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第三十三話 両家でお花見

 いよいよ春爛漫というわけで今日は桜川の河川敷で松岡家恒例のお花見です!


 そんなわけで昼間からお母さんとお婆ちゃんがこっちに出てきてお弁当を作っている最中で、いつもより台所が賑やかなことになっていた。私の方は春休みだから朝からお店に出ていて今夜はいつもよりちょっと早仕舞いの予定にしている。


「あ、そうだ。芽衣ちゃん、今年は綾部さんのお宅に桜は届けたの?」

「うん。昨日のうちに届けたよ。今頃は玄関を飾っているんじゃないかな」


 お店の窓にも小ぶりの桜の枝を飾って見るからに春らしい雰囲気になっているしやっぱりこの季節は桜だよね。それと絶対に外せないのが桜川の桜並木でするお花見。


 今年は真田家の人々も増えたことだし両家で集まって昼間の暖かいうちにしようかって話にもなったんだけど、うちのお父さんを始め康則さんと真田のお父さんや正則君は今日も普通に仕事なので例年通りの夜からってことになった。で、その時に食べるお弁当をお母さんとお婆ちゃんが張り切って作っているわけ。真田家の方でもきっと今頃は康則さんのお母さんが楓さんと一緒にあれこれと準備をしているんじゃないかな。


「芽衣ちゃん」

「なあに~?」

「これ、康則君とこに届けてあげなさい」


 そう言って奥からタッパを持ってお婆ちゃんがお店に出てきた。あ、もしかしてそのピンク色の物体はお婆ちゃんお手製の桜餅!!


「私の分は?」


 私の問いかけにお婆ちゃんは仕方がないわねと言った様子で笑った。


「ちゃんとこっちに用意してあるから。だから交番に居座って康則君達の分をつまみ食いはしないのよ?」

「はーい」


 タッパを受け取るとお客さんが来ないうちにと急いで派出所に向かった。このシーズンは河川敷にお花見の人がたくさん押し寄せるからパトロールに出ていなくても康則さん達は忙しい。特にここと川向こうにある派出所はお花見会場が近いせいかそこへ向かう道を尋ねてくる人も多くて大変みたい。今も家族連れの人が何やら地図を見下ろしながら康則さんに道を尋ねていた。


「商店街の中を真っ直ぐ進んで、真ん中の広場とつながっている道を右へと歩いていくと河川敷に出る階段に行き当たりますから、そこに立っている受付の人に場所が空いているか確認すると良いですよ」

「分かりました、ありがとうございます」


 そう言って康則さんに頭を下げると家族連れの人達は立ち去った。康則さんはその人達の後ろ姿をしばらく見送ってから私の方に顔を向ける。


「どうした?」

「うん、これ、お婆ちゃんが差し入れだって」

「桜餅か。この季節にピッタリだね」


 タッパの中に入っているのを見下ろしてからそう言って残念そうに溜息をついた。


「これからパトロールに出なきゃいけないんだよ。今日は天気も良いから人出が多くてね、川の付近のあちこちで騒ぎが起きているらしくて」

「ってことは河川敷に行くの?」

「うん。羽目を外した学生さんが暴れたりしているって話だからちょっと人を増やして当たってるんだ。お婆ちゃんの桜餅は帰ってきてから頂くことにするよ」

「分かった。かたくなっちゃうけど痛んだら大変だから冷蔵庫に入れておいてね」

「ああ」


 私からタッパを受け取るとそれを持って派出所の中へと戻っていく。道案内にパトロール、そして酔っ払いさんの回収と年末みたいな寒さはないからまだマシだけど大変だなあ。あ、そうだ。


「ねえ、康則さん」


 ちょっとしたことを思いついて引き返そうとしていた途中で派出所に戻った。中を覗くと奥の冷蔵庫にタッパを入れようとしていた康則さんが顔を上げた。


「ん? なにか?」

「あのさ、ここの窓にここからお花見会場までの簡単な地図を貼っておいたらどうかな? 万が一ここに誰もいなくても大丈夫なように」

「ああ、そうだね。俺達がパトロールしている時にも人が来るかもしれないね」

「私、簡単なもので良かったら描いておくよ?」


 何せ地元っ子だから道に関しては真田さんより詳しいし絵心はそれなりにあるから。


「構わないかい?」

「うん。商店街のあっちこっちで道を尋ねられるって話も聞くし自治会のお手伝いの一環でもあるから」

「急がないからお店の営業に支障が出ない時にでも描いてくれると助かるかな」

「大丈夫大丈夫。いくらうちがそこそこ繁盛しているからって飲食店みたいに四六時中お客さんがいるわけじゃないんだから」


 どっちかと言うとお客さんがいない時間の方が実は多かったりするんだからね。


「お客さんがいない時にも芽衣さんが休まずにあれこれ忙しくしているから心配なんじゃないか。とにかく無理の無い程度でよろしく頼むよ」

「任された!」


 そしてパトロールから帰ってきた時に手描きの地図が派出所のガラス戸に貼り付けてあるのを見た康則さんが呆れた顔をしてこっちを見ていた。うん、ちょっと現役美大生として気合を入れ過ぎたのは認めます。でも描いてて楽しかったから問題なし!



+++++



 外も暗くなってきた頃、いつもより早い時間にお店を閉めて戸締りの確認をするとお弁当の入った手提げ袋の一つを肩にかけてもう一つを手に持った。お婆ちゃんとお母さんは既に河川敷に向けて出発済み。場所は有料スペースの方で取ってあるから大丈夫なんだけど、持っていくものがたくさんあるので比較的軽い荷物と下に敷くシートを持って一足先に向かってくれているのだ。


 玄関を出て鍵をかけると派出所の方へと向かった。康則さん達はまたパトロールに出ているみたいで誰もいないので机の上に康則さん宛のメモ書きを置くことにする。もちろん誰に読まれても大丈夫なのように「一足先に河川敷に行ってます。いる場所が分からなかったら携帯に電話してください」とだけ。クマちゃんのイラスト付きのメモ帳なのはまあ御愛嬌かな。


「うわあ、今日は平日なのに凄い人~」


 そして到着した河川敷は予想以上の人出で凄いことになっていた。桜は七分咲きぐらいかなって朝に話していたんだけど日中がポカポカ陽気だったせいか一気に満開になった感じ。


「これは確かに騒ぎが起きても不思議じゃないかな」


 あっちこっちで賑やかな声が聞こえてきて桜も人も満開状態。これから仕事が終わった人達も増えるから更に凄いことになりそう。確かに酔っ払いさんが大量発生しそうな雰囲気だ。


「えっとお母さん達はどの辺なのかな」


 確か有料スペースの一番大きな桜の木の近くにしたって言ってた筈なんだけどな。そこへ行く途中の無料で自由にスペースが取れる場所には既に出来上がっちゃっているオジサンとか学生さん達がいっぱいでちょっとしたカオスだ。


「おねえさーん、ここですよー!!」


 向こうの方で楓さんが手を振っているのを見つけてホッとする。


「お待たせしました~」

「私達も合流したばかりなんですよ」


 そう言って駆け寄ってきた楓さんは私が肩から下げていた手提げ袋を一つ持ってくれた。


「うわ、重たいですね、これ」

「それ、魔法瓶が入ってるから」

「そこに出ている屋台でお茶やお酒も売ってるのに」

「あ、これはお弁当の時に出すお吸い物が入ってるの」

「おお、なるほど~」


 それから先ずは女性陣だけで御挨拶をして先にお弁当を広げることにする。お母さんとお婆ちゃんは楓さんとは初対面だったけど正則君の彼女さんってことで直ぐに打ち解けた雰囲気になり、お花見の時間を五人で楽しく過ごすことになった。


「そうだ、主人が松岡さんの御主人と連絡を取ったから今夜は途中で待ち合わせをして一緒に来るって言ってましたよ」

「あら、そうなんですか? 最近は娘がいなくなるのが寂しいて散々言っていたのにいつの間に真田さんの御主人と仲良くなったのかしら」

「息子が家を出るのが寂しいってうちも言ってたから寂しい者同士で気が合ったのかもしれないですね」

「あらあら、なんだか切ないわねえ」


 そんな親同士の話を聞きながら横でお吸い物に感動している楓さんに声をかける。


「ねえ楓さん、このお花見に楓さんちの御両親が加わるのはいつになるのかな?」

「ぶっ?!」


 楓さんがお吸い物にむせたらしくいきなりその場で咳き込みはじめた。


「大丈夫?!」

「……な、なんとか……っ」


 中味がこぼれないようにと楓さんが手に持っていたカップを引き受けると背中を軽く叩いてあげる。


「慌てて飲まなくても無くなったりしないから」

「そうじゃなくて……」

「もしかして熱過ぎた?」

「そうでもなくて……」

「味を気に入ってくれたんなら今度レシピ渡すから家で作ってみて?」

「……はい」


 しばらくして二人のお父さん達が仲良く揃って到着。その手には都内の和菓子屋さんの紙袋がぶら下がっていた。お酒を持ってこようかって思ったらしいんだけど明日も仕事だからってことで花見団子を買おうってことになったんだって。そしてお父さん達が到着してから三十分ほどして康則さんと正則さんが顔を出した。だけどこちらの二人はなんだか若干お疲れモードな顔をしている。


「どうしたの?」

「どうしたもこうしたも。ここに来るまでに三人も酔っ払いに絡まれた……」


 隣に座った康則さんに尋ねるとそんな返事が返ってきた。楓さんの隣に座った正則君が不満げな顔をしてこっちを覗き込んでくる。


「兄貴が怖い顔して睨むからだぞ」

「うるさい、目つきの悪いお前に言われたくない」

「それこそ兄貴に言われたくないぞ」


 どうやら二人で仲良く周囲の人を観察しながらここまで来たらしい。うちのお母さんとお義母さんが「職業病ね」と呆れたように笑っている。


「俺達もそこを歩いてきたが絡まれなかったぞ。ねえ、松岡さん」

「そうですね、まったくでした」

「ってことはやっぱり二人の目つきのせいなのか、なるほどな」

「んなわけあるか。そっちに酔っ払いが寄り付かないのは親父の顔が恐ろしすぎるからに決まってる」


 楓さんの言葉に正則君が憤慨した様子で反論した。


「だったらお前達が絡まれたのはお前達の中途半端な顔つきのせいじゃないか」


 お義父さんはまだまだ修行が足りんなとしたり顔で付け加えると「そんなことあるかー!」と兄弟仲良く揃って二人で声をあげた。


「はいはい、お父さんの遺伝子に私のが混ざっちゃったから頑張っても中途半端な顔つきになっちゃうのよね、ごめんなさいね、お母さんのせいだわ。はい、二人ともおしぼり」


 おしぼりを二人に差し出すお義母さんの横ではお義父さんが何やら不満げな顔をしてブツブツと呟いている。どうやら別にお前が悪いとは言ってないじゃないかと呟いている模様。


「真田家のお決まりのやり取りです。お母さんのあのセリフが出たら親子喧嘩もピタリと止まるんですよ」


 楓さんが声をひそめて教えてくれた。なるほど、お母さんってなかなかの策士だ、そういうところは見習わなきゃ!


 やっと全員が揃ったということでノンアルコールのビールとカクテルで改めて乾杯をして、男性陣はお弁当を、それまでお弁当を食べていた女性陣はお婆ちゃんが作ってくれた桜餅とお父さん達が買ってきてくれたお花見団子をそれぞれ美味しくいただくことになった。


 それからしばらくは桜の薀蓄を披露しあいながら皆で楽しく過ごしていたんだけど何やら後ろの方で騒がしくなってきた。最初はちょっとした口喧嘩かなとスルーしていたらどんどん声が大きくなってきて無視するわけにもいかない状態になってきた。振り返れば有料スペースのグループと人と無料スペースのグループの人とが通路を挟んで口論をしている。


「なにもお花見の席でまで喧嘩することないのに」

「お酒が入ると気が大きくなっちゃうんだろうねえ」


 そうこうしているうちにそれぞれの先頭に立って怒鳴っていた二人が立ち上がって小突き合いを始める。


「あれは止めないと怪我人が出るな。やれやれ……康則、正則、ついてこい」


 お義父さんは溜め息をつきながら立ち上がると康則さんと正則君を引き連れてやんややんやと大騒ぎになって人が集まり始めている場所へと向かった。


「勤務外なんだからここは勤務中のお巡りさんに任せておけば良いのに」

「三人ともそこが根っからの警察官なのよ、それが良いことなのか悪いことなのか分からないけれど」


 お義母さんが困ったような誇らしげなような微妙な笑みを浮かべた。



+++



 その後はどうなったかって?


 そこはやっぱり経験値の高いお義父さん、声を荒げることもせずに事態を収束させてしまったのよね、凄いでしょ? そしてその直後にお巡りさんが二人ほど駆け付けて小突き合いをしていたオジサンとお兄さんに厳重注意ってやつをして一件落着。


 こっちに戻って来る途中でお義父さんは康則さんと正則君にこういう場合の対処方法のアドバイスをあれこれしていたようで最後は「やっぱりお前達はまだまだ修行が足りん」って結論付けをされちゃったんだけど、正則君曰く「あれは絶対に最初の一睨みで相手を竦ませているだけだ」ということで康則さんもその意見には賛成なんだって。


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