闇夜の出会い②
だがそんなミランダの耳に、少女の声が聞こえた。
「聖具・解放!!」
不審に思い薄く目を開けると目の前の化け物の体が切り裂かれ、赤い地が噴出している様が目に飛び込んできた。
そしてミランダの目の前に一人の少女が舞い降りた。
(天使…?)
それはすぐに違うと分かったが、ミランダは本当にラーダの使いである天使が自分を助けるために舞い降りたのかと思った。
白い服の裾がまるで翼のように風に舞っている。
その白い服と対を成すような純白の剣は、化け物の血に染まり月夜に照らされ怪しく光輝いていた。
少女は剣を一振りし、その血を振り落とすと、姿勢を低くし、剣を構える。
突然の乱入者に化け物はミランダから退き、その標的を少女へと変えた。
「まずは一匹。……私が相手になってあげる。」
「何者ダ!マズハ、オ前カラ、喰ッテヤル」
「ありきたりすぎて笑えないわよ、イシュー」
そう言って大地を蹴った少女は、化け物―イシューとの距離を一気に詰めた。
不意をつかれたイシューは避ける事も出来ずに、その刀身に貫かれた。
少女が刀を引き抜くと一気に傷口から血が溢れ、イシューは赤い目を大きく見開いたまま、ばたりと倒れた。
「二匹目……」
呟く少女の背後から別のイシューが襲いかかった。
一気に少女の背中を切り裂こうと、大きく跳躍する。
だが少女はその気配を察し、横に飛んだ。
そしてそのまま空中で身を反転させ、その勢いでイシューの胴を薙いだ。
イシューは血を流しながらも、着地し、すぐさま少女へ襲い掛かかる。
少女はその攻撃を後方へ飛ぶことでかわした。
だがイシューは執拗に少女へ噛み付こうと攻撃の手を休めなかった。
少女は反撃の隙を見ようとするが、なかなかその機会に恵まれず、ついには崖にまで追い詰められてしまった。
イシューはそれを好機と捉え、じりじりと間合いを詰めると、咆哮をあげて少女へ食らいつかんと飛び掛った。
「あ、危ない!!」
ミランダは思わず声をあげた。
と、同時に闇を割って響く男性の声があった。
「リン!!」
その声と共に、光り輝く数本の短刀がイシューへ向かっていく。
「グォォォォ」
その短刀はイシューの背中に深く突き刺ささり、イシューのおぞましい叫び声が闇夜に響いた。
その隙をみて、少女は再度その刀剣をイシューに振り下ろした。
「三匹目……」
ポツリ、少女は呟いた。
そして、きっと空を見上げる。
その先には、黒い翼を持った獣がいた。
獣は大きな月を背景にし、悠然とそこにいた。
その毛も、翼も、闇を凝ったように黒いのに、目だけが艶かしく、ぎょろぎょろとしている。
「貴様……何者ダ」
イシューはくぐもった声で少女に問うた。
「私?私は聖騎士。人に仇なすイシューを倒す、それが私の仕事。女神ラーダの力に依って、お前を討つ!」
「我ヲ討ツ!?翼ヲ持タヌ、オ前ニハ出来マイ!!」
「どうかしら?……アンリ!!」
少女の呼び声とともに、宙に静止しているイシュー目掛けて、再び輝く短刀が放たれた。
不意を突かれたイシューはかろうじてよけたものの、翼をかすり、そのバランスを失わせた。
だが、イシューを最も驚愕させたのは次の瞬間だった。
少女は助走をつけ、崖の壁を走り、駆け上がったかと思うと、そのまま一気に跳躍し、宙を飛ぶイシューに襲い掛かった。
「はぁぁぁっ!!」
イシューが気づいたときには、既にその姿は目前にいた。
その攻撃をかわそうと、イシューは素早く身をよけたが、完全にはよけきれず、少女の振り下ろした剣が足をかする。
イシューにとってはその傷よりも、剣を振り下ろしたまま、繰り出した少女の蹴りによって、地上にたたきつけられるほうが、何倍ものダメージとなった。
大地へと落下したイシューは、受身も取れないまま地上に叩き落され、その衝撃で周囲に土埃が舞い上がった。
その煙が収まるか否かという中、少女は静かに大地へと着地し、イシューに向かって静かに歩みよった。
「馬鹿ナ……」
イシューはよろめきながらその身を持ち上げ、力を振り絞って少女へと噛み付いた。
少女の身の丈ほどもあるイシューに飛び掛られ、その身がすっぽりと覆われてしまうかのようだった。
だが、少女へ噛み付いたはずのイシューは、そのまま微動だに出来ずにいた。
どさりという音をたてて、イシューの首が胴から離れ落ちる。
だが、それでもなお化け物の首は言葉を紡いだ。
その計り知れない生命力に、ミランダは身の毛がよだつ思いがした。
「ざぜる様ノ契約ガ無ケレバ、オ前ナド……」
「四匹目……」
少女は、イシューの言葉に耳を傾けることもせず、静かに呟くと、その翼を薙いだ。
黒い羽根が闇に解けるように舞う中、少女は静かに呪文を詠唱した。
妹神に創られし、哀れな化け物よ。
女神の腕に抱かれ、暫しの眠りを。
「縛!」
少女の短く、だけど鋭い声に反応するかのように、その左手のグローブにはめられた赤い石が光輝く。
そして、化け物達は傷口から溶けるように赤い光となって、次々に石へと吸い込まれていく。
ミランダはその幻想的な光景を瞬きすら忘れて見入った。
全てが終わり、静寂と暗闇があたりを包んでも、ミランダは呆然としながらまるで夢を見ているのではないかと思った。
呆然とするミランダの顔を、心配そうに少女が覗き込み、手を差し出した。
「大丈夫?怪我は無い?」
コクリと頷く、ミランダ。
だが、さし伸ばされた手を握っていいものか、ミランダは躊躇した。
この手は自分が触れていいものか、不安だったからだ。
この目の前の少女は本当に人間なのか?もしや神の使いなのではと、ミランダは本気で考えた。
先ほどの戦う様は、まるで戦っているというより踊っていると錯覚する程優雅であった。
「怖かった?」
そう言って優しく触れた少女のぬくもりに、幼いミランダの緊張は一気にほぐれ、そして留めていた感情が一気にあふれ出し、泣き出していた。
「そう。怖かったのね。もう大丈夫。私はリン。リン・エストラーダよ」
ミランダを抱きしめながら、天使は何度も優しくミランダの髪をなでた。
ミランダが泣き止むまで、ずっと。




