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第三十四話 ノンちゃんの結婚式計画 その③

 河川敷の桜も散っていよいよ新学期。


 康則さんが通学を見守っている小学校の子供達の中にも真新しいランドセルを背負っている子が混じっているし、中学生や高校生の中にはいまいち制服が馴染んでないないんじゃ?みたいな姿もチラホラ。そういう風景を見かけると本当に新学期だなって実感しちゃう。


 そして私も学校が始まって講義とお店の両立で忙しい毎日が戻ってきて、しばらくはお店の開店準備や平日のお店のことはお母さんに任せることになった。お婆ちゃんはと言うとようやく始まった自宅のプチリフォームがあるから当分は畑仕事を兼ねてお留守番するらしい。何でもうちのリフォームを見て俄然興味が沸いちゃったみたいで、お父さんもお母さんも現場の人の邪魔にならなきゃ良いんだけどって今から心配しているって話だ。


「おはよう、芽衣ちゃん」


 康則さんを送り出してから学校に行く準備をしているとお母さんがやって来た。


「おはよー。これ、今日届けてもらう予定のお花のリストね。それとお昼ご飯は冷蔵庫にあれこれ作り置きしてあるし、他に何か食べたかったら適当に作って好きにしてくれたら良いからね」

「分かった。康則君のお昼ご飯は?」

「朝に渡しておいたよ」


 昼間に私がいる時ならその時間に作り立てを持っていくんだけど今日は夕方まで講義があるしその後も直ぐには帰ってこれそうにないので、万が一お店が忙しかったらお母さん達が大変だろうと思って康則さんが出掛ける時に持って行ってもらったのだ。


「じゃあ今日はちょっと遅くなるから。康則さんにもちゃんと言ってあるからお店を閉めた後は迎えに来たお父さんと一緒に帰ってくれて良いからね」

「はいはい、気をつけて行ってらっしゃい。慌てて歩道橋の階段を踏み外したりしないようにね」


 れいの階段事件、今では笑い話になっちゃってて最近は階段を踏み外さないようにってのが我が家のお決まりの行ってらっしゃいの言葉になっていた。お巡りさんの康則さん的には賛同できない話らしいんだけど松岡家はいつもこんな感じだからと言ったら今のところ渋々ながら納得してくれている。とは言ってもあんな事は二度と御免だけど。



+++++



「おはよう、ノンちゃん」


 学校に到着してからノンちゃんを探して声をかけた。


「おはよう! いよいよ今日だっけ?」

「うん。講義が終わったら行くことになってる」


 私の行き先は弥生ちゃんちで目的はウエディングドレスの試着。これまで太るな痩せるなで頑張ってきた毎日が報われるかどうかは今日の結果にかかっているのだ。今のところ大丈夫な筈……多分。


「太ってはいないと思うけど何だか心配だよ」

「幸せ太りっていうのがあるぐらいだしねえ……」

「それって男の人だけじゃないの?」


 うちのお父さん、結婚前までは何を食べてもモヤシ君と呼ばれるぐらいにヒョロヒョロでお婆ちゃんが心配するほどだったらしいんだけど、お母さんと結婚してからどんどん恰幅が良くなって今ではモヤシ君の面影は欠片ほどもないらしい。そういう話って女の人ではあまり聞かないよね?


「どうなのかな? 真田さんはどうなの?」

「うん、今のところは大丈夫みたい」


 その「幸せ太り」ってのを聞いてからそのうち制服がきつくなったなんて言われたらどうしようって心配になっちゃって最近では食事のあれこれも調べている。康則さんはそこまで神経質になることはないよって言ってくれるけど私と暮らし始めてから太ったとか不健康になったとかになったら嫌だものね。もちろん健康面だけではなくて美味しく食べて欲しいから「美味しく健康的な食事」を日々目指しているのは言うまでもないことだけどさ。


「あ、そうだ。頼まれていた五月のお花のリストの写真と単価表が揃ったから渡しておいて良いかな? 問屋さんは一週間前に頼んでくれたら前日には届けることが出来るって言ってたよ」


 カバンの中に入れてきた何枚かの紙をノンちゃんに手を手渡した。


「サンキュー」


 何でそんなものが必要かと言えば会場を飾るお花、それからブーケと花冠のティアラを作る為。


 一年中どんなお花でも仕入れられるようになったとは言えこういう時はやっぱり季節感のあるお花を使いたいなって思うのが私の考えで、その辺りのことをノンちゃんはちゃんと理解してくれているのだ。だからと言って奇抜な感じになっても困るので皆であれこれ知恵を絞ってくれているところ。で、その為のリストっていうわけ。


「ねえ、もっと手伝うことない? お花のことだけじゃなくて会場作りとかあれこれすることあるんでしょ?」

「そりゃ当日までにすることはまだまだたくさんあるわよ。だけど芽衣に手伝って貰ったら意味がないじゃない、お花のことは芽衣が詳しいからお願いしたけど後のことはこっちに任せてくれたら良いから。人は足りてるのよ、真田さんの同僚さんも手伝ってくれてるし」


 最初はブーケ作りもするつもりでいたのにどんな感じが良いかって話をしただけでいつの間にか取り上げられちゃったし。気が付けばバレンタイン直前の会合以降は何もさせて貰えてないんじゃないかな私。


「でも何もしないのは落ち着かないよ。今のところ私と康則さんがしたのって招待状のリスト作りと宛名書きぐらいしだし……」

「普通に結婚式場でするのだってそのぐらいでしょ? ああ、ちゃんと結婚指輪の準備も忘れずにね」

「うん、それはもう行ってきた」


 私達が行ったのは勿論あのお店。婚約指輪を選んだ時にカタログを貰っていたこともあって今回はあれこれ迷うことなく直ぐにお願いすることが出来た。余程のことが無い限り五月の頭には出来上がってくる予定だ。


「何にやけてるのよ」

「え、にやけてなんかいないよ」

「誤魔化したって無駄だから。いま間違いなくにやけてた」


 そして何を考えていたか白状しなさいとつつかれる。


「二人でお揃いの結婚指輪をつけるのが楽しみだなって考えてただけだよ。それと、結婚式でお互いにはめ合いっこするのも待ち遠しいかなって」

「うわあ、朝から盛大な惚気を御馳走様です」


 ノンちゃんが笑いながら聞くんじゃなかった~とか言っている。


「何よぅ、白状しろってせっついたのはノンちゃんのくせに! それにこの程度のことは惚気とは言いませんー!」

「私には惚気ているようにしか聞こえないんだけどなあ。それはともかく、あの時に絆創膏をはった芽衣をここまで送ってきたお巡りさんと芽衣がこんなに早く結婚することになるなんて思ってもみなかったよ~」


 康則さんが送り迎えをしてくれている間はあからさまに二人っきりにしようと画策してくれちゃっていたくせに何を言う?みたいなことをノンちゃんがしれっと言った。そしてそれを指摘すると悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「だって真田さんが気の毒に思えちゃってね。これは是非とも後押しをしてあげなくちゃって思ったんだ」

「なんで?」


 私が首を傾げるとやれやれと溜め息をつく。


「ほらね。あの時の芽衣は全然気が付いてなかったんだよね、真田さんの気持ちなんて」

「え?」

「きっとその前から真田さんは芽衣のこと好きだったんだと思うよ? 察するところ自転車で芽衣が突っ込んだ時からなんじゃない?ってことは一目惚れ?」

「……そうなの?」

「あーあ、今更ながら過去の真田さんが気の毒に思えてきた」


 そう言えば初めてデートらしきものをして康則さんが自供、じゃなくて告白してきた時に、俺に対して意地悪し続けているとか俺って不幸とか言っていたのを思い出す。もしかしてそういうことだったの?


「まあこんなに早くゴールしちゃうとは思ってなかったけど、終わり良ければなんとやらだよね、良かった良かった」


 ノンちゃんは私の顔を見て笑いながら頷いた。



+++++



 講義が終わってから弥生ちゃんちに向かうと一足先に楓さんが到着していた。ドレスの試着もだけどネックレスとイヤリングも一緒に合わせてみたいって弥生ちゃんと話し合ったんだって。


「さて、芽衣は私が申し付けたとおりに太らない痩せないを実践してきたかな?」

「た、多分、大丈夫だと思うよ?」


 体重はそんなに変動してないから大丈夫だと思うんだ……多分。弥生ちゃんの言葉にビクビクしながら家に上がらせてもらうとドレスを制作している「アトリエ」と称する部屋に通された。そして部屋に入ってトルソーに着せられていた真っ白なドレスを見た途端、これは何が何でもこのドレスに体を合わせなきゃって気分になった。


「弥生ちゃん、すっごーい!!」

「ふふーん、どうだ~、これが美大生の本気だ~」


 服飾系の学生にだって負けないぜ!と弥生ちゃんは得意げに笑う。


「すごいよー! もしサイズが合わなかったら根性で合わせるから!!」

「少しは生地に余裕を持たせているから大丈夫だとは思うけどね。それとこちらも見給え、楓さんの力作だよ」


 そう言ってケースに入っているネックレスとイヤリングを見せてくれた。イラストで見ていたから大体のイメージは浮かんでいたけど実物はそれ以上に繊細な感じで素敵!!


「うわ~凄いですよ、楓さん。楓さんてばこれを仕事にしても良いんじゃないですか?」

「いやいや手慰み程度でお恥ずかしい」


 手慰みでこんなの作れるんだったら本気になったらどんなのが作れるんだろう?


「それとウエディングシューズも出来上がってきたから今日は一度全部身に着けてもらおうかな。それを見てから髪をどんなふうにセットするか決めるから」


 その辺りは当日にメイクと併せて真田さんのお友達の彼女さんが手伝ってくれる話になっているんだとか。今日は仕事の都合で来れないから写真を撮っておいて花冠のティアラのことと併せて決めるらしい。


 そんな訳で弥生ちゃんと楓さんに手伝ってもらってドレスとアクセサリー、そして靴を全て身に着けた。着替え終わって姿見の前に立つと何だか自分じゃないみたい。


「ま、馬子にも衣装とか言われないかな……」

「そんなことないよ。きっと真田さん、芽衣が綺麗すぎて鼻血吹いて倒れるかもね」

「え、式の最中に倒れられたら困るかも」

「それか式なんてどうでも良くなって花嫁を抱えて逃走とかね」

「それも困る……」


 弥生ちゃんは笑いながらカメラを手に前から後ろからと色んな角度から写真を撮った。それから気になったところ等をチェックしてメモに書きとめている。


「芽衣、今度は本気で当日まで太らないように痩せないように。それと、手直ししたいところが出たから試着をもう一回ぐらい付き合って」

「分かった」

「あ、そうだ。おねーさん、携帯電話は持ってきてますよね?」


 弥生ちゃんの後ろでこちらを眺めていた楓さんが急に何か思いついたように私に尋ねてきた。


「あ、はい。カバンの中に」

「貸して下さい。せっかくだし一枚撮っておきましょう、おにーさんに見せられるように」

「それが良いわね、一度見ておけば心構えが出来て当日に引っ繰り返ることもないだろうから」

「あ、もちろんうちのアレには当日まで見せるつもりはないので御安心を」


 楓さんが私の携帯電話で写真を撮ってくれた。


 その写真を見せたのは康則さんが当日にビックリして倒れないようにって二人の配慮からだったんだけど、まさかその写真のせいで変なスイッチが入って夜が大変なことになっちゃったのは予想外だったかな……。

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