第1話:ボスどもはやる気なし
始まって一話目で休暇ですよ(ハハッ
やる気がないボスども。
このダンジョンは三つの世界に通じている。
一つは『シャンバラ』と呼ばれる剣と魔法のファンタジー世界。
一つは『アビス』と呼ばれる暴力と才能が支配する覇者の世界。
一つは『ワールド』と呼ばれる科学技術が支配する現実世界。
僕は『ワールド』出身で、色々とやってはいけないことををやらかしてしまった結果、師匠にスカウトされてダンジョンの管理人となった。
ダンジョンには各階層ごとにボスが存在し、階層のルールはボスが決めていい。
一階層目は僕の担当で、普段はランダムな迷路と幾重ものトラップで構築している。
カンナさんや師匠は買い被っているが『とある条件』を満たさない限り僕のボスとしての能力はかたつむりの観光客以下なので、罠に特化した冒険者がいればそこまで苦戦する階層ではなかったりする。
まぁ、罠に特化した冒険者は、シーフなど業が深い方々ばかりなので、大抵の場合次の階層で酷い目に遭っていただくのだが。
とはいえ……僕を含めてダンジョンのボスは多忙なので、いつもいつでもダンジョンにいるわけではない。僕だって気分転換したい時くらいはダンジョンから離れることもある。
そんな時は、カンナ=カンナこと魔神カンナさんに頑張っていただくことになる。
間が悪いと一階層から三階層くらいまでカンナさんが入ることもあるが、そういう時は運が悪いと思って諦めていただきたい。
運の良し悪しも、幸せになるためには必要なのだ。
「師匠、だからってこれは酷いと思います」
「仕方なかろ」
僕の師匠は苦笑した。
僕の師匠の名をキィ・No2という。No1という先輩がいたらしいが、男と一緒にどこかに行ってしまって戻ってくることはないだろうとのこと。
整った顔立ちに長い黒髪が印象的な美人さんなのだが、彼女には両腕がない。それを隠すために常にマントを羽織っていて、両足は常に素足である。どういう経緯で本来の両腕を失ったのかは知らない。
師匠は今日の予定表を見て口元を緩めた。
「まぁ、確かにこりゃ酷いけども」
カイネ=ムツ 外出予定
アナスタシア 外出予定
アトラス&ニーナ 親戚の結婚式
ザッハーク 今日は寝る
キィ・No2 弟子が外出するとなにもできんので休暇
酷過ぎるボスどもである。まるでやる気が感じられない。
「アナさんやアトラス夫妻は分かりますよ? でも、ザッハはさすがにちょっと酷過ぎるでしょ」
「あいつはあれで寂しがり屋だからな。みんなが休むなら私も休むといった感じなのだろうさ。私は私で色々特殊だからな。弟子がいないと本当になにもできん」
「………………」
実際その通りなので、僕はなにも言えなかった。
師匠の腕は、ある。師匠には見えないし、僕にも見えない。どんなものに触れることもできないが『確かにそこにある』のだ。
師匠の腕は『師匠が認めた他者の望みを叶える腕』なのである。
黄金が欲しいと願えば触れたものを黄金に変える腕が生える。誰かを殺したいと願えば恨みの総量に応じて化け物のような異形を体現する。誰かを助けたいと願えば手ですくった水がどんな傷や病気でも癒し、永遠が欲しいと願えば触れた相手に永遠の命を与える等々……師匠は、師匠が認めた相手の望みを叶えてきた。
そして、そのことごとくを破滅に導いてきたのだという。
師匠が望みを叶えてきた相手は例がなく堕落し破滅したそうだ。それもそのはず、生物は楽をしたがる生き物なのだ。戦い傷付き苦しむことで、ようやく『強くなろう』と決意する。逆を返せば、そこまでやらないと強くなれないということでもある。
安易に『願ったこと』や『望んだこと』は叶ってはいけない。
まぁ、僕としては師匠の手よりも心や性格や足の方に魅力を感じているので、両手がバケモノだろうが美少女だろうが……両腕があろうがなかろうがどうでもいい。あまりにどうでもよすぎて最近では『師匠の思い通りになる腕』しか願っていない。
「ん? いや……別に師匠が休む必要はないですよね? 僕が外出する前に師匠の腕を用意すればいいんだけじゃないですか?」
「それは困る。そんなことをしたら休めなくなるだろ」
「休みたいだけじゃねぇか!」
「うん、そうだな。たまにはダラダラしたい。ダンジョンの目の前にカイナを置いておけば私達が休んでも一向に構わんだろ」
「ダンジョン前に裏ボスとか……鬼の所業ですよ」
「個人的にはリミッター解除したお前を配置するのが一番手っ取り早いと思っている」
「人を勝手に『強い』みたいな感じにするのはやめてくれませんかね? ザッハの奴がいちゃもん付けてきて困るんですよ。勘弁して下さい」
「分かった。勘弁する代わりに今度背中を掻いてくださると良いと思います」
「微妙にへり下るあたり、本当に切実なんですね……」
「自分で背中を掻けた時の衝撃はカルチャーショックなんてもんじゃなかったな。お前を弟子にして本当に良かったと……都合が良かったと思っている」
「格好悪く言い直すなや!」
「これで体も洗ってくれれば最高なんだが」
「っ……こ、断る! それはカイナさんに頼んでください!」
師匠の世話は普段カイナさんがやっているのだが、別に世話をされなくても普通に足で着替えもできるし歯も磨ける。生活に支障はないのだがこの人の場合は面倒くさがりなので、自分でできることも他人にやらせようとするだけなのだ。
挑発されているわけでも、誘われているわけでもないので勘違いしてはいけない。
「さて、弟子よ。外出するならお小遣いをあげよう。そのお金で私を楽しませるお土産を買って来るように」
「わぁい、師匠大好きィ!」
「机の上にワールド用の通帳を用意してある。一千万くらいなら使っていいから」
「わぁい、師匠やり過ぎィ! そんなに要らねぇよ!」
「以前、アナスタシアからもらったものだから遠慮はしなくてもいい。『シャンバラ』の貴金属はワールドじゃ良い値段で売れるぞ」
「………………」
このダンジョンのボスの方々は、金銭感覚が色々とおかしい。
ボスとしては正しいのかもしれないが、僕のような一般人がポンと一千万もらっても使い道に困るだけだ。
「くれるものはもらいますけど、お土産とかあんまり期待しないでくださいよ? 僕には土産を選ぶセンスってもんが欠けているので」
「深く考えずに《でぱちか》とかいう場所で買った食い物でいいんだぞ?」
「……つまり、酒の肴でいいんスね」
「酒でもいい。『ワールド』の飯や酒は美味だからな」
「はいはい」
「それと、ザッハの奴を同伴してくれ。『ワールド』で買いたいものがあるそうだ」
「嫌です」
「そうかやってくれる……ん? 今、スポンサーに向かって嫌って言ったか?」
「土産が買えないことを覚悟して拒絶しました。絶対に嫌でござる」
「エロ本でも買うの?」
「エロ本を買う時は誰にも邪魔されずにこっそりと買いに行きますよ。そうじゃなくてですね、僕はザッハに嫌われているのであんまり一緒に歩きたくないというか……」
「ザッハは『アビス』出身だから、実力で上下を決めたがる性分なんだよ」
「実力ねぇ……」
相性の問題でニーナさんに完封されて、アトラスの旦那に腕力で負け、『ぼくがかんがえたさいきょうのししょう』に負けちゃう黒龍さんがなにをほざいてやがるのか。
このダンジョンで唯一カンナさんと相対できるってのは素直にすごいと思うけどさ、それでもカンナさんとは相性が悪いしよく負けている。
僕の言いたいことを察したのか、師匠は口元を緩めた。
「ザッハの奴は人見知りの上に引きこもり気味だからな。新入り相手に警戒しているんだよ」
「面倒くせぇ……長命種なら長命種らしい余裕を持って欲しいなぁ」
「そう言わずに、なんとか頼む。なんならラ●ホとかに連れ込んでもいいからさ」
「ラブホに連れ込む時は本人の許可を得てからにします」
「少年。下ネタを挟む時は……もっとこう、年齢相応に恥ずかしがってもいいのよ?」
「師匠の場合は恥ずかしがらせたいだけでしょうが! ……ったく」
僕の師匠はわりと性格が悪い。セクハラは普通にするし面倒事は押し付ける。今回の件も、断ってはみたもののなし崩しに引き受ける羽目になるんだろう。
重ねて言うが、とても面倒くさい。
上下関係とか勢力争いとか、よくもまぁそんな面倒くさいことをやっていられる。
「師匠」
「ん?」
「あとで手作りの飯でも奢ってください」
「……お前は男の子みたいな男の子だな、カイネ」
褒めているのか貶されているのか、あるいは皮肉なのか感謝なのか。
笑いながら、よく分からないことを師匠は言った。
「美味い! カイネ……じゃなかった、下等種族よ! これも買うのじゃ!」
「………………」
高等種族であるはずのドラゴン様は、デパ地下ことデパート地下の食料品売り場の試食コーナーでおおはしゃぎしていた。
真っ黒い髪のおかっぱ頭に真っ赤な目。見た目はちょっと儚い印象の背の低い少女なのだが首置いてけの文字が書かれたダサTシャツにGパンという粗忽な服装が台無しにしている。しかもこれが『外出用』の服装だというのだから恐ろしい。
ダンジョンにいる時は色気もへったくれもない龍そのものの姿か、人間と相対するのに比較的楽な、大切な部分だけ黒の竜燐で覆っている半龍の姿になっている。
黒龍ザッハーク。龍種の生き残りで最も古い龍と本人は言っているのだが、感覚やら性格やらが色々若いというか、幼い。
一番の趣味は食べることと寝ること。その次が戦うことである。
「チーズじゃ! スモークチーズじゃぞ! さあ買えすぐ買え今買うのじゃ!」
「……保留」
「なぜじゃっ!? 馬鹿か貴様は! 馬鹿なのか!」
「最上階の物産展にあったチーズの方が美味かった」
「うむ、ならばあれもこれも買えばよかろう」
「食い切れない量を買うのは駄目だろ。ザッハもかなり食う方だけど途中で飽きてニーナさんやアトラスの旦那に押し付けたりしちゃってんじゃねーか」
「アトラスの奴はニーナが作る飯なら何でも食うじゃろ」
「……最近は油ものがキツくなってきたってぼやいてたよ」
夫婦でも、美味しい物でも、巨人でも、なんでもは食えない。
なんでもは食えないが、チーズは色々と使い道があるので買っておくことにした。
「うむうむ、下等種族は大人しく上位存在に従うべきじゃな!」
「下等種族に財布握られてる上位存在とか聞いたことねーぞ……あ、モッツァレラチーズも買っておくか。付け合わせは……オーソドックスにトマトでいいかな」
「そのチーズは要らん。以前、つまみで食ったがまずいぞ」
「いや、さっきの昼飯でガツガツ食ってたじゃん。人のぶんまで食いやがって」
「我が食べたのは美味いチーズの乗ったピザであって、そのチーズではないぞ」
「このチーズは加熱するとあんな感じに美味しくなるんだよ」
「冗談もたいがいにせんと殺すぞ」
「お? やんのか? 台所に立ったこともねぇくせに一丁前にシェフに口出そうってのかよ? 上等だ、今晩飯抜きにしてやんぞコラ」
「そ……そこまで言うことないじゃろ……ほんの冗談じゃん」
飯抜きと言われて涙目になる自称上位存在がいた。
このドラゴン様は、他のことには耐えられるが飯抜きはマジで耐えられないらしい。一度カンナさんを滅茶苦茶怒らせて飯抜きになった時、こっそり泣いていた。
もちろん、それは僕と彼女だけの秘密である。
「下等種族はちょっと口が過ぎるぞ。我にもっと優しくすべきじゃ!」
「黒龍サン、僕のこと嫌いじゃないッスか。嫌われているのに優しくするってのはちょっと無茶ってもんッスよ?」
「なんでいきなり砕けた感じの話し方になるんじゃ……じゃあ、優しくせんでもいいから服従しろ。当然のことを忘れがちのようじゃが、我の命令には絶対服従じゃな」
「いやさすがに人目がある所で足を舐めろってのはレベルが高いよ」
「誰がそんなことを言ったっ!? というか人目がない所じゃ足を舐めさせているような感じの言い方はやめんか!」
「僕を服従させたかったら足を舐めさせろ」
「それはもう脅迫じゃろ!」
「その通り。男を心の底から服従させるためには、それなりの代償が必要なんだよ。自分が強いからといって無償でなにかしてもらおうってのはちょいと虫が良過ぎるね」
「だからといって足は舐めさせんぞ?」
「いや、それは冗談だから」
実際のところは冗談でもなんでもないのだが、僕の性癖を全開にしたところで会話が滞るだけなので血の涙を堪えつつ冗談にしておく。
冗談ではないが、冗談にしておく。隙あらば舐めていくスタイルは変えないが。
肩をすくめて、会話を続けた。
「例えば、僕は優しい奴が大好きだから、優しくされると簡単に屈服するね」
「ここまでコケにされて殺さないでおいてやっとるんじゃ。結構優しいじゃろ」
「ちょっと歩き疲れたし、冷たい物でも飲むか?」
「気が効くのぅ! 我はあのいちごのすむーじーとやらが飲みたい!」
「………………」
今のがいわゆる『気を利かせるという優しさ』なのだが、どうやらこの黒龍様にはイマイチ伝わっていないようだ。
まぁ……ザッハに関しては僕に優しくなくてもいいのかもしれない。
僕は優しくされると際限なく増長するタイプの人間なのだ。
「よしよし、それでは下等種族が飲みたそうなものを我が選んでやろう。このつぶつぶ果実のみっくすふるーつじゅーすなど絶対に飲みたいじゃろ」
「勝手に決め付けるな。僕はミックスジュースってのがあんまり好きじゃないんだよ」
「下等種族ごときに拒否権があると思うてか?」
「あるよ馬鹿野郎。飲みたいなら飲みたいと素直に言え」
「一口だけ飲みたいが一杯飲みたいというわけではないのじゃ」
「……はいはい。素直で結構」
僕も大概ザッハには甘い。嫌われているはずなのになぜか甘くなってしまう。
これを計算でやっているのなら大したものだが、残念ながらそんな気配は一切ない。
二人で向かい合って座り、少々お高いジュースを飲む。兄妹には……見えないだろう。僕とザッハは全く似ていない。せいぜい従兄妹くらいだろう。
イチゴのスムージーを飲みながら、ザッハは僕を睨みつけた。
「やっぱり、我は貴様が嫌いじゃ。ああ言えばこう言って非常に面倒くさい」
「嫌いな相手の買い物にほいほいついてくるってのはどうかと思うんだけど……」
「買い物は好きじゃがお前は嫌いじゃ。かといって、ニーナ以外の連中とつるんで買い物に行くのは、貴様と買い物に行くよりしんどい。絶対に嫌じゃ」
「………………」
いや、その言い方だとダンジョン内じゃ二番目くらいになってしまうのだが。
しかし気持ちは分からなくもない。師匠にしろカンナさんにしろ、基本的に上から目線な上に我がままなので、我がままなザッハとしてはやりづらくて仕方ないのだろう。
我がままは我がまま同士仲良くしろよと言いたくなるが、それは未来永劫無理だ。
「特にキィとか最悪じゃな。着もせん服を延々と眺め続けておるし」
「マント以外の師匠の服装か……やべぇな。超見たい」
「あんなゴテゴテした動きにくい服のどこがいいんじゃ?」
「服はどうでもいい。お洒落頑張った師匠が見たい。ザッハのお洒落頑張ってない自然な感じも好きだけど、服装がラフ過ぎると目のやり場に困るな」
「見たけりゃ見ればいいじゃろ。我の体に恥ずべき所など一つもないぞ」
「マジっすか!? ……違う! そうじゃない! ザッハに恥ずかしい所が何一つないとしても、僕が恥ずかしいんだよ」
「……よく分からん」
「その辺は人間の勉強をすることだね。他種族の勉強をするってことは、結果的にダンジョンの防衛率も上がるってことだし」
「ますますよく分からん」
敵を知り、己を知れば百戦危うからずという発想は、ドラゴンにはない。
生まれながらの強者なんてそんなものだ。だからこそ付け入る隙があるのだし、人間の冒険者にコロッと負けることもある。
まぁ、当然のことだが僕に比べれば敗退数は圧倒的に少ないのだが。
「人間は本当によく分からん。下等種族のくせに滅茶苦茶繁栄しとるし」
「繁殖速度と子供をいかに生存させるかって点では、龍種は結構割を食ってる気がするけどね。実際『アビス』だとワイバーンみたいな亜竜の方が繁殖してるんだろ?」
「知性を捨て他種族と交わって馬鹿になることを選んだ馬鹿どもの末路じゃよ」
「いや、でも龍ってザッハを残してほぼ絶滅してるんだろ? 独り身のまま誇りを守ってこっそり死ぬより伴侶を見つけてテキトーに生きた方が良い気がするけどなぁ」
「我にふさわしい伴侶など見つかるはずがないじゃろ」
「なんでドラゴン様はそんなに自分に自信満々なんスかね……」
「なんじゃ、文句でもあるのか? こんなに強くて可愛い我に求婚しない雄なぞ、普通に考えておらんじゃろ」
「龍は絶滅しました。残念無念」
「なんでじゃ!」
「僕みてーな下等生物に求婚されていない時点でお察しッスよ。高等生物様」
「貴様は女の趣味がおかしいからじゃろ」
「違うな。僕は、僕が魅力的と感じた女性なら誰でもいい」
「わりと最低じゃろそれ! いや……ちょっと待てぃ! その言い方じゃと我に魅力がないみたいじゃろうが!」
「男って常時見栄を張っていたい生き物だから、強くて可愛くてもザッハみたいにこまっしゃくれた小娘ってのは需要がイマイチなんだよ。相手に対する妥協とか許容の心みたいなもんがないと、誰も言い寄って来ないってのは……まぁ、普通だよね」
「貴様の場合は容姿の時点で女が近寄って来ないがな」
「おい、やめろ。事実をありのままに指摘するのは泣きそうになるだろ」
僕の話はいいだろ。最初から誰かとくっつこうなんて考えてもいねぇよ。分相応とかそういうものは弁えている。弁えているのでやめてください本当にお願いします
異性に縁のない僕らがこれ以上男女間の話題を続けても不毛なので、そろそろ移動することにした。
「んじゃ、後はちょっと買い物して現地解散ってことでいいな?」
「良くない。時間はまだたっぷりあるし、我はまだ満足しておらん」
「いや、映画見たいんだけど」
「えいが……確か『ワールド』での娯楽じゃな。見たことが無いから、我も見るぞ。確か人間が作った物語を映像で楽しむ娯楽であろ? なにを見るのじゃ?」
「世界の危機で人がたくさん死んでヒロインとキスして終わる感じのやつ」
「……なんか、貴様のえいがの選び方、偏ってない?」
「いや、そんなことはないよ。大体面白かったし」
「うーむ……そうじゃろうか? なんか決定的に間違っている気がするんじゃが……」
映画を見たこともないくせに、人の趣味にケチを付ける黒龍様は、うんうんと唸りながら腕組をしていた。
まぁ、それはもういい。映画を見れば評価も変わるだろう。
どの映画を見るかは決めていない。今の時期にどんな映画がやっているのかも知らないし、パンフレットを見てその場で決めればいいだろう。
僕の趣味なんて行き当たりばったりでいい。そんな風に思っていた。
「とまぁそんな感じで映画館に行ったのじゃが、ものすごく面白かったぞ!」
彼とのお出かけ……まぁ、デートと言って差し支えない内容のお出かけを終えたザッハさんは、そんな風に叫んで机をバンバンと叩いていた。
私ことカンナ・カンナにそんなことを言われても困るし、唐突に私の部屋にやってきて知らない映画の展開を延々語られても困るし、お気に入りのテーブルを壊されそうな勢いで叩かれるのも困る。
なにより、普段とはまるで違うザッハさんの様子にかなり戸惑ってしまう。
ちなみに普段はこんな感じ。
『んぁー……ぐぅ』
戦っていない時以外は、怠惰と惰眠を貪っているようなドラゴンさんなのだ。
「楽しかったんですか?」
「うむ、そこそこじゃったな。しかし、あの下等生物は見れば見るほど凡夫じゃな」
「キィが言うには強いらしいのですが……」
「絶対に我の方が強いじゃろ」
いや、私の方が確実に強いとは思ったけど、それは口に出さないことにした。
私達の領域まで行ってしまうと、強い弱いは『相性』の問題になってしまう。
引きこもりの私がダンジョンで裏ボス的存在をやっていられるのも、キィさんが第五階層にいるのも、ザッハさんを相性で圧倒できるからに他ならない。
基本のステータス値ならば、種族値ならば、黒龍ザッハークが最強なのだ。
「まぁ、どうせ我が最強じゃし、この際強さはどうでもいいじゃろ。次はなにを見ようかのぅ……」
そう言ってザッハさんは映画館でもらったであろうパンフレットを広げていた。
このドラゴンをして『この際強さはどうでもいい』と言わしめる。それがもしかしたらあの青年の恐ろしさなのかもしれないけど。
「ザッハさん」
「ん?」
「お出かけは、楽しかったですか?」
「まあまあじゃったな。たまには下等生物と遊んでやるのも、面白い」
そう言って、ザッハさんは普段は見せない屈託ない笑顔を浮かべた。
その笑顔を見ながら、私は魔神らしくこんなことを思った。
彼がどういう存在なのか知った後でも―――――。
彼女は、笑っていられるだろうか?
●登場人物紹介&裏設定
・カイネ=ムツ
ダンジョンの管理人。趣味は映画観賞だが見たい映画は特にない。
最も人間が発展した世界『ワールド』出身。
自称変態かつ刹那的で節操がないようである人間。
・カンナ=カンナ。
ダンジョンの裏ボス的存在。引きこもりの魔神。
なお、裏ボスではあるがキィとカイネ以外の全ボス&ボスクラスの能力者に対して相性で完全有利が取れるが、ダンジョンの主であるキィには頭が上がらない模様。
普段働く機会がないため、メイド服を強制されている。
普段働く機会がないため、給料は一番安い。
おっぱいぷるんぷるん(カイネ談)。
・キィ・No2
ダンジョンマスター。望まれた両腕しか持つことを許されない女。
ダンジョンの主にして扉の鍵。彼女の打倒=ダンジョン突破となる。
身の回りの世話はカイネとカンナに任せているが、実は一人でも普通に生活できる。
各階層のボスには彼女が望む物を与えるシステム。この『望む物』がダンジョンボスに対する給料となるが、働きに応じた対価しか与えない。
なお、各ボスが望むものは以下の通り。
カイネ :時間。金。飯。温かい部屋。
アナスタシア:心。
アトラス :妻が喜ぶもの。
ニーナ :夫が喜ぶもの。
ザッハーク :その時の気分に応じてテキトーに。
カンナ :女性らしい品々。
キィ自身は、背中を掻きたい時に掻いてくれる誰かがいるだけで満足らしい。
足も素晴らしいが両腕を欠いているのに全身のバランスが素晴らしい(カイネ談)。
・ザッハーク
覇者の世界『アビス』出身の黒龍。絶滅が確定した龍種の最後の生き残り。
能力値、耐性、特殊能力等々でオーソドックスにダンジョンの侵入者を圧倒する……のだが、ドラゴンキラー属性のある巨人妻には手も足も出ない。仮にザッハークがダンジョンに挑んだとしても三階層が鬼門になるだろう。
基本的には怠惰だが面白いと感じたものに関してはアクティブになる。
逆を返せば、どんな状況だろうが慢心しているので、ザッハークの興味を引くことなく初見一撃必殺の方法があれば彼女の階層は突破できてしまう。
能力値は高いが、あまり頭の方は良くない。
ダンジョン内では巨人の妻ニーナと、本人は認めないがカイネと仲が良い。ボス同士の対抗心と自尊心が強過ぎるので、自分を持ち上げて楽しませてくれる存在じゃないと仲良くなれない……つまり、お子様である。
口を閉じれば可愛い(カイネ談)。
口を開いてもそれなりに可愛い(カイネ談)。
キャラ紹介の回その1。今回は第四階層のロリでした。イェーイ。
というわけで次は聖母さんの回。多分彼女が一番ヒロインっぽい。