第6話:裏ボス様の優雅な一日
なんか若干シリアス気味な話になった。
シリアスってことは少し長くなるってことで……すまんの。
疲れている時に心の話を描くといつもこうなるので悪癖みたいなもんだね。
休日の彼女はもったりしている。
ダンジョンの裏ボスことカンナ=カンナさんは、わりと生真面目な人である。
引きこもりなのだが仕事となれば意外と積極的で、闘争に関してはザッハと同じくかなり真面目だ。この辺は『アビス』出身者の特徴なのかもしれない。
若干口元を引きつらせつつも、きちんとダンジョンの仕事はしている。お化粧もするし師匠に押し付けられた制服ことメイド服も着る。
ガッチガチな引きこもりの人からは『なんだ自称引きこもりかよ』と思われるかもしれないが、それでも僕はカンナさんのことを引きこもりだと思っている。
第五階層の居住区。ファンタジー世界ののテンプレートのような、庭付きの豪邸。そこでは、メイド服を着た可愛らしいブラウニーたちがせっせと掃除をしている。よく暖められた部屋と掃除の行き届いた、良い匂いのする部屋。『シャンバラ』で咲く綺麗な花々があちこちに飾られており、いつお客が来てもいいようになっている。
生活する人間が不便を感じない空間。
それが……師匠の家である。
「バリアフリーをきちんとしておかないと、私自身が困ってしまうのでな。特に困るのがトイレだ。ウォシュレットという発明にはいつも感動させられるが、視線で操作できないのが唯一の難点だった。その点は『シャンバラ』の方が技術は上だな」
「いや、トイレの話は僕的にはあまり聞きたくないんですが……」
「聞いておいた方がいいぞ? いつ何時、私の世話をすることになるかもし分からないわけだしな」
「いつ何時っていうか、今この場から世話をして欲しいならそうしますが……」
「お前は少しばかり躊躇をしよう! ただの冗談だから! ……まぁ、トイレの後始末は『アビス』で最も不浄と言われている闇霊を雇用することで解決したんだ。不浄と言われているが実は神格が高く、最高に良い子だぞ。良物件だ。超オススメだぞ」
「その子、彼氏がいるんで僕に勧めても無駄ですよ?」
「さすがはこのダンジョンで最も手が早いと言われる男。我がダンジョンの最重要人物に既に目を付けていたとは……弟子に下剋上される日も遠くはなさそうだな」
「世間話の一環で話を聞いただけなのにこの言われ様だよ!」
「どういう状況で聞いたんだ? 彼女は滅茶苦茶内気だから彼氏のこととか滅多に口に出さないと思うんだが……」
「いえ、普通に『彼氏いるの?』みたいな感じで」
「雌豚の気配を敏感に感じ取ったんだな? ジゴロの発想だな」
「雌豚の気配って表現はやめろや! 全世界の彼氏彼女持ちに謝れ!」
いやまぁ、否定はしませんよ? なんとなーく雰囲気で『あ、この子彼氏いるな』とは思ったけども、さすがにそういうのをまとめて『雌豚の気配』ってのは失礼だろ。
彼氏持ち特有の恋愛に浮かれた感じの高揚感くらいは、放っておいてあげたい。
師匠手製のジュースを飲みつつ、僕は目を逸らして口を開く。
「ところで……我がダンジョンの裏ボスの様子はいかがでしょうかね?」
「いつも通りだよ」
「いつも通りですか」
まぁ、そりゃそうだ。生き物がそう簡単に変わるわけがない。いつも通りと言ったらいつも通りなのだし、それ以上でも以下でもない。
僕としては変わっていて欲しいと思うけど……変わるわけがない。
夜の暗さがそう簡単に明るくなるわけがないのだ。
僕の表情を見て言いたいことを察したのか、師匠は苦笑した。
「今日はちょっと外出の用事があるから、第五階層はお前に任せる」
「最終階層にクソ雑魚を配置してはいけないと思います」
「いざとなったら『あれ』を使っていい。第五階層に来る奴なら大体使えるだろ?」
「使えますけどねェ……」
確かに、大体使えるけど、使っていいと言われてほいほい使えるなら第一階層から使いまくっている。くっだらない拘りではあるが、使う相手は選びたい。
僕が露骨に嫌な顔をすると、師匠は口元を緩めた。
「そう嫌な顔をするな。第一階層にはカンナを置いていく」
「あれ? カンナさん、今日は休日なのでは?」
「ダンジョンのフロアボスなど万年休日みたいなものだろ。ただでさえ出番が少ないんだから留守番くらいはやってもらう」
「いいのかなぁ……」
「お前はアナスタシアとカンナには本当に甘いな。アナスタシアは分からんでもないが、カンナのあの惨状を見て甘くできる男ってのは、相当なものだと思うぞ?」
「カンナさんが適度に不真面目で、適度に自分に優しい人なら甘やかしません」
「……経験談か?」
「ええ」
生き物は真面目ならそれでいいってわけじゃない。特に人間はそうだ。
できる奴は真面目にやればいい。主人公やヒロイン然とした、とても優良な人間は思う存分全力を使い尽くして生きればいい。
だが、普通の人は適度に力を抜かないと死ぬ。
この表現は大げさでもなんでもない。真面目過ぎると生き物は簡単に死ぬのだ。
「まぁ、重い話になるので詳細は省きますが、カンナさんのあの状態は日頃の真面目さに起因しています。本当はプレッシャーに弱いくせに無理してるんですよ」
「だからといって甘やかすのはどうかと思うが……」
「短気を起こして叩けば壊れるだけです。せっかくの裏ボスなんだから、長い目で見て少しずつ育てましょうよ。今は駄目でもいつか自分でなんとかするはずです」
「なんとかならなかったら?」
「死ぬまで苦しんで苦しみながら死ぬだけです。カンナさんが抱えているものは『そういうもの』ですからね」
「………………」
僕の言葉に、師匠は目を細めた。
そして、ゆっくりと息を吐いて真っ直ぐに僕を見つめて、微苦笑した。
「そこまで言うのなら、カンナのことは任せよう」
「任されましょう、いつも通りに」
「いやぁ、弟子が来てから本当に楽になったな。将来的にカンナをもらってくれた上にダンジョンも継いでくれるとか、本当に良い弟子を持った」
「おォい! 師匠といえど無茶振りが過ぎるぞ!」
「そうだな。むしろこういう話題はあいつらに振るべきか。カイネはむしろ攻略される側だしな。マニアックなファン層が付く、ちょっと異端なサブヒロインっぽいし?」
「それ以上言うと耳を舐め回すぞ」
「はっはっは……んじゃ、そろそろ行ってきます。夕方には戻るからね」
「行ってらっしゃい」
冷や汗を流しながら足早に立ち去る師匠を見送って、僕は一息吐いた。
さすがの師匠も『耳を舐め回す』などという露骨で気持ち悪い脅迫には少しだけ腰が引けるようだ。もちろん冗談なんだけども。
心の中の欲望は『冗談じゃねぇよ』と真顔で告げているのだが、それはまぁどうでもいいことだろう。
とりあえず、今は彼女の様子をうかがうのが先だろう。
そんなことを思っていると、ずるりという音が聞こえた。
リビングの入り口に立っているのは、いつものメイド服の彼女ではない。
寝癖が付き放題の髪に、寝るのに適したジャージ。睡眠が足りないと言わんばかりの荒みきった目つきに、汚れ果てた抱き枕。見るも無残とはまさにこのことだろう。
角だけは立派だが、こんな魔神がいて裏ボスですとか言われたら普通に嫌だ。
ジャージの下からでも体付きが強調されているのは最高だと思うけど、それはそれとして『ボス』という概念の生き物には多少の威厳が必要だと思うのだ。
彼女は荒んだ目つきで僕を見て、口を開く。
「…………うい」
「朝ご飯は?」
「…………たべます」
返事に若干のタイムラグがあるが、これは別に不機嫌というわけじゃない。
体の全ての電源を落とし、全力で休んでいるだけなのだ。
この状態のカンナさんの怠惰さは生き物とは思えないほどで、食事の手間すら惜しんでひたすら『快適な惰眠』を貪ることに執心する。
ナマケモノと比較したらナマケモノに怒られる。それぐらいに怠け者だ。
これが、真面目さが行き過ぎた結果。心の性能が高くないくせに、無理して気張って働いて、テキトーに息抜きができなかった人の末路。
プライベートがものすごく駄目な人である。
カンナさんは魔神である。
もちろん、神様ではない。魔神とは『アビス』に住む民族『魔人』の中で、歴史に残る偉業を成し遂げた者に与えられる名誉称号のようなものである。
師匠も魔人だと言い張っているがあの人は女性らしい女性なので、間違いなく自分の出自に関しては嘘を織り交ぜているだろう。そこそこ長生きしているからかもしれないが『アビス』出身者特有の偏屈さがないし『ワールド』や『シャンバラ』の技術を積極的に取り込んでいく柔軟性がある。
普通は、元いた世界に愛着を持つものだが師匠にはそれがない。
こんな有様のカンナさんですら『アビス』には並々ならぬ未練を残している。
「あの……カンナさん。毎度思うんだけど、こーゆーのはいかんと思うんだ」
「……ウィー」
ウィーじゃねぇ。頷いてるのかいないのか、あるいはどっちでもいいのか訳の分からない返事はマジでやめて欲しい。
さて、現在の逼迫した状況を説明しよう。
居間にある師匠のテレビで、カンナさんは死んだ目のまま録画したアニメを見ている。時折口元が緩んでいたり、ほんの少し目に光が戻ったりするので、大層楽しんでいるらしいことはよく分かる。
問題なのは、僕を座椅子にしていることだろう。
男が後ろで女性が前で、はしゃいだ恋人同士とかでやるアレな行為で『ワールド』側の入り口にある宿の店主とメイドがこっそりやっていたりするラブ行為である。
しかし、勘違いしてはいけない。カンナさんのこれはそんなに甘いモノではない。
今の僕は例えるなら、溺れる人が掴む藁である。あるいは浮輪かもしれない。心が死にかけ、気力が枯渇した人が必死で『なにか』にすがりついているのだ。
その『なにか』は心を置けるのならなんでもいい。人形でもペットでも人外でも。
そういう意味では、心を置いてもいいと思われる程度には、僕はカンナさんに信頼されているのかもしれない。
もっとも、それは愛情に基づくものではない。単純に僕が『経験者』だからだろう。
しかし……それはそれとしてですね、カンナさんの体の感触は大層柔らかく、良い匂いもするし男としては気が散って仕方がないのですよ。しかしながら、角が胸にゴリゴリ当たって地味に痛いのです。心の中で思っていることなのに思わず敬語を使ってしまう程度には、僕は困り果てている。
女性と付き合ったりがNGな僕でも理性は既に限界なのだが、今のカンナさんに手を出すのは怪我人や病人に手を出すのと同じくらいに鬼畜である。
常識と道徳という強い味方の支援を受けつつ、僕は本能という大海の大嵐をなんとか凌いでいた。
軽快なエンディングテーマが終わると、カンナさんはほぅと感嘆の溜息を吐いた。
「素晴らしい……今期のアニメは当たりばかりです」
「っていうか、アニメばっかりじゃねぇか。ドラマとかも見ようよ」
「やーだー」
「はいはい、嫌だね。無理言ったね。でも、最近のアニメは確かに面白いよね」
「アニメを見る目は冷めてたけどー?」
「うん……アニメは面白いけど、キャラが苦手なんだよね。特にヒロインとか」
「可愛くて萌えるー。私みたいにクソ女特有の暗黒面も薄しー」
「僕は女性特有の暗黒面が大好き。特に師匠みたいに内心でギチッてる人がいいね」
「とことん趣味悪いですね」
「急に素に戻るのはやめていただきたい」
趣味が悪いのは自覚している。自他共に認めている。僕は趣味が悪い。
人類は発祥以来、見た目に拘り続けていた。初見に関してはどう足掻いたところで見た目が十割で、美男美女が超有利なのである。
もっとも……初見を越えてしまえば、見た目は八割程度に下がる。
イケメンや美女はある程度のことは許される。しかし、ある程度の愛嬌が無い人間には誰も寄りつかない。美男美女という属性は『愛嬌』というものを獲得しやすいので絶対に有利なはずなのだが、どういうわけか性格が悪い奴もいる。
人生色々。そういうコトを総称して『個性』と呼ぶのだろう。
人類がここまで見た目に拘る理由……それは『生存』と『繁殖』に圧倒的に有利だからに他ならない。美醜という概念は時代によってコロコロ変わるものだが、それでも生きる上で『他者に許されやすくなる』イケメンや美女は圧倒的に有利だ。
不細工とイケメンが『ごめんなさい』と言った時、許されやすくなるのはどちらか?
醜女と美女が『私って可愛いでしょ?』と調子良く軽めに言った時、反発を買いにくくなるのはどちらか?
そんなことは考えるまでもない。努力でどうにかなる側面もあるが、圧倒的にどうにもならない部分の方が多い。それが『容姿』であり『美男美女』だと僕は思う。
もちろん、美男美女にはそれ相応の苦しみがあって、人間関係のもつれが主な悩みになるだろうが……そんなものは『人間関係が希薄で苦しい』よりはずっとましだ。
まぁ、実際はここまで不細工のひがみだし、僕としては美男美女でキラキラして苦難苦境を咆哮しながら乗り越える奴より、ドロドロして苦難苦境に屈しつつそれでもなお立ち上がろうと踏ん張る奴の方が好きなので、趣味が悪くても一向に構わないのである。
「カンナさん。そろそろトイレに行きたい」
「ウィー」
「おい、曖昧に否定はするな。カンナさんがいっぱいいっぱいなのは知ってるけど、僕の膀胱も限界寸前なんだよ」
「もらせー」
「死刑宣告はやめて差し上げろ。いい加減にしないとおっぱい揉むぞ」
「……下から持ち上げるくらいなら?」
「妥協すんな。ちゃんと拒否しろィ。あと、ブラは付けようぜ、お譲さん」
巨乳独自の悩みごとは一蹴し、僕はカンナさんの頭をくしゃりと撫でて立ち上がり、慌てず騒がず最速でトイレに向かう。
精神防御力がゼロのくせに、理性をガリガリ削るようなことを平気で言う。理性は既に穴だらけなので今更のことなのだが、これ以上の誘い受けは正直困る。
どの程度困るかというと―――なにもかも放り出したくなる程度。
「あー……おっぱい揉みてぇな」
愚痴だのなんだの汚いものはトイレに押し流し、僕は息を吐く。
トイレは偉大だ。人間のありとあらゆる不浄を受け入れてくれる。最近では飯を食う環境も提供してくれるのだとかなんとか。
まぁ、僕はトイレで飯を食うぐらいなら、教室で漫画読みながらパンを食うけど。
「見えた、水の一滴! それは独りに慣れた人間のリア充なのだ! 寂しがり屋で見栄っ張りな人間は、孤独に飯を食うなんて耐えられないんだからね!」
「独りに慣れてるって時点でリア充じゃねーだろ」
リア充。リアル……実生活が充実している人間を指す。少なくとも僕ではなかろう。
鏡からぬるりと現れた人物に対し、僕は投げやりにツッコミを入れた。
膝裏まで伸びたワカメ気質の髪の毛。目の下には大きな隅。卑屈そうな愛想笑い。全身を覆う黒いローブ。左手には決して触れてはいけない包帯が巻かれている。
彼女が闇霊。最も不浄なるなにか。トイレの神様である。名前はない。
「おっす、花子さん。相変わらずテンション高めで若干ウザいね」
「その花子さんって呼び方はやめてくださいよぅ」
「やめて欲しかったら男子トイレに現れるのは勘弁しろよ。ここは誰もが口を閉ざし、どんなにふざけた人間も真剣になる素敵空間だぜ?」
「真剣に用を足し、真剣に愚痴を吐く。実に知的生命体らしいですね♪」
「………………」
師匠の言う『内気な彼女』とはまるで異なる、ハイテンションな彼女。
まぁ、雇用主に対する態度と僕のような木っ端雑魚ボスに対する態度が違うのは当然のことだろう。
あるいは、友人に対する態度なのかもしれないが。
「ところで、男性としては役得以外のなにものでもない今の状況ですが、どうです?」
「最悪だな。カンナさんのおっぱいが大きいのがなお最悪だ。個人的に制約がなかったら弱みに付け込んで口説いてるし、ぶっちゃけ今すぐ押し倒したい」
「いっそ襲ってしまえばいいのでは?」
「トイレに流せないモノと戦っている人を襲うほど鬼畜じゃねぇよ」
「不浄は全てを受け入れます。再就職先は私が支援しましょう。そーゆーわけでどこでナニをしようが、ナニをどうしようが、ウェルカムなのです!」
「彼氏は元気?」
「……そーゆーのはウェルカムではありません」
花子さんは頬を真っ赤にして顔を逸らした。
とても可愛いのだが、切羽詰まっている僕にはそれを口に出す余裕がない。
「昔の僕もあんな感じだったのかね……まぁ、仕方ないことではあるけどさ」
「鬱だったのですか?」
「鬱と一言で簡単に言ってしまう風潮はあまり好きじゃないな。アレは脳への過剰負荷のせいで、脳内物質が上手く分泌されない状態だ。簡単に言えばはMPとかSAN値が限りなくゼロに近くなった状態を指す。弱い者アピールの得意なクソ馬鹿や、自分も休みたくてたまらないのに弱音を吐くのを恥と断じた連中が叩くからおかしなことになる。まぁ、人間なんてテメェのことが良ければそれで良い生き物だから、遠くで誰かが苦しんでいても他人事でオールオッケーだ。カルマ値は知らずに蓄積されるもんだがね」
「おっとぉ、やっぱりコレはカイネさんにとっては地雷の話題ですね。きひひっ♪」
「やけに楽しそうじゃねぇか」
「普段すました顔の男が感情をあらわにするのは、なかなかに愉悦でございます♪ カイネさんは怒ると饒舌になりますからねぇ♪」
「………………」
別にすました顔はしていないが、感情をさらけ出すのは確かに苦手だ。
そういう意味では、一番感情をさらけ出しているのは、僕の殺意に触れるダンジョン挑戦者なのかもしれない。この前の女だか男だかよく分からない人狼とか。
怒ってもいい相手。排除しても問題ない相手。
人は、根本的にそういうモノを求めているのだから。
「さすが花子さん。全ての不浄を受け持っているだけのことはある。慧眼だ」
「いえいえ、それほどでも」
「しかし、目の届かない首筋のキスマークとかには気づかないらしい」
「ふェっ!?」
「はっはっは、もちろん嘘だ。しかし、どうやら心当たりはあるらしい。恥じらいこそが恋愛における花だ。精々大事に育てるんだな」
花子さん曰くのボスっぽい感じでニヤリと笑い、僕はトイレから立ち去る。
確かに、ああなったカンナさんの世話は辛い。辛いことは辛いが、辛さが半分楽しさ半分。仕事と割り切れば絶妙なバランスだし、役得と言われればまさにその通り。
そしてなにより、あの状態のカンナさんを放置することだけは、絶対にできない。
心が、魂が、そう叫んでいる。
「つまり、このお仕事には得しかないのです……っと」
微妙に割り切れてはいないが、僕はそう自分に言い聞かせて歩みを進めた。
さて、それじゃあ頑張ろう。カンナさんのお守りは、僕なりにメリットがあってやっていることでもある。親愛や恋愛感情程度では解決できない、大きなメリットがある。
扉を開けて居間に戻る。
「…………あれ?」
カンナさんは、居間のどこにもいなかった。
私の名前はカンナ=カンナ。
ダンジョンの裏ボス……という、名目で雇われているパートタイマーだ。
出身は『アビス』の小さな村。村の名前は……もう分からない。
その村には『魔人』が住んでいた。
魔人は『シャンバラ』にも『ワールド』にもいて、自分の力を隠しながら生活しているものだけれど、『アビス』に住む魔人は……少なくとも私が住んでいた村は、排他的で余所者を寄せ付けない、陰湿な村だった。
そこでなにがあったか、詳細は省く。思い出したくもないというのが本音だが。
村がなくなり、私は魔神になり、キィに拾われ……私は、こんな風になった。
休日となると体が動かない。全てが曖昧で私自身も曖昧だ。恥ずべきことというのは分かっているけど、だるくてだるくて仕方がない。体が、心が、まるで石化したかのように鈍ってしまう。
『休んで良い日に休む。それのなにが悪いのさ?』
そんな風に、奴は肩をすくめて笑う。
奴……カイネ=ムツと名乗る彼。やたら『男の生き様』を強調する男らしくない男。特技は甘やかしだと私は思っている。アナスタシアも甘やかすし、ザッハークも甘やかすし、アトラスも甘やかすし、キィも私も甘やかす。
甘やかしていないのは……アトラスに甘やかされているニーナくらいなものか。
厳しくないし優しい。自分がやらなかったら、誰か他の人がやると平気な顔で断言するくせに、わりと細かいところまできっちりやる男。
大雑把な私にとっては……彼の細やかさがコンプレックスだ。
いや、正確には。
彼の存在そのものが、コンプレックスだ。
彼にもたれかかり、胸に頭を預け、手を握る。その依存じみた行為を心は拒絶しているが、魂が渇望している。
一刻も早い回復のためにはコレが必要なのだと、絶叫している。
「…………あぁ」
情けない。なんて……呆れるほどに私は、情けない。
私が愛情に飢えていたとか、そういう理由ならずっと分かりやすかった。
恋愛感情なんてない。友情もあまりない。敵対心の方が強い。それでも、立ち上がれなくなるほど疲弊した私を抱え上げ、看病するように手を握るのは彼だけだ。
まるで毒だ。包まれているうちに眠るように死ねるタイプの……優しく甘く浅い毒。和んでいるうちにアナスタシアみたいに心の奥底まで踏み込まれて持っていかれる。
しかし、その効果は確かだ。
その毒を浴びると、力尽きていても、少しだけ立ち上がれるようになる。
「……ぐぅッ……はぁ」
四肢に全力を込めて、立ち上がる。
ダラダラしたい。水分と少々の食事だけ摂って立ち上がるのはトイレだけにしたい。
心が『嫌だ』と叫んでいる。働くくらいなら、立ち上がるくらいなら、こんなダンジョンなど素通りさせてしまえと思っている。私が働かなくても第二階層にはアナスタシアがいるのだし、第三階層にはアトラスがいるのだし、第四階層にはザッハークがいる。
第五階層まで到達されたら……うん、突破されると思うけど。
動きたくない理由など千通りは思い付くが、動かなければならない理由に直面した瞬間に、少しだけ体は動いた。
「……行かなきゃ」
服を着替えるのは諦めた。顔を洗うのは諦めた。キャラ作りも諦めた。
ボスに必要な三要素を全て投げ捨てて、私は力なく歩き出す。
間違いなく、あとでキィに怒られてしまうだろうが、もはやここに至っては恥も外聞もあったものではない。……が、あの男は地味な私服がOKで私はメイド服強制とか、色々とひいきしているとしか思えない。
そもそも、メイド服って一体どういうことなんだろうか? 馬鹿なんだろうか?
下着以下のビキニマントと信じられないほど重い重厚な鎧との三択だったので、仕方ないといえば仕方ないけど、あのダンジョンマスターは趣味がおかしい。
『そうですよ、師匠。ここはフリフリドレス一択でしょう!』
ぶっ殺すぞ変態。
怒りでほんの少しだけ手足が軽くなったので、第五階層の転移装置で第一階層のボスフロアに向かう。
私がボスフロアに到着するのと、挑戦者が到達するのは、ほぼ同時だった。
赤錆色の短い髪の毛。真っ白い肌に黒い妙な服と赤い外套。
身長は私より少し高い程度。男か女かよく分からないいでたち。先日、カイネに酷い目に遭わされた人物と似たような服装だが、こちらの方がなんというか……派手だ。
私の姿を見た挑戦者は、芝居がかった仕草で恭しく礼をした。
「こんにちは、だらしのないお譲さん。私の名は白炎臣ザムザ。お見知り置きを」
「…………はぁ」
「貴女がこのフロアのボスということで、よろしいかな? キリエの話に聞いていた人物と違うようだが……」
「彼は本日休暇を取ったダンジョンマスターの代わりに第五階層担当になっています」
「つまり、第五階層まで辿り着かなければ、キリエに恥をかかせることができないというわけだ。私は実に運が悪いようだ」
自らを『運が悪い』と称しながらも、挑戦者ことザムザは楽しそうだった。
ニヤリと笑って、私を見据える。
「ククク……そういうことならお譲さんには早々に退場していただこう」
「簡単に言いますねぇ。私は一応このダンジョンでも強い部類で」
「ごたくはいい。白炎臣ザムザ、参る」
「………………」
どうやら、今回の挑戦者は話を聞かない人らしい。
ただ、運は良さそうだ。
私はなんとも思わないけど、カイネさんは話を聞かない人が大嫌いだ。
どの程度嫌いかというと、アトラス……というよりニーナの階層に『一人ずつ』問答無用で叩き落とし、落とした順に宝貝で一人ずつ始末していくという効率の良い……ダンジョンボスとしてはあまりに鬼畜な方法を取るくらいに大嫌いだ。
アトラスが一度注意しようとしたそうだけど、カイネさんに睨まれ『人の話を聞く気がない奴が、自分の話を聞いてもらえるわけないだろ。自己陶酔なら自宅でやれ。聞かされる方の身になれないやつは死ね』と言われて黙ってしまったらしい。
巨人の英雄が睨まれた程度で二の足を踏むとか、どんな形相で睨みつけたのかすごく気になるところだ。
本当に、気に入らないものに対しては容赦がない。
「私の能力は全てを燃やし尽くす白き炎! 影すら残さず燃やし尽くしてやろう!」
ザムザの手の平から放たれた白い炎が、ボスフロアの全てを包み込む。
これで退路は断たれた。もともと逃げるつもりなどないが、この炎は厄介だ。
この白い炎は『あらゆるものを燃料にして燃え続ける』という特性を持つ。『アビス』では突き詰めた聖属性、他にない純然たる聖を総称し『純聖』と呼ばれるが、この炎はその域に至っている。
水だろうが土だろうがなんでも燃やす。燃やした後にはなにも残らない。
伝承には『世界を滅ぼす火』ともされていて、文明を三度滅ぼした。
「…………さて」
見たこともないものを見せられて、錆ついている心と体がキチリと音を鳴らす。
本当にこの男は運が良い。
カイネさんがこの階層におらず、私が本調子ではなく、凄まじき能力を持ち、今日に限って私が第一階層担当という……強運の持ち主だ。
その運の強さに敬意を表し、こちらも切り札を一つだけ見せよう。
「拡散せよ――我が世界」
私の呼び声に応えるように、私とザムザの間を隔てていた炎が消滅した。
ザムザの表情に狼狽が浮かぶ。
「なん……だと? 私の炎が……」
「うろたえることはない。まだあなたが絶対に有利だ。私のこれは、私の視界内にあるものしか対象にできない」
「っ……視界内……魔眼か。しかし、私の炎を消すほどの魔眼など……」
「考えている余裕はあるんですか?」
今の私は『尻に火が付いている』状態だ。
視界内の炎は消せても、背中を燃やす炎は消せない。この炎が私を燃やす前に、私は挑戦者を倒さねばならない。
一歩踏み出す。二歩踏み出す。五歩で間合いに入る。熱い死ぬ。
死ぬ前に、私は挑戦者を倒さねばならない。
「名乗り忘れましたね。私の名前はカンナ=カンナ。第一階層代行、このダンジョンでは裏ボスのような扱いをされています」
「ッ……カンナ=カンナ!? 『アビス』の伝承に残る真魔ではないか!?」
「いや多分それ違う人です。私はそこまでじゃありません」
さすがに、世界を滅ぼしたりはしていない。私が滅ぼしたのは村一つだけだ。
能力がうり二つだとか、真魔の再来だとか呼ばれたりはしたけれど、それだけだ。
もちろん、私と似たり寄ったりの悪魔の話は、今はどうでもいいことだ。
「さて、私と戦う時のルールは簡単。アビスで最も頻繁に行われている決闘方法の一つ。己の全能力を駆使して、この距離で真正面から殴り合うだけ。簡単でしょう?」
「くっ……」
「では、勝負です。炎が私を燃やすのが先か、あなたが根を上げるのが先か」
拳を握る。真正面から挑戦者を見据えて笑う。
手足は鉛のように重い。痛くて熱くて辛くて今にも泣き出しそうだし、部屋に戻って布団をかぶって寝てしまいたい。一日中アニメを見ながらゆっくりしたい。
それでも……負けるわけにはいかない。
「楽しく愉快に――殺し合いましょう」
動かない手足を無理矢理動かして、笑いながら、私は仕事を全うすることにした。
殺した。殺し続けた。それが私の役割だったから。
ちっぽけなものを守るために殺し続けた。近づく者は皆殺しにした。
ちっぽけなものを奪うためにやって来た者もいれば、ただ迷い込んだだけの者もいた。私は機械的に、教えられた通りに、大人達に教えられたそれを実行し続けた。
殺した。殺し続けた。それがあたしの役目だったから。
ちっぽけなものを守るために殺し続けた。最初から最後まで皆殺しだった。
大人達にはそう教えられた。殺せと命じられた。命じられた通りに生きた。奉仕するために、捧げるために、『自己』を殺せと命じられた。
慣れたと思っていた。自分は我慢できる人間なのだとそう思っていた。胸の奥に渦巻くなにかを自覚せず、言われるがまま掟のままに、ただ諾々と従って生き続けてきた。
きっかけは、些細なことだった。
私は、思い知った。
あたしは、思い知った。
いけないと大人たちは言った。
駄目だと大人たちは言った。
それが、そのことがどうしても――私には、我慢ならないことだった。
「――――ッ」
嫌な夢を見た。私と私ではない誰かの夢。
夢が混ざるなんて冗談ではないし、どんな夢を見たのかももう思い出せないけど、嫌なものを見たという胸糞悪さだけは、目が覚めた今も残っていた。
体を起こす。毛布をどかして……ん? 毛布?
「………………」
周囲を見回す。先ほどまで私がダラダラしていた第五階層の居間のソファの上にいるのは分かった。問題なのは、私が服を着ているということだろう。
着やすく脱ぎやすいTシャツとタンクトップ。下着はつけていない。
挑戦者は能力を封じられても強かったけど、私ほどじゃなかった。しかし、挑戦者を倒した直後に私も文字通り燃え尽きてしまったので、結果はほぼ相打ちだろう。
問題なのは、燃え尽きてしまったせいで衣服が燃えてしまったということだ。
気に入っている寝巻だったのに……倒した後に財布くらい抜いておけばよかった。
さて、問題は誰が服を着せたのかということだけど……。
「あ、カンナさん。起きた?」
「やっぱりあなたですか! このド変態野郎!」
「ぶはっ!?」
手近にあったクッションを投げつける。それは見事にカイネさんの顔面に直撃した。
これがマグカップとかなら痛手を与えられていたけど、どうやら今日は挑戦者や彼の運が良いというより、私の運が悪い日のようだ。
クッションが地面に落ちる。カイネさんは目を細めていた。
「おい、わざわざここまで運んできてやった人間に対して、いきなり物を投げつけるとか、良い度胸じゃねーか」
「反射行動です! その……見たでしょう?」
「見た見た」
「反応が軽過ぎますよっ!?」
「せめて笑い話にしねーと色々と限界なんスよ。察しろ」
「………………っ」
限界と言い放った彼の目は、どんよりと暗く淀んでいた。分かりやすいと言えば、分かりやすいけど、見られたこちらとしては腑に落ちないものしか残らない。
私が目を細めると、彼は深々と溜息を吐いた。
「……あんまり良くない傾向だけど、少しは元気が出たみたいでなによりだよ」
「元気ではないですけどね……あんまり良くない傾向ってどういうことですか?」
「心の苦しさをより強い苦痛で上塗りしてるだけだからだよ。高揚感ってのは苦しさを誤魔化す手段としては効果的だけど、長く続かない。苦しさの原因を時間をかけて追及していって、自分なりの『苦しくない生き方』を探さないと、早死にするよ」
「知った風な口を聞きますね……」
「知った風じゃなくて知ってるんだよ」
しれっと……きっぱりと、彼は目を細めて断言した。
全く想像ができないが、カイネさんも昔は私の様になっていたと言う。嘘八百かもしれないし、私自身全く想像できないし信じてもいないけど……私のような有様だったと、彼は言う。
「あなたは……私に同情しているだけですか?」
「もちろん、同情しているし、それ以上に投影しているのさ。あの状態のカンナさんを見捨てるのは、一番苦しかった時の自分を見捨てるのに等しい。僕としてはそれだけはできないし、カンナさんを助けるような真似をすることで、自分を救いたいと……そう思っているんだろうね」
「………………」
「まぁ、わりとサイテーなことは自覚しているよ」
最低と自虐しながらも、彼は全く動じる様子も見せず、口元を歪めるだけだった。
この男は、心の底から、どこまでも、自分のために行動する。
戦闘能力は皆無に等しい。時折容赦がなくなるが基本的には愛想が良い。しかし、この男はアナスタシアと並んでキィが見い出した正真正銘のフロアボスであり……ダンジョンで最も多くの挑戦者を受け持つ『第一階層』を担当しているのだ。
カイネ=ムツの異常性……それは、彼の行動基準にある。
自己のために。我欲のために。自分のために。
彼は自分のためならなんでもするし、自分のための行動を肯定する。
不特定多数の挑戦者のためにこしらえた彼曰くの『少し工夫すれば抜けられる第一階層』は、彼が楽しいから作っている。
ごく一部の挑戦者のために作られる『絶対に殺すための第一階層』は、彼が挑戦者を逃がさないために作っている。
他の全ても同じだ。誰かに甘いのも厳しいのも、全て『自分のため』という前提で行っている。だからこそ自分の癇に障る挑戦者を容赦なく抹殺できる。
直接的間接的問わず、自分を苦しめる『敵』には一片の慈悲もない。
誰かのために。正義のために。みんなのために。家族のために。お金のために。生きるための理由は様々あって、もちろん誰もが『自分のため』に生きている。
しかし……誰もが『自分だけではない』と幻想を抱きたがる。
自分だけでは苦しいからだ。自分のためだけでは寂しいからだ。私も孤独だったから分かる。分かり過ぎるほどに分かる。独りで生きて行くのは……とても辛くて、悲しい。
すがるものが、欲しいのだ。誰も彼も。
人間は自立できない。必ずなにかにすがっている。
家族だったり、恋人だったり、ペットだったり、画面の向こうの俺の嫁だったり、ゲームの発売日だったり、アルコールだったり、他人の称賛だったり、没頭している趣味だったり、強過ぎる能力だったり、野望だったり野心だったり、いつだって『自分にとって甘いもの』に寄りかかって、必死で生きている。
自分のためだけど他にも色々ある。色々あるから生きられる。
カイネ=ムツの在り方は、そういった『甘ったれた』幻想を一蹴する。
だからこそ……彼は誰よりもダンジョンにふさわしい、フロアボスなのだろう。
「カンナさん。なんか怖い顔してるけど、とても失礼なことを考えてない?」
「失礼なことはいつでも考えています。私はあなたが嫌いですから」
「うーん……まぁ、エロ河童の考えそうなことなんて、大体想像がつくけどさ」
「誰がエロ河童ですか! っていうか、わりとシリアスな雰囲気でエロいことを考えるわけないでしょうが! あなたは本当にアホなんですか!?」
「失礼な。僕はいつもエロいことを考えている」
「失礼しました。あなたは本当のアホでしたね!」
「そんなことより、冷凍のピザ生地余ってたからピザ食おうよ、ピザ。僕はお腹が減っちゃったよ」
「そんなことってなんですかオラァ!」
「痛い! ものすごく痛いからぐーで殴るのはやめて! 遺憾の意だぞ、遺憾の意!」
「その『遺憾の意』ってどういう意味ですか?」
「僕の国でものすごく怒ってるって意味。これ以上怒らせると戦争になるぞっていうのを遠回しに伝えてる感じかな?」
「回りくどいですね……いいでしょう、戦争しましょうか?」
「ホント『アビス』の連中は喧嘩っ早くて困る。戦争の前にピザ食わない? お腹が減ってる時に考え事をすると、心を痛めるだけでロクなことにならないし」
「……あなたのそういう見え透いたようなことを言うところは、嫌いです」
「はいはい。嫌いでもなんでもいいから。で、ご飯食べる?」
「…………食べます」
言われて気づく。思考を中断してようやく分かる。私が眠っている間に結構な時間が進んでいたらしい。お腹はぐぅぐぅ鳴っている。
息を吐く。目を細めて、彼を睨みつける。
少しだけ、気まぐれに、今回の敵について聞いてみることにした。
「私が今回倒した挑戦者の方ですが……恐らく、また挑んでくると思います」
「面倒だなぁ」
「あなたならどうやって対処しますか?」
「致死性の猛毒を使う。ザッハも顔をしかめるくらいキッツいやつ。能力を使われる前に殺せば問題ないでしょ。属性防御が優秀なら他の手段を考えるけど」
「………………」
「面倒だけど前回よりは楽だね。……一点特化型ほど狩りやすい相手はいねェよ」
私が相打ちに持って行くのが精一杯な相手を『狩りやすい』と言い放つ。
口を挟もうとして、やめる。それが彼の流儀ならば私が言えることはなにもないし、口を挟んでも挟まなくても、彼が挑戦者を撃退することに変わりはない。
カイネ=ムツ。
挑戦者のことを聞いて獰猛に笑う彼の表情は、まごうことなき第一階層のフロアボスのそれなのだった。
●登場人物紹介&裏設定
・カイネ=ムツ
苦労性ではないダンジョン管理人。
自覚のある独善者。自分のために助け、自分のために殺す。
生物は自分のために生きている。しかし、決してそれだけではない。生き物は『個』だけでは生きられないからである。『群』を無視した『個』は本来の意味での独善と呼ばれ排斥される。人間は排斥されないために、苦しまないために他者を重んじるのである。
それは、道徳とか倫理とか難しい二文字で呼ばれる概念である。
カイネ=ムツはそれを知っている。知り尽くしていながら無視できる。
甘やかすべき他人は甘やかす。自分がそうしなければならない理由があるから。
理由があるから……敵は殺す。
その理由については本編でそのうち明かされるかもしれない。
・カンナ=カンナ。
ダンジョンの裏ボス的存在。引きこもりの魔神。
休む時は全力で休んでしまう……その程度に脆弱な魔神。
以下のチートスキルを有する。
『魔眼・神威』
視認した現象の性質をコントロールできる魔眼。
例えば『威力80の炎魔法』ならば『威力1の炎魔法』にすることもできるし『威力200の炎魔法』にすることもできる。炎魔法を水魔法にすることはできないし0にもできない。あくまで性質を強めたり弱めたり、濃くしたり薄くしたりする程度である。
今回の場合は『なんでも燃やす白炎』を『なんでもは燃やせない白炎』にした後、魔力放出で炎を吹き飛ばした。
言うまでもなくチートスキル。彼女がザッハークに完勝できる理由がこれで、この眼がある限りブレス攻撃はほぼ無効化され、直接の殴り合いでも彼女が視認できる限りの攻撃をほぼ無効化できる。
逆に、視認できない速度で動き回るキィには後手に回る。一度でも捕まえてしまえばなんとでもなるのだが、最高速度+一撃必殺や奇襲スキルを持つ相手には分が悪い。アナスタシアの従者たちもこういったスキルを持っているためカンナにとっては相性が悪い。
特に視認できない『音』を操るロックとは相性が最悪と言ってもいい。
神威という大仰な名前が付いているが、本来は『神の威を借る』という意味で、伝承に残る魔神は仲間への補助を目的としてこの眼を使ったのだという。
しかし、魔神の尽力も空しくその旅路の結末は悲惨なものとなり、この眼は忌まわしきものとして『アビス』に伝わっている。
カンナが精神的に引きこもる原因となった能力。
精神的なら引きこもりじゃねぇだろと思う人もいるかもしれないけど、それについて語り出すと止まらなくなるのでここですら割愛。
作者的に彼女は間違いなく引きこもりである。
・闇霊さん
彼氏持ちの不浄の闇霊さん。名前はとうに失われている。
上司に対しての愛想は良いが、対等な相手に対してはテンション高めの小娘。
彼氏に対してはマゾだが、友達に対してはサディスト。
なお、ダンジョンには彼女のような裏方がたくさんいる。度々話に出てくるブラウニーさんたちもそういった裏方である。
・白炎臣ザムザ
五人いる四天王の五人目。赤錆色の髪のスーツ姿の誰か。性別は不明。
スットコ世界『ワールド』からの刺客。今回の犠牲者である。
元々は白炎王と名乗る中二病の権化みたいな人だったのだが、自らの自業自得で追い詰められ、主に救われて拾われた。
クソ真面目だが人の話は聞かない。それは四天王全員に共通することでもある。
四天王のくせに五人いるのはこいつが特殊枠だから。上手く使えば全階層を楽に突破できる『白炎』の力だったが、初見で突破できなかったため敗走することになった。
挑戦回数は十回。意外と器用なので『白炎』を防御に転用し銃弾すら瞬時に蒸発させることすら可能なのだが、他の挑戦者と比較すると耐久値と起動性に劣り、防御はできるが治癒はできない所を突かれ、二回目以降はフロアボスにすら到達できなかった。
具体的には、こっそり忍び寄って来たブラウニーさんが、『英雄が不死を返上する程度の毒』を仕込んだ針でチクっと刺したり。
このダンジョンのボスの一番性質の悪い所は『学習する』ことであり、特に鬼畜化した第一階層は挑めば挑むほど突破が難しくなる。
一点特化型ほど狩りやすいというカイネの言葉は、決して嘘ではないのだ。
なお、ザムザ自身は『白炎』で燃えたりはしないし消化も思いのまま。
次回はキィさんのお話……だと思う。
ダンジョンマスターによる抜き打ち検査……になるかもしれない。
ふわふわしてるけど、次回更新もいつも通り未定だから仕方ないね。
……早く十二月終われ。今の時点で死にそうだ。