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第2話:聖母様はエグ可愛い

タイトル詐欺で別にエグくはありません。

精神的にエグいとかそんな感じかと思いますが、プロローグのサブタイトルにも描いたように、このダンジョンはエンドコンテンツなので仕方ないね。

 幸福を望み、願いを叶えたいのなら、己以外の全てを捨てろ。

 この世界で他者と幸福を共有できなかったお前らには、それがお似合いだ。





 僕の担当する第一階層『獄門』は、トラップ中心の階層である。

 準備をたっぷりしてきた連中の戦力をとことんまで削ることに注力していると言ってもいいだろう。僕が勝とうが負けようが関係なく、後の階層で苦労するようにしている。

 ダンジョンの踏破という『たかがそれだけ』でなにかを得ようというのだ。

 それに見合った苦労はしていただかないと、帳尻が合わないだろう。

「ぐっ……うぅ……」

 僕の所に……ボスの階層に辿り着いた彼は、見るも無残な様子だった。

 仲間を全て失い。

 装備はことごとく破壊され。

 右腕は毒に犯され、左足は石化し、左手に握った剣は半ばから折れていた。

 そんな彼に向かって、僕は一歩踏み出した。

「ようこそ、幸せになれるダンジョンへ。君がどんな逸話を聞いて来たのかは知らないけれど、確かにここには『それ』がある。五階層を突破すれば幸せになれる」

 ボスには見えない僕が、ボスらしく在るために。

 鬼畜のような態度で、きっぱりと宣言した。

「僕の名前はカイネ=ムツ。この第一階層を任されているフロアボスだ」

 僕の戦闘能力はただの人間並、あるいはそれ以下だ。

 十全に力を振るえるなら、僕が彼ら冒険者に勝てる道理はない。

 それが分かっているのだろう。彼は真っ直ぐに僕を見据えて、剣を構えた。

 僕は彼を見据えて、真っ直ぐに言い放つ。

「分かっているだろうけど無駄だよ。僕を倒しても無駄だ。あんたには……あんたたちには、このダンジョンは突破できねぇよ。ここを越えても四階層あるんだ」

「………………」

「第一階層でその有様だ。無理だろ、どう考えても」

 だから諦めろと僕は言っている。

 他の階層はともかく……この階層は悪意と執念で構築されている。

 それに折れてしまうようでは、他の階層に行っても確実に殺されるだろう。

「今なら引き返せる。ここで折れておけば再挑戦もできる。このダンジョンでは死は絶対なものじゃない。ここで引き返せば、仲間も生き返って再挑戦もできる」

「ふざけるな! ふざけるんじゃない……我が騎士団は祖国を救うためにここまで来たのだ! 今更引き返せるわけがないだろう!」

「………………」

 知っている。だからこそ言ったのだ。ここで引けと。

 僕は『それ』を諦めろと言っているのだ。

 彼らは五人だけの騎士団だった。聖戦のために構成された騎士団だった。五人で旅をしてそれぞれが神器を手に入れ、負け知らずのまま祖国を救った英雄だった。

 でも、彼らの国は滅んだ。

 これに関しては語ることもない。ただの災害だ。

 火山が噴火して、それに巻き込まれた。それだけでは絶対に済まされないが、ただそれだけで国は一夜にして滅んだ。死力を尽くして守ってきたものが、一瞬で消え失せた。

 国を救うために、ここまで旅をしてきたのだ。

「国は滅んだ。確かにそれを認めるのは苦しいし、希望があるならそれにすがりたい。その気持ちはよーく分かる。とてもとてもよく分かるよ。でもさ、やっぱり無理だよ。アンタがここまで来れたのは『みんな』がいたからだ。独りのアンタにゃ絶対無理だ」

「…………ッ」

「これは忠告であり警告だ。これ以上やるなら本当にあんたたちの心を折る。物理的に一から国の復興をしていただくことになるね」

「諦められるものか! 私は……ごぶっ!?」

 そこで彼は血を吐いた。

 当たり前だ。お喋りしている間に毒が回る。石化も進む。

 もっとも、仲間は既に死に、祖国は滅び、自分自身すらも死にゆく中では、体の限界など彼にとってはどうでもいいことだろう。


 だから、僕は彼に斬られた。


 彼は呆気に取られた顔をしていた。

 殺されるはずの自分が生き延び、生き延びるはずの僕が殺される。

 なんの手ごたえもなく、雑魚のように、打ち捨てられるゴミのように、殺された。

 ああ……ものすごく痛い。焼けるように熱い。これだけはいつ味わっても慣れない。

「第一階層突破、おめでとう」

「…………な」

「なぜと問われればこう答えよう。アンタは次の階層で『この階層で死んでおいた方が百倍ましだった』くらいの酷い目に遭うからだ」

 次の第二階層はアナスタシアさん……通称、アナさんだ。

 彼女の能力は凄まじくエグい。僕のトラップなんて霞んでしまうくらいに。

「……まぁ、斬られた後じゃ負け惜しみにしか聞こえないだろうけどね……この世界には『やって後悔すること』ってのが……たくさん……ある」

 いつも通りの遺言を残して、負け惜しみを言って、僕はこうして死んだ。

 フロアボスを倒すと一度だけ回復の泉が使える。もちろん戻ることもできるし、進むこともできる。

 僕としては戻ることをオススメする。戻って一からやり直すことを進める。

 進んだ先には地獄しかない。

 第二階層は……仲間と共に進んできた者こそ地獄を見る階層なのだから。



 そんなわけで、ものすごく強い騎士団は第二階層でズタズタになった。

 第二階層のボスを、聖母アナスタシアという。

 長い金髪に水色の瞳。質素な修道服をいつも身に付けている。なんの神様を信仰しているのかは知らないけどいつもなにかに祈っている。年齢は二十代に差しかかるかかからないかといった感じなのだが、色々と諸事情あって百年ほど生きているそうな。

 とても素直な性格で、どんなことにも全力投球。

 その全力投球っぷりが、全ボスの中でも際立ったエグさを発揮している。

「いやー……アナさんの前じゃとても言えないけど……エグいわぁ」

「というか、一番エグいのはあなただと思います。あれだけ徹底的に追い込まなくても十分に勝てたでしょうに……」

 カンナさんに睨まれて、僕は目を逸らした。

 アナさんの能力は一時的な死者の蘇生で、彼女自身は身を守るための最低限の奇跡が扱える程度で、戦闘能力は皆無といってもいい。

 実際に戦うのは、生前アナさんに忠誠を誓い、死後もその誓いを果たし続けている三人の騎士達だ。

 ただ、アナさんの死者蘇生の用途は騎士の召喚だけではない。

 例えば……第二階層に辿り着く前に死んだ方々を蘇生した上に支配し、侵入者を襲わせるといったこともできるのだ。

「目の前で死なれた仲間が敵の手で復活して自分を八つ裂きにしに来るとか、剣が持てなくなってもおかしくないトラウマだと思いますよ」

「剣を鍬に持ち替えて人生やり直せよ。敵と戦いたいなら他所でやれ。迷惑だ」

「たまーに凄まじく辛辣なコトを言いますね……」

 ダンジョンに挑んだ冒険者がその後どうなろうが知ったこっちゃない。

 僕としては『ワールド』側の出入り口近くにある安全な宿屋に冒険者どもを放り込んだ時点でアフターフォローは完了している。生かして安全な場所まで運んだ上に宿賃まで立て替えてやっているのだ。こんなに良いフロアボスはどこにもいないと思う。

 ……まぁ、それはそれとして、アナさんの能力がエグいのは否定しないけども。

 宿のロビーで支払いを済ませると、カンナさんは僕を睨みつけた。

「さて、私はこれから買い出しをしてきますが、良識のある行動をお願いしますね? 特にアナスタシアに変なことを吹きこまないように」

「メイド服のまま買い出しに行こうとする人に良識をどうこう言われたくないッス」

「幻術で誤魔化すから大丈夫です」

「すげーな幻術。化粧要らずじゃん」

「いえ、当然お化粧はしますよ?」

「………………」

 色々と言いたいことはあったが、ツッコミ所は多々あったが、僕は全ての言葉を飲み込み、心の奥にしまいこむことにした。

 不条理にも意味があり、矛盾にも意味があり、非効率にも意味がある。

 女性の深淵は、男には観測不可能なのだ。

 だからこそというかなんというか……アナスタシアさんのように、女性特有の暗黒面というか深淵の薄い女性は結構好きだ。

 とはいえ、彼女も結構キツい目に遭ってダンジョンに行き着いた人だ。

 アナさんが『聖母』と呼ばれる所以になった一時的な蘇生という能力なのだが、これはアナさんのいた国で奇跡として流布され、多くの人たちが一言だけ一目だけでもいいから死んだ人に会いたいという願いを心に秘めてアナさんのいた国にやって来たらしい。

 そこでなにがあったのか、アナさんは多くを語ろうとはしない。

 多分、酷いことがあったのだろうと……僕は勝手に思っている。

 三騎士のうち二人を失い、国は滅び、流浪の旅に出たアナさんは師匠に拾われ、今に至る。

 と、そんなストーリーがあったらしいが、アナさんはわりと元気だ。

「…………むぅ」

 宿のロビー近くにある土産物売り場で、じっと犬と猫のキーホルダーを交互に見比べているアナさんは実に可愛い。

 そんなことを思っていると、低いうなり声が聞こえた。

『おい、小僧。今がチャンスだぞ』

「無茶言うな」

 僕はそう言って肩をすくめつつ、彼を見つめた。

 足元で牙をむき出して低いうなり声をあげている犬……もとい、灰色の毛並みの狼。

 彼こそが三騎士の一人『アキレス』である。

 騎士とはいっても人ではない。口に騎士剣を咥えて戦う狼で、三騎士で最も優れた技術と俊敏さを持って敵を打ち倒す。

 最後の三騎士であり、常にアナさんの側にいて彼女を守っている。

 この犬に関しては、最近じゃ守っているんだかいないんだかよく分からないが。

「チャンスってなんだよ、チャンスって。こっちは発情期さえ来れば隙あらば雌となんやかんやしたい畜生風情と違うんだぞ?」

『相変わらず好き放題言う男だな、貴様は!』

「大体ね……確かにアナさんは可愛いけど、遠くから見てるだけでも可愛いから実際に手を出そうとかそんなことは……ちょっとしか考えちゃいませんよ?」

 人間として、男として、当然のことだ。

 不埒かもしれないが、それは生き物として当然受け止めねばならない欲求だ。

 僕の言葉に、アキレスは目を細めた。

『ほほぅ? 責任が取れるのならば手を出してもらおうか? 既に国はなく、聖母などという我が主の肩書きなどあってないようなものだ』

「……責任って、どうやって取ればいいんスかね?」

『そりゃ、普通に考えたら結婚だな。形だけでもいいから式を上げ、早々に子供を作ってワシに見せることじゃな』

「アキレスさん……女の子と付き合ったこともない男にそれはキツいっす」

『なんで男には好き放題言うくせに女相手になるとヘタれるのだ、お前は……』

「性分……というか、距離感が分からないんだよ。僕の周囲に『素直で可愛い女の子』っていなかったしな。カンナさんみたいに性格悪いといいんだけど……」

『難儀な生き方じゃな』

 犬に同情されたが、それ相応の生き方をしてきたので仕方ないとも言える。

 アキレスさんは大きく溜息を吐いて、僕を見つめた。

『小僧。不埒なことを考える前にさっさと行動して口説き落とせ。その方が早い』

「なんでアキレスさんは僕とアナさんをくっつけようとしてるのさ?」

『貴様は主に理解がある。そして劣等感が強く臆病じゃ。そういう男は千載一遇で手に入れた良い女を決して手放さんもんじゃよ』

「………………」

 わりと的確なこと言いやがるな、このクソ犬。

 問題があるとするなら、僕が劣等感が強く臆病だということと、アナさんが僕みたいなクソ男を好いてくれるわけがないということだろう。

 その事実を心の中で認めつつ、僕は息を吐いた。

「コーヒーでも飲もうかな……」

『おい、主がまだキーホルダーを選んでいるのに貴様だけ飲み物を頼むのか?』

「知らんのか、アキレス卿よ。人間の女性の買い物というものは、長いんだ」

『………………』

「人間の男の価値っていうのは、足腰の強さと時間の流れをゆるりと楽しむ度量だよ」

『人間は面倒くさいな』

「人間だもの」

 同意しつつ息を吐く。

 僕の度量は小さいけれど、わくわく気分でキーホルダーを選んでいる、可愛い女性の買い物を待つ程度はできるはずだ。

 さて、頑張ろう。



 聖母アナスタシアことアナさんには、少々困った所がある。

「カイネ様。お待たせしてしまって、申し訳ありません」

「いやいや、コーヒー飲みたかったし十五分程度なら許容範囲だよ。カンナさんなんて悩み出すと一時間とかざらだし」

 なるべく平静を装ったが、実際のところはいっぱいいっぱいだった。

 歩きながら考える。考えずにはいられない。

 多分、環境とか人間関係が悪かったのだろう。あるいは文化的、習慣的にアナさんにとってはそれが当然のことだったのだ。

 当然のことを当然にしているだけで、他意はない。

 そう……歩きながら当然のように僕と手を繋ぐことも、彼女にとっては普通なのだ。

 冒険者どもを放り込んだ宿は『ワールド』のド田舎にあるので人目を気にする必要はない。手を繋ぎながら(ダンジョン)に歩いて帰るなんて、夫婦みたいじゃん? などというクッソたわけた妄想も、多少は許されるとは思う。

 しかし、意識しているのは僕だけなのだから、心臓は鼓動を早めるのを一刻も早くやめるべきだろう。期待しているようなことはなんもねぇのである。意識するだけ無駄なのだし、そういうのは手を繋いでくれるアナさんの信頼を裏切ることになる。

 なるべく意識しないように意識していると、アナさんはにっこりと笑った。

「そういえば、カイネ様。先ほど聞いたのですが、私達が使ってる宿の受付の方が今度旦那様と『おきなわ』へ旅行に行くそうですよ」

「旅行……いいなぁ。僕も京都には行ったことがあるよ」

「きょうと?」

「ワールドで一番古い都市……かな? 昔の神殿とかがたくさんあるんだよ」

 テキトー極まりない説明だったが、異世界の方に日本独特の文化や神社仏閣やら他諸々を説明するのは無理があるので『なんとなくそんな感じ』で説明しておく。

「アナさんは旅行とかしたことある?」

「ありません。私のいた国はどの世界の価値観と照らし合わせても、あまり良い国ではなかったので……旅を楽しむということをしたことは、ないんです」

「んじゃ、今度機会があったら一緒に行こうか?」

「…………え」

「え?」

「よ、よろしいのですか? 私のような世間知らずを……カイネ様のご迷惑になるんじゃありませんか?」

「と……当然よろしいッスよ? 迷惑なんてそんなことは考えたこともねェっスよ」

「……ありがとうございます。カイネ様はいつもお優しいのですね」

「い、いやぁ……普通だよ、フツー」

 やっべぇ。冗談のつもりで言ったのにものすごく喜ばれてしまった。どうしよう。

 下心はもちろんある。ないわけがない。ここで『ない』と言っちゃう奴はただのええ格好しいの格好付け野郎だ。僕は違う。下心はもちろん……ある!

 あるにはあるが、あまりに事が上手く行き過ぎると、僕のようなチキン野郎の心臓に悪いし『もしかしたらこの子僕のこと好きなんじゃね?』などと有り得ない幻想を抱いてしまう。それはもちろん相手にも失礼だし、僕にとっても良くないことだ。

 とりあえず、心臓に優しい妥協案を出してみる。

「まずは近場で日帰り旅行っていうのはどうだろう?」

「日帰りなら、温泉旅行に行ってみたいです! さっきの宿に泊まってみたいです!」

「んじゃ、来週くらいに行ってみようか」

「はい!」

 目と鼻の先にある温泉宿の日帰りに大喜びする聖母様だった。

 あのクソ犬……目と鼻の先にある温泉くらい連れて行ってやれよ。辛気臭いダンジョン内で引きこもっているだけじゃ、気分が滅入っちゃうだろうに。

 気分転換はとても大事だ。

 弱い人間は同じことを延々と続けられるほどの、強度がないのだから。

「そういえば、アナさんはあの宿の人たちと結構仲良く喋ってるよね?」

「はい。私がここに来て右も左も分からない時に少しお世話になって……すごく良い人ばかりなんですよ」

「…………良い人かぁ」

 僕はお世話になるどころか、ぶん殴られたり色々酷い目に遭ったんだけど。

 特に、宿に関係の深い五人の女が酷い。トラップ満載の第一階層をノーダメージで突破しやがったり、僕を殺すと発動するトラップを見越して心を折るためにひたすら腹筋を殴ってきたり、第五階層突破後に『あ、もういいです』の一言で引き返したりする。

 一番酷いのが人間関係だ。具体的には宿の受付の方はメイド服を着ていて、メイド服の彼女は第一階層で僕の腹筋を殴りつけた人と同一人物で、メイド服の彼女の旦那には他にも四人ほど嫁がいる……これ以上は毒々しいので僕の口からは説明できない。

 そんな環境にアナさんを近づけて大丈夫なんだろうか?

「カイネ様は、あのお宿に行くのは嫌ですか?」

「ん?」

「その……表情が曇っていましたので……お嫌なのかな……と」

「嫌じゃないし温泉は最高だと思っているけど、それはそれとしてあの宿の方にダンジョンに挑まれて腹筋をボコボコにされたことがあってね。ちょっと苦い経験なんだよ」

 肩をすくめて、口元を緩める。

 アナさんは直情的な方ではあるが、ダンジョンでは少数派である『人の心を汲む努力をしてくれる人』である。

 心配し過ぎて余計なことを考えることもあるけど、考えないよりはずっといい。

 うつむきがちな彼女の頭に手を置いて、なるべく笑う努力をした。

「嫌なわけないし、アナさんはちゃんと『行きたい』って言ってくれたじゃん。自分の奥底から湧いてきたそういう気持ちはやっぱり大切にしなきゃ」

「カイネ様……」

「一緒に行こう。今までできなかったことを、たくさんしよう」

「……はい!」

 元気良く返事をした彼女は、まるで普通の女の子のようで。

 僕は笑顔を返しながら、こんな彼女に『聖母』などというクソみたいな称号を与えた全てに多大なる憎悪を向けて。

 彼女と出会わせてくれた全てに、ほんの少しの感謝をした。



 アキレスは狼である。

 かつてアナスタシアがいた偉大なる国を守護する英雄の相棒であった。

 彼が口にくわえている剣はその英雄が持っていたもので、いつか己が認めた相手にこの剣を渡そうと思っている。……その程度には、アキレスは歳を取ったと思う。

(少なくとも、あの小僧ではないがな)

 アナスタシアと楽しげに笑う少年を横目で見ながら、アキレスは鼻を鳴らす。

 一瞬だけ彼と目が合った。彼は何事もなくアナスタシアをエスコートして、仲良く手を繋いで家路を急いでいた。

 急いで……この場を離れようとしているようだった。

 アキレスにはそれがまさに気に食わないが、確かに彼はアナスタシアの味方だ。

 恐らくは、彼女の心に影差す者を例外なく、顔色一つ変えずに排除するだろう。

『やれやれ……こういう汚れ役は老人の仕事でいいのにな』

『汚れてはおらんだろう、アキレス。ただ気絶させただけだ』

 返答したのは、アキレスの頭に止まっている一羽のカラスだった。

 彼の名をロックという。眼だけが真っ赤な漆黒のカラスで、三騎士のうちの一人。体は既にないが、三騎士はアナスタシアが特別に力を込めているので、アナスタシアの判断を仰がずとも一時的な蘇生を使用できる。

『仲睦まじい男女を見送るのも、老人の役目の一つだとオレは思うがね?』

『ワシは気に食わん。そうは思わんか? プルート』

『………………』

 プルートと呼ばれたのは、真っ黒い球状のぷよぷよしたなにかだった。

 アキレスも詳しくは知らないが、プルートはアナスタシアに仕えて最も長い歳月を経たゴーレムである。体はアナスタシアがいた国でも極秘中の極秘の秘術で錬金された液体金属で構築されており状況に応じプルートの意志で自由に変形・硬化することができる。

 少しだけ間があった後、プルートはぶるりと震えた。

『アナスタシア様の意志に任せるべきであろう。いざとなったら、今のように我らが守ればよい』

『確かにそうだが、アナスタシア様は無垢な方だ。間違うこともあるだろう』

『そうなったらそうなった時だ。流れに身を任せるのも、必要なことだよ、アキレス』

『…………むぅ』

 三騎士の長に諭され、アキレスは目を細めた。

 その様子を見て、ロックは笑う。

『カッカッカ! さすがのアキレスもプルート殿には頭が上がらんなァ!』

『やかましいわ、ロック! 今度こそ食い殺してくれようか!』

『んん? いいのかァ? 今回の襲撃もオレがいたから防げたようなものだろ?』

『ぐっ……ぐむぅ……』

『しかしこいつらも馬鹿だねェ……ダンジョンの外で襲撃すれば、確かにボスは死ぬが、自分達が殺されたらそれで終わりだというのに』

 三騎士の足元には、ダンジョンに挑んで第二階層で敗北した騎士団が転がっていた。

 五人の騎士は全員息をしており、重症者はいない。しかしそれは『アナスタシア様に後でバレて怒られるのが心底怖い』という三騎士の総意によって加減されたものであり、ダンジョン内ならズタズタにされているところだ。

 もっとも……彼らは三騎士に挑む前に、既に敗北していたのだろう。 

 ロックは目で笑いながら、気絶した騎士を見つめた。

『まァ、心が折れてちゃ、勝てるもんも勝てねェわな』

『あの小僧のせいであろうよ。第一階層で相当酷い目に遭わされたようだからな……』

『なにをどうされたら屈強な精兵の心をへし折れるんだよ?』

『知らん』

 アキレスが鼻を鳴らすと、プルートは体を震わせた。

『我らは知らぬままでいい。我らは分からぬままでいいのだ。アレは分相応を見極めた男の目だ。アレがなにを見てなにを思い知ったのか……我らには永遠に理解できまい』

『あんな面倒な男を理解できてたまるか』

『それに関してはアキレスと同感だぜ、プルート殿』

『たわけ、お前達は本来考えねばならんことを『面倒』と切り捨ててしまうから、アナスタシア様の御心をイマイチ掴み切れていないのだと知れ』

『……そこまで言うコトないだろう』

『なぁ?』

 狼とカラスは顔を見合わせ、ぼそぼそと文句を言う。

 最年長者である液体金属のゴーレムは、ぶるりと体を震わせる。

『アナスタシア様の伴侶は面倒であればあるほどよい。正直なところ一刻も早くくっついてもらいたい。あの少年なら少なくとも裏切るような真似はするまい』

『チキンだからな。まぁ、臆病な男ほど伴侶にはちょうどいいのかもしれんな。オレもアナ様が安泰になったら輪廻に入るか。確かにこの状態で生き続けるのはちと辛い』

『………………』

『カッカッカ! そう寂しそうな顔をするな、アキレス!』

『だ、誰が寂しそうな顔など!』

『そうだ、次は人間に転生してアキレスを飼ってやろう! 悪くなかろう?』

『死んでも御免だ、馬鹿カラスが! いい加減頭から降りぬか!』

『カッカッカ!』

 じゃれ合う犬とカラスと震える球体。

 普通ではなく、人間ではなく、騎士である彼らは、今日も仲良く喧嘩していた。





●登場人物紹介&裏設定(らくがき)


・カイネ=ムツ

 ダンジョンの管理人。ダンジョン構築に妙なこだわり持つチキン野郎。

 ダンジョンでトラップだの迷路だのを有効活用しているのは彼だけであり、侵入者に合わせてダンジョンの内容を変更するのも彼だけである。

 なぜ彼がそんなことをするのかは、本編にお任せする。

 なお、彼の階層を安全に抜けたい場合は、単独でダンジョンに挑み『罠解除』スキルを極限まで高めていればOK。

 トラップの発動速度より速く走り抜けることができれば全部解決するが、そんなことができる『英雄』レベルの侵入者は、第一階層を抜けた後で心底困ることになる。


・アナスタシア

 第二階層のボス。一時の蘇生を使用し数の暴力で圧倒する昨今に流行しているボス。

 作者は『難易度を上げたかったら数で圧倒したらええねん』という昔から存在する風潮が心底苦手なため、第二階層のボスとしてふさわしいと考え採用した。

 基本的に裏表のない(裏表を作成する暇がなかった)一生懸命な女の子である。

 精神的な少女と言い換えても良い。

 なお、彼女がどんな神様を崇拝しているかは考えていないが、恐らくは『国が考えた最強の宗教の最高の神様』であることだろう。

 彼女はカイネ=ムツのように無力なボスではない。

 魔法ではなく本来存在しないはずの『奇跡』を信仰によって体現させた聖母である。

 彼女の二つ目の能力は、カイネ曰く『彼女の精神性にふさわしいエグさ』だそうな。


・アキレス

 アナスタシアの従者。三騎士の生き残りにして最も若い狼。

 アナスタシアが飼っていた犬の番となった狼で『奇跡』の影響を受けた結果、聖魔両方の属性を備える剣を抜き放つまでに成長した、正真正銘の『騎士』である。

 ただ、剣を手放し狼としての徒手になった方が強いのは内緒。

 三騎士では最も若いが、最も多くの武勲を打ち立てた。

 しかし、武勲を打ち立てた彼には、安息が許されなかった。

 子供のいたずらによる毒餌で妻を失い。

 度重なる侵攻により仲間を失い。

 心折れ、老いた彼に残されたのは、仕えるべき主君のみ。

 その主君が紛い物だったとしても、彼は剣を振るい続ける。

 なお、アキレス以下三騎士のモデルはBF団ボス直下のの三つの護衛団。転生後は人間として生まれ変わり三兄弟あるいは三姉妹みたいな萌えキャラに成り下がる。

 アキレスは二番目。つまりツンデレである。


・ロック

 アナスタシアの従者。三騎士の二番目にしてお調子者かつ皮肉屋。

 音の支配者。音波耐性がないと彼で詰む。

 大雨の中の戦でアキレスを庇って戦死。

 ガルーダ→大きくて大空を飛ぶ存在→ロック鳥という安直な発想。

 レヴィンでも良かったんだけどね。大昔のカードゲームは未だに僕の心を抉り続けている。続編も出せないくせに見切り発車で小説出すのはいかんと思いました(半ギレ)。

 なお、ロックの転生後は一番目。

 一番目は包容力溢れるキャラ……に、見せかけたトラップ。


・プルート

 惑星ではなくなってしまった冥王の名を冠する魔法生物。三騎士の長。

 全耐性が高く、状態異常にならず、疲労を感じず、どんな姿形にも変身でき硬化もできるというものすごく強い奴……が、魔法生物かつゴーレムなので弱点はある。

 具体的にはゴーレムという存在の弱点を付くか、MPを切れさせること。

 国の存亡を賭けた戦にて、魔法力を完全に枯渇させて死亡。彼が身を呈して戦ったおかげでアナスタシアとアキレスは生存することとなる。

 ポセイドンかと思いきや、実はこちらの方がロ●ム。


・五人の騎士

 やられ役。パラディン、パラディン、パラディン、ソーサレス、シーフという強力かつオーソドックスなパーティ編成だったが第一階層でほぼ壊滅。第二階層でトドメを刺され、カイネとアナスタシアを襲撃するが三騎士にあっさりと返り討ちに遭う。

 彼らの敗因は『パーティを組んでいた』というただその一点だけである。

 ダンジョンで二度敗北し、彼らは国の復興を断念して元の世界に帰った。

 一人の聖騎士は旅の帰路で少女と恋に落ち、パーティを離れた。

 一人の聖騎士は絶望に堕ち、悪魔と契約して堕落したと一説には伝えられる。

 一人の聖騎士は海を渡り、国を建てたとも死んだともされる。

 ソーサレスは亡国に戻り知識の全てを結集した塔を建造した。

 シーフは知識の塔を建造するための資金をかき集めるのに奔走した。彼がなぜ知識の塔の建造に尽力したのかは伝えられていないが、一説にはソーサレスと恋仲だったからではないかと言われている。


 彼らが幸福だったのか、それとも不幸だったのか。

 それは、彼らにしか分からない。


 この二行を書かれてしまう時点で……幸福になるチャンスがまだあったという時点で、彼らにはダンジョンに挑む権利がなかったのだろう(キィ・No2談)。

たぶん、彼女がこの物語で一番ヒロインすると思います。

内面のモデルはデモン●ソウルの腐れ谷のボス。

外面のモデルは●●●ガールズの●●●(ネタバレに付き伏せ)。

まぁ、どちらにしろ大体エグいです。

次の話は第三階層の巨人夫婦。脳筋ではありますが、多分このダンジョンで一番常識人だと思います。

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