闇夜の出会い③
※ ※ ※ ※
ミランダが一人仕切り泣いて落ち着いた頃、リンはミランダに尋ねた。
「ね、君、お名前は?」
「……ミランダ。」
「そう、ミランダ。どうしてこんなところにいたの?夜に一人で出歩いて、危険でしょ?」
「だって、今日しかなかったんだもん!明日になったら、村のお祭りが始まって、お姉ちゃん、お嫁に行っちゃうから。」
「お祭り?」
はて、とリンは首をかしげた。
確かにガザンは活気に富んでいて、人も多くいたが、祭りがあるなどという話は聞いていなかった。
リンは確かめるように、思わずアンリを見上げると、アンリもまた不思議そうに言った。
「初耳ですね。祭りのことなど、村人は行っていませんでしたが…」
「あのね。あそこに赤いお花の咲いた木があるでしょ?ほんとうは、白いお花をつけるんだって。でも、赤いお花が咲くのは神様がお祭りをしなさいっていっているんだって。」
そう言って指差したミランダの指の先には、赤い花を咲かせた巨木があった。
崖の上から見たときにもその美しさに息を飲んだが、地上で眺めるそれは、さらなる威圧感をもっているとリンは感じた。
「ミランダが神歌を歌えば、神様が来てくれるんだって、村の長様が言っていたの。だから、明日のお祭りではミランダがお歌を歌うんだよ!!」
突然の話の展開に、リンはついていけなかったが、一生懸命何かを訴えようとするミランダの姿を見て、しばらく耳を傾けることにした。
「お祭りは明日あるんだ。楽しそうね。」
「ううん。村のみんなは、祭りが始まると怒りっぽくなっちゃったの。お姉ちゃんも遊んでくれないし……。」
「そっか。でもお祭りってことは、屋台が出たり、踊ったり、たくさんのご飯を食べたりするんでしょ?楽しいと思うよ。」
「そうなのかな?よくわからないけど、ミランダ、お祭り初めてだからドキドキする!!お歌もいっぱい歌えるし!!」
目を輝かせて言うミランダの様子から、歌が大好きなのだということが分かった。
だが、次の瞬間、その表情が一気に暗くなった。
「でもね、お姉ちゃんがお嫁に行っちゃうなら、お祭りなんて無ければいいのにって思うの」
「お姉ちゃんのお嫁入りとお祭りは関係ないでしょ?」
「ううん。お姉ちゃんがお嫁に行くから、お祭りがあるんだよ。」
「え?そうなの?」
ますます訳が分からなくなった。ガザンの村では、婚礼とともに祭りを行う風習でもあったのだろうか、とリンは考えた。
「でも、お祭りとミランダが夜に森にいるのとは関係ないですよ?危ないから、こんなことしてはいけないですよ。」
にこやかにアンリが言ったのに続き、リンはミランダの頭をなでながら言った。
「そうよ、ミランダ。村まで送ってあげるから、もうこんな危険なことはしちゃ、だーめっ!」
「駄目!!まだ帰れない!ミランダは神歌を歌って、お姉ちゃんがお嫁に行かないようにってお祈りするんだもん!」
「お祈りならおウチでもできますよ」
アンリの言葉にミランダはぶんぶんと首を振って異を唱えた。
「ここじゃなきゃダメなんだもん。長様がココで歌うんだって言ってたもん!!」
「ここで?」
コクリと頷いたミランダは、リンの脇をすり抜けて巨木の下に駆け寄った。
そして、すぅっと息を吸うと、軽やかな声で歌を紡ぎ始めた。
村を守りし黒き神
命の源わけ与え
我らの涙を寄り代に
この地に沈み この地に根付き
我らが願いを叶えしは
対価となりし人の子を
与えたもうて永遠となす
その旋律は、優しく透明で、まるで月光のようだとリンは思った。
まだ五、六歳と思われるミランダがどうしてこのようにきらめくような歌が歌えるのか……。
しばしリンは目を閉じ、その旋律に耳を傾けた。
初めて聞く、だけどどこか懐かしい旋律は、リンにとっても、そしてアンリにとっても心地よいもので、 先ほどまでのイシューと戦っていたのが嘘のように感じられた。
だが、そのひと時を打ち破るかのように、一陣の風が吹き、神木の花を揺らす。
同時に、リンは湖から蛇のようにねっとりとした視線を感じ、水面を睨んだ。
どこから見ているのかはっきりとはつかめないが、リンの五感が何かを告げている。
粟立つ肌を押さえつつ、身震いするリンをアンリが心配そうに見つめた。
「どうかしました?」
「今!!」
アンリが問いかけたときには、その奇妙な感覚は薄れてしまった。
変りに暖かなぬくもりがリンを包んだ。
「夜は冷えます。これを」
そういって自分の羽織っていた上着をリンに掛けたのだ。
「うん。ありがとう……」
アンリの様子からすると、何も感じなかったようだ。
視線を感じたと思ったのも一瞬であったし、何よりイシューの気配に敏感なアンリが何も感じないところを見ると、自分の思い過ごしなのだろうとリンは思った。
「ミランダ、お祈りは終わりましたか?」
「あれ??神歌を歌ったら、神様がくるっていっていたのに……」
ミランダは口を尖らせながら文句を言った。
「なんにも来てくれない…」
「素晴らしい歌でした。ミランダは歌が上手ですね。」
「お兄ちゃん、ありがとう!でも…神様は来てくれなかった…。」
「そうですね。でも、きっとミランダのお祈りは通じましたよ。だって、あんなに素敵な歌でしたからね。」
「そうかな……?」
「そうですよ。さて、そろそろ村に帰りましょう。夜も更けてきました。」
アンリに言われて、村を出てから大分時間が経っていることに、リンは気づいた。
「確かに、またイシューに襲われないとも限らないしね。じゃ、ミランダ、一緒に帰ろう。」
「うん!!」
歌を歌って満足したのか、それともアンリの褒め方がよかったのか、ミランダは満足したようだった。
リンがミランダに手を差し伸べると、ミランダは大きく頷いてその手を握り締めた。
リンとアンリがガザンに向かって歩き始めたときだった。
「お姉ちゃん。村はこっちだよ。」
「え?」
ミランダがガザンとは反対方向の道に向かって歩き、リンの手を引っ張った。
「だって、そっちは森の奥よ。ガザンは反対方向じゃ…」
「ガザンって何?」
ミランダの予想外の言葉に、リンとアンリは思わず息を飲んだ。
「ミランダの村はこっち。森のずっと奥にある、岩に囲まれた村だよ。」
その言葉に、リンもアンリも驚愕の表情を浮かべ、その歩みを止めた。
「アンリ……あの話、本当かも知れないわよ。」
「信じられませんが、そのようですね。行ってみましょう」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん!!はやくはやく!!」
気づくと、ミランダは2人よりも大分先に行ってしまっている。
手招きするミランダを追いかけて、リンとアンリは森の奥へと足を進めた。




