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第三十五話 お巡りさんのお友達、再び

 春になればお花もたくさん咲くけど、もう一つ忘れてはならないものがある。それはイチゴ!!


 イチゴが世の中に出回って櫻花庵さんのイチゴ大福だとかトムトムさんのイチゴのショートケーキやイチゴのムース、それからイチゴパフェ等々とにかくイチゴ三昧で美味しいスイーツが目白押し。普段ならこの季節だけはと目を瞑って甘い物を堪能する私も今年はちょっと自重ムード。ああ、イチゴ大福とショートケーキが食べたい!!


 そして日曜日のお昼に派出所に康則さんのお弁当を届けると、あろうことか机の上には櫻花庵さんからの失敗作という建前のイチゴ大福の差し入れが鎮座していた。何と言うことでしょう、大福からちょっとはみ出ちゃっているイチゴの頭が何とも美味しそうなこと……。


「そんなに食べたいなら食べれば良いじゃないか。一個ぐらい食べてもそれだけ動き回っているんだから大丈夫なんじゃないのか?」


 私が物凄く物欲しそうな顔をしてイチゴ大福を見詰めていたせいか、康則さんは笑いながら私の方へとお皿を差し出してきた。しかも横からは酒井さんが手を出してきてお皿の上のイチゴ大福を一個つまむと美味しそうに頬張っているし。こっちは頑張って食べるのを我慢しているのに何たる悪魔の所業、とても正義の味方のお巡りさんとは思えない!!


「普段通りに動き回っていても太らないし痩せないしってことは、ここで余計な一口を食べたら間違いなく太るってことでしょ?」

「これで失敗作なのか。櫻花庵さんの職人気質なのは相変わらずなんだな、味は変わらずう美味いのに。ん? どうしたんだい芽衣ちゃん?」


 私の言い分なんてまったく無視して呑気な顔でイチゴ大福を頬張っている酒井さんのことをコテンパンにのしちゃっても良いかな?


「その理屈でいくと一個を食べたらその分の運動をすれば問題ないんじゃ? なあ、真田」

「そう思うんですけどね。それか夕飯のご飯を少し減らすとか」

「……」

「ケーキより和菓子の方がカロリーが低いってことだし、これ一個ぐらいなら大丈夫だと思うんだけどな」

「それに無理に我慢したら後々の反動が凄いと思うぞ? 現に嫁の妹がそうだったし」


 二人して悪魔の囁き……。だけど櫻花庵さんのイチゴ大福、本当に美味しくてイチゴの季節になるのをいつも楽しみにしていたから食べたくて仕方がない。今日だけなら、一個だけなら大丈夫、かな……。


「あと一か月以上あるなら万が一体重増えも大丈夫だと思う?」

「「大丈夫大丈夫」」


 康則さんと酒井さんが揃って首を縦に振った。


「もし太っちゃったら休みの日は康則さんのパトロールに付き合って自転車で走る」

「だから太らないって。まあ一緒に自転車でパトロールするのは楽しそうだけど」

「真田、それはパトロールじゃなくてデートだ」


 一瞬だけデレた康則さんに酒井さんがすかさず突っ込みを入れた。とにかくお巡りさん二人が大丈夫と太鼓判を押してくれたからと自分を納得させるとお皿の上に鎮座しているイチゴ大福を手に取ると一口パクリ。口の中にイチゴの味が広がった。


「やっぱり櫻花庵さんのイチゴ大福最高~!!」


 ああ、幸せ!! やっぱりスイーツは和菓子も洋菓子も最高! はっ、ダメダメ! この一個だけで我慢するんだから!! だけど久し振りの甘い物、美味しいよう……。


「芽衣さん、なにも泣くことないじゃないか」

「そんなに甘い物に飢えてたのか芽衣ちゃん……可哀想に」

「なんで俺を見るんですか。俺のせいじゃないでしょ」

「どう考えてもお前さんのせいだろ? 可愛い花嫁姿をお前さんに見せる為に頑張ってるんだから」


 一個を味わいながら食べている横で二人が何やら言い争いを始めてしまった。だけど今はイチゴ大福を食べることの方が大事だから無視しておくことにする。


「なんで派出所で女の子が鳴きながら大福食ってるんだ?」


 いきなりドアが開く音がして誰かが入ってきた。振り返れば何処かで見た顔……あ、前にこの辺りのことを馬鹿にしてスコーンをせしめようとしていた人だ。ってことは真田さんのお友達? 胡散臭げな表情でその人を見詰めていたらそれに気が付いたのか私を見て少しだけ困った顔をした。


「おい、なんか警戒されてるんだけど俺」

「当たり前だ。自分の住んでいる町のことを馬鹿にされれば警戒されるに決まってる。……芽衣さん、ここにお茶を置くよ」


 康則さんがいつものマグカップにお茶を煎れて置いてくれた。


「ここは喫茶店なのか」

「やかましい、用が無いならさっさと帰れ」

「用があるから来たんだろ。と言ってもお前に用があったわけじゃなくて、お前の婚約者殿になんだけどな」

「……?」


 私? 私に何の用があるんだろ。結婚式の諸々のことで康則さんの関係者の人と私が連絡を取り合う必要があるとすれば、それは式の当日に髪のセットとメイクをしてくれるカノジョさんだけだった筈なんだけどな。


「芽衣さんに何の用だ」

「別に下心がある訳じゃないから安心しろって」


 机の向こう側にいた康則さんがこっちに出てきた。うわあ、何だか久し振りに見る超怖い顔! だけどお友達の方はそんな康則さんの怖い顔に怯むどころか何処か面白がっているようで、ヘラヘラと笑いながら手を振っている。


「だから何の用だって聞いてるだろ、用があるならさっさと言え」

「万里江に言われたんだよ、心象が悪いままにしておくのは同業者として見過ごせないからきちんと非礼を詫びて来いって」

「万里江?」

「こいつの恋人。本庁の鑑識係にいる」


 私が首を傾げると康則さんが教えてくれた。


「へえ」

「それで?」

「それにお前がこっちに戻ってきたら彼女は同僚の奥さんになるわけだろ? ちゃんと仲良くしておかないと宜しくないんだとさ」


「康則さんはそっちに戻りません」

「俺はそっちに戻るつもりはないぞ」


 お友達の言葉に思わず言葉が飛び出す。まさか康則さんとハモるとは思ってなかったけど。


「ところで何の詫びなんだ?」


 酒井さんが口を挟んできた。


「いや、だからですね、ここを退屈な場所と言ったことですよ」

「そんな風には言ってなかったよね、康則さん」

「ああ、そんな風には言ってなかったな」


 私と康則さんの言葉にバツの悪そうな顔をしている。


「あー……確かあの時はこんなところって言ったような気もします」

「つまりはうちの管轄をこんなところ呼ばわりしたことに対して、ここの住人である芽衣さんに詫びを入れに来たと?」

「そんなところです」


 ふむと呟いた酒井さんは私のことを見下ろした。


「このまま追い返しちゃっても問題ないとは思うけど、せっかく来たんだから一応聞いてあげたら? 仮にも真田の親父さんの関係者だし。まあ芽衣ちゃんが嫌って言うなら摘まみ出すけど」


 気の無い言い草に思わず笑いが込み上げてきちゃう。


「えっと、じゃあどうぞ?」

「いや、改まって聞く態勢に入られるとそれはそれで言いにくいんだけど」

「さっさと言え、放り出すぞ」


 康則さんてば相手はお友達なのに容赦ないんだから。その人は咳ばらいをすると背筋をピンと伸ばして私のことを真っ直ぐ見た。


「この度はこちらの地域に対して失礼なことを申し上げてしまい誠に申し訳なく思っています……言い訳をさせてもらえるなら自分達はそれなりに物騒なところに派遣されることが多いので、何て言うかこういう呑気な、いや、治安が非常に良い地域で仕事をすることが殆ど無いわけでして、ついあんな言い方をしてしまったわけで……特に治安の良い街に偏見がある訳でもなく、逆に真田が羨ましいと言いますか……」


 あれやこれやと言葉を並べていくうちに自分でも何を言いたいか分からなくなってきたぞと頭を掻いたその人はいきなり頭を下げて「とにかく申し訳ありませんでした!」と言った。


「お詫びと言ってはなんですが。ああ、食べ物で許してもらおうとするのは男の悪い癖だと言われたんですがこれしか思い浮かばなくて! ここのベリータルトは美味いと! 特にこの季節の限定は更に美味いということでしたので!」


 差し出されたのは見たことのあるケーキ屋さんの紙袋。中に大きな箱が入っているってことは1ホールごと入っているってこと? ベリー……イチゴ……イチゴのタルト……。うん、確かにここの季節限定春のベリータルトは美味しいよね……。


「……あの?」


 ものすごーく微妙な空気が流れた後、康則さんのお友達がおずおずと頭を上げた。


「大久保、お前タイミング悪すぎ」

「へ?」


 康則さんの言葉に首を傾げるお友達。ふーん、大久保さんって言うのか、この人。とにかく大久保さんは私が紙袋を受け取ろうとしないので戸惑った顔で康則さんと私の顔を交互に見ている。


「今の彼女はイチゴ大福一個を食べるのにも大騒ぎしているんだぞ? こんな大きなケーキを持って来たらそれこそ流血沙汰だ」

「そうなのか? 何かアレルギーでも?」

「そうじゃなくてウエディンドレスを着る為に太るのも痩せるのもNGで……」

「あああああっ!! その話は姉貴から聞いたことあったのに馬鹿か俺はっ!!」


 大久保さんは紙袋を持ったままその場にしゃがみ込んでしまった。


「芽衣さん、食べる食べないは置いといて受け取るだけ受け取ってやったら?」

「受け取ったら食べたくなっちゃうじゃない……」

「タルトに罪は無いし」

「分かった。……えっとお詫びの気持ちはよく分かりましたのでそれは受け取っておきます」


 そう言うと大久保さんは私に紙袋を差し出してきたので受け取る。だけどどうしよう、これ。どうやら焼き立てだったみたいで紙袋の中からも甘くて良い匂いが立ち上がってくるし、これってどう考えてもお詫びの品って言うより拷問の品だよね。


「芽衣ちゃん、イチゴ大福も含めて食べた分だけ頑張って消費すれば良いじゃないか、式までは一ヶ月以上あるんだし」

「悪魔の囁きだ……」

「重ね重ね申し訳ありません……!!」


 大久保さんが再び頭を下げた。


「えっと……お詫びの言葉は聞きましたけど許すかどうかは式当日まで保留ってことにしてもらっても良いですか?」

「……はい」


 万が一ドレスが入らなかったら仲直りは無しってことでも良いかな?


 ああ、もちろんタルトは半分は酒井さんに持って帰ってもらうつもりではあるんだけどね。



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