詮索
ハイジマは過剰なほど遠慮がちに、市街地の西の外れを降車の場に指定し、深々と頭を下げて雑踏の中に見えなくなった。的場乾は、朝のラッシュとかち合ってしまったことを悔やみつつ、バイパス経由で県南へ抜ける道のり、その手前の交差点のさらに手前でのろのろと軽を歩かせていた。
「これだもんなあ。根岸から回っていけば良かった」
的場はまた一本煙草に火を点けた。
「俺嫌いなんだよここ」
「街の全体の交通の便のための~、犠牲になってる感じありますよね」
「いまの間は何」
「いや『の』が多くて」
的場は短く笑いながら煙草の灰を窓の外へ散らした。及川洸稀の座る助手席との間に灰皿は常備していたが、吸殻はともかく灰を捨てる際は忘れがちだった。
「的場さんは笑いますけど、僕みたいな平凡な人間は単純な物事をいかにもっともらしく書くかなんで……。時に小難しく、時にキャッチーに、責任がないなら時に誇張も交えて。これでも記者の端くれですから」
「ああ、助かってるよ、ほんと。大学もほとんど行かなくていい時期とはいえよくやってる。バイトみたいな給料なのが申し訳ないくらいだ」
「気にしないで下さいね。今の僕にとっては実地の経験ができればそれだけで給料みたいなもんです」
「若いねえ。同じ20代でも片やハイジマ片や洸稀だろ、人生色々だよな」
「そういえば、うまく撮れました? ハイジマ君がいるうちは聞けなかったじゃないですか」
「うん、そこそこね。本当ならきっちり狙って撮りたかったけど、コンビニから出てくる所をこの位置から撮るには準備が足りなかった。まあ、あくまで念のための資料だから問題ないさ」
「どういう感じに盛りましょうかね。薬物中毒者の末路、新興宗教からの脱走、ヤクザの口封じから逃れた生き残り、カシオペア人による人体実験、恐怖!狼男との遭遇……」
「月刊Δだろ? 新興宗教系は唖空さんから嫌味言われそうだな」
「デルタが夏に向けてどんな誌面を作ってくるかにもよりますしね」
「しかしハイジマって名前は、どっかで聞いたような響きなんだよなあ、なんだっけな。洸稀、携帯で調べてみてよ。モヤモヤする」
「いいですけど、的場さんの記憶してるハイジマってどう書くハイジマですか?」
「うーんとねえ。わからん!」
「情報が少なすぎやしませんか。速度制限かかってるんで家に帰るまで本格的には調べられませんけど、一応ひらがなで検索してみますね」
「よろしく」
「ええと……。東京都昭島市拝島。新潟県長岡市灰島新田。地名ばっかですね。他には、病院の名前とか、どうでもいいようなTwitterのアカウントとか」
「地名だったかなあ。なんかしっくり来ないんだよね」
降ろしたハイジマを尾行でもして、素性を掴みたい興味はふつふつと煮立っていたが、ともかく職場へ向けブレーキを緩めることが的場にとって最優先事項であった。




