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潜在人間(ジャックマン)①  作者: 竹橋 夢仁
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4月22日(2)

 


 7時55分。移動時間が変わらなかったので、早く家を出たぶんの約5分がそのまま心身の余裕になった。


 周囲に目を配るゆとりを得た新は、駅正面に広がる小さなバスプールの景色に違和感を覚えた。なんとなく、いつもと違う気がするのである。改札に着き、財布からICカードを引っ張り出すときになって、その正体に合点がいった。


 最も改札寄りのバス停に並ぶ人の列がおかしな千切れ方をして、後方の列が普段は届かないところまで伸びているのだ。明らかに、原因はバス停のベンチを占領するひとりの利用客だった。占領といっても、荷物で数人分の座席を埋めているというのではなく、その客を他が忌避した結果の占領だった。ロングコートを着たその男は座っていてもわかるくらいに長身で、染髪だろうかプラチナブロンドの髪が血の気のない顔の半分を覆い、中空を見上げたまま死んだように静止していた。イヤホンらしいものも暗褐色の服装に浮き立っている。


 ありゃそうなるわ、と苦笑して、新は改札を通過した。せっかくの早い到着を無駄にしたくなかった。一番勿体ないのは、もたついている間に電車が行き過ぎ、次が来るまでの数分間をこの駅で無為に消費することだった。


(間もなく、2番線に、下り列車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側まで下がって、お待ち下さい)


 ホームへの階段を降りる途中でアナウンスが聞こえた。どうやらうまい具合に間に合ったようだ。どちらが後か先か、康弥の気配は感じられなかった。


 乗車位置に並び、服を整えていると、間に合って安心したせいか先ほどの薄気味悪い男を思い出した。新は線路越しに改札の向こうへ目を凝らしてみて、相変わらず男がいることに辟易した。バス停に列をなしていた人々の影はすでになかった。


 あんな奴、この辺にいたろうか。帰りもいたら漏らす自信がある。やばいでしょ、と新が口中に呟くのとほぼ同時に、電車が構内に進入して向こう側の景色は遮られた。


 まあ、帰りは康弥も一緒のはずだ。あいつなら多分撃退できるだろうな。自分の発想を鼻で笑い、新は先客のサラリーマンや学生に混じって電車内になだれ込んだ。やはり来なかったな、と振り返りつつ、今日も絶妙な空間を保っていた奥のドア付近に落ち着いた。ふとベンチに目を遣った。白い男は忽然と消えてしまっていた。


(ドアが閉まります。ご注意下さい)


 駅員のホイッスルと共に車両が動き出した。一斉に乗客が揺れた。景色が流れた。男が笑っていた。駅の構造が終わったフェンスの向こうから、笑ってこちらを見ていた。今やその蛇の眼は遥か後方に見えなくなっていたが、実体の無い誰かに何かを語り掛けながら、間違いなく灰島新を見ていた。


 学校の最寄り駅までは10分ほどである。


 

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