再会②
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一通りの事情説明と自己紹介を済ませた後、エリクは深々と頭を下げながら言った。
「そうでしたか。重ね重ねありがとうございます」
「いいえ、たまたま通りがかっただけですから。」
「お姉ちゃん、すっごく格好よかったんだよ。化け物をばっさばっさと倒してね!!」
「そっか、それは凄いね。」
興奮しながら説明するミランダに、微笑みながらエリクが頷く。
「それにしても、こんな夜遅くに、どうして森に?」
ユリヤがお茶を差し出しながら、リンに尋ねた。
「私たち、ガザンという村から来たんです。実は、村で人攫いがあって、その犯人を追っているところだったんですよ」
「犯人を追う……?でもリンさんの仕事は聖騎士ですよね。確か、聖騎士はイシューという化け物を倒すことなんじゃないんですか?」
「まぁ、そうなんですけど…今回の犯人はイシューかもしれないってことで、聖騎士に依頼があったんですよ。」
ユリヤとリンの会話に耳を傾けていたエリクが、真剣な表情でリンに尋ねた。
「それで、犯人は掴めたんですか?」
「残念ながら……。森に入ったところまでは追ったんですけど……」
「見失ってしまいましたか……。」
「はい……」
「仕方ないですよ。こんなに暗いんですから。」
エリクの慰めに、ユリヤも同調してうなずいた。
「そうですよ。きっと、明るくなれば探せますよ。ね、エリクもそう思うでしょ?」
ユリヤはリンよりもわずかに年下であったが、リンよりもずっと大人っぽく、落ち着いて見えた。
ただエリクに話かけるときだけは、年相応の笑顔が見え隠れしていた。
「そうだね。子供を誘拐する卑怯な犯人なんて、リンさんならすぐに見つけられると僕も思うよ。」
そしてエリクもまた、ユリヤに対する時だけは、頼りない青年ではなく、しっかりとした男性の顔になっているとリンは感じた。
「ユリヤさんって……エリクさんと結婚するんですか?」
ユリヤとエリクの様子を見ていて、リンは自然とそう思って聞いた。
だが、リンの言葉を聞いたエリクは飲もうとしたお茶を噴出し、真っ赤になって抗議した。
「な、な、何言うんですか~!!」
「きゃーエリク兄さん、お茶が!!」
「え、違うの!?」
リンは自分の考えが異なっていたことの方が驚きだった。
「違いますよ!ユリヤは……神様に輿入れが決まっているんです。」
ユリヤに差し出された布巾でテーブルにこぼれたお茶をいそいそと吹きながら、エリクは言った。
リンはその言葉の意味が理解できずに聞き返した。
「神様って……どういうこと?」
だが、エリクはテーブルをじっと見つめたまま、何も言わなかった。
変わりにユリヤが微笑みながら、ゆっくりと言った。
「神様は、神様です。この村を守ってくれる神様です。リンさん達は湖のほとりにあるご神木を見たのですよね?」
「うん、見たわ。真っ赤に咲いた花を。」
リンは月に照らされた赤い花を思い出して少しだけ身震いをした。
それほどまでにあの花は禍々しく鮮やかに咲いていたのだ。
「あの神木は通常は白い花をつけるんです。可憐ではかなくて雪みたいな白い花を……」
「え!!でも、私が見たのは…」
「そうです。血を吸ったように赤い花ですよね。それは、祭りの合図なんですよ。」
「祭りの……合図?」
「ええ。この村は湖に住む神様の力によって守られているんです。その見返りとして村から神様が求めるときに神様の花嫁を差し出すのです。そしてその花嫁のために、盛大な祭りを催すのがこの村の慣わしなのです」
伏し目がちに、手にしたカップに映る光を見つめながらユリヤは静かに告げた。
その当事者であるはずのユリヤはまるで当たり前のように言っているが、それはリンにとっては理解しがたいことであった。
なぜならば神の嫁になるということは村の守護を見返りにして、その身を、そして命を捧げられるということが、暗に告げられているからであった。
リンは思わず立ち上がって言った。
「そんな!!それって、人身御供じゃない!そんなことって!!」
机を叩き、身を乗り出して村の掟に対して抗議するリンに対し、ユリヤは微笑みながら悠然と言ったのだ。
「でも、いいんです。私には何のとりえも無いですし、村の為に死ねるなら本望です。」
「そんなの、間違ってるよ!!」
尚も反論するリンに、ユリヤは困ったように告げた。
「エリクも、いいの!?ユリヤさんは大切な人なんじゃないの!?このままじゃ、ユリヤさんは……」
エリクはリンの言葉に突き動かされるように、これまで伏せていた顔を揚げて何かを言おうとした。
だが、そんなリンの言葉もエリクの言葉をも遮るように、ユリヤはリンの瞳をまっすぐに見つめて言った。
「僕は、僕だって!!」
「エリク兄さんには関係ないことなんです!!」
「ユリヤ……」
「エリク兄さん。兄さんには気にしないでっていっているでしょ?このことは、私が望んだことなんです。誰かが嫁入りしなくては、村は滅んでしまう!!だから、私が!」
「でも、ユリヤさんである必要はないんでしょ?それに、村を守る見返りに人名を欲する神様なんて、私は神とは思わないわ!!こんな風習、止めるべきだわ!」
リンには人身御供のような風習を良しとは思えなかったし、何よりもそこまでしてこの土地にこだわるユリヤをはじめとした村人の考えも理解できなかった。
そんなリンにユリヤは悲しそうな顔で言うのだった。
「あなたは外の世界を知っている。でも、私たちには、この村に住む以外ないんです。外の世界には出られないんです。あなたに…貴女に何が分かるというの!?」
「でも……私は、誰かを犠牲にしてまで、村を存続させることが正しいとは思わないわ。ほかに、道は本当にないの?」
「……これは私たちの問題です。あなた方外の人間には関わりの無いことです。」
尚も反論しようとするリンの言葉を断ち切るように、アンリがリンの腕を掴んで言った。
「リン、ユリヤさんの言うとおりです。私たちは部外者だ。」
「!」
ユリヤの言い分もアンリの言葉の意味も、リンは頭では分かっていたのだ。
確かに、自分達はこの土地に住んでいるわけでもなく、任務の途中でたまたま訪れた部外者である。
そんな自分にはこの村の風習に対して口を出す筋合いも権利もない。
だが、こんなにも優しく微笑むユリヤや、そのユリヤと離れたくないがために闇夜を一人駈けたミランダのことを考えると、どうしてもこのまま祭りを行わせたくないと、リンは強く思った。
リンは、苦しげに息をつくと、そのまま黙って外に出ようと扉へ向かった。
「リンさん!!」
呼び止めるエリクの声を背中に聞きながら、リンはそのまま部屋を後にした。
心配そうにアンリを振り返ったエリクと、すべてを拒絶するかのようにうつむくユリヤに、アンリは静かに言った。
「ユリヤさん、貴女の考えは分かりました。だけど……私もリンが間違えているとは思いません。そして、エリクさん。貴方が何故神を殺したいと思ったのか。そして、何がしたいか、良く考えてください。」
その言葉に、エリクははっとした表情を浮かべた。
アンリはそのまま真っ直ぐにエリクを見つめる。
エリクはアンリの瞳が不思議な色をたたえているように感じた。
奥深いアメジスト色の瞳は、全てを見透かすような錯覚をエリクに覚えさせ、エリクはその視線から逃げるように、リンを追った。
「僕は……僕は、リンさんを探してきます。……村の人に見つかると色々と面倒でしょうから。」
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