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第三十一話 ノンちゃんの結婚式計画 その②

 午前中の講義が終わってノンちゃん達とお店に戻ってくると派出所の横に置いてあるベンチで楓さんが缶の紅茶を片手に本を読んでいた。お天気は良いけどまだまだ寒いと言うのに! 慌てて駆け寄りながら声をかけると楓さんは何故か若干狼狽えた様子で本をバッグに押し込んでいる。


「寒いのに待っててもらっちゃってごめんなさい! 待ちました?」

「い、いや、それほどでも!」


 私が楓さんの前に立った時には既に本はカバンの中に納まっていたから何を読んでいたのか分からない。だけど人に見られたくないってことは大学で特別な許可を貰って借りてきた門外不出の専門書か何かなのかな?と思ったり。取り敢えずはその件に関しては触れないでおくことにしよう。


「康則さんに言って派出所の中で待たせてもらえば良かったのに」

「おにいさんには中に入って待っていればと声をかけてもらったんですけど仕事の邪魔になったら困るので」


 鼻がちょっと赤くなっているからかなりの時間を外で過ごしたんじゃないかなって申し訳なくなってしまった。先ずは温かいお茶を用意しなきゃ。そこへノンちゃんが遅れてやってきて「どうも~」って楓さんに挨拶をする。


「ノンちゃんと楓さんは顔を合わせたことあるんだっけ?」

「うん、前にお巡りさん関係の人が集まった時にね。楓さん、今日もよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 皆でお店に入ると、私が奥の簡易キッチンでお茶の準備をしている間にテーブルに計画表やら参考資料があれこれテーブルの上に積まれていく。楓さんはお店に入るのが初めてだったせいか、ちょっと物珍しそうな表情をしてあちらこちらを見て回っていた。


「ここのデザインもノンちゃん達が手掛けたんですよ」

「そうなんですか。うちの近くにある花屋は足元がコンクリートのたたきで寒々しい感じがするんですけどここは温かい雰囲気ですね~」


 言われてみれば前のお店がそんな感じだったかな。水を使うから足元はコンクリートで冬は冷気が上がってきて結構辛かったことを思い出す。今は水はけが良くて濡れても滑らない加工がしてあるオレンジ色のタイルを使っているので、実際の室温は別として見た感じはかなり温かみが増していた。


「お花のことがあるのであまり室温を上げられないので見た目だけでも温かくしようってことでこんな感じになったんですよ」

「なるほど。花が入っているショーケースも木目調だから確かに温かみがありますね」

「見た目だけなんですけどね。前から使っていたショーケースにちょっとだけ細工を施したっていうか」

「なるほど~」

「あ、そうだ、楓さん、お昼ご飯はまだですよね? 帰ってくる途中でピザの宅配を頼んでおいたんですけど、お腹の方は大丈夫ですか?」

「肉まん一個だけお腹に納まってますけどそれとこれと別腹なので問題ないです!」


 嬉しそうに笑う楓さん。うーん、失礼だとは思いつつやっぱり年上には見えなくて可愛い妹ができた気分だよ。正則君の彼女さんってことは近い将来に義理の妹になるかもしれないんだよね、だったら妹にしか見えなくても問題ないのかな?


「じゃあ、ピザが来るまでに大体の流れを芽衣に説明しておこうかな」


 ノンちゃんがノートを持って椅子に座った。それを合図に皆がそれぞれの開いている椅子に座った。


 ノンちゃん達が計画しているのはいわゆるガーデンウェディングというもの。近所にある教会は結構古い時代に建てられたレンガ造りの教会で、信者でもある庭師さんが頻繁に手入れをしていてとても綺麗に保たれているとても素敵なお庭があった。私達の結婚式はそこで行う予定で既に教会の神父様には話を通してあって許可を頂いてきたらしい。


「年輩の人もいるしずっと外ってのも疲れちゃうから、式は教会の中でして披露宴的なものをお庭でってことになると思う。その辺の基本的なタイムテーブルは楓さんが調べてくれたのよ」

「いやいや、私は特に何もしてないんですよ。知り合いに結婚式場に勤めている人間がいたので参考程度に話を聞かせてもらっただけなんです」

「だけど必要なものを詳しくリストにしてもらえて助かりましたよ。私達だけなら多少のことは笑って済ませることが出来るけど、真田さんの方は警察関係者がいるから手作りでもきちんと要点は押さえておかないと恥かかせちゃいますからからね」


 そして一番の議題はお庭での会場作り。こんな感じでという土台になるパンフレットが用意されていて、その中から私の好みに合わせて選ぼうって話になっていた。


「このガゼボ、お花が素敵だね」


 そんなことを言いながら綺麗なお花で飾られている写真を指さすと皆がやっぱりねと口々に呟く。


「芽衣のことだから絶対にお花に目が行くと思ってた」

「そりゃ花屋ですから」

「だよね~、じゃあこの雰囲気で作っていくことになりそうだね。お花のことは芽衣が一番詳しいからブーケだけじゃなくて他にも色々と助けて貰わなきゃいけないけど良いかな? 最後まで見てのお楽しみにしたかったけど」

「皆で一緒にあれこれするのも楽しそうだから構わないよ」


 そうこうしているうちに宅配ピザのお兄さんがやってきた。女子ばかりがワイワイガヤガヤしているのを見て怯んでいたのがちょっと気の毒だったかな。


「あ、そうだ、芽衣、あとで採寸させてね!」


 ピザを一口食べたところで向こう側に座っていた弥生ちゃんがメジャーを片手に言ってきた。弥生ちゃんはもともと染織科で勉強をしているんだけどお裁縫の腕もなかなかなもので私のドレスを担当してくれることになっていた。そして何と楓さんが私が当日につけるアクセサリーの製作をしてくれるらしい。


「まあ下手の横好きと言いますか昔から手先が器用だと言われていたので。さすがにデザインは無理ですからノンさんがデザインしたものを組み立てる程度のことなんですが」

「それでもすごーい、私、こういう細かい作業は苦手……」


 ノンちゃんが何点か描いてくれるイヤリングとネックレスを見ると可愛いけどかなり細かいパーツを組み合わせたものだし見ているだけで肩が凝りそうだよ。


「皆、気持ちは嬉しいけど無理はしないでね? それとこんなに頻繁に集まっちゃってバレンタインのチョコの準備は大丈夫なの?」


 私の問い掛けに皆それぞれ大丈夫とか今年は特別とかうちの彼氏は辛党だとか口々に言っている。


「じゃあ今年のお試しで作ってみたお花屋さんのバレンタインチョコ、試食する気はないってことで良いのかな?」


 と言った途端に食べるの大合唱。うーん、それとこれとは別の話なのね。


 私が皆に用意しておいたのは食べられるバラの花、つまりエディブルローズをチョココーティングしたもの。特に誰にあげようと考えて作った訳じゃなくてバレンタインデーにディスプレイ代わりに飾ろうかなと思っていたものなんだ。だからチョコが固まる前に色とりどりの金平糖をくっつけたりあれこれ見た目重視で飾りたてたから食べるにはかなり糖分過多な状態になっている。あ、でもチョコレートは有名な洋菓子屋さんで買ったものだから間違いなく美味しい筈!


「細かい作業が苦手とか言いながらおねえさんも凄いじゃないですか」


 そのお花を見た楓さんが感心したように言った。


「そうかなあ……。あ、そうだ、楓さん、これ、正則君にどうです? 他に用意する予定があるなら無理にとは言いませんけど」


 私の言葉に楓さんは何とも複雑な顔をしてチョコレートと金平糖で飾られたバラの花を見詰めた。


「お気持ちは有り難いんですがおねえさん、こういう繊細なものが似合うとは思えないんですが、あれに」

「そう?」

「はい。想像してみて下さい」

「……」

「バーベル型のチョコレートを貪り食っている姿が脳裏に浮かびませんか?」


 せっかくバラの花を食べようとしている正則君を思い浮かべようとしたのに楓さんの一言で物凄い映像が頭にポンッと浮かんでしまった。駄目だ、もうバーベルを食べている正則君しか思い浮かべられない!!


「……浮かんじゃいました」

「じゃあそういうことで」

「……そうですね、そういうことで……」


 頷いた時の私は半分魂が抜けた状態だったかもしれない。



+++++



「それで? 芽衣さんの憂鬱の虫の理由は何なんだ? 正則のバーベルチョコのせいじゃないよな?」


 康則さんはノンちゃんからあれこれと聞かせてもらった進捗状況を説明し終わった私の顔を見詰めながら笑いを噛み殺している。面白がってるけど康則さん、あれはあれでダメージ大きかったんだからね?! これから先、正則君に会うたびにチョコバーベルを思い出しちゃうのは笑えないんだから!


「うーん、それがね、今日から太っても痩せても駄目って言われた」

「どういうこと?」

「ドレスの為に採寸したの。それでなんだけどね」

「なるほどね」


 太るなって言うのなら頑張れるけど痩せるなってのはなかなか難しいよ。体重なら毎日計って確認できるけど弥生ちゃんが言ったのはそういう意味じゃない訳だし。こういうのって実際の結婚式でもあるみたいで花嫁になるって本当に大変だ。


「大丈夫だよ、今のところ芽衣さんは痩せたり太ったりの変動はないから」

「どうしてそんなこと分かるの?」

「どうして? 毎晩のように芽衣さんの体に触れているからに決まってるじゃないか」

「え……本当に分かるの?」


 ほ、本当にそんなことで分かるものなの?


「あ、あのさ……」

「ん?」

「太ったって気が付いたら言ってくれる?」

「そんなに心配なのか?」

「うん。だってデザイン画を見せてもらったけど素敵なドレスだったしネックレスとイヤリングとも凄く合っていて素敵なの。せっかく皆が頑張って用意してくれるんだもん、少しでも綺麗な状態で着て康則さんに見せてあげたいし……」


 だってノンちゃんは更に花冠のティアラもデザインしてくれていて本当に素敵なんだもの。一生に一度のことなんだからちょっとでも綺麗な自分で康則さんの横に立ちたいじゃない? そんなことをブツブツと言っていたら康則さんの様子がおかしなことになってきた。怒ってるわけでもなく笑ってるわけでもなく。


「どうしたの?」

「ん? いや、ウエディングドレスを着た芽衣さんは綺麗だろうなあって想像してた」


 どうやらデレちゃったみたい。


「私は康則さんの礼服姿が楽しみだな」

「普段の制服と大して変わらないよ」


 康則さんはそう言って笑った。そんなことないと思うんだけどな。ちょっと調べてみたら随分と普段の制服とは違う感じだったし当日の康則さんの礼服姿を見るのが凄く楽しみになってきた。


「あ、ところで芽衣さん」

「なに?」

「バレンタインのチョコはどんなのが良いって聞いてただろ? 考えたんだけど芽衣さんのチョコレートがけってのは駄目なのかな?」


 そんな突飛なことを突然言い出した康則さんだったけど、その目はわりとマジだった。

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