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第六話 お巡りさんの顔

「芽衣さん、それ、どうしたんだい?」


 次の日に病院を退院してからお母さんが珍しく厳しい口調で学校は二、三日休みなさい!と言ってきたので仕方なく私は学校をお休みして自宅療養中。特に急ぎの課題もないし、メールで友達に事情は話しておいたから講義の方は問題ないし。痛み止めの薬を飲んでいるってのもあるんだけど、落ちた時にぶつけて痣になっているところはあるものの特に痛むところがあるってわけじゃないから退屈しちゃって、帰ってから直ぐにお店の奥でカボチャランタンに取り掛かることにした。


 当然のことながらお母さんはいい顔しなかった。だけど部屋でコソコソと何かしているよりは自分の目の届くところでランタン作っている方が安心だと思ったのか溜め息をついたもののそれ以上は何も言わなかった。で、お昼ごろになって非番の真田さんが例のごとくお花を買いに来てさっきのセリフを口にしたってわけ。


「あ、真田さん、こんにちは。お花ですか?」


 お母さんはお客さんが来たらお母さんに声をかけなさいと言ってお昼ご飯の用意のために奥のキッチンに引っ込んでいたので、私がランタンの中をくり貫きながら形だけの店番をしていた。ま、真田さんだからお母さんをわざわざ呼ぶ必要は無いよね。そう思いながら椅子から立ち上がって店先へ。


「いや、それよりも芽衣さん、その包帯」

「これですか? 昨日、駅ビルの階段を踏み外して落ちちゃったんですよ。だけど大丈夫! 私、結構な石頭なので!」

「もしかして昨日の救急車騒ぎって……?」

「覚えてないんですけどそうだと思います。勿体無いことしたなあ、せっかく生まれて初めて救急車乗ったのに覚えていないなんて」

「覚えてないってことは意識が無かったってこと? 大事じゃないか」


 真田さんは心配そうな顔をして私の頭を見ている。あまりジロジロ見ないで欲しいなあ……。シャンプーしたいのにできてないし、今は包帯して見えないけど怪我したところの髪を剃ったのでちょっとしたハゲ状態だし。実のところ怪我したことよりも階段を転げ落ちたことの方が恥ずかしくて、傷口を縫う為に髪を剃られたことの方がショック。それをぼやいていたらお母さんにもお父さんにも呆れられたけど。


「それなのにお店に立って良いのかい? お母さんは? 今日はお婆ちゃんは来ていないの?」

「お母さんは奥でお昼ご飯の用意してますよ。お婆ちゃんは確か今日から老人会の温泉旅行で能登の方に行ってる筈。このぐらい大丈夫ですよ、先生は特に異常なしって言ってたから」

「大いに異常ありでしょ、その包帯」


 私の言葉に真田さんはちょっとだけ怖い顔をする。


「でもお薬も飲んでるし痛くないですから」

「薬を飲んでるから痛くないんだろ? ほら、もう花は自分で選んで持ってくるから奥で座っていなさい。……もしかしてそれ、ランタン作りの途中? まったく芽衣さん……」


 奥のテーブルの上にランタンと削りカスが散らばっているのを見て呆れた顔をしている。


「だって学校を休んでいるからヒマだし……」

「理由があって休んでいるんだろ? 怪我人はもっと大人しくしていないと駄目じゃないか。ああ、こんにちは、お母さん。芽衣さん、こんなことしていて良いんですか?」


 私達の話し声に何事かと顔を出したお母さんに真田さんがランタンをさしながら尋ねると、お母さんの方は大人しくしてなくて困ってるのよと笑った。お母さんの裏切者!! ランタン作りしてても良いって言ってたのに!


「退屈なのは分かるけど昨日の今日なんだから一日ぐらい安静にしてなきゃ駄目だろ? とにかく花を選んでくるから芽衣さんはここで大人しく座っていること」


 真田さんは座りなさいと言わんばかりに椅子を指さして私を見た。その横でお母さんがウンウンと頷いている。……お母さんてば。


「分かりましたよ。だけどランタン作りはやめませんからね」

「まったく……」


 私がスプーンを手にランタンのくり抜き作業を再開すると真田さんは溜め息をついて店先へと戻っていった。その後ろをお母さんがついていく。お母さんが一緒なら何にしたら悩むこともないから安心だけどさ。


 そんな二人の様子を何となく見ていると何だか様子が変。真田さんはいつものように店先のバケツに入れてある小さな花束に目を向けることなくお母さんと話し込んでいる。非番の時はいつもの制服の時と違ってのんびりした様子の真田さんなのに、何故か急に怖い顔になって“お巡りさんの顔”になった。お母さんが何か言ってそれに対して何度か頷いている。どうしたんだろう? なにかお店のことで困ったことなんてあったのかな? ここ最近の駅前の開発で耳にするようになった地上げ屋とか? だけど駅の北側一帯は重光先生の御膝元だからそう簡単に手が出せないって言われていた筈なんだけどな。


 真田さんとお母さんがこっちに戻ってくる。あれ? お花は?


「真田さん、今日は気に入ったお花はなかったんですか? 確か綺麗なのがまだあった筈だけど」

「お花のことより芽衣さん」

「はい?」


 真田さんの顔はまだお巡りさんのままだ。


「階段から落ちた時のこと、まったく覚えてないの?」

「気が付いたら病院だったし特にこれと言って」

「落ちる前のことは?」

「真田さん、なんだかそれ尋問みたい……」

「ああ、ごめん、ちょっと気になったから。それで?」


 真田さんの言葉にちょっと考えてみる。いつものように包装紙とリボンを抱えてお店を出て階段に向かって……。改めて考えてこると、あそこの階段の幅広でそうそう踏み外すなんてことないと思うんだ。踏み外す階段ならうちの学校の階段の方がずっと確率が高いような気がする。私も踏み外すところまではいってないけど抱えたキャンバスが後ろの階段に接触してガクンッて前につんのめったことなら何度かあるし。


「階段を踏み外しちゃったのは包装紙を丸めた筒が長かったから何処かに引っ掛かったのかなとか……」

「どうして引っ掛かったかもしれないなんて思ったんだい?」

「真田さん、やっぱり尋問っぽい……顔も怖いし」


 真田さんは顔が怖いって言われてショックを受けたみたい。吊り上がっていた目尻が下がってちょっとだけ情けない表情を浮かべた。


「そんなつもりはないんだ。だけど、原因は突き止めないとね。ほら、学生の芽衣さんでさえ踏み外す階段なんて危ないだろ? 階段に何かしら問題があるなら駅ビルの管理会社に言わなきゃいけないし」

「それって真田さんの仕事?」

「うーん、このへん一帯の住人の安全に気を配るのが派出所勤務の警察官の仕事だから、かな」


 なんだかこじつけっぽいって思うのは私だけかな。


「何て言うか、こう抱えていた包装紙がカクンてなったような気がするからなんだけど、考えたら天井につっかえるなんておかしいでしょ? そんなに長い包装紙でもないし、駅ビルの階段の天井だって低いわけじゃないんだもの。だからそれはきっと気のせいで、やっぱり何処か階段の滑り止めが擦り切れているかめくれているかしてたんじゃないかなあって思う」


 で、いつもの階段だからって呑気に足元を注意せずに駆け下りていたら踏み外したと。多分それが正解なんじゃないかなって私は思ってる。だけど真田さんやお母さんの顔を見ていると明らかに異議ありって感じ。何で?


「もしかしてお母さん、私の知らないこと知ってるの?」


 私の問いにお母さんは困った顔をして真田さんの方に目を向けた。


「あのね、芽衣さん。芽衣さんが階段から落ちたのを見つけて救急車を呼んでくれたテナントのバイトさんがね、気になることを言っていたらしいんだよ。それを聞いてお母さんは心配しているんだ」

「?」


 首を傾げながらお母さんを見る。


「あのね、芽衣ちゃんが階段を落ちた時、凄い音がしたから階段のそばのテナントの売り子さんが急いで駆け付けてくれて直ぐに救急車の手配をしてくれたんだけどね、その時に階段を慌てて駆け下りて行く人を見たんですって」

「そりゃお客さんがいてもおかしくないよね?」

「だけど芽衣ちゃんが階段から落ちて頭から血を出してたのよ? 普通はそこで救急車とか呼ばない? 誰かを呼びに行ったのかもって最初は考えたらしいんだけど、知らせた形跡もないんですって」

「つまり?」

「芽衣さんが落ちたのを見て慌てて立ち去ったってこと」

「ってことは、その人がぶつかったか引っ掛けるかして私が階段から落ちたってこと?」


 あんな広い階段で? 私、長い筒を持っていたから誰かが来た時に邪魔にならないようにって端っこを降りていた筈なんだけど、それでぶつかるって変じゃない? そう言って首を傾げると真田さんとお母さんは二人して深刻な顔をして頷いている。


「私、頭を怪我して馬鹿になったのかな。二人の言いたいことが良く分からないんだけど」

「つまり、その人が芽衣さんを突き落したんじゃないかってこと」

「え? ぶつかったとかそういうのじゃなく?」

「そう」

「まさかあ、だって私、そんなことされる覚えないですよ?」

「本当に? 芽衣ちゃん、喧嘩は喜んで買っちゃうような性格でしょ? だからもしかして誰かから恨まれているとかしてるんじゃないの?」

「え、お母さん、それ酷くない?」

「だって本当のことじゃない」


 だからってやっぱりその言い草は酷いと思う。


 最近の私の生活範囲ってここと学校周辺ぐらいだし交友関係も似たようなもの。高校時代の同級生とも揉め事なんて起こした記憶もない。それは今の大学だって同じ。そりゃ芸術系の学校だから、ちょっと変わった芸術肌な子は多いし才能に対しての嫉妬とかあれこれって話を聞くには聞くけど、少なくとも私はそんな突出したものを持っている訳でもないから誰からも嫉妬されることはないし当然のことながら誰かを嫉妬して揉めているってこともない。だからいくら喧嘩をすべて買いますな私も売られていないものは最初から買えないわけで……。


「……」


 あ……なんか買ったような気がするのが一つあるんだけど。


「芽衣さん、何か心当たりでも?」

「やっぱり芽衣ちゃん、何処かで喧嘩を買ってきたのね」

「いや、なんて言うか……」

「学校関係か何か?」


 これって喧嘩なのかな?と首を傾げてしまう。だけど何となくあっちから売ってきた気もしないでもないかな。いや、だけど一瞬だけのことだったしお互いに売り買いするほどの時間なんて無かったような気がするんだけどな。


「えっと……これは学校じゃなくて真田さん関係かも」

「……え?」


 真田さんは私の言葉にポカンとした顔をした。


「俺?」

「うん、真田さん」


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