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第二十八話 婚約指輪と御挨拶

 以前、真田さんと一緒にここに来た時はペンダントを一緒に選んだんだけど今日は一緒に指輪を選んでいる。えっとほら、婚約指輪ってやつ。赤ちゃんのこともあって何もかもすっ飛ばしてとにかく入籍だけでもと大騒ぎしていた周囲がやっと落ち着いたので真田さんが誘ってくれたんだ、ビックリさせたかったけどやっぱり自分のセンスは信じられないからと言って。


「花を扱う仕事をしているからあまり引っ掛からない方が良いんですけど……」


 お店の人にどういったデザインをお考えですか?と尋ねられた時に先ず出たのがこれ。ほら、婚約指輪の大道って言えば大きなダイヤがデーンとど真ん中の立て爪の上に鎮座しているものでしょ? 普段はそれでも問題ないのかもしれないけどお花屋さん的にはちょっと問題かなって。石でお花を傷つけたりしたら困るし万が一引っ掛かって石がポロッて取れちゃっても困るし。


 私の最初のリクエストを聞いた店員さんはカタログを取り出してこんな感じのはどうですか?って見せてくれた。小さなダイヤが横一列に並んでいるものでデザイン的にも普段からつけていられるものですよ、だって。勿論その中には真ん中に大きな石があるものもあった。だけどその中で私の目を引いたのはレース編みみたいな小さなお花が連なっている指輪。


「これ、芽衣さんらしくて可愛いね」


 これかなって指でさそうとしたら横から真田さんが同じ指輪を指さしてきた。花の真ん中にはそれぞれ小さなダイヤがはまっていて指の内側になる半分はシンプルなデザインになっている。ふむふむ、ハーフエタニティっていうタイプの指輪なのか、なるほどお……。


「私もこれ可愛いなって思った」

「そう? 他にどんなものがあるかもう少し見て見ようか」

「うん!」


 その後も他にどんなのがあるのかなって三人であれこれとカタログを見たんだけど、どうしても最初に目についた指輪以上に気に入ったものが見つけられなくて結局そのお花のリングに戻ってきてしまう。店員さんもお二人ともこれが物凄くお気に入りみたいですねと笑っているしこれはもう一目惚れってやつなのかも。店員さんの話だとそういうことって結構あるみたい。


 それに、小さなお花をあしらったデザインの指輪なんてお花屋さんの私らしい指輪でしょ?


「出来上がるのが楽しみだね」

「俺はそれ以上に出来上がった指輪を芽衣さんの指にはめるのが楽しみだ」


 お店を出てから二人であれこれ話しながら駅に向かう。


「でもさ、まさか結婚指輪までお願いすることになりそうだとは思ってなかったよ」


 もうその辺は店員さんの素晴らしい営業トークのなせる業としか思えない。あれこれ話している時に婚約指輪を購入されるということは近々ご結婚の予定ですよね? 結婚指輪はどんなものをお考えですか? なんて尋ねられちゃってついつい話に乗せられてしまったのだ。式をどうするかって話はしているけど結婚指輪のことまで決めてなかったから発注することはしなかったけどカタログを貰ったので後でゆっくり見てみようって話になった。


「芽衣さんも真っ青の営業トークってやつかな」

「私もああいう営業トークは見習わなきゃね」

「今以上に客に愛想よくするのもどうかと思うけど」


 私の言葉にちょっとだけ顔をしかめる真田さん。


「あのね、うちに来るお客さんは圧倒的に女性が多いんだよ? 同性に嫌われたらお店としてやっていけないの。だからさっきの店員さんみたいなトーク技は見習わなきゃ!」

「そうかなあ……絶対に男が多いように思うけど」

「そんなことありませんー!」


 それは絶対に真田さんの中にあるお客さんセンサーが男の人が来た時ばかり反応しているからだと思う。


「とにかく芽衣さんは今のままで大丈夫だよ、十分にお客さんの心を掴んでいるから」

「そうだったとしても向上心は大事なんだからね?」

「……そうなのか」

「そうなの!!」


 駅に到着するといつもの帰り道とは逆方向のホームに上がった。実のところ今日の予定は指輪選びだけじゃなくて、どちらかと言うとこっちの方がずっと大事なことなんだけど真田さんの実家に御挨拶に伺うことになっていたから。


 あの日、真田さんのお父さんが突然お店に飛び込んできちゃってからハチャメチャで両家共々当事者である私のことなんてすっかり忘れていたんだよね。で、なかなか私のことを思い出してくれそうにないから、この前の休みの時に「私、ちゃんと真田さんのお父さんとお母さんに御挨拶してないよ!」って言ったら真田さんが大慌てで日程を組んでくれたってわけ。もしかして私が言わなかったらとっくに挨拶したことにされていたのかな?


「ねえ、この服装で大丈夫だよね?」


 電車の中で気になって真田さんに尋ねる。今日の私はいつもよりちょっとだけ改まった感じの服装。普段着ているようなセーターとジーンズにエプロンじゃなくて淡い色のワンピース。履いている靴もスニーカーや長靴じゃなくて踵の低いパンプス。それから厚手のコートに小さめのバッグ。伸び始めた髪の毛も普段は黒いヘアゴムでお団子にしているのを美容室に行って切り揃えてもらってから後ろでバレッタでとめていた。いつもと色々と勝手が違いすぎて物凄く落ち着かない。


「可愛いよ」

「そうじゃなくて、御挨拶に行くのに変じゃないよねってことなんだけど」

「大丈夫だよ、心配ない」


 何て言うか色々とアレすぎたからこれ以上心象が悪くなったら困るじゃない? だから御挨拶に伺う時ぐらいちゃんとしなきゃって頑張ってみたんだけど真田さんの反応が普段とあまり変わらないから逆に心配になってきた。


「弟が豚に真珠だとか猫に小判だとか俺等は勿体ないとか散々言っているらしいから」

「それ、逆に困るよ。お母さんが物凄い美人な人を思い浮かべていたらどうするの? ほら、真田さんの元カノさんみたいなスラリとしたキャリアウーマンを思い浮かべていらどうするの? 私、まだ学生でお子様に見られることもあるし……」


 せめてもう少し身長があればなあって思う。真田さんの横に立つと尚更そう感じちゃう。


「芽衣さんは可愛いよ」

「だから可愛いじゃなくて……」

「それに美人だって。俺の言葉が信じられないならその辺の人に聞いてみようか?」

「やめて~」


 電車の中で何てことを言うの! 立ち上がりかけた真田さんを慌てて引き留める。


「ちゃんとした服装をしているから問題ない。それにうちの両親はそんなこととやかく言うような人達じゃないから」

「でも」

「服装のことぐらいでうるさく言うんだったら息子の俺のことなんてどうなるのさ。芽衣さんのこと結婚してないのに妊娠させてたかもれないんだぞ?」


 最後の方はさすがにヒソヒソ声で言ってきた。


「でもさあ」

「大丈夫だって。うちの弟と父親を見ていたらうちの家族がどんなんだか想像つくだろ?」

「……想像つかないから心配してるのに」


 ぼやきながら溜め息をつく。だってあんな怖い顔のお父さんと弟さんなんだよ? その二人の奥さんでお母さんなんだもの、物凄く怖いお母さんだったらどうしよう? そんなことを心配していたらあっと言う間に真田さんちの最寄りの駅に着いてしまった。


「今日は弟も休みだから迎えに来てくれるって言ってたよ」

「ええ?!」

「何か問題でも?」


 不審げな顔をして私のことを見下ろした。


「え、いや、まだ心づもりが出来てないっていうか……」

「芽衣さんのいつもの度胸は何処へ行ったのやら」

「それとこれとはまた違うんだってば」

「あ、いたいた」


 改札を出たところで弟さんを見つけた真田さんが手を振ると弟の正則さんがこっちにやって来た。私服でもやっぱり強面……。


「こんにちは……」

「意外と早かったね、もう少し手間取るかと思っていたのに」


 正則さんは指輪選びのことを言っているらしい。二人で同じものを一目惚れして直ぐに決まったんだよって真田さんが説明すると弟の前で惚気るなと笑いながら文句を言った。


「で? 親父とお袋は? どんな感じで待ってる?」

「父さんは落ち着かないでその辺をグルグル回って母さんに叱られてたな。母さんの方はウキウキしていた。やっと芽衣さんに会えるって。芽衣さんの御両親に挨拶に行った後に芽衣さんにも会いたいって言ってはいたんだよ」


 正則さんの言葉にちょっとビックリ。


「なのに挨拶のこと忘れていたなんて真田さんてば酷い」

「ごめんごめん、芽衣さんちの両親に挨拶しに行ったからこっちも終わった気でいたんだ」

「ほれ、二人して惚気てないでさっさと行こう。俺もこの後にデートの予定が入っているんだから」

「だったらわざわざ迎えに来なくても良かったんだぞ。ここからならそれほど時間はかからないし」

「せっかく未来の義姉さんが我が家に来るんだ、真田家としては揃って出迎えた方が良いだろ?」


 そう言いながら私達の前を歩き始めた。



+++++



 真田さんちは駅から車で二十分ぐらいの住宅地にあった。もともとは警察署の官舎住まいだったらしくて今の家には真田さん達が小学校の時に引っ越してきたんだとか。車から降りた時にチラリと見えたお庭はよく手入れがされていてミモザの黄色い花が綺麗に咲いていた。あれって真田さんのお母さんが手入れしているのかな?


「兄貴達が到着したぞー」


 玄関に入ると正則さんが奥に声をかけた。するとバタンッと奥のドアが開いて……お父さんが飛び出してきた。わあ!


「オヤジ、だからそんな怖い顔してこっちに走ってくるな! 芽衣さんが怖がるだろ!」


 私が思わず後ずさりをしたものだから真田さんが怒っている。うん、怒ってないことは分かってはいるんだけどね、その迫力にちょっと負けちゃうって言うか何て言うか。


「あ、あの、こんにちは……」

「芽衣さんは本当に康則の嫁になってくれるのか?」

「いきなり何てこと言うんだよ、まだ家にあがってもらってもいないのに。正則、さっさと奥に連行!」

「了解した。いくぞ、父さん」


 先に上がった正則さんがお父さんの襟首をつかんで引き摺っていく。


「お父さん、どうしちゃったの?」

「自分が店に乗り込んで大騒ぎしたから、赤ん坊がいないことがはっきりした後に芽衣さんが逃げ出すんじゃないかって心配していたらしい」

「そうだったの。やっぱり早く御挨拶に来たら良かったね、そうしたらそんな心配しなくてもすんだのに」


 お父さんが正則さんに引き摺って行かれたのと入れ替わるようにして女の人がこっちに出てきた。真田さんのお母さんだ。あ、思っていたよりもずっと小柄で優しそう。


「はじめまして、松岡芽衣です」

「はじめまして、康則の母です。ごめんなさいね、落ち着かないお父さんで。さ、上がって」

「お邪魔します」


 リビングに通されるとお父さんが落ち着かなげな様子でソファに座っていた。その横で正則さんが監視するようにして立っている。


「じゃあ俺はこれで。父さん、もう暴れるんじゃないぞ?」

「やかましい、俺は暴れてなんぞおらん!」

「いや、店では十分に暴れてた」


 すかさず真田さんにそう言われてムッとした顔をして黙り込んでしまう。


「芽衣さん、またね」


 正則さんはそう言ってから憮然としているお父さんの肩を叩くと、お母さんに出掛けてくるわと言って出て行ってしまった。私と真田さんはお父さんの前のソファに座った。


「……そのう、あの時は色々とすまなかったね」

「いえ。こちらこそ御挨拶が遅くなって申し訳ありません」

「いやいや。そういうことは年上のこいつが気にしなきゃならんことなのにすっかり失念していたみたいでこちらこそ申し訳ない」


 お茶とお菓子を持ってきてくれたお母さんはそれをテーブルに並べるとお父さんの横に座った。


「じゃあ、改めて紹介する。松岡芽衣さん。俺の奥さんになってくれる人です」


 私のことをそう言って紹介してくれた真田さんの顔は心なしか誇らしげだった。


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