第13話:君の片手間はぼくの一生懸命
お待たせしました。なんか色々描いて消してました。
10日から20日以内で一本上げたいけど、忙しかったりするとペースも微妙になっちゃいますね。
ばけものとばかものは一文字違い。
ボクはいいよ。政治とか分からないし、お妃さまも柄じゃないし。
少し広い土地と種と当面を凌げるお金だけくれれば、なんとかするから。
そんなことを言ったら、国家反逆罪で追われることになった。
具体的には『国家』ではないのかもしれない。圧政を強いていた帝国を、多くの血を流して打倒して、代わりに建国した共和国で……王様になる予定だった男の求婚を断ったらそんなことになった。
(そりゃそうだろうね。近所のにーちゃんも、アリスお姉ちゃんにこっぴどく振られて号泣してたし、ボクはきっと悪いことをしちゃったんだろうね)
ただ、追手まで差し向けることはなかったと思う。
結局、誰もがアリアの足に追いつけずに諦めることになったが、逃げる方の身にもなって欲しい。
(今でも追手が来てたりするのかなぁ……)
まさか異世界にいるとは思うまい。そんなことを思って安心していたアリアだったが、最近は少々困ったことが起こっていた。
「……参ったなぁ」
剣が根元からぽっきりと折れていた。
多少ガタがきていたのは確かだが、定期的に修理に出していた。鍛鉄で財を成した国で一番とされている刀匠に『とにかく丈夫で折れない剣』という発注を出して作ってもらったのだが……それが、いともあっさりと折れた。
「かなり高かったのになぁ……久しぶりに凹むよ」
「……凹んでいるのは俺の方なんだが」
剣が折れたと同時に槍を奪われ、柄でボコボコにされたリチャードは、立ち上がれないまま仰向けに倒れていた。
その口元は、大きく引きつっている。
「いやいや……ない。あの一瞬で槍を奪って反撃とか……ありえん」
「ちゃんとリチャードくんに習った通りにやったよ?」
「習ったことをそのまま実践できちゃいけないんだよ、本当は」
あっさりと言い放たれて、リチャードは息を吐く。
体術と武器の扱いに関してはリチャードの方が圧倒的に上である。リチャードから見ればアリアの剣術は『棒振り』の域を出ないし魔法も『拙い』の一言に尽きるのだが……その速度と鋭さは、十二分にモンスターを殺傷し得る。
十本勝負ならば、七本をリチャードが取ることができるだろうが、実戦でリチャードが落とすであろう三本が先に来れば終わりなのだ。
(恐ろしい才能だ……)
しかし、性格の方はわりと単純なので、コントロールはできる。
情に厚く、食欲旺盛で、戦乱より平穏を好む。
田舎者らしく、時折訳の分からない行動を取るが、それさえなんとかできれば……。
「まぁいいか。んじゃ、リチャードくん。次もよろしく」
「まぁいいかって……いや、武器はどうするんだ?」
「その辺に落ちてるじゃん」
言いながら、アリアは手ごろな木の棒と赤ん坊の頭ほどの大きさの石を拾い上げる。
リチャードの背筋を冷や汗が伝う。
「待て、アリア。さすがに剣は修理すべきだろ。ダンジョンじゃ木の棒や石は落ちてないんだぞ?」
「鉄の棒を持ち込んで強化のエンチャントをすれば、しばらくは持つでしょ?」
「いやいやいやいや! 確かにそうだが! そうかもしれないが、得物の差が勝負を分けることもあるだろ! 万全に万全を期すべきだ!」
「お金ないしなぁ……」
「ふと思ったが、アリアは今まで路銀はどうやって調達していたんだ?」
「酒場でお金になりそうな依頼を受けてたよ。ボクはリチャードくんみたいにパトロンがいるわけじゃなかったし、行き当たりばったりって感じかな」
「新しい剣の調達は難しそうだな……金が必要ならある程度は貸せるが?」
「遠慮しておくよ。リチャードくんに貸しを作ると体で返せって言われそうだし」
「……いくらなんでも、そんな雑な口説き方はしない」
女性を口説くことを否定はしないが、金銭で脅したことはない。
わりと汚いこともしてきた自覚のあるリチャードだったが、そこまで信用がないと思われていることに、愕然とする。
(いや、しかし……第一階層のあいつよりはましだろ)
あいつ。カイネ=ムツ。リチャードの天敵である。
容姿は平凡。腕っ節は弱い。性格はひねくれていて、英雄や勇者といった存在を見下している節すらある。
そんな男にアリアが好意を寄せている理由を、リチャードはいまだに理解できない。
(理解したくないのなら分かる……しかし、本当に俺は理解できていない)
自分の感情と心の動きを、リチャードは把握できている。
だが、目の前の魅力的な少女と、天敵の心だけはどうしても分からない。
「んー……どうしようかなぁ。『シャンバラ』でテキトーに剣だけ仕入れてエンチャントでなんとかするか……『ワールド』で質の良いクラブを仕入れた方がいいかなぁ」
「いや、アリア。たぶんアリアの言う『クラブ』というのは、武器じゃないと思うぞ」
「そうなの?」
「アレは確か遊具だ。ヤキューとかなんとか……拳大くらいの球を投げて、それを撃ち返したりするのに使うらしい」
「もったいないなぁ。あれさえあれば、大抵の魔物なら殴り殺せそうな気がするんだ」
「いやいやいやいや! 勇者が軽々しく殴り殺すとか言ったら駄目だろ!」
「なんで?」
「なんでって……」
「勇者や英雄っていうのは『格好を付けないと死んでしまうから』だよ」
あっさりと、身も蓋もない言葉が言い放たれた。
もちろん言ったのはアリアではないしリチャードでもない。リチャードが最も苦手としている男だった。
こんな風に、身も蓋もなく、自分達がやってきたことを否定する。
「……カイネ=ムツ」
「よう、リチャード。ちょっと唐揚げ作り過ぎちゃったけど、食うか?」
口元を緩めて、第一階層のボスは笑った。
まるで人間のように笑っていた。
剣より優秀な武器は、たくさんある。
もちろん、これには異論は出るだろう。状況や間合いに応じて有利不利などはいくらでも変わるものだ。一概にこれだけが絶対に強く、絶対に弱いなどということはない。
例えば、槍の間合いの内側に入ってしまえば、剣の方が圧倒的に有利だろう。
しかし……逆を返すと、剣は槍の間合いの内側に入らねばならない。
玄人に持たせた剣と素人に持たせた槍を同じ数で模擬戦をさせたところ、槍の圧勝だったという話もある……まぁ、これはそもそも相手が槍を握っている状況で真正面から挑む玄人とかいるわけねぇだろと思わなくもない。
だが、戦いには不文律が存在する。
『相手になにもさせず、こちらのやりたいことをやれば勝てる』という不文律だ。
そんな不可能を実行するのが『距離の掌握』である。相手の手の届かない距離から、一方的に攻撃する。槍や弓や銃が剣より秀でているのはまさにそこなのである。
しかし、『剣』が戦いの歴史から消えたことはない。
戦闘の役に立たなくなろうとも、常に誰かは剣を携えて戦いに向かった。戦争を忌避している僕の出身国でも、数の制限はあるが刀剣の生産は続いているし、ファンタジーの世界観では必ず剣が登場する。何一つ例外はない。
恐らくは……人として生まれた者の魂に定着した『武器』こそが剣なのだろう。
手にすれば即座に理解できる『闘争』の形。
なにかと戦うことを宿命づけられた僕達が、一番理解できる『戦う意志』の形。
「いっそのこと、この機会に武器を持ち替えてみたら? 槍以外で」
「おい、カイネ。槍以外という部分に悪意を感じるぞ!」
「槍使いって異性にだらしなくて、主君を裏切る印象があるんだよね……」
「おかしいだろ! 大体、女にだらしないのは俺だけじゃない! 冒険者なら夜の歓楽街を利用するのは普通だし、良い女は口説くし抱くだろ!?」
「……普通かもしれないけど、その価値観は僕と合わないから却下で」
「前々から思っていたが……カイネ、お前もしかして童貞なのか?」
「童貞だけど」
「つまり、お前は僻み根性丸出しで俺をこき下ろしているというわけだな!?」
「え? ああ……はいはい、うん、そうそう。それでいいや、面倒だし」
「なんだその『こいつ最高に的外れなこと言ってんなぁ』みたいな反応は!?」
「リチャード。僕は別に女の子と遊ぶことや恋愛することを否定しているわけじゃないんだ。女性にだらしないのも別にいいと思う。火遊びも経験だ。お互いの合意があればそれでいい。やることやって責任取らずに逃げるのは最低だと思うけど」
「あ、ああ……なんだ、分かっているじゃないか。それならそうと、普段からあんな風に憎まれ口を叩くのはやめた方がいいと思うぞ、うん」
「まぁ、ここからが本題なんだが……例えば、怪物退治のテンションで、翌朝後悔したりとかもあるだろう。後々とんでもなく気まずいことになったりしても、時間が経てばそれもまぁ思い出として」
「分かった、この話はもうやめよう! はい、やめやめ!」
リチャードは慌てて話を打ち切った。
アリアちゃんとリチャードは知らないが『サブヒロイン戦鬼』は心残りの真正化生である。魂の同調を行わないと心残りの詳細は分からないのだが……今の僕でも、火遊びの結果どんな火傷を負ったかくらいは、分かってしまう。
まぁ、生きていれば遊ぼうがどうしようが、傷くらいは負うもんだ。
「で、話を元に戻すけど……アリアちゃん、剣のあてとかはあるの?」
「剣のあてもないし、お金もないね」
「なんていうか、後先考えてない、ある意味勇者らしい発言だね……リチャードはなんか当てとかないのか? 伝説の剣の在り処とか」
「伝承に残る武具は、国が管理していたり、存在そのものが秘匿されている物が大半だからな。一介の勇者がそうそうお目にかかれるようなものではない。『シャンバラ』で最も有名なエルディア帝国の騎士団は三人でモンスターの大軍十万を消滅させた」
「話盛ってない?」
「自分の話ならいくらでも盛るが、実際この目で見たことを偽っても仕方あるまい」
「そりゃそうか……まぁ、リチャードの槍や鎧も色々おかしいしね」
壊れず、錆びず、朽ちない。メンテナンスの必要がない。金属鎧のはずなのに通気性抜群で蒸れず稼働の邪魔にならない上に滅茶苦茶軽いとか、地味だが十分にぶっ壊れ性能である。しかもこれは伝説に残る武具としては『基本性能』でしかないのだ。
アトラスの旦那に聞いた限りでは、『シャンバラ』でいうところの伝説の武具というやつは『ワールド』の兵器を圧倒する能力を秘めているそうな。
個人がそんな力を所有するのだ。そりゃ国としては見過ごせないだろう。
「カイネくんは丈夫な剣を作ってくれる人とか、知らない?」
「いや、知らないし、知ってても教えないって。敵に塩を送るわけにはいかないよ」
「カイネくんは嘘が露骨に分かるんだよね……夜這いされたくなかったら、その人を紹介して欲しいな♪」
「………………」
嘘が一瞬でバレた。確かに表情に出やすいけども。
おまけに、僕の扱いを心得ている脅迫方法である。リチャードの側にいたから悪影響が出てしまったのだろうか? 由々しき事態である。
いやまぁ、確かに知っているんだけど……僕としては紹介はしたくない。敵に塩を送りたくないというのは方便で、実際には僕とその人の相性が悪いからである。
なるべくなら、顔を合わせたくないというのが本音だ。
僕の様子を見てなにやら悟ったのか、リチャードが助け舟を出した。
「どんな事情があるのかは分からないが、会わせるだけ会わせてくれないか? 今アリアの戦力が落ちるのは俺も困る」
「ああ……うん、そういうことなら、リチャードを生贄に捧げよう」
「おい待て! ものすごく不穏なこと言ってないか!?」
「いやぁ、リチャードサンマジパネェっすわ。僕も心置きなく紹介できるってもんだ」
「待て! お前がそういう顔をしている時は大抵ロクなことにならん!」
「んじゃ、カイネくん、よろしくね。リチャードくん、行こう」
「おおおおおおおぉぉぉい! アリア、黙って話を進めるのはやめてくれ!」
と、そんな感じで、当然のようにリチャードの抗議は却下され、アリアちゃんに剣を作ってくれそうな人を紹介することになった。
その人は、ダンジョンに住む変な奴である。
僕が管理人をやっているダンジョンには、いわゆる『雑魚モンスター』が少ない。
もちろん、単純にボスラッシュというわけではない。僕が担当する第一階層はトラップ中心の構成なので、雑魚モンスターをうろつかせるわけにはいかない。もちろんミミックや一部の知性体の方々やスケルトンみたいな『トラップの一部』は別なのだが、本能のままにモンスターをうろつかせるとトラップに引っかかって迷惑なのである。
トラップの一部を担当されている方々も、些細なことで辞めていく。
『いや、ほらね? どうしてもアレが付きまとうでしょ? あたしはともかく、若い子たちはどうしてもねぇ……痛いじゃない、アレ』
強制テレポートした男性客のありとあらゆる部分を骨まで残さず食い尽くす、すなっくりりすのママの言葉である。
理由は極めて分かりやすい。
ダンジョンで死ぬと痛いのだ。蘇生はするが死ぬほど痛い。
このダンジョンで働く第一条件が『死の痛みに耐えられる』ことである。そんなもん、普通に生きている奴にはまず無理だし、頭がおかしいと言われても否定はできない。
挑戦者が一度の敗退で立ち去ってしまうのもそれが理由だ。
死を賭する覚悟はある。しかし……現実に痛みを知ってしまうと、耐えられない。
当たり前である。誰だって死にたくはないし、死に続けるのは死んでもごめんだ。第一階層の僕だって、死にまくっているが死にたくはない。絶対に死にたくない。
そういうわけで、このダンジョンには雑魚モンスターは少ない。
少数精鋭と表現すれば格好良くなる彼らは、第二階層と第五階層を中心に生活をしている。第三階層はニーナさん作成の滅茶苦茶強いキョンシーやら式神で構築されており、第四階層はそもそもザッハしかいない。
彼女は、第五階層の精鋭であり生え抜きであり、師匠が選んだ『諸事情あってフロアボスになれないけどシンボルエンカウントで超強い』という、理不尽な奴である。
「あらイケメン! カイネもたまにはいいコトするじゃない!」
「カイネ、頼むからこういうのは警告を入れてくれ! 敵だけど、敵だからこそ!」
「リチャードくぅん、今夜どう?」
「お断りしまぁす!」
無意味にべたべた触られまくるリチャードの抗議はもっともである。僕は沈痛な面持ちで目を逸らした。
彼女は第五階層の居住区で気ままな生活を送っている。
煌びやかな装飾品にフリフリのドレス。引き締まった顔立ちは中性的で、耳はエルフのように尖っている。腰に下げているのは無骨なデザインの剣。その剣を扱えそうな武骨さはなく見た感じは女か男か判別しづらいのだが……彼女は男である。
男である。心は女の子というだけで、顔立ちが中性的というだけで、男である。
「アリアちゃん。こちら、第五階層の理不尽担当のシェーラさん。変わった人だし悪い人だしテンション高くてうざったいけど、我慢してね」
「ちょっとカイネ! 初対面の人に悪印象を植え付けるんじゃないわよ!」
「はいはい、以後気を付けますよ……で、シェーラさん。剣の鍛え直しとか、新しい剣を作ったりとか、そういう依頼だそうです」
「無理ね」
「無理だって。他を当たろうか?」
「ちょっと、話は最後まで聞きなさい!」
無理と言われたので引き下がろうとしたら、引き止められた。
全世界のオネェやらオカマの方々には非常に申し訳ないが、こう毎度毎度リミッター解除気味にテンションが高いと、とても鬱陶しい。
「で、なにがどう無理なんすか? 作るの面倒とか女相手じゃ武器は作れないとか、そういうクソみたいな理由なら来月給料差し止めますよ?」
「材料がないのよ」
「アリアちゃん、諦めよう。このオッサンはピッケル持って山でマカライト取って来いとか言ってくる鍛冶屋のクズだ」
「オッサン呼ばわりはやめろっつったでしょうがクソガキ! 体は男でも心は乙女だし、基本的な素材は一通り揃ってるわよ! 趣味の鍛冶舐めんなよコルァ!」
「で、なにが足りないんスか?」
「剣っていうのは性質の違う材料を組み合わせて作るんだけど……その子に合う『繋ぎ』の素材がないのよ。並大抵の剣じゃ簡単にへし折るでしょ、その子」
「分かるんですか!?」
「ま、私が鍛冶を始めた理由でもあるしね……結局、求めていた剣を作ることはできなかったし、ものすっごく些細なことで鍛冶師は見つかったんだけど、今度は剣に振り回される始末。世の中ってのはままならないもんよね」
そう言って、シェーラさんは肩をすくめた。
シェーラさんの魔の手から逃れたリチャードは汗を拭って、口元を引きつらせた。
「アリア、この人にはその『鍛冶師』とやらを紹介してもらおう! いや、腕を疑うわけではないのだが、これ以上は俺の精神力が持たないしな!?」
「やめといた方がいいわよ……いや、冗談抜きでね? その人の本職は鍛冶師じゃないしダンジョンを第五階層まで突破して引き返す変態だわ。頼めばノリノリで作ってくれるし対価も必要ないけど、カイネクンみたいなアホじゃないとまず無理ね」
「この男は武器など使わないだろ?」
「彼女は武器に限らずなんでも作るけど、使いこなすには才能が要るのよ。で、その才能は武器を求める人間には育てられない才能なの。私だって使いこなせてはいない。武器に使って『いただく』程度が精一杯ってわけ」
「……意味が分からん。つまり、どういうことなんだ?」
「自分の身の丈に合ったものを選びなさいってコトよ」
そう言って、シェーラさんは誤魔化すようにウインクをした。
まぁ……そりゃそうだ。誰だって道具に反逆されたくはないだろう。僕だって騙されてもらってしまった包丁やら鍋のような品々を今も持て余している。
いくら性能が高くても、なんでもかんでも文字通り『魂』をこめればいいってものじゃないと思う。
シェーラさんは、口元を緩めて、僕の方に向き直った。
「んじゃ、カイネクンは、材料の調達をよろしく♪ 私はこの子の手のサイズを計ったり、色々しなきゃいけないから」
「おい、ふざけんなオッサン! さりげなーくとんでもねぇもん要求すんなや!」
「オッサンじゃねーよ、心は乙女ですぅ! ……大体、さっきからやたら態度でかいけど、どうせお金はないんでしょ?」
「……ないッスけどね」
正確には、アリアちゃんは持っていないが僕とリチャードはそこそこ持っている。
しかし、これはアリアちゃんの問題だし、彼女はさりげなくお金には厳しい。下手に貸そうなどと言い出せば即座に却下されるだろう。
敵に塩を送りたくはないが……まぁ、剣がないと挑戦すらできなくなるのでは、商売あがったりである。
「ザッハちゃんなら、カイネクンが頼めば鱗の一枚くらいくれるんじゃないかしら? 挑戦者が強くなるぶんには、笑って済ませるでしょ、あの子」
「互いに想い合う遠距離恋愛中の男女でもない限り、あなたの体の一部をくださいっていうのは異常者の発言じゃん。僕がザッハなら普通に嫌だよ」
『………………』
全員が押し黙った。どうやら想定していなかったらしい。
ザッハは龍ではあるが、女の子でもある。ザッハの常識がどうなっているのかは分からないが、その辺は配慮しなければいけないだろう。
幸いなことに、第四階層は散らかり放題なので掃除という名目ならどうにでもなる。
問題は、僕の罪悪感くらいだろう。
「んじゃ、ちょっと第四階層掃除してくるから、リチャードはここでシェーラさんのご機嫌を取っておいてね」
「さらっと恐ろしいことを言うな!」
「リチャードクンは、アリアちゃんと木刀で試合よ。力尽きるまでよろしく♪」
「お前ら、実は俺のことを殺すつもりだろう!?」
「リチャードくん、よろしくね」
「アリアは少し躊躇しよう! 俺は一応、ダンジョン攻略の相方だからな!?」
こんな風に、慌ててツッコミを繰り返しているリチャードを見ていると、女の子に手玉に取られた末にダンジョンに行き着いてしまったのではないかとすら思う。
遊んだと思ったら遊ばれていた。男女間ではよくあることである。
木刀を手に試合を始めるアリアちゃんとリチャードを尻目に、僕は第四階層に向かうことにした。
第四階層は、とても散らかっている。
龍の寝床としては正しいのかもしれないし、ボスっぽい雰囲気を出すためには仕方がないのかもしれないが、異世界にふらっと出かけては光モノを集めてきて、それを散らかす悪癖は、本当になんとかならないもんだろうか?
ドラゴンは宝石がお好きというのはファンタジーの常識ではあるが、ザッハの場合はドラゴンというより、ゴミ屋敷のあるじである。おまけに自分以外の異種族の匂いがついたものにはあまり興味がない上に価値のあるなしにはあまり興味がないらしく、クズ石を拾ってきては自慢をしてくる。
その様子はとても可愛いのだが、それはそれとして。
時折、倉庫にしまわれている宝石なんかを物理で盗んでくるのもいいとして。
「おーい、ザッハ。掃除しに来たぞー」
一声だけかけたが、返事はない。仕方なく適当に箒で掃いていく。
ジャランジャランと金属質な音を鳴らしながらちり取りに放り込まれる黒い龍鱗には、もちろん威厳などない。ザッハの体に生えている時は滑らかで柔らかいのに、抜け落ちてしまうとなんで硬質化するんだろうか?
……そもそも、自然界で土に還るんだろうか、これ。
そんな風に掃除をしていると、ある意味第四階層ではおなじみの光景が目に入った。
頭にたんこぶを作った半龍態のザッハが、うつ伏せで倒れていた。
「ザッハ……いるんならちゃんと返事してくれよ。いないかと思ったじゃん」
「……おいこら。今の状態の我を見て、他に言うことはないのか?」
「またカンナさんに挑んで負けたの?」
「またとか言うな! 今度の今度こそは勝てると思ったんじゃ!」
ザッハは時折カンナさんに挑んでは、ボコボコにされている。
もちろん戦略もへったくれもあったもんじゃないし、挑む理由も『このダンジョンで一番強いのは我だし』という、分かりやすいものである。師匠にも挑むことはあるが、師匠は全く手心を加えず、ザッハになにもさせずにボコボコにするため頻度は低めだ。
その点、カンナさんとは多少なりとも喧嘩になるので、挑んでいて楽しいらしい。
「カンナさんの魔眼を封じないと勝てないと思うけどなぁ……」
「キィは実力で勝っておるじゃろ」
「師匠は魔眼の効果をカンナさんが決める前に最大火力をブチ込める速度があるから勝てるだけでね……」
カンナさんの魔眼の弱点の一つが『使用効果を決められる』ことである。
本来、魔眼というものは『視線が合った時点で効果が問答無用で成立する』のが恐ろしいところなのだが、カンナさんの魔眼の場合は視線が合う→効果を決める→発動という感じで、他の魔眼に比べるとステップが一つ多い。
ただ、師匠には効果成立する間に一撃ブチ込む余裕があるが、ザッハにはない。
「半龍態で挑むようになってから喧嘩らしきものにはなってきたが……龍態の時に挑んだ時は本当に散々じゃったからな」
「龍はなにをしててもカンナさんの視界に入っちゃうくらい大きいからねぇ」
「大体、魔眼とか卑怯じゃろ。女なら拳で勝負せんか!」
「特殊能力なしなら間違いなく最強の黒龍さんがそういうこと言っちゃいかんだろ」
「いや、貴様に言われるのだけは業腹じゃぞ、下等生物」
「下等生物的には『サブヒロイン戦鬼』での戦闘はノーカウントでお願いしたい。前も言ったと思うけど、ザッハとはあんまり戦いたくねぇんだってば」
「ふふん? 下等生物らしく殊勝な態度で結構なことじゃ」
いや、そりゃね? 可愛い女の子にマジ泣きされたら戦う気が失せるのは、男として当然のことだと思うんスよ。
向こうがこちらを嫌っていたとしても、こちらの好感度はわりと高いわけで。
突き抜けた馬鹿を見ているのは、思ったより気持ちが良い。
「ところで貴様、今日は一体なにをしに来たんじゃ? 我に飯を奢りに来たのか?」
「掃除をしに来たんだよ」
「……ほ、ほぅ? 掃除じゃと? 我は別に頼んだ覚えはないがなぁ?」
おや? なにやら黒龍様の調子がおかしいぞ?
ちなみに、いつもなら『下等生物として我に奉仕するのは当然のことじゃな。そちらは我の宝物が置いてあるから、そっちの方を頼む』くらいは言うのだが。
「きょ、今日は別によいぞ? いや、今日以外ならいくらでもオッケーじゃが?」
「いやいや、こういうのは気分が乗った時にやらないとさ」
「我がやるから今日はいいんじゃ! はっはっは、たまには下等生物をいたわってやらんとなぁ! どうじゃ、我は優しいじゃろ!?」
明らかになにかを隠しているのだが、隠し切れていない。動揺が溢れて漏れまくっている。
僕の目的はザッハの龍鱗なので、見て見ぬふりをして立ち去ってもいい。
しかし……うん……なんていうかこう、柄にもなく必死になっているザッハを見ていると、背筋がゾクゾクする。
思わずいぢめたくなってしまうが、ここは自重しよう。
とはいえ、ダンジョンで拾って来た動物なんかを飼われても困る。いや、困りはしないのだが、ザッハの場合は飽きて放置しそうなのでそれはまずい。
僕が対応に悩んでいると、不意にザララッという硬質的な音が響いた。
ザッハの顔が真っ青になった。足元を見ると、赤く綺麗な楕円状の宝石がいくつも落ちている。ザッハが集めてくる石には綺麗なものもあるのでさほど気にしていなかったが、ザッハが隠し持っていたことから、これが隠したいものだったのだろう。
「ザッハ、なんだこ」
「ぴゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
今まで聞いたこともない衣を引き裂くような悲鳴が響くと同時に、景色が上下逆さまになった。
気が付くと、僕は仰向けに倒れていて、ザッハが馬乗りになっていた。
ザッハの表情は今までに見たことがないくらいに、真っ赤になっている。
「よいか? 今見た物は絶対に忘れろ! 思い出したら殺すぞ!」
「いや……あの……黒龍さん? なんでそんなに焦りまくっているのか、ちょっと説明して欲しいんだけど」
「焦ってなどおらぬが忘れろ!」
顔を真っ赤に染めて、涙目で滅茶苦茶怒っているザッハは、大層可愛い。
可愛いのだが……この状態のザッハをなだめて、事情を聞き出す術を、僕は持ち合わせていない。なにやら並尋常ではない理由がありそうなのだが……どうしたものか。
とりあえず、両手を上げた。
「分かった、忘れる。忘れるけど……アレってどれだけ恥ずかしいモノなのさ?」
「言えるかぼけぇ! 恥ずかしくなどないがとにかく忘れるのじゃ!」
「だから怒鳴るなって。人間の僕にはよく分からない羞恥心なんだから、ちゃんと説明してくれないと分からないんだよ」
「分からなくてもよいわ馬鹿たれ! いい加減にせんと八つ裂きにするぞ!」
「こら暴れるなお馬鹿! 分かった、分かったから! 追及もしないし詮索もしないから暴れないで離れてくれ!」
「ふん……まったく、最初からそうやって素直にしていればいいものを……」
そう言って、ザッハは鼻を鳴らした。
鼻を鳴らして肩をすくめただけだった。
「ザッハ。そろそろどいてくれないかな? 重くはないし、むしろ軽いけど今の状況じゃ僕が幸せなだけだからさ」
「………………」
「ザッハ?」
いきなり黙りこんでしまったザッハは、真っ直ぐに僕を見ている。
物欲しげで潤んだ目。上気した頬。いつもより少し高い体温。
ザッハの目の奥に……いつかどこかで見たことのある、奇妙な火種が燻ぶっているのが見えたような気がする。
半分くらい当てずっぽうではあるが、知っている生理現象を口にした。
「悪かったよ」
「へ?」
「いや、繁殖期だとは思わなかったから」
「ッッッッッ!?」
ザッハの顔が一瞬でさらに赤く染まる。なんかもう黒龍じゃなくて赤龍なんじゃないかってくらいに、恥ずかしがっていた。
可愛い。とても可愛いしこのままいじめたくなるくらいに可愛いが、それをやってしまうと後々でなにか酷い目に遭わされそうなので、自重しておく。
「でも、正直ザッハも悪いと思うぞ。僕はザッハの言う通り下等生物で愚かな人間なんだから、辛いならちゃんと言ってくれなきゃ分かんねぇよ」
「……なぜ分かった?」
「僕の昔の雇い主が、同じような症状で苦しんでたからねぇ」
軽く肩をすくめる。半分くらいは当てずっぽうだったが、もう半分は経験だ。
これは推測だが、ザッハが撒き散らした石は『マーキング』なのだろう。犬や猫が鳴き声や尿で発情期を知らせているのと同じ役割があるように思う。恐らくは汗のように流れた体液が硬化したものなのだろう。
人間には感知できないが『自分は発情しています』と周囲に発信しているようなものなのだから、そりゃ恥ずかしいに決まっている。
ただ、発情期がないのは人間みたいな一部の生き物くらいなもので、大抵の生き物にはあるし、僕の元雇い主も結構辛そうにしていた。
眉間に皺を寄せて、ザッハはふんと鼻を鳴らした。
「その通りじゃ。笑いたければ笑うがよい!」
「笑えねぇよ。っていうか、程度は違うけど人間の男なんて年中発情してるようなもんだし」
「え、マジで? これが年中? ……馬鹿じゃないの?」
「生理現象なんだから、ドン引くのはやめていただけませんかねぇ!?」
「だって、普通に考えたらこんな気分になったら襲うじゃろ。我だってぶっちゃけギリッギリで、なんかもう『こいつでもいいか……』みたいな感じになりつつあるのに、貴様は平然としておるわけじゃろ? 重ねて言うが、馬鹿じゃないの?」
「人間は色々と小賢しいからその辺はある程度大丈夫なんだよ」
「三つの世界で繁殖しまくっている種族は言うことが違うのぅ」
ザッハは呆れたように肩をすくめた。
『色々と』の部分を深く追求はされなかったことに安堵していると、ザッハは不意に大きく息を吐いた。
「……しんどいのぅ」
「大丈夫か? 痛みとかあるのか?」
「下腹部から全身に熱が回る感じじゃな。正直、今すぐ暴れ出したい」
「んー……」
僕は少しだけ悩む。
僕が知っているのはザッハとは違う種族の『気休め』である。確かに少しだけ楽になるかもしれないが、かもしれないというだけで根本的な解決にはならない。
ニーナさんやカンナさんに任せてしまった方が、よっぽどいいだろう。
しかし……それはそれとして、この場でザッハを放り出すのは、僕の中の選択肢にはありえない。
腹筋だけで体を起こし、ザッハを横向きに抱きかかえ、腹に手を添えた。
「ばっ……い、いきなりなにをするんじゃ! 言っておくが我に手を出したらキィに言いつけて八つ裂きにしてもらうからな!」
「師匠に頼るあたり、自制心が崩壊しつつあるのは自覚してるんだな……いやまぁ、それはともかく、これは発情期における気休めだ。全種族対応とはいかないが、理性ある知的生命体なら、大体は効果があるかもしれないって程度だけどな」
「気休め?」
「いつでも手を出していい異性がすぐそばにいると、逆に冷静になるんだよ」
「………………」
僕のとぼけたような口調に対し、ザッハは目を細めた。
「いや、我が貴様に手を出すわけないじゃろ。お前がトチ狂って我に手を出すことはあったとしても、我からは絶対にないからの? さっきのは気の迷いじゃから」
「ならいい」
「絶対にないからな!」
「いや……分かったから」
「……少しくらいなら、今なら手を出すのも、ありかもしれんぞ?」
「負けつつあるじゃねぇか! もっと頑張れ!」
生き物は本能には勝てない。理性など大海に浮かぶ小舟のようなものだ。
しかし、誤魔化し誤魔化し航海を続けることはできる。
「というか……最近、下等生物は少し生意気ではないか? 確かに貴様の能力は我よりほんのチョッピリ強いのかもしれんが、種族的に我の方が圧倒的に上じゃからな!」
「知ってるしわりと屈服してるだろ」
「いや、ちっとも足りんな! なんか貴様はカンナやアナスタシアには甘いが、我の扱いは結構テキトーな気がするぞ!」
「ヒント:胸のサイズ」
「ぶち殺すぞ! 我も少し小細工すれば胸など容易く作れるわ!」
「作った胸に意味はないんだ、ザッハ。むしろ今のサイズが君らしくて愛らしい」
「貴様、もうちょっと真面目に話をしろ」
「ザッハはザッハの思うままの方がいいよ。下等生物としては、ドラゴン様に胸張っていただかないと張り合いがなくて困っちゃうしさ」
「……不意に真面目になるでないわ。なんか腹立つ」
「結局怒ることに変わりはないんだよねぇ」
ぷりぷりと怒るザッハの腹を撫でながら、僕は適当に相槌を打つ。
どうしようもないことがある。どんなに強くても、神様であっても、自分ではどう足掻いてもどうしようもない……そんなことが、生きているとたくさんある。
それを、誤魔化し誤魔化し生きていく。
前に進めなくてもいい。後ろに下がったっていい。馬鹿馬鹿しくても構わない。薄皮を張り重ねるように『なにか』を少しずつやればいい。
できないことがあるのなら、できるように努力すればいいし。
どうしてもできないことがあるのなら、できることをやればいい。
「ところで、ザッハ」
「なんじゃ?」
「結局、あの赤い石は一体なんだったのさ?」
「殺すぞ」
「……はいはい」
馬鹿みたいな会話をしながら、僕はドラゴン様の腹を撫で続けた。
第四階層のフロアボス、黒龍ザッハークは、少女である。
少女……と言ってしまって差し支えない。龍としては若輩で、無邪気でワガママで、独占欲が強く泣き虫。感情を表に出すのを躊躇わない。
とはいえ、彼女の気質は最も『ボス』としてふさわしいものだと私は思う。
このダンジョンのボスは、基本的にネチネチしている。
陰湿さが増せば増すほど強くなると言っても過言ではないが……彼女だけは本当に例外だろう。上位種として優れている。生まれた時から強者であることを約束されている。そういった『我』の強さが、彼女を支えている。
まぁ……話しているとイラッとするので、結局喧嘩になってしまうのだけれど。
とはいえ、仲が悪いわけではない。あの男からはそうは見えないかもしれないが『アビス』では喧嘩は日常茶飯事だ。普段はアトラスの機嫌を慮って口しか出さないニーナも、人の殴り方は知っている。
やられたことをいつまでも根に持っているだけで、油断ならない相手と思っているだけで、決して仲が悪いわけではない……と、思う。
まぁ、仲が良いとは口が裂けても言えないし、私だけが仲良く喧嘩しているつもりなだけかもしれない。
仲が良いのは、ニーナとこの男くらいなものだろう。
「で……あなたはなにをしているんですか?」
「なんだかんだでこうなった。まぁ、仕方ないね」
ザッハを膝に乗せて抱きかかえながら、彼は器用に肩をすくめた。
「発情期は気が張ってるから疲れやすいんだよね。寝る時間は短いけど、寝る回数は多くなるし……ホント、面倒だよねぇ」
「まるで恋人同士のようにも見えますね」
「せいぜい兄妹くらいじゃない?」
言いながら、彼はザッハの頭を優しく撫でた。
なんというか……いかにも『手馴れた』仕草のようだった。
少し目を逸らして、私は口を開く。
「ところで、あなたはなにをしに第四階層まで来たのですか?」
「アリアちゃんの剣が折れちゃって、剣の材料に龍鱗がいるってシェーラさんに言われて、仕方なく嫌々採取しに来たんだよ」
「挑戦者を強化してどうするんですか!」
「いいんじゃないの? どんなに丈夫な剣があっても使い手次第じゃ容易く腐る。剣が良くてもアトラスの旦那には勝てないし、ザッハの龍鱗が貫けるわけじゃない」
「……本当にそう思っていますか?」
「いやぁ?」
あっさりと……当たり前のように、カイネは首を横に振った。
ザッハを撫でる手とは真逆の、敵を見据える鋭く暗い目をしていた。
「アリアちゃんの成長率は常人のそれじゃない。遅かれ早かれ、アリアちゃんの心が折れない限りは、いずれ突破されるだろうねぇ」
「で、前回と同じように貴方が心を折るんですか?」
「そんなに単純な問題じゃないんだよねぇ……」
ぽりぽりと頬を掻いて、カイネさんは私を見た。
「まぁ、なるようにしかならない。少なくとも何回も諦めずにダンジョンに挑んでくる挑戦者相手に僕らができることなんて、たかが知れてるってもんだ。リチャードと組んでいるうちは時間稼ぎになりそうだし、いざとなったらカンナさんに出てもらえば解決」
「人をあてにしないでください。そもそも……あなた、やる気はあるんですか?」
「おっとぉ、人のやる気を著しく削ぎ取る言葉はやめて差し上げろ」
「今のあなたを見ると、女性にだらしない馬鹿にしか見えないもので」
「…………ふぅん?」
不意に、彼は目を細めた。
目を細めると彼の印象はただの優しい男から、フロアボスのそれに変貌する。
認めてはいないし、認めるつもりもないけど……挑戦者を最も多く撃破してきた実績だけは彼がフロアボスであることを認めている。彼の悪辣さはダンジョンに挑む挑戦者の心を、ことごとく砕いてきた。
奇跡を望む心を、最も卑劣で相手に心に響く手法で、砕き続けてきた。
第一階層のフロアボスは、ザッハを撫でる手だけは優しいまま、口元を歪めた。
「そこまで突っかかるならちょっくら教えてくれねーかな? 挑戦する度に加速度的に成長する勇者を追い返す方法ってやつを」
「……それは」
「僕らはただの雇われ者だから、別にそんなの気にしなくてもいい。挑戦者をぶっ殺すのがお仕事で、それ以外は管轄外と言われればそれまでだ……でもさ、考えようによっては僕らは『世界最強最後の守り手』になってしまうかもしれない。ダンジョン突破者が気の迷いで世界の破滅を願ったら、それは叶ってしまうだろう」
「………………」
「まぁ、極端なことを言ったけど、僕も含めてこのダンジョンに関わる羽目になるような奴は大体極端から極端に走るからね。テキトーに愛想良くしてヘイヘイ笑ってりゃいいところを、自分の主張が通らないからって拳を握るような奴ばっかりだ。僕としては馬鹿じゃねぇのと言いたいね。人より恵まれているんだから、もっと考えろ」
「………………」
ついさっきまで、ザッハと喧嘩していた私には少し痛い言葉だった。
それでも……彼の言葉を、私は否定できない。肯定もできないが否定もできない。
加速度的に成長する勇者を追い返す方法なんて……私は知らない。
知っている方法は一つだけだ。
「ダンジョンの外で再起不能なくらいボコボコにすればいいんですよ」
「だからそーゆーのをやめろっつってんだよ! 本当にやってねぇだろうな!?」
「私みたいな引きこもりが積極的に外に出て人を襲えるわけないでしょう!」
「……今度、買い物にでも行こうか?」
「行きますけどね……そういうところが、なんていうか……アレだと思います」
「アレ?」
「あとで酷い目に遭いますからね?」
「??」
首を捻っている彼にはなにも言わず、私は内心で溜息を吐いた。
第四階層に戻る直前、私は見てしまった。
ザッハと楽しくじゃれ合っている彼と……それを遠くから見つめる誰か。
私とすれ違っただけの彼女は、拳を握り締めていた。
除け者。蚊帳の外。別グループ。お友達。そういったある意味での『残酷さ』を突きつけられた……女の子のような、顔をしていた。
内心で溜息を吐く。決して外には出さない。
彼女の表情の詳細を語ることもない。今後は心で思い起こすこともないだろう。
ちらりと、能天気そうな彼の顔を見る。見ているとなんだか少しイライラした。
だから、ほんの少しだけ思った。
財布を落とすとか、キィにしこたま怒られるとか……私の心が痛くならない程度の酷い目に遭えばいいと、そんな風に思った。
※登場人物紹介&裏設定は作者都合によりお休みします。
※ぶっちゃけるとPCの世代交代です。
※新しいPCは買ってあるけどセッティングが面倒くせぇとかそんな感じです。
PCが壊れていないけど買い換えました。
同じPCをXPで6年使っていたので、そろそろ色々と限界です。
OSはともかく、文字書きのツールを色々探しています。Grep機能と行数文字数指定ができるメモ帳機能ならなんでもいいのですが、そういう機能があるメモ帳は大抵お値段以上それ以上。悩ましいもんです。
次回はキィさんの話、もしくはアリアちゃんの続きになります。
たぶんね!(未定)。




