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夢で終わらない

作者: 冬耶心

「おー…相変わらず栄えてんねー」


ほぅ、と物珍しそうに機械化された街並みをわずかに緑のある公園からジンは眺める。目の前には、その文明を想像させる城が聳え立っていた。反対側にはビルや道路などの蔓延る景色が見える。

大きな図書館と、広く、緑豊かなガーデンがメインを占める自分の国―シリウス―とは大違いであった。


「ま、俺には馴染まないな。機械化して、この国は魔法を恐れる。」


魔法を恐れるあまり、魔法の文化を知らず、こうもあっさり魔導師の侵入を許す愚かしさを、ジンは笑った。


この国の名前は、プロキオン。大犬を恐れる子犬。


「さて、と…どこに行くかな~?」


プロキオンの上に浮かぶシリウス。

その位置関係から争いは絶えなかった。正式には、プロキオンが一方的に砲撃を行い、シリウスはただただそれをはね除けるという争いを長く続けている。

シリウスに住む魔導師にしてみれば、機械の攻撃など児戯に等しい。だが、その防御に費やす労力は全て人で、疲弊ムードが高まっているのは事実。

出来れば恒久和平を結びたい、そのために、相手を知りたい。


そのために、ジンは今日誰の許可も得ずここにきた。


「見かけない顔ですね、ご旅行ですか?」

「えぇ…まぁ。この辺りは初めてで。」

「ようこそ。私、この国の王女、リースです。」

「王女様…失礼いたしました。お初にお目にかかれて光栄です。私レオンと申します。」


敵対国家の関係者と思われれば、無事では帰れないだろうと、ジンは自然に偽名を用いる。


「では、レオン。失礼ですがお年は…?」

「17です。同じですね。」

「ならば、敬語は止めましょう。」


にこりと微笑むリース。敵対国家の姫でなければ、間違いなく惹かれていただろうと不謹慎な思いを抱きながら、ジンも笑みを浮かべる。


「じゃあ、改めてよろしく、リース。」

「そうね、レオン。」


「王女様!」


新しく聞こえた男の声。リースは、エリンと呼んだ。


「この男は…?」

「レオンよ。先ほど知り合いになったの。」


明らかな敵意を向けられ、ジンはへらりと笑う。このどこか人を寄せ付ける笑顔は、何の問題もなく王位継承を認められた所以である。


「初めまして、レオンだ。よろしく、エリン。」

「はぁ…よろしく。」

「レオンはこの辺りが初めてらしいから、貴方が案内してあげて。私は…今日の仕事に戻るわ。」

「リっ、リース様!」


そう言い残してリースはジンの横を通りすぎる。

その顔は、先ほどまで優しい笑顔を浮かべていたものの顔ではなく、どこか固い表情だった。


「リース、よかったら後でまた。」

「えぇ、期待してるわ。」


リースの背中に声を掛ければ、エリンがまた不審そうな目を向けてきた。


「そんな目を向けないでくれ。馴れ馴れしい振る舞いだってのは解ってるさ、エリン。」

「レオン、貴方はどこか妙だ。普通なら王女を前にそんなに自然でいられるはずもないというのに。」

「そうかな?あれだけ国民を大事にする方なら、庶民の俺でも緊張はしない。」

「それだけじゃない、こうやってさっき会ったばかりなのに、こんなに打ち解けた雰囲気はなんなのだ?まるで、噂に聞く奴のようだ。」

「…誰だ?」

「上の国の王子、名は…」

「ジン?ジン・レヴァン…だったかな。」

「それだ。」


それからしばらく、街を巡りながらジンとエリンは益々の仲になり、まるで旧知の友のようになった。

他にも、エリンの友人、先々で出会った人…いろんな人が本来ならなるはずのない友となった。誰一人ジンとは知らず。


気づけば夕刻となり、辺りがざわつく。


「今日は…何かあるのか?」

「新兵器の実射式さ。今日こそ、なにかが変わる。」


大きな地鳴りと共に城に現れた、一台の巨大な粒子砲台。機械には詳しくないジンでも、その射出部にエネルギーが集まっているのが分かる。


「…あんな物騒なもの、どこへ?」

「決まってるだろう?上だ。」

「目標は?」

「恐らく、シリウスの権威である、図書館だな。今までの砲撃とは比べ物にならない威力があると聞く。自慢のシールドは役に立たないだろうな。」

「人が、死ぬのか?」

「怖いのか?人と言っても魔導師だぞ?」

「魔導師って…人じゃないのか?」


当然だ、と言おうとしたエリンは息を飲む。今まで見たことない顔を、ジンがしていたから。


「おいっ、どこへいく?レオン!」

「俺を友と呼んでくれるなら、着いてこい!エリン!」


急に走り出したジン。

向かう先は城前の公園である。


「なぁ、エリン。あれは自国民には影響ないのか?」

「もしかしたら、瓦礫のたぐいは飛ぶかも知れない。」

「自国民は、傷つくのか?」

「大なり小なり、やむを得ない部分もある。」


そういっているうちに、城から粒子砲が射出される。

赤いレーザーのような太い筋がシリウスを直撃した。


「なっ…直撃、だと…?おい、砲撃指揮は誰が取ってる?」

「リース様だ。」

「あそこにいるのか?」


城を指差す。エリンは頷いた。

しかし直後、砲撃の余波がプロキオンを襲い、たくさんの群衆がいるこの公園にも瓦礫が降り注いだ。


「ちっ……潮時か。」


ジンは力を解放し、空へ上がる。そして両手を天にかざす。


「シールド、最大展開っ!!」


公園を覆うように、ジンの魔導の力が広がり、国民を瓦礫の猛威から救った。

唖然と口を開くもの、恐怖を言葉にするものもたくさんいた。

エリンですら、同じだった。


天に登ったジンは、そのまま城を目指して飛ぶ。

エリンは急いで地面を走って追いかけた。


「リース王女!」

「あなたは…っ。」


リースとジンが知り合いと解れば、リースは退陣させられかねない。リースの言葉をかきけすように、ジンは言葉を追いたてた。


「急な訪問失礼しました。私、シリウスの王子、ジン・レヴァンと申します。

先程の砲撃の意図、伺いたくてここまできた。」

「…あなたが上の人であることは先程解りました。…では、民を守ったのは、なぜです?」

「俺にとって、国民は大切な友だ。だが、それ以前に俺は人が好きでな。守ることに理由はない。」

「…それが例え、あなたたちを滅ぼそうというものであっても?」

「では逆に聞く、なぜあなたたちは我々を恐れる?魔法が怖いか?俺たちのありもしない侵略故か?」

「無い、となぜ言い切れるのです?」


すぅ、とジンは息をすった。

ジンがたつのは、忌まわしき砲台の先端。漆黒の黒髪が風になびく。

敵国の王子であることを忘れた皆は、その美貌に目を奪われた。


ジンの目の前には、リースと付き人、そしてエリンや、城関係者で親しくなったものたち。たくさんの友がいた。


「シリウスの国家の意思を代表して宣言する。俺たちの望みはただ一つ!プロキオンとの恒久和平だ!」

「な、なにをっ…」

「争いが嫌いなんだ。しかし俺たちは国交がなくお互いをまるで知らない。だから恐れるし、排除しようとする。

俺だって今日まで、プロキオンのものたちとはどんな非道なやつらかとおもっていた。

だがここで知り合ったものはみな、なにも変わらない人間で、愛着すら沸いた。」

「ジン…」

「10年後の今日、俺はまたここにくる!その時はお互い国家元首だろうな?

だからリース、君と恒久和平を実現したい!…君だって争いの世は望んでないはずだ。

望んでいるのなら、その君の辛そうな顔の説明が付かないからな。」

「っ…」

「答えは10年後ここで聞く。

さて、俺は国に帰る。俺が魔法で転移して30分もしないうちに、俺に関わる記憶と記録は抹消されるだろう。

それでも心に留めておいてもらえるなら、10年後、もう一度友とよんでくれ。」

「待ちなさい!…ジン!ジン・レヴァン!」


リースの叫びは虚しく、ジンは背中からそのまま飛び降りた。

リースとエリンが近寄って下を見ると、大きな黒い魔法円の中にジンは消えていった。


「エリン、10年後の今日の日付に、こう記しておいて。」



それから10年の月日があっという間に流れた。


「陛下が即位されてから、不思議と争いは減りましたな。」

「プロキオンが、リース女王陛下に変わったこともその一つだろうな。」


ジンは王座から立ち上がり、目の前に転移の魔法円を描く。

転移が出来るのは、魔力の高い王家の人間でも極僅かだが、中でもとりわけ高い魔力を誇っていたジンにとっては、たやすいこと。


「どこへいかれるのです?」

「下だ。」

「何のためにですか?」


「今まで誰もなし得なかったことをするために。」


「10年前のことをお忘れですか?!」


声を荒げる高官。

当然である。多くの国民を失ってしまったあの事件は、前代未聞の事件として歴史に深い傷を刻み込んだ。

ジンがもし国にいれば、生きていなかったかもしれない。あのときの魔力では、防ぐことはできなかった。


「覚えているさ、だから行くんだ。」


ジンにとって、10年前の出来事については複雑な思いを抱いている。

自国民に犠牲を出して、敵国民を助けたのである。

いくら人間が好きだとはいえ、心に傷を負わないはずは無い。

だが、あのときの行為は無駄ではなく、今日この日に生きているはずだと信じている。





「女王陛下、準備が整いました。」

「10年間改良を続けて、やっとね。だけど…私はなにかを忘れている気がする。それに、この恒久和平実現の文字…」

「私もそれは気になっております。書いた日付は10年前の今日、しかも私が書いているのです。」

「ねぇ、エリン。今日の新兵器実射式、行っていいのかしら?」


エリンは難しい顔で肯定も否定もしなかった。


「世論が…止まりません。和平派も増えては来ましたが、否定派は黙っていません。」

「そうね…」


これで世の中は変わる、リースの目の前で、粒子砲はエネルギーを貯蓄していき、発射される。

その軌道の終着点はシリウス…のはずだった。


「ったく、10年前と同じ過ちを繰り返すとこだった。」


その砲撃はシリウスの手前の空で消え去った。

止められた衝撃で広がった霧が晴れると、そこには漆黒の衣装を身に纏う漆黒の男の姿。

男は両手を前につきだし、シールドのようなものを展開していた。

リースはその様子を見て、唐突に頭に過ぎった言葉を口にする。


「恒久、和平…」


「リース女王陛下、答えを聞きに来た。」


10年前と同じように砲台の先端に立ち、男はリースと向かい合う。

横のエリンも驚いた顔を隠さない。

城前の公園は和平派と否定派の暴動が起きそうだ。


「ジン…なのか?」


先に口にしたのはエリン。かつて語り合い、友と呼んだ男の名を唐突に思い出す。

リースはその名前に、はっとした表情を浮かべ、改めてジンを見た。

少し見下ろす形でいたジンは先端から飛び降り、リースの前に立つ。


同等であることを求める彼の意思表示である。


リースはにこりと微笑んだ。


「今ここに、シリウスとの恒久和平を実現したいと思います。」


その言葉は、拡声器を通して国中に広がる。

ジンは、その言葉を聞いて、10年前と同じ笑みをうかべた。


「長い長い戦争は、終わりです」


リースの言葉は国民の意識を変え、城前の公園は歓喜に湧いた。


「リース、ありがとう。」

「…貴方とは、いい国の関係が築けそう。だって…友達、ですものね」

「私のことも忘れないでほしいな、ジン。」

「リース、エリン…。

あぁ、これから…改めてよろしくな!」


3人は手を取り合い、ここに誓いを果たす。

願わくは、この平和が末永く続くように、と。


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