れる職業、それが聖騎士である。
その誉れ高き聖騎士団に、史上最年少で入団を果たした少女-リン・エストラーダは、差し出された書類を怪訝な顔で見つめた。
「カナメ隊長、もしかしなくても仕事ですか?」
「お前を執務室に呼ぶというのは仕事でなくてなんだというんだ?」
カナメは仕事の手を止めないままリンに言い放った。
いつも眉間に皴をよせている隊長が雑談をするために自分を呼ぶ、なんてことは確かに絶対に無いだろう。
リンはしぶしぶといった体で差し出された書類に目を通した。
件名:ラスフィンヌ領主子女誘拐の件
被害者:ラスフィンヌ領主の子女
事件概要:ラスフィンヌ領主が家族を伴い、ガザン村に滞在中、何者かによって生後三ヶ月の子女が誘拐される。その際、同日に乳児が四名攫われており、同一犯の可能性が高い。
「誘拐……ですか?」
「ラスフィンヌはこの国でもイシューの出現率が高い。ガザンも森の近くにあるため度々イシューに襲われている。」
「で、今回の件もイシュー絡みである可能性が高いってことですか?」
「珍しく察しがいいな。お前達には攫われた乳児を奪還してもらう」
リンは深いため息をつきながら、だめもとで隊長へ直訴した。
「隊長。お気づきではないようなので一言言わせて貰いますが、私たちは先日の案件を片付けたばかりです。その後は休暇をいただけるお約束だったかと思いますが。」
「俺の判断に意義を唱えるか。」
「だって、聖騎士は他にもいるじゃないですかぁ。」
「ほほぉ、ずいぶんと偉くなったな。貴様達以外は皆、地方へ遠征に行っている。お前と違って暇な人間はここにはいない。休暇が欲しければ聖騎士を辞めることだな。分かったらさっさと支度をしろ!」
確かにイシューとの戦いは各地で起こっており、その対応で聖騎士は休む余裕などない。
しばらく黙って2人のやり取りを聞いていたリンの相棒であるアンリは手にした報告書を優雅に机に置くと、隊長へたずねた。
「まさか、これだけのことで聖騎士が動くとは思えませんが。隊長、何か隠しているのでは?」
「……さすが、アンリにはお見通しか。」
思いも依らなかったアンリの指摘にリンは怪訝な顔をした。
「実はガザンには言い伝えがあるらしい。」
「言い伝え?」
「『森より悪魔がやってきて、子供を攫う』とな。」
「森、悪魔……確かにイシューが絡んでいる可能性はありますね。」
「だがそれだけではない。領主の依頼でラスフィンヌの騎士団の小隊が捜査に乗り出したのだが、全員血を抜かれて死んでいた。余りの被害に埒があかなくなった領主は、こうして聖騎士団に仕事の依頼をしてきたってわけだ。」
「血を抜かれていた、ということはイシューの仕業で間違いないですね。それに、しても騎士団が全滅とは……やっかいですね。」
騎士団とはいえ、並みの使い手と比較すれば、対イシューでの戦闘能力はかなり高い。
そんな騎士団の小隊を全滅に追い込むほどのイシューということは、相手にする数が多いということか、もしくは相当の強さなのか、あるいはその両方か……。
いずれにせよ簡単に片付く問題ではないということである。
とはいうものの、ここで対応を考えても始まらない。
リンは観念したとばかりに返事をした。
「へーい。了解しました……。」
「では任務を命じる。ガザンにて、誘拐された乳児を奪還せよ。またイシューがらみであれば、迅速に対処せよ。女神と王の御為に。」
「女神と王の御為に!」
身を引き締めるようにリンとアンリは聖騎士の礼に則り、力ある言葉を放った。