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第3話:なんでもできる奥様ほど手に負えないものはない

仙人キャラが日本で流行らない理由は主に『強過ぎるから』の一点。

封神演技という物語があるが、仙人の武器こと宝貝はマジでチートである。

投げれば大抵死ぬ。おまけに最短千年単位で鍛えられる武具のため、英雄が

大活躍するコンテンツにも使えない。

だから第三階層のボスとして起用しました(鬼畜外道)。

 奥さまは仙人(推定年齢五千歳)だったのです。





 カンナ=カンナことカンナさんは魔神である。

 今は強制的にメイド服を着せられているけど、体はムチムチだし目は魔眼だし角は生えているしで、可愛いけれど人間とは一線を画する魔神さんである。

 彼女は『アビス』という世界の出身で、話を聞く限りでは世紀末覇者が出てきそうな有様らしい。いつもいつでも誰かが覇権を争っているそうな。

 争っている……しかし、その争い方にはルールがある。

 例えば、カンナさんの基準に照らし合わせると強大な力で相手を圧倒するのはOKだがトラップで完全封殺するのはNGのようだ。それは『アビス』という世界観が育んだルールであり、価値基準であり、文化そのものでもあるかもしれない。

 しかし……僕のような弱者は思うのだ。


 ぶっちゃけ、このダンジョンが凶悪化するのは第三階層からだからね?


 第二階層までは『突破してもらわなきゃ困る』程度の難易度なのだ。

 力こそPOWER。そんな馬鹿げた連中が第三階層から登場する。

 巨人の夫妻。夫のアトラス。妻のニーナ。

 三メートル二十センチの巨漢と、一メートル五十二センチの小さな妻のコンビ。奥さんの方は巨人にしては小さ過ぎるけど、それはニーナさんが『仙人』だからだ。

 何千年も生き続けている巨人の仙道が、一人の英雄を婿に取ったという話らしい。

 そんな二人が守る第三階層は、第一階層と第二階層の嫌な面を併せ持つ。

 具体的には、ボス部屋に辿り着くまでの道のりで、ニーナさんが使役する魔物や罠が満載し、ボス部屋に辿り着いてもプルートさん以上の実力者が立ち塞がる。

 第三階層に辿り着くような冒険者は、諸事情があって引くに引けなくなった方々ばかりなのだが、この大半が第三階層にてつまづくことになる。

 まぁ、当たり前だろう。僕が挑戦者ならおしっこ漏らして逃げ帰るレベルである。

 道中もアホみたいにしんどいのに最小千年の単位で練成される宝貝(ぱおぺえ)で武装した巨人の英雄と、五千年生きている仙人がボスとか分が悪過ぎるなんてものじゃない。こんなもんと相対できるのはフルパワーのカンナさんか、全開状態のザッハか、僕が考えた最強の師匠みたいな人生で不正行為を働いているチートな方々くらいなもんである。

 しかし、この夫婦お互いに愛し合い思い遣っているわりには噛み合わない。

 アトラスの旦那は武装などしない真っ向勝負の殴り合いが好きなのだが、旦那を危険に晒すような真似は絶対にしたくないニーナさんは旦那を宝貝で武装させ、援護という名の即死攻撃を多用してしまう。アトラスの旦那は巨体に似合わず結構小心者なので、嫁に対し『俺の好きにさせてくれ』と強く言えないのが悩みのようだった。

 惚れた弱みと言い換えてもいい。

 もちろん、旦那が言えばニーナさんは一も二もなく引き下がるのだが今回は『ニーナを下がらせてまで我を通す相手じゃなかろう』と判断したらしい。

 言うまでもなく、この辺が第三階層攻略の鍵である。

「第三階層の攻略法としては、宝貝を投げられる前にニーナを倒す。もしくはアトラスに認められる実力を持つって感じになるでしょうね」

「うーん……筋肉至上主義の馬鹿っぽい意見だねェ」

「死にたいんですか?」

「死にたくないし簡単に殺すのはやめてよ。ボス同士のいざこざで僕が死んだ時は師匠が空気を読んで蘇生してくれるけど、服は破れたままなんだから。弁償できるの?」

「…………チッ」

 弁償できないのに態度だけは大きなメイド魔神さんは、露骨な舌打ちをした。

 引きこもりをやめればカンナさんの実力ならもっと稼げるし、いっそ五階層を任せてもいいと師匠は言っていたけれど、長い道のりになりそうだった。

「じゃあ、あなたならどうやって第三階層を攻略するんですか?」

「できるわけねぇだろ、舐めんな。僕の実力はぶちスライム以下だぜ?」

「いばらないでください。それじゃあ、仮にアトラスとニーナが第一階層にやってきたとして、どうやって阻みますか?」

「想像したくもねぇけど……スプリングトラップでアトラスの旦那を酸の海に落として時間を稼ぎつつつつ、ニーナさんを数の暴力で少しずつ削る感じになるかな? 仙人って一対一なら無敵だけどそれ以外には脆いし」

「削り殺しとか鬼畜にも程度というものがあると思います。恥を知りなさい」

「カンナさんの今の格好こそ……いや、なんでもないです」

 僕はあえて言及を避けた。言っても言わなくてもいいことは、言わない方がいい。

 カンナさんの今日の服装はミニスカメイドである。

 ミニスカでメイドとか成り立つわけねぇだろこういう風俗じみた簡単な服装が蔓延したせいで飽きられて店舗がバンバン潰れるんだよざまぁみろとか思わなくもないけど、メイドとして見なければミニスカートというものは男の目にとても優しい。

「まぁ……なんにせよ、敵には回したくないよね。今は痛切にそう思う」

「……確かにそうですがね」

 カンナさんは溜息を吐いて、もぐもぐと肉まんを齧った。

 肉まんである。


 そんなわけで、本日は第三階層に呼ばれてニーナさん御手製のご飯を食べている。


 理髪そうな顔立ちに猫のようなつり目。髪型はお団子が二つ。服装は精緻な細工の施された体全体を覆う中華系の衣服で、宝貝の技術を流用して作られているため防御力は滅茶苦茶高く、貞淑なニーナさんらしく露出は極めて少ない。

 そんなニーナさんの趣味は、ダンジョンの住人とご飯を食べることである。

 仙人なのに肉や魚を調理していいのかと聞いたことがあるが『私は仙人としては若輩者だから、あと五千年くらいかけて徐々に絶っていくの』だそうである。

「でねでね、ここのダーリンが滅茶苦茶格好良いの!」

 テンション高めに旦那の自慢をするちょっとウザい奥さん……とは言うまい。

 旦那の雄姿を残しておくために『シャンバラ』と『ワールド』の技術を組み合わせ、『ワールドの』最新技術もびっくりな撮影方法を考案しているあたり、この人の旦那への惚れ込みっぷりが半端じゃないことが分かる。

 ただ、その旦那の雄姿の90%くらいはダンジョンの挑戦者がミートソースになるグロ映像なので食事中は本当に勘弁して欲しいと思う。

 烏龍茶を飲みつつ、僕は映像の感想を口にする。

「旦那が強くて格好良いのは分かったけど、敵が雑魚っぽい感じでちょっとイマイチ。敵をもうちょっと強く見せる演出をすると旦那がもっと格好良く見えると思った」

「ふむふむ……さすがカイネくんね。ためになるわ」

「映画の品評じゃないんですから……」

 カンナさんは呆れていたが、ニーナさんは熱心にメモを取っていた。

 そして、彼女には珍しく眉間に皺を寄せて、大きく息を吐いた。

「ぬぅ……やっぱり、私だけじゃダーリンの格好良さを表現し切れてないわ。この前カイネくんに指摘された通り『剣を豪快に振るだけならカンナちゃんにもできる』わけだし、ダーリンは武芸百般なんだから、そこをもっと生かさないとね!」

「ハハハ奥さん。隣のメイドが滅茶苦茶睨むので品評を口に出すのは控えていただきたく思いますぞハハハ」

 冷や汗が頬を伝う。魔神の殺意でも人は死ねてしまうので注意が必要だ。

 旦那のために尽力する奥さまは、服も作れるし飯も作れるし映像も撮れるし、旦那のサポートもできる……このダンジョンには本当に珍しい『なんでもできる』人である。

 僕らがいるこの場所もニーナさんがアトラスの旦那のために第三階層に作成した居住空間である。ダンジョンに繋がる三世界から色々と技術を輸入して作られた居住空間は誰が居座っても心地が良いように設計されており、なにより天井が高くて巨人のアトラスの旦那が一切不便を感じないような設計になっている。

 女子力と呼ばれる概念がカウンターストップしちゃっている系女子である。

 と、麻婆豆腐を頬張っていると、ニーナさんは不意に神妙な表情を浮かべた。

「カイネくん。ちょっとお話があるんだけど、いい?」

「んー?」

「ダーリンのことなんだけど、最近なんかちょっと……元気がないというか……」

「女性と付き合ったことのない僕に夫婦の夜戦について相談されても、酢の物食って大人しく寝た方がいいよとしか言えませんが?」

「茶化さないでくれる?」

 わぉ、奥様目が怖い。直視できないくらいの殺意を込めるのは本当にどうかと思う。

 仕方なく、本当に仕方なくではあるが、僕は真っ直ぐにニーナさんを見つめた。

「元気がない原因を探って来いってことかな?」

「うん……」

「探った結果、実は浮気してたとかそういう核爆弾級の厄介事が出てきても僕にはどうすることもできない。それは分かってるよね?」

「大丈夫。相手の女を呪い殺す準備はできているから」

「………………」

 当然といえば当然なのだが、身を引くって選択肢はないらしい。

 この通り、ニーナさんは賢く強いが大らかではない。わりと細かい所が気になる性分で、そういう意味では旦那と相性が悪い。双方小心者なので、肝心な所で及び腰になってしまうのだ。

 今回の相談もニーナさんがそれとなくでもなんでもアトラスの旦那に聞けばいいだけの話なのだが、賢く強いもんだからそのぶん色々考えて臆病になっちゃっている。

 ステータス値が高いというのも、心の健康という観点から見れば、あまり良いコトではないのかもしれない。

「ん、分かったよ。それとなく旦那を探ってみるよ。ボスの人たちのケアとかも一応僕の役目だしね」

「ありがとう、カイネくん!」

 とても良い笑顔で僕の手を握り、ぶんぶんと手を振るニーナさんは……アトラスの旦那が一目惚れしてしまうのが頷けるくらいには可愛かった。

 さて……とりあえず、考えよう。考え続けよう。

 ダンジョンの管理人として考え続けなければならないことを、考えよう。



 ダンジョンの管理人……肩書きだけはなんか偉そうだが、実際の仕事は雑用だ。

 必要なものを買ったり、掃除をしたり、挑戦者の情報を事前に手に入れたり、師匠にご飯を食べさせたりマッサージをしたり歯を磨いたりする仕事である。ある意味では腐れ仕事だけど、大いなるご褒美と少々の達成感があるからこそ続く仕事だとも言える。

 師匠の世話を焼くのが楽しいからとか、そういうことは一切ない。

 管理人の仕事の中には、ボスのメンタルケアも含まれる。

 ザッハを買い物に連れ出したり、アナさんと温泉に行くのもその一環だ。少々は僕の趣味も入っているし、女の子が大好きなのも否定しないが、決してそれだけではない。

 そんなわけで、昼食を済ませて僕は第一階層の居住区にすごすごと逃げ帰ってきた。

 居住区とはいっても、大したことはない。『ワールド』に存在する日本という国の技術で作られた家屋があるだけだ。

 玄関と台所が直結しているような狭い部屋。和室が一室だけあり、風呂は一応存在しているが一人入るのが精一杯。しかし、これでいいと僕は思う。

 少なくとも、お客を招き入れる余裕など、僕にはないのだから。

「ただいま、旦那。やっぱり駄目そうだわ」

「おかえり、カイネ。そうか……やっぱり駄目だったか」

 しかし……そんな僕の思いとは裏腹に、今日はお客が二人もいる。

 一人はアトラスの旦那。僕より一メートル以上もでかい巨人の豪傑。丸太のように太い手足にふわさしい筋肉で構築された巨躯には激闘の証である無数の傷跡が走っている。顔立ちは整っていて、髪はざっくりとテキトーに短く切り揃えている。

 服装はニーナさんが織った功夫服だが、巨体のせいかなんとなく違和感がある。

 旦那はテーブルに置かれたお茶を一口飲み、眉間に皺を寄せた。

「カイネが駄目では成す術がないな。どうしたものか……」

「いや、駄目そうと言っただけで、駄目とは言ってないっすよ?」

「……む? ニーナにそれとなく話を振ってくれたのでは?」

「それとなく話を振る前に向こうから話を振ってきたんですよ。僕としてはできることがあまりないので、仕方なく旦那の浮気を示唆しておきました」

「仕方なくで浮気を仄めかすな! 俺はニーナ一筋だぞっ!」

「知ってますけど、それを見て旦那の奥さまがどう受け取るかは分かりませんよ?」

「…………むぅ」

 アトラスの旦那は眉間に皺を寄せた。

 それがもう一人のお客……布団で眠っている、ツンツン頭の人物である。

 髪の色は漆黒でくせっ毛。性格は勇敢かつ臆病。実力は確かで、アナさんを突破して第三階層に到達するほどに強い。体中に刻まれた無数の細かな傷跡と目の下の隅を除けば、顔立ちから引き締まった体付きを含め美少年と呼んでも差し支えないだろう。

 しかし、決して豊かとは言えない程々の膨らみは、まごうことなき女性のそれだ。

 勇者アレン。彼女は三つの世界の一つ『シャンバラ』でそう呼ばれている。

 英雄や勇者と呼ばれる人には珍しく、現在進行形で勇者と呼ばれている。圧政を強いていた帝国を打ち倒した後、新たな国の建国を見届けることなく旅立った。その後、流れ流れてこのダンジョンに辿り着いたんだそうな。

 彼女なりに考えて、幸福を求めて幾度となくダンジョンに挑み、第三階層で詰まっても挫折せずにアトラスの旦那に弟子入りを申し込んできたらしい。

 ちなみに本当の名前はアリア。周囲にナメられないようにするために男のような格好をしていたらしいが、それは単に周囲が見て見ぬふりをしていただけで、体臭とか雰囲気とか声色とかで普通にバレるんじゃないかと思う。

 まぁ、彼女の事情は今はどうでもいい。問題はアトラスの旦那だ。

「面白いから鍛えてるって、正直に言えばいいじゃないですか」

「ニーナにバレたら絶対に怒られる。最悪、アリアが始末されることにもなりかねん」

「まるで浮気みたいっすね……」

「俺はニーナ一筋だ。浮気など死んでもありえん」

 弟子入りを認めたわけでもないし、弟子を取ったわけでもないが、まるでスポンジのように自分の力と技を容赦なく盗みまくるアリアと戦うのは、かなり楽しいらしい。

「まぁ、一筋ならそれでいいんですが……個人的に、奥方に内緒で女性と遊ぶのは、浮気に等しい行為のような気がしますが」

「うむ、俺もそう思っていた。しかし友人の許嫁なら大丈夫だろう」

「…………はィ?」

「だから、友人の」

 アトラスの旦那は僕を指差す。

 それから、布団で眠りこけているアリアを指差した。

「許嫁だ」

「僕とアリアちゃんの了承なく勝手に許嫁にすんなや!」

「ははは、そう照れるな」

「照れてねーよ! 嫌がってるんだよ! 確かにアリアちゃんは可愛いけど、僕みたいなクズとくっつけようとするのはマジでやめろ! アリアちゃんに迷惑だろ!」

「そ、そこまで拒絶しなくてもいいだろ……俺なりにお前を思ってのことでな。とりあえず付き合ってみてから結論を出してもいいだろうと思うんだが……」

「その『とりあえず付き合う』っていう発想はやめていただけませんかねェ……」

 英雄的、あるいは女性と簡単に付き合ってきた男の言葉である。

 僕みたいなチキン野郎とは未来永劫関係のない言葉とも言える。

「っていうか、旦那はアリアちゃんと遊びたいだけですよね?」

「ハハハ……お前そんな……馬鹿を言うな。最近実家からの要求がキツいからアリアを育ててゆくゆくは第三階層を押し付けようだなんてそんな……ハハハ」

「そう簡単に逃がしませんよ。旦那に逃げられたら完全に女所帯になって肩身が狭くなるじゃないですか」

「ああ……気持ちは分かる。お前が来る前はカンナとニーナの仲が悪くてな」

「今はそこそこ仲が良いように見えますけど……共通の敵ができたから一時休戦で結託した感じですかね? そんな面倒なことしなくても受けて立つのになぁ」

「なぜお前がニーナとカンナの共通の敵になるんだ?」

「カンナさんは純粋に僕が嫌い。ニーナさんは旦那に男友達ができると旦那との時間が減るんでなんとなく気に食わないって感じでしょう。ニーナさんは大人なので表には出しませんが、思う所はあるはずですよ。まぁ、夫婦ですし我の強い女性なら普通のことですし夫を独占したいと思わせるような旦那にも多少は責任があると思います」

「前々から思っていたが、お前は少し懐が深過ぎる。深淵に堕ちる前に結婚しろ」

「お断りします」

 旦那がなにを言っているのかよく分からなかったが、付き合ったり結婚したり、そういうのは駄目なので丁重にお断りしておいた。

 腕組をして、アトラスの旦那は眉間に皺を寄せた。

「俺には分からんが……お前はどれくらい良い女なら満足するんだ?」

「師匠くらいですかね?」

「……これも前々から思っていたが、カイネの女の趣味はおかしい」

「僕は普通に可愛くて歪んでいない女の子が苦手なだけですよ。大体、女の趣味じゃ旦那も人のことは言えませんよ? 巨人から見たらニーナさんってロリでしょ」

「確かにロリかもしれんが、嫁がいつまでも若いとか最高だろう?」

「見る分には最高かもしれませんが、若くて可愛い女の子って大体勝ち気で面倒くさいんですよね。僕は多大なるコンプレックスに押し潰されそうな女の子の方が好きです」

「…………カイネ。少しこれを見てくれ」

「へ?」

 そう言って、旦那が手渡してきたのは手鏡だった。

 見た目は普通の手鏡だが、裏に施された装飾は『シャンバラ』で使用される特殊な力が込められた魔法の文字である。

「なんスか、これ?」

「映像を写し取れる魔法の手鏡だ。宝石を押して起動し、鏡の表面を指でなぞるとこんな風に映像がスライドして次の映像を見ることができる」

「……なんと」

 要するにタッチパネルである。『ワールド』で普及が始まった技術は、剣と魔法の世界では当たり前のように使用されている技術だというのは、ちょっと衝撃である。

 まぁ、こういう魔法の品は大抵高価なので『当たり前』ではないかもしれないけど。

 試しに鏡の表面を撫でて、映像をスライドしてみる。画像が次々と表示されるのだが、どれもこれも着飾った女性ばかりだ。全員野性的ではあるがかなり可愛い。

「巨人用のグラビアかなんかですか?」

「その衣装は里では催事で使われるものだ。いわゆる勝負服だな」

「巨人の勝負服ってエロくていいですね!」

「そ、そうか? 俺としてはもっと慎ましい服装の方が……いや、まぁいい。その手鏡に写っている娘らは全員独身だ。見合い写真というやつだな」

「おォい! なんで見合い写真を僕に見せるんですかね!?」

「ちなみに、どう思った?」

「みんな可愛いっすね。巨人は女性のレベル高いです」

「俺は巨人の中でもかなり小柄な男でな……その娘らは全員俺より身長が高い」

「いいじゃないですか。身長が高い女性は大好きですよ」

「遊び気分でワイバーンとか狩る連中だぞ?」

「勇猛な女性ってのもいいものです」

「……やっぱり、アリアにしておけ。お前の女の趣味は本当にどうかしている」

「女の趣味くれーでいちいち目くじら立てんなよ。僕は旦那みてーに精神的には年上がいいけど見た目はロリの方がいいとか、口に出したら女性にドン引かれそうな真っ当な趣味は持ち合わせてねーの」

「お前は時々凄まじい毒を吐くな……」

「まぁ、この中だとアリアちゃんが一番可愛いと思いますけどね」

 僕は真っ直ぐに生きている女性も好きだが、歪んだ女性の方が好きだ。

 女の子ならなんでもいいというわけではない。

 一生懸命に生きようとして、どう足掻いても無理で倒れて折れて曲がって諦めながらもなんとかしようともがいて足掻きながら生きている女性が好きなのだ。

 女性の趣味がおかしいと言われれば、まさにその通り。否定はしないし肯定する。

 その歪みを肯定する。

 タッチパネル式手鏡を旦那に返し、僕は口元を歪めた。

「とりあえず、話を最初に戻しますが……旦那はニーナさんとちゃんと話し合ってください。怒ったり怒られたりするのは夫婦として当然のこと。摩擦は避けられないことでもありますが、やりたいことを黙ってやるのは不貞行為に等しいと、僕は思います」

「…………むぅ」

「ニーナさんにも『不満や不平はちゃんと出すこと。旦那を全肯定せず自分の意見を伝えること』と、伝えておいてください。これは、ダンジョン管理人としての命令です」

「逆らったらどうなる?」

「そんな奴らは結婚をする資格がない。それぞれ別世界に飛ばして二度と会えないようにします」

「冗談だ。そんな怖い顔をするな……お前は怒らせるとこのダンジョンで一番怖い」

 アトラスの旦那は溜息を吐いて、アリアちゃんの方を見た。

 アトラスの旦那がアリアちゃんを通してなにを見ていたのかは分からない。もしかしたら自分の境遇と重ねて、その当時自分がして欲しかったことをしているのかもしれない……もちろん、それは僕の想像でしかないのだが。

 再び顔を上げた彼の表情は、紛れもなく巨人の勇者のそれだった。

「分かった。ニーナと話し合おう。その上でちゃんと双方の意見を出し合って落とし所を探す。それでいいんだな?」

「花まるです。さすがは旦那。ニーナさんが惚れるだけのことはある」

「……そうでもないさ。お前と違って足りないことばかりだ」

 旦那は息を吐いて、僕を真っ直ぐに見つめた。

 それは、嘘偽りの許されない、真意を問う男の目だった。

「カイネ、お前が良ければ里の女を紹介してやろう」

「お断りします」

「なぜだ? 最初から今まで、俺はお前の世話になってばかりいる。なにか返したいのにお前はなにも受け取らない。力を拒否し、財を拒否し、女を拒否し続ける」

「旦那のその気持ちだけで、僕には十分過ぎるんですが……ああ、強いて理由を挙げるのなら……」

 僕は笑う。嘲笑う。

 これまでとこれからを皮肉げに嘲笑い、泣くように笑った。


「雄に生まれたくせに『男』になれたことはないから、ですかね」


 それが、どう足掻いても覆せない僕の歪み。コンプレックス。

 僕がダンジョン管理人などという腐れ仕事をやっている理由だった。



 仙人のニーナはなんでもできる。

 式を飛ばして会話を盗み聞きする程度は、もちろんできる。

 しかし、ダンジョン内でやること成すことはダンジョンの主に筒抜けなのだ。

「良くないよ、ニーナ。それは良くない。たとえ弟子にとって織り込み済みのことだとしても、男の子の会話を盗み聞くのは良くないことだ」

「……あうう」

 周到に準備したはずの式を叩き潰され、霊札を破られ、ニーナは途方に暮れていた。

 霊札を踏み散らし、両腕のないダンジョンの主……キィは苦笑する。

「まぁ、新婚だし不安なのは分かる。マリッジブルーってのはあって当然のものだ。だがしかしそれを乗り越えねばならないのも夫婦の務めだ」

「…………でも」

「でももストもないんだ。文句を言う前にまずは亭主と本音で話し合え」

「でも、カンナちゃんを蹴り飛ばす意味はないと思うんだけど……」

「おっと、これは予想外の正論だ。しかし無意味だな」

 ぐりぐりとカンナの頭を踏みつけながら、キィはにやりと楽しそうに笑う。

「で、カンナ。貴様はなにをやっている? 私は呑気に肉まん頬張っていろと指示した記憶はないが?」

「余計なお節介は大きなお世話という名言がありましてですね……」

「本音で話し合おうじゃないか」

「めんどいです」

「知っているか? 女同士が本音で語り合う時は、大抵殲滅戦になる」

「ええ、知っています。私も女ですからね!」

 カンナが叫ぶと同時に周囲の空間が歪む。ニーナは知っているが、それはダンジョンの全フロアのボスに通用する、カンナ独自の能力であった。

 しかし、それを発揮する前に、キィの蹴りがカンナの顔面に突き刺さる。

「がっ!?」

「前にも言っただろ、魔神。お前は肉が付き過ぎている。だから速度に勝る私やアナスタシアの従者どもに後れを取るんだよ。魔神らしい、分かりやすい慢心だ」

 鳩尾に爪先が突き刺さり、体をくの時に折ったカンナの頭に踵落としを叩き込む。

 崩れ落ちたカンナの頭にさらに容赦なく踏みつけを行った。

「うわぁ……」

 武闘派ではないニーナは口元をしかめた。

 もちろん常人なら即死。ザッハであっても「龍鱗の上からじゃし痛くないもん」と言い張りつつ涙目になるくらいの、容赦のない、一方的な蹂躙だった。

 ぐったりとしたカンナの頭に足を乗せ、キィは口元を緩める。

「なにか言いたいことはあるか?」

「いつか殺してやります」

「よろしい、その気概を忘れるな。基礎能力に頼っているうちは弟子にも勝てんぞ」

「あの男のどこがどう強いのか、私にはさっぱり分かりません」

「そのうち分かる。気が短いからお前は私にも勝てんのさ」

 キィは肩をすくめてカンナの頭から足をどける。

 そして、ちらりとニーナの方を見て、意地悪っぽく笑った。

「さて、ニーナ。罰として今日の夕飯はお前に任せる」

「……分かったよぅ」

「マグロを一匹仕入れておいたから、なんとか調理してくれ」

「なんとかで簡単に調理できるもんじゃないからね!?」

 仙人の抗議を聞き流しながら、ダンジョンの主は軽やかに歩き出す。

 殴り合い、言い争い、押し付け合う。

 これがいつも通りの……ダンジョンの女たちの日常であった。



●登場人物紹介&裏設定(らくがき)


・カイネ=ムツ

 いつものダンジョン管理人。雑用。しかし給料はそれなり。


・カンナ=カンナ。

 ダンジョンの裏ボス的存在。引きこもりの魔神。

 能力に頼り切ってるからキィさん及び速度で勝る連中に勝てない感じ。特にアナスタシアの従者連中には後手に回らざるを得ない。

 ボスクラスには勝てるとは言ったが、従者に勝てるとは言っていない。

 が、彼女の場合は『動物好き』な面が多大に足を引っ張っているとも言える。


・キィNo2

 ダンジョンの元締め。最近ハマっているものはマッサージ。

 仕事をサボタージュする奴に容赦がないが、実は程々の手抜きはOK。


・ニーナ

 第三階層のボスその1。万能型チートの『アビス』出身の仙人。

 巨人なのに小柄なのは仙人になったため。年齢は大体五千歳くらい。

 なんでもできる。マジでなんでもできる。仙人には色々と戒律があるが『肉のこの成分が仙人には駄目だし、仙桃のこの成分がすごく良い』と戒律のなにが駄目なのかきっちり解析し、程々に破りつつ次のランクを目指している。

 次のランク……まぁ、菩薩とかそのあたり。詳しくは作者も知らん。

 仙人になってから五つの宝貝を作成しており、彼女はそのうちの二つを所有する。

 投げられると大体即死だと思っておけばいい。


・アトラス

 第三階層のボスその2。『シャンバラ』出身の巨人の英雄。

 巨人種族は平均身長五メートル程度なので、アトラスはかなりの小柄。しかし、彼はそのコンプレックスを凄まじい修練で克服。巨人の里を窮地から救い英雄となった。

 その後、嫁探しの旅に出たがニーナに見初められ、逃避行開始。押すのは強いが押されるのは弱い英雄は世界を越えダンジョンに至るまで逃げ続けたが、結局最終的にニーナとくっついた。

 なお、最後は彼の方がニーナに惚れていた模様。

 脳筋&巨人準拠ではあるが、それなりに常識人+お節介焼き。のらりくらりとしているが『誰ともくっつくつもりはない』という強固なスタンスを崩さないカイネを誰かとくっつけようと画策中。

 ニーナが作成した宝貝のうち三つを所有。

 第三階層を安全に抜けたい場合、彼に実力を認めさせ、半裸で殴り合いをするのが一番早い。

 真っ向勝負の方が安全に抜けられるという、妙な階層である。

そういうわけで、常識的巨人夫妻のすれ違い談義でした。イェーイ。

次の話は未定。描いてないからね。

描いた時に活動報告に書いておきます。基本的に不定期連載だからね。仕方ないね。

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