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第4話:第一階層ののんきなランチタイム

小説描くとアクセス解析ができるんですが、そこの『携帯』の項目が

時代を感じさせる数字でなんだかしょんぼりした。

自分が心折れる前はガラケーの方が数字が上だったのにね(懐古)

 冷やしたものは適当なタイミングで温めよう。

 冷やし過ぎ、暖め過ぎると大抵速攻で壊れてしまうものだから。




 ツンツン頭のアリアちゃんは、ダンジョン挑戦者である。

 朝は新聞配達、昼は人や物の送迎(無免許)とよく働きながら何度となくダンジョンに挑んでいる(つわもの)で、現在は第三階層まで到達している。

 大抵は一回挑んでズタズタにやられて敗走するので、こういう人はかなり稀だ。

 どうしてもダンジョンを突破しなければならない理由があるのか、あるいはなにかに挑戦し続けるのが楽しいだけか、詳しく聞いたことはないけど、最近ではもう面倒になっちゃって、落とし穴で第三階層まで落としている。

 もちろん手抜きではあるのだが、第一階層と第二階層の面子では誰も勝てないので仕方がない措置とも言える。

 ただまぁ……時と場合によっては、第一階層で敗退することもある。

「階層素通しとか、あなたやる気あるんですか!?」

 そんなわけで、僕はカンナさんにお説教を食らっていた。

 買い物をしている間……カンナさんに第一階層を任せている間にアリアちゃんが来てしまったというオチである。

 カンナさんと鉢合わせたアリアちゃんはその場で打倒され、ちょうど戻って来た僕によって、第一階層の居住区に搬送された。

 アトラスの旦那にやられた時よりもボコボコにされているのが、少々痛々しい。

 ダンジョン内では即死級の傷は即座に治してくれるが、治すのが師匠なので空気を読んで『怪我を治してくれない』こともある。

 その傷が元で死ぬことになるとか、そういう重症なら治してくれるが、適度な傷は治してくれない。痛くなければ覚えないというのが師匠のポリシーである。

 確かに……その通りである。

 ここはあくまでダンジョンであり、挑戦者を妨げる障害なのだから。

 とはいえ、ボスをスルーできる程度の挑戦者になってしまうと、もう準備をするのも億劫だったりする。

「三回目くらいで全トラップを見切られちゃったからなぁ。師匠に頼んで新しいトラップを用意しないと、アリアちゃんにはもう通じないし……それもすぐ見切られそうだし」

「だからってアナスタシアの階層までスルーさせることはないでしょうが!」

「アリアちゃん、動物好きだからアキレスやロックさんと戦いたがらないんだよ。良い人は苦手だって理由でアナさんやプルートさんからも逃げ回るし」

 逃げ回った結果、第二階層の方々ではアリアちゃんを倒せなくなってしまった。

 僕の時と同じだ。完全に見切られてしまっている。

「確かに手抜きは良くないけど、どんなに時間をかけても倒せないから根負けしたってのが本音だよ。現状の最高戦力で倒せないのなら、いっそ素通しした方がいい」

「いいわけないでしょうが!」

「カンナさん、闘争に関しては生真面目だよね……」

 引きこもりで怠惰なくせに、ゲームではない闘争にはものすごく真面目である。

 この真面目さをもっと色々なところに発揮して欲しいけど……まぁ、無理だよね。

 人は、自分の苦楽のためにしか生真面目になれない生き物なのである。

 ぎろりと、カンナさんは僕を睨んだ。

「前々から思っていますが、あなたは女性に甘いような気がします」

「え? 男としては普通のコトだよ?」

「ダンジョンのボスとしては駄目でしょうが!」

「ちゃんと後々の階層で倒せるように、適度に戦力を削ってるから大丈夫だよ。漁夫の利で戦果を一番稼げちゃうのはアナさんになっちゃうけどさ」

「というか……アナスタシアに一番甘くありません?」

「え? 僕としては当然のコトだよ?」

「せいっ!」

「ごふっ!?」

 腹を殴られて、僕はその場にうずくまった。

 即死でもなければ内臓にダメージがあるわけでもない。翌日にはほんの少しだけ痛みが残るが今はものすごく痛い程度のダメージは治してくれないのだ。

 最近、カンナさんは僕を痛め付けるのに慣れてきた。

 拷問じみた慣れ方は本当に勘弁して欲しい。

「ったく……これだから男は」

「失礼な。男という単位でひとくくりにされてもらっちゃ困る。これは僕の独断だ。侮辱するなら僕だけにしてもらおうか!」

「なんで尋問されてる捕虜みたいな感じになってるんですか……」

「まぁ、それはそれとして僕がアナさんに甘いのは師匠に次いで好感度が高いからだよ。優しいし、可愛いし、腹筋殴らないし、怒鳴らないし、がさつじゃないし、僕が買って来た物を無断で食べないし」

「おや? 個人攻撃ですか? 私の剛拳が唸りを上げますよ?」

「この前貸した三千円、さっさと返してよ」

「……ら、来月返しますから」

 金の話になると露骨に冷や汗をかくメイド魔神は、僕から目を逸らしていた。

 この人には貯蓄という概念があまりない。というか、ニーナさんを除いて『アビス』出身の方々は金遣いが荒い。

 貯金をすると奪われるような世界だったらしいので、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

「宵越しの銭は持たないってのもいいけどさ、個人的に貯金はした方がいいと思うけどね。今日みたいにちょっと豪勢な昼食が食べられるかもしれないし」

「……まぁ、そうですね」

 食卓に並んだメニューを見て、カンナさんはごくりと喉を鳴らした。

 今日のメニューはぬか漬けと豆腐の味噌汁。ヒレカツを使ったタレカツ丼である。

「今更ですけど……あなたは料理ができるんですよね?」

「まぁ、一通りはね」

「どこかで習ったんですか?」

「それを聞き出すには好感度が足りないな。出直して参れ」

「………まぁ、そういうことならいいです。いただきます」

 引きこもりらしく、なにやら地雷の埋まってそうな雰囲気には敏感なカンナさんは、それ以上は何も言わずにカツ丼を食べ始めた。

 カツを一口齧って、目を丸くする。

「……ふむ」

「味はどう?」

「悔しいですが、美味しいです。あなたの世界の食事は独特の味がしますけどね」

「味噌とぬか漬けは慣れるまで時間がかかるかもね。梅干しと納豆ほどじゃないけど」

「お代わり」

「一瞬で食い終わるなよ!」

「カイネくん、お代わりで!」

「アリアちゃんはちゃんといただきますを言ってくれねーかな!?」

 珍しくほのぼのした会話が、あっという間に修羅場になった。

 二人分のご飯をよそって、カツを乗せてタレをかけ、カイナさんと……昼飯になった途端に飛び起きてあっという間にカツ丼を完食したアリアちゃんに手渡す。

 勇者アレン。本名アリア。包帯まみれでツンツン頭の女の子である。

 環境が悪かったからかなんなのか、男の前で平気な顔で裸になったりするので、距離感を掴んでおかないとこちらが参ってしまうタイプの女の子である。

「おいひい! もほぐほふおいひい!」

「感想は口の中物を飲み込んでからでいいから、もっと落ち着いて食べてね。あと、ちゃんと服を着ろ。下着姿は目には優しいけど心には優しくない!」

「遠慮してたらお肉がなくなっちゃうから……」

「一人分の肉の枚数は決まってるから、急がなくてもなくならないから」

「えっ?」

「おい、そこのデブ。食い過ぎだ。オメーのぶんの肉はもうねーから」

「デヴじゃありませんもん!」

 いや、僕もムチムチしてるメイドコスの女性にデヴとか暴言吐くのはどうかと思うんスよ? でも、彼女が頬張っている肉は僕のヒレカツなのである。

 食い物の恨みは恐ろしいというし、暴言くらいは許されてもいいと思う。

「まったく……まぁ、今回はボスの代行してもらったからいいけど、ヒレ肉は高いんだからそんなに無茶にガツガツ食べないようにね」

「ということは、ボクもカイネさんの代わりをしたらお肉が食べられるの?」

「本末転倒じゃねーか! アリアちゃんはまず旦那を突破してね!」

「待って下さい。カツがなくなったら……余ったご飯はどうすれば?」

「自分の分を速攻で食っちゃったくせになに深刻な顔してんだ裏ボス! 冷蔵庫の中に生卵があるからそれでもぶっかけてろ!」

「卵を生で食べたらお腹壊しません?」

「僕の国で仕入れた卵だから大丈夫だよ!」

 二人がボケるもんだから、ツッコミが追いつかない。本人達はボケてるつもりはないんだろうが、天然でボケられるのが一番困る。

 そしてなにより、僕の食う分がなくなる。

 カツを飲み込んで、アリアちゃんは口を開いた。

「そういえば、カンナさんの能力ってどういうものなの?」

「いや……敵に手の内をバラすボスがどこにいるんですか……」

「カイネくんは自分のことを『トラップしか使えないクソボス』って言ってたよ?」

「その男の言うことは基本的に信用しない方がいいですよ。嘘吐きな上に結構酷いことも平気でやりますから」

「ああ……落とし穴でいきなりキィさんの階層まで落とされた時はびっくりしたよ」

「おい、第一階層ボス。なにやってんですか?」

「即死トラップのつもりだったんだけど、調整ミスったんだよ」

 ちなみにその後アリアちゃんは師匠に瞬殺されたので、即死トラップとしては機能したのだが……色々と師匠にお仕置きされたので、僕の心臓には悪い結果となった。

 なんであの人はことごとく僕の急所を突いたお仕置きをしてくれやがるのだろう? 僕は女の子は大好きだが、別に抱き枕になりたいわけではないのである。

 役得? 馬鹿を言うな。僕のようなチキンには拷問同然である。

 キュウリのぬか漬けを食べながら、僕は言い訳を口にする。

「本当はカンナさんの目の前に転移する予定だったんだけど、師匠の所に送っちゃったテヘペロ♪」

「なにがテヘペロですか! 勝手に私の所に送らないでくださいよ!」

「その時はアリアちゃん以外にも挑戦者が結構いてさ……つい、面倒になって」

「私の所に送る時は事前に許可を取って、心の準備を整える時間をください。その間に挑戦者の情報やらパーティ構成やら、一通り頭に叩き込みますので」

「なんていうか……本当に、闘争に関しては生真面目なんだよね……」

 そうしないと生き残れなかったかもしれないけど、その生真面目さをもうちょっと細かい所で発揮して欲しい。

 そんなことを思っていると、アリアちゃんはちらりと僕とカンナさんを見た。

「そういえば、カイネくんとカンナさんは別の世界の人なんだよね?」

「まぁね」

「どんな世界なの?」

「どんなって言われてもなぁ……外敵もいないし平和だったけど、僕にとって『ワールド』はクソみたいな世界だったかな? 色々あってここに来る羽目になったし」

「クソ『みたい』とは甘いですね。私にとって『アビス』は汚物そのものですよ」

「おっと、露骨に張り合ってきたね。思い出を詳しくは語れないし場の雰囲気が一気に暗くなっちゃうから自嘲するけど、僕もカンナさんには負けてないぜ?」

「ふっふっふ、魔神であるこの私が引きこもりになった経緯とか聞いちゃったら、あなたは土下座せざるを得ない感じになりますよ? 私が泣いちゃうので言いませんが」

「二人とも……そんなに嫌な世界だったの?」

「世界っていうより間が悪かっただけだね。そーなっちゃったから仕方ない」

 強さで解決できないことがある。賢さでどうにもならないことがある。一人じゃどうにもならなくてにっちもさっちもいかないはずなのに、誰も手を差し伸べてくれないこともあるし、差し伸べてくれた手を払いのけるしかないこともある。

 間が悪かったと肩をすくめるしかない。僕らはそんな過去を持っている。

 肩をすくめつつ、僕は口元を緩めた。

「まぁ、僕らみたいな負け犬の意見は参考にならないから、気になるなら自分で確かめるのが一番いいと思うよ。師匠に頼めば色々融通してくれるだろうし」

「カイネくんの世界の良い所とかないの?」

「ワールドは飯が美味い」

「だよね! ボク、ワールドのご飯大好き!」

「………………」

 英雄とか勇者ってのはこれくらい単純思考じゃないとなれないもんなんだなぁと痛感する今日この頃である。

 あ、僕はもちろん『大好き』という言葉に、無意味に反応してます。

 男の子なんだから当たり前だが、アリアちゃんが好きなのは美味い飯であって僕ではないのである。

「ボクの故郷じゃこんなに美味しいご飯は出なかったなぁ。みんなで狩ったドラゴンのステーキは美味しかったけどさ」

「ドラゴン食っちゃうのかよ……どんな戦闘民族だよ」

「ボクの仲間の魔法使いに教えてもらったんだけど、成体と幼体のドラゴンじゃ別の生き物って言ってもいいんだって。ボクが出会ったドラゴンさんも幼体の時の話はされたくないって言ってたし、強さも全然違うんだ」

「……ああ……うん……中二病みてーなもんかな?」

 僕が首をひねっていると、カンナさんが口を挟んできた。

「なお、シャンバラの竜とアビスの竜は似て非なる物。進化系統的には別の生き物だそうです。シャンバラのドラゴンが成長するに従って賢く強くなり千年生きた竜は『龍』になるのに対し、アビスの竜や亜竜は生まれ持った知能と能力以上のものは獲得できません。ザッハ曰く『知能を捨てた代償に繁殖能力を得た』とのことです」

「補足説明ありがとう、カンナさん。頭空っぽの方が女性を口説くには有利ってことだよね……」

「無駄知識を分かりやすく表現して台無しにするのはやめなさい」

 カンナさんに真面目な顔で諭されてしまった。

 こういう時のカンナさんは本気で怒る手前である。僕は大人しく口を閉ざした。

 僕が黙るのを見て、カンナさんは言葉を続ける。

「シャンバラに行った時に食べたことがありますが、幼竜は肩肉が美味しいんですよね。今度狩って来ましょうか?」

「尻尾の付け根も美味しいよ。首を落とすのと血抜きが大変だけどねー。冷蔵しても二日くらいしか持たないから、その間ずっとお肉になっちゃうし」

「……お肉なら……やっぱり、バリエーションが重要ですよね」

「うん、そうだね。例えば……サクサクに揚げた……うん、カツとか!」

「却下。食い切れないしバリエーション豊富に調理すんの僕だろ」

「えー」

「えー」

「意外と仲良いな君ら!」

 このダンジョンには飯のことになると結託する肉食系の女性しかいないし、そういう女性はかなり好みなのだが、僕の手間が増え過ぎるので却下で。

 最悪、頭を落とす所から仕込まれそうだし。

 動物の解体などしたことはないし、そのための刃物を用意するのも面倒くさい。

「二日間だけどお肉食べ放題なんだよ、カイネくん! ドラゴン美味しいし!」

「食べ放題なら『ワールド』にそういう施設があるから、そっちに行くよ。肉だけじゃなくて色々と食べ放題だし」

「やったぁ!」

「なんか喜んでるけど奢らねぇからな! 自分で稼いで自分で食え!」

「えー? だって、ボクってカイネくんのお嫁さんになるんでしょ? アトラス師匠がそう言ってたよ?」

「……ッ……だ、旦那の言うことを真に受けるな! 自分の男は自分で選べ! ただし僕以外で!」

 ハイテンションで無理矢理切り返したものの、内心では心臓が飛び出そうなほどびっくりしている。やめろ。そういうのは本当にやめろ。

 さすがに見かねたのか、カンナさんが助け舟を出してくれた。

「その男は本当にやめた方がいいですよ。強くもないし甲斐性もないですし」

「ん? 別にいいよ?」

「……マジですか」

「ボクを女の子扱いしてくれたのはカイネくんだけだしね。大抵の男の子って、ボクのことを見ると大体引いちゃうし。正体がバレた時に騎士様に言い寄られたこともあったけどトロール討伐の後に『俺より強い女の子はちょっと』って言われたし……」

「なんだその軟弱野郎は。男の風上に置けんな」

「いや……普通にトロールと力で拮抗できる女の子とか嫌だと思いますが……」

「女の子は可愛けりゃなんでもいいんだよ」

「あなたはあなたでマジで最低ですね!」

「ククク、甘いな。僕はアトラスの旦那曰く『女の趣味がおかしい』男だ。可愛けりゃなんでもいいとは言ったが、なにが可愛いかは僕が決める」

「ちなみに……このダンジョンで一番可愛いと思った女性は?」

「師匠」

「アリアさん、悪いことは言わないからこいつだけはやめなさい!」

 師匠に聞かれたら間違いなくぶっ殺されそうなことを言いながら、カンナさんはアリアちゃんの肩を揺さぶった。その目は本気と書いてマジである。

 アリアちゃんは首を傾げて、僕の方を見た。

「うーん……キィさんか。確かに美人だし、ボクじゃ敵わないかもなぁ……」

「いや、美人とかは一切関係ないんだ。顔の美醜は一切関係ない。確かにこのダンジョンは美人さんが多いけど、マジで顔の美醜は関係ないんだ」

「そうなの?」

「そうなの。ダンジョン内だと師匠>アナさん=アリアちゃん>ザッハ=カンナさんって感じになるのかな。ちょっと説明が難しいけど、僕の趣味はアトラスの旦那が言うようにかなり偏ってるし、結婚とかお付き合いとかも勘弁して欲しいなぁ」

「カイネくんは難しいね」

「……うーん……そういう風に率直に表現されてしまうと、ちょっと凹む」

「ボクは難しいカイネくんのことは結構好きだけどね」

「お? ……お、おぉ?」

 また心臓に悪いことをさらっと言いやがるな、この勇者様は。

 あるいは、この『さらっと』言えてしまうあたりがアリアちゃんを『勇者』にしている要因なのかもしれないが、僕の口からはなんとも言えない。

 心臓がバックンバックン鳴っておりますので、考える余裕などありゃしません。

 男の子ならにやけ面の一つでも浮かべる場面なんだろうけど、出て来るのが苦笑いだけでは本当に仕様がない。

 と、自分のふがいなさに内心で溜息を吐いていると、不意に背筋に寒気が走る。

 どうやら、仕事の時間のようだ。

「……挑戦者が来たみたい。ちょっと行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。また負けると思いますが」

「頑張ってね、カイネくん」

「はーい」

 目を細める。口元を緩める。最後のカツを口に放り込んで立ち上がる。

 さて、それじゃあ行こう。

 今日はどうやら、本気を出しても良い相手らしい。



 私の名前はキィ・No2。職業はダンジョンマスター。

 本当はキィ・No1という先代がいたんだが色ボケして引退し、当時やんちゃしていた私にダンジョンを押し付けた。

 特徴は両腕が無い。ダンジョンでは第五階層を担当している。

 まぁ、このダンジョンにおける第五階層などあってないようなもので、ぶっちゃけザッハやカンナが突破できるレベルなら門への鍵を与えてしまってもいいんじゃないかと思っている。私は彼女達に対し有利が取れるという理由でボスをやっているだけで、ステータス値は一点突破型で応用が利かないのだ。

 弟子がくれる腕でなんとかかんとか戦っていられる。

 とはいえ、このダンジョンで目玉を張れるザッハとカンナは性格的に問題がある。私がやむなく最終階層のボスをやっているのである。

 まぁ、ボスなんて欠けているモノが多い方がいいのかもしれない。

 特に……世界の終りにも程々に近い、こんな寂れたダンジョンにいるボスには、むしろ欠けていることの方が必要なのかもしれない。

 そういう意味では、アナスタシアやカイネは見所がある。見所しかない。

「さて、話をしよう。今回の犠牲者の話だ」

 ダンジョン的には『挑戦者』と銘打った方がいいのかもしれないけど、とある『条件』を満たしてしまったという時点で、犠牲者と表現させてもらおう。

 第一階層は、カビ臭くない、新しい建築物のダンジョンである。

 カイネ=ムツはやる気のあるフロアボスなので、挑戦者に合わせて階層を新調しトラップも設置し直すし慢心もしないが、相手の心をへし折るためなら自分の犠牲すらいとわず、精神的な被害が大きくなるという理由だけでアナスタシアまで挑戦者を通し、絶対に勝てないと分かると粘らずに目的の階層まで落としてしまう奴である。

 そんな残虐性に溢れる彼が、精魂込めて作ったトラップ群を抜けて、一人の挑戦者が現れた。

 中肉中背。肩まで伸びた長い黒髪。大きな目と眼鏡。美少年のようにも美少女のようにも見える彼だか彼女だか分からないその人物は、喪服のような黒いスーツに身を包み、白い絹の手袋をはめ、無傷で第一階層を潜り抜けた。

「ふん……ぬるいダンジョンだ。こんなもので願いが叶うのなら安いものだな」

「酷い言われ様だな。わりと手の込んだ作りにしてるつもりなんだけど」

「なんだ、貴様は?」

「第一階層フロアボス、カイネ=ムツ」

「なるほど。つまり、貴様を殺せばこのお粗末な階層はクリアというわけか」

「そういうことだね。このダンジョンには『それ』がある。望みは叶う。幸せになれる。で……君はどうして、このダンジョンに挑むのかな?」

「む?」

「僕は君が『それ』を望む理由が知りたいんだよ」

「理由? そんなものを知ってどうするつもりだ?」

「対応を変える。まぁ、この階層は僕の趣味で構築されているからね。趣味に合えば多少は加減するし、趣味に合わなければ本気を出すってところかな」

「ふん……見たところ戦闘能力を持たないただの人間が偉そうに……まぁいい。私がここに来たのは、我が主のためだ。主が欲しがっているものは、個人の手には納まりにくいものでな。奇跡でもなんでも、頼れるモノには全て頼っておこうというわけだ」

「…………ふーん」

 弟子は関心なさげに相槌を打った。

 いや、実際のところ『なさげ』どころではない。弟子は明らかに目の前の挑戦者に対し関心を失っていた。あらゆる興味を失っていた。

 目から光が消えている。冷え切っている。

 汚物でも見るかのようなキツい目つきで、弟子は挑戦者を見ていた。


 いや、見下していた。


 今この瞬間、挑戦者は犠牲者になった。

 肩まで地面に埋まった犠牲者を、見る者を震え上がらせる目つきで、カイネ=ムツは見下していた。

「なっ!? ぐがっ……な、ぐ……い、一体なにがっ!?」

「テレポートのトラップだよ。ちょっと工夫してね。真下に向かって一メートル四十センチほど移動するように設定してある」

「ッ!?」

「テレポート移動した先に物体があった時にどうなるか……僕の生まれた世界の『ワールド』では色々な解釈がなされているけど、ここでは生命活動に支障が出る程度の事態が起こる。具体的には色々混ざる。僕にとっては手間が省けて助かるんだけどね?」

 淡々と、なんの感情もなく、弟子は説明する。

 羽虫を潰す時の方が、よっぽど感情がこもっているだろう。

 溜息を吐いて、カイネは目を細めた。

「で、君は実際のところ、自分の『主』にどうして欲しいのかな?」

「っ!?」

「心が欲しいのか? 体が欲しいのか? 頭を撫でて優しくして欲しいのか? それとも自分の存在を認めて欲しいだけか? そんな下らないお願い事はその『主』とやらに言えばいい。自分の欲求の形が曖昧なまま忠誠なんぞという下らない妄想に浸りながら生きるのはさぞかし楽しいだろうけど、そんな下らん動機で他人を害するな。心底迷惑だ」

 声には感情はこもっていなかったが、その目はどこまでも冷たかった。

 普段、私と相対する時とは異なる……フロアボスにふさわしい、冷たい目。

 小さく息を吐いて、弟子は犠牲者を冷たい目で見据えた。

「第一階層敗退、おめでとう。僕みたいな雑魚に負けてどうだったかな?」

「っ……き、貴様ァ!」

「吠えるなよ、負け犬。負けぐれーきっちり認めて主に『僕ちゃんは第一階層で雑魚に負けて無残に敗走しちゃいました』って、報告しとけ」

「ぐっ……ぎぎっ!」

「このダンジョンでは死ぬことはない……が、何度挑もうがお前が第一階層から前に進むことは絶対にない。それが僕の『趣味』だ。僕は『他者の願いを叶えるため』にダンジョンに挑む奴を絶対に認めない。必ず、この第一階層で、鏖殺(おうさつ)する。第二階層の土は踏ませない」

 そして、背を向けた。

 もうこれ以上話すことはないと言わんばかりに、背を向けて歩き出した。

 死が確定した挑戦者に興味を失い、冷酷に死を告げ、トドメも刺さずにその場を立ち去る。

 その有様はまるで――――ダンジョンのボスのようだった。



「んじゃ、また次回会おう。今回は地面と混ざってゆっくり死んでいってね♪」



 うん、明らかにやり過ぎた。

 とはいえ、反省はするが自重はしない。僕としてはここだけは譲れない。

 簡潔に言えば『もう許さないぞ、ばい●んまん!』レベルで許さないし、絶対に譲れないのである。

「難儀な性分だな、弟子」

「おや、師匠。まぁ……そうですね。僕のこういう所はダンジョン内でも屈指の面倒くささだと自負しております」

「私ほどじゃないし、カンナほどでもないさ。男の子らしくて可愛いとは思うが」

 師匠はそう言っていたずらっぽく笑った。

「最初に言っただろう? ダンジョン構築に必要なものは、全て私が用意する。お前は最初から最後まで徹頭徹尾、自分の趣味で階層を作れと。ここはお前がお前の思うまま、我がままにふるまっても良い場所なんだぞ」

「や、でも、鬼畜外道過ぎるのもどうかと思うんですよ?」

 他の階層がボスを中心に鬼畜仕様ばかりなのだから、第一階層くらいは慎重に進めば抜けられる仕様にしておいてもいいと思うのだ。

 僕としては譲れない部分はあるけど、それ以外は手心を加えたい。

 そう考えるのもまた、僕の『趣味』なんだけども。

 にやにやしながら、師匠は僕を見つめる。

「いやいや、私としてはお前の鬼畜外道モードは嫌いじゃない。むしろ、このダンジョンで最もボスにふさわしいふるまいだと思っているぞ?」

「勘弁してくださいよ……」

「しかし、お前も気づいている通り、このダンジョンへ挑む連中にはかなり有効だ。なぜならば、ダンジョンに挑むような連中には煽りや挑発に対する耐性がない。負けず嫌いで負けずに生きてきた、ある意味でどうしようもない連中ばかりだからな」

「………………」

 そういう連中を総称して『英雄』や『勇者』と呼ぶのだろう。

 もちろん、勝ちも負けも是として飲み込んで生きる奴もいる。己を中心に置いて全くブレない奴もいる。けれど、英雄も勇者も全員が全員、決して強くは生きてはいない。

 ましてや、このダンジョンに来るような奴は、大抵が逃亡者で敗残者だ。

 僕も含めて。

 僕を見つめながら、師匠は頬を緩めた。

「お前は敗北と逃亡を認められる男だ。それだけは誇っていい。私が認める。その行為がどんなに腐れ外道でも、お前は間違いなく、このダンジョンの第一階層フロアボスだ」

「はい」

「よろしい。今回の殊勲に褒美をやろう。とりあえず、腕をくれ」

「へ?」

「マフィンでも焼いてやろうという師匠からの心配りだ。……まぁ、私が食べたいだけとも言うがね。今から作ればお前の腹がこなれた頃には、焼けるだろう」

「師匠は男を喜ばせるのが上手いですよね」

「はっはっは。そんなことはない。世の中には媚を売るのに長けた女はたくさんいる」

「僕はそーゆー女より師匠の方がいいです」

「お? ……お、おぉ?」

「師匠?」

「いやいや、なんでもない! なんでもないぞ! 師匠はちょっとびっくりしちゃったからマフィンじゃなくてケーキを作ってやろう。クソ甘いチョコのやつだ!」

「どういう風の吹き回しですか?」

「そういう風が吹き回すこともある。女は気まぐれなのさ」

 師匠はそう言って上機嫌に笑う。

 なんとなく、その笑顔につられて、僕も笑った。





「そういえば弟子よ。今回はなんかいつもより怒ってなかったか?」

「可愛い女性との食事を邪魔された。生かして帰すわけにはいかなかった」

「お前は本当に男の子だなぁ!」





●登場人物紹介&裏設定(らくがき)


・カイネ=ムツ

 いつものダンジョン管理人。訳の分からないこだわりを持つ彼の本気が今回の話。

 願い事は誰かのためじゃなく『自分』のために。

 誰かになにかをして欲しいならダンジョンじゃなくて本人に頼め。世界を平和にしたいのなら統治者になれ。というのが、彼のこだわりの一端である。

 死んだ恋人に会いたいとか、あの子に滅茶苦茶惚れられたいとかならOKだが、今回のように『主のために』みたいな動機だと容赦や手心が一切なくなるため、第一階層が一気に鏖殺仕様になる。皆殺すまで絶対に帰さない第一階層になる。

 具体的には、普段ほんわかした表情でトラップを作成している小さなブラウニーさんが工具を禍々しい武器に持ち替え、トラップどころか近代兵器から魔法まで駆使してあの手この手で殺しにかかってくるため、手がつけられなくなる。

 なお、今回使用した即死テレポーターはカイネの任意による作動かつ『ボス部屋に立っている』という使用条件が存在するため、敵の眼前に立たなければ使えないが部屋そのものを使用したトラップのため、大抵の罠解除スキルをスルーできる。

 こうなった第一階層攻略に必要なのは速度である。トラップやブラウニーさん達の猛攻をなんとか凌ぎ、一刻も早くカイネを抹殺するしかない。

 どう考えてもやり過ぎなんだよなぁ……と、作者ですら思うが『拘り』なんてモノは大抵ワガママなので仕方がない。


・カンナ=カンナ。

 ダンジョンの裏ボス的存在。引きこもりの魔神。

 ここまで皆勤だが、別にヒロインではない。

 あえて言うならカイネ君やキィさんがヒロイン属性持ちである。

 ツッコミができるので出番が多く重用されているのかもしれない。


・アリア

 勇者アレン。ツンツン頭の少女。腹ペコキャラ。

 シャンバラのとある地方で解放軍のリーダーを務め、国を平定した後に旅立つ。

 その旅路の果てにこのダンジョンに辿り着き、第三階層にて詰まったので、アルバイトをしながら攻略中。

 冒険者としてはオールラウンダー。洞窟探索から軍の引率までなんでもできる。

 反面、飄々としつつも、性格的に少々問題がある。

 双子の姉がいて、そちらの方は歴史の教科書に載るくらいの勇者になるそうな。


・キィ・No2

 ダンジョンマスター。望まれた両腕しか持つことを許されない女。

 攻撃特化なので防御力は貧弱。

 攻撃特化なので防御力は貧弱。

 大切なことなので、先生二回言いました。


・天狼牙キリエ

 スットコ世界『ワールド』からの刺客。

 なんかものすごく強い設定なのだが名前も出ずに第一階層にて敗退。

 今までで一番かわいそうなやられ役である。

 性別不明のウェアウルフ。最初は舐めプして昼間に堂々と侵入したが、即死テレポでほどよく地面とかき混ぜられて死亡。二回目は夜に挑んだが銀の銃弾の一斉掃射→余裕の回避→胸部と太ももを狙撃され身動きを取れなくなったところをヘッドショットで即死。

 三回目以降はまともに相手すらしてもらえず、花粉症を逆手に取られスギ花粉爆弾やら色々されて泣きながら敗走した。

 挑戦回数は計六回。全て第一階層での敗退である。

 第一階層さえ突破できれば、第四階層まで楽に到達できるスペックを持っていたが、動機が不純という理由で第一階層で皆殺しにされた。

 五人いる四天王の二番目。全員スーツなのが特徴。

ドリフターズ読んでFate見てたらこんなんなった。反省はしていない。

全く関係ないけど、自分はWiz世代ではないけどジャイアントロボを見た世代ではあるのでテレポート先にモノがある=即死です。転移先のものをどかしてテレポートも嫌いじゃないけど、スキル的に使い勝手が良過ぎて頼り過ぎちゃうのが難点。

次の話は未定だけど、多分第四階層の話になるかもしれない。

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