群体
「彼氏のほう、死んじゃったんじゃない?」
「そいつがいきなり後退キメてくっから」
「ちょっと、やり過ぎ~」
「黙っとけブス」
「なんでこいつら全然カネ持ってねえんだよ」
「やべえな、明るくなってきた」
「見てなんかこいつダル絡み激しいんだけど」
「いい車乗ってるくせによ」
「ねえ帰ろ」
「きっしょ」
「雨じゃね?」
「明るくなってきてっけど」
「運ぶか」
「うーわ、めんどくさ」
「しゃあないやろ」
「待って笑う」
「まだ生きてるよ」
美容師、丹野宏樹は晩冬の冷えきったアスファルトにかろうじて浮上した。腫れた顔面をその冷たさが癒すと同時に、微細な凹凸がじくじくと突き刺した。あるべき位置に歯がない。
「俺の車汚すなよ」
「バンパーぶっ壊れといて何」
「だからそれはこいつが」
丹野は細くなった視界に恋人の姿を捉えた。後頭部をこちらへ向け倒れていて顔は見えないが、服装から麻衣子と判別できた。血か塵か、純白のニットが台無しになっている。
「アツシどーすんの」
「俺がやる」
中でも最も背の高い男が近づいてくる。車のガラスをいの一番に叩き割った男だ。手には奪われた財布と鉄パイプが握られている。男の太いブーツが目の前に振り下ろされた。
「殺さないで、ください……」
「考えとくわ」
グブウゥ。
丹野が次に意識を取り戻したのは、夜景を望む緑地公園の駐車場ではなく、明け方の墓苑であった。まず目の前に鎮座する墓石に気付き、次いで首に巻かれた化繊のロープにも気が付いた。
ケホ、エホ。
噎せた。それを待っていたかのようにロープが張る。左右からめいいっぱい引かれ、丹野の首はその中央でミシミシと悲鳴をあげた。
「ユズルお前押さえてろ」
「あたし帰るねー」
「顔も見られてる」
「うちの会の本家墓があって」
「弟のためにやるんだ俺は」
「宏樹」
「殺すのが一番早くね?」
「わかったから早くしろ」
麻衣子が見ていた。
「彼女のほうはまだ使えっから」
破裂寸前の頭に羽根が生えて飛び去った。実際には眼球が上転、痙攣の後の弛緩であったが、最後に丹野はそう知覚して死んだ。
警察によると両名の遺体は主犯の少年、蛭沢敦志の同行で4日後に発見された。襲撃・拉致の行われた駐車場には損壊された乗用車が残っており、2遺体はその現場から遠く離れた地方の山中に抱き合う形で埋められていた。頭の一部は既に露出していたという。
複数回にわたって行われていた強盗致傷の容疑者を除き、殺害に関与した者のみに絞れば逮捕者は6名となった。蛭沢を含む、うち5名が未成年である。




