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潜在人間(ジャックマン)①  作者: 竹橋 夢仁
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4月22日(7)

 


 仁科柚はもやもやしていた。それはノート上の直訳できない英文と、肉親の失踪に考えが及ばなかった自分にだった。英語の予習はあと30分もすれば済むが、新のことは明日ちゃんと謝るまで済まない。

柚はペンを置き、自室の椅子に座ったまま腰を反り返らせて伸びをした。すでに風呂も歯磨きもドライヤーも終え、寝間着のスウェットに着替えてしまっていた。英語が片付けば、あとは寝るだけだ。日付が変わる前にはベッドに入りたかった。


 一日を終えようとしている柚とは反対に、11時を過ぎたあたりから十数分間、父が再び出勤するまで、両親は何やら慌ただしくしていた。父は大規模警察本部の警務部長、つまり指揮を執る側の立場なので、電話で間に合わない事態になれば動かなければならないのである。


 今は、母の生活音のみが1階から聞こえていた。冷蔵庫を想起した柚は甘いものが欲しくなり、英語を片付ける前に一旦下へおりることにした。階段の途中で歯を磨いてしまったことを思い出したが、麦茶くらいなら、とそのままリビングに向かった。


「さっきどうしたの? 事件?」


「たぶんね。パパがニュースを観てればわかるだろうって」


 母はダイニングテーブルの椅子に座ってワイングラスを傾けながら、少し離れた位置からテレビを眺めていた。


「ふーん」


「通報あったんだって」


「え?」


「さっき通報があったんだって」


 コップに冷えた麦茶を注ぐ間に、なんとなく状況が掴めてきた。


「え、じゃあこの近くでそんな事件が起きたってこと?」


 テーブルには飲みかけのワイングラスが残されていた。先刻のエンジン音はタクシーのものだったようだ。柚は母に対面する椅子を引いた。


「わかんないよ。パパに聞くわけにもいかないんだから」


「だよね~」


 父のワイングラスを母のほうへ滑らせ、柚はテレビのチャンネルをいじくった。この時間帯にニュース番組を放送している局は複数あった。


「飲んでもいいよ、それ残り」


「えー、いらない」


「そのうちお酒は18歳からになるかもよ。今テレビでよく言ってるみたいに」


「まだなってないじゃん。どっちも。てかワインあんまおいしくないし」


 警察官の妻と娘の会話じゃないな、と思いつつチャンネルを回していると、赤いパトライトが目に留まった。


「もしかしてこれ?」


 パトライトは救急車のものだった。光を受けた霧雨が赤く染まり、テレビカメラのレンズを濡らしている。


「あ、やっぱりこの近くじゃん」


″「助けて」通報・刃物男立てこもりか″


 テロップで示された状況と所在地に、柚は慄然とする反面、不謹慎な高揚を感じた。画面に映る光景が、さながら刑事ドラマのようでもあったからだ。そんな柚と同様に、貼りついたテロップの奥では、リポーターが非日常の門番へ通行願を叫んでいた。


(——死亡が確認されました。男性は屋外に倒れており、病院に搬送されましたが、まもなく死亡したとのことです。この男性の身元はまだ分かっていません。また先ほど、ひとり外出中でした江藤博嗣さんの長男が到着しました。今は警察関係者と共に、あちらの規制線の向こうで事態の行く末を見守っています。……依然として、敷地内の様子をはっきりと伺うことはできません。長男以外のご家族は全員、まだ屋敷内にいるものと思われます。ご家族の……はい? 動いた? え、突入ですか、はい! ……突入です! たった今、警官隊に動きがあったようです! 容疑者確保のため、警官隊が屋敷に突入しました!)


 

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