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第二十七話 二人で埋め合わせ

 結局、真田さんがうちにやって来たのはお父さん達が会ったという日から更に一週間ほどが経ってからだった。両家の話し合いはどんな感じだったのかな?って聞いてもはぐらかされるばかりで当事者の一人なのに詳しい事は全く教えてもらえなかった。お母さんから聞けたのもお父さんはショックを受けていたってことだけで、それだって出来ちゃったかもしれないってことにじゃなくて私が真田さんと結婚することが確定しちゃった方のことだったらしい。


「それで芽衣さんは何をそんなに腹を立てているのかな」


 真田さんが恐る恐ると言った感じで台所でご飯の支度をしている私に声をかけてきた。久し振りだし一緒に晩御飯でも食べに行かないかって誘われたんだけど、魚住さんで美味しそうな鱈を買ったばかりだから家でお鍋が良いって逆提案したのは私。本気で怒っていたらお誘い自体を断ったし自宅に招待なんてしないことにまで頭が回っていないらしい。


「別に腹なんて立ててないよ」

「そうかなあ……」


 私の後ろでお皿を出していた真田さんは少しだけ手を止めてこっちを見た。いま私は普通にお鍋に入れる白菜を切っているだけなんだけどどうやらそうは思えないみたい。


「もしかして一週間以上も話しかけなかったことを怒ってるんじゃないかって思ってるんだけど」

「別にそんなことないよ。だって真田さんがお父さんとそう約束したんだから仕方ないじゃない」


 そりゃ正直お父さんとの約束に同意したのは真田さんだけど少しぐらい約束を曲げてこっそり声をかけてくれるぐらいしても良かったんじゃない?とかは思うんだよね。なのにまったく無視なんだもん、分かっていても結構傷ついたんだから。だから怒っているって言うより傷ついてたって方が正しいかもしれない。そう説明したら真田さんは持っていた小鉢をテーブルに置いて私のところに来てムギュッて抱きしめてきた。


「ごめん、オヤジに言われて意地になっていたから芽衣さんの気持ちにまで気が回らなかったよ、本当にごめん。この埋め合わせはちゃんとするから、今夜からでも」


 ん? 今夜から? その言葉に首を傾げながら見上げると真田さんはいたって真面目なお巡りさんの顔をして私のことを見下ろしていた。


「二週間も私のことをほったらかしておいてそれが一晩で埋め合わせできるようなことなの?」


 そう尋ねたら少しだけニヤニヤ顔になった。


「じゃあ芽衣さんが許してくれるまで幾晩でも」

「なんで夜なの?」

「だって昼間は俺は仕事だし芽衣さんは学校と店があるじゃないか。to protect and serve の精神でしっかりとご奉仕させていただきますよ芽衣さん」

「なんか奉仕の意味が違うような気がする……」


 アメリカドラマで出てくる警察のモットーを掲げてもっともらしいことを言っているけど私が考えている奉仕と真田さんが考えているご奉仕は絶対に違うものだよね。


「だけど俺だってこの二週間は色々と面白くなかったんだぞ」

「どうして?」

「だって目の前に芽衣さんはいるのに話しかけられなくて、更には話しかけられないのに芽衣さんときたら毎日のように若い男と楽しそうに話してるんだからな。何度かそっちに踏み込んでそいつ等を店から放り出してやろうかと思ったくらいだ」

「若い男?」

「特にチャラチャラした奴とか」


 その言葉に首を傾げる。そんな頻繁に若いお客さんなんて来てたかなあ。しかもチャラチャラ? ああ、もしかして彼女さんにと花束を買いに来た人のことかな?


「それってもしかしてガーベラの花束を買ったお客さんのこと?」

「花の名前は分からないけどそうじゃないかな。っていうか買った花まで覚えているのか」


 真田さんは面白くなさそうな顔をしてこっちを見ている。


「顔は覚えてないけどお客さんのことは買ったお花の種類で覚えてるの。だからその人の顔までは覚えてないよ。それに愛想よくするのはお客さん商売なら当然でしょ?」

「ふーん……」


 あれ、もしかして疑ってる?


「ガーベラのお客さんなら山手の学校の人だよ、ノンちゃんの彼氏君の紹介。友達の知り合いに仏頂面なんて出来ないでしょ?」

「ふーん……」


 しかもなによ、その不審そうな顔。


「そんなこと言ったら真田さんだって道を尋ねていた女の子達にデレデレしてたじゃない」

「俺は職務中にデレデレなんてしてないよ、警察官はサービス業じゃないんだから」

「嘘ばっか、絶対にデレデレしてた。それに私のこと無視してるくせにお母さんとはニコニコしながら喋ってた」


 そう言いってから思っていたよりそのことで自分が傷ついていたことに気が付いた。


「すっごく傷ついたんだからね」


 ブツブツと呟きながら切り終わった白菜を深めの大皿に放り込む。そのお皿を真田さんがテーブルに運んでくれている間に冷蔵庫に入れてあった鱈を出そうと思っていたのに、真田さんてばエアコンのスイッチとキッチンとリビングの電気を消していきなり私のことを肩に担ぎ上げた。


「ちょっと真田さん?! ご飯! お鍋の用意が途中!」

「そんなに傷ついているとは思ってなかったよ。だったら先ずはその埋め合わせから始めよう」


 そう言うと階段を上がり始める。


「え?! その前にご飯でしょ?!」

「夕飯よりも芽衣さんの心のケアの方が大事だろ?」

「そんなことよりご飯……」


 って言うか何で私は荷物みたいに運ばれているの? こういう時って普通はお姫様抱っことかしない? そりゃ階段がそんなに広くないから難しいかもしれないけど荷物みたいな扱いはどうかと思うよ! 真田さん聞いてる?! 部屋に入ると真田さんは私のことをベッドに下ろしてから部屋の電気をつけてエアコンのスイッチを入れた。


「せっかくお鍋の用意してるのに!」

「それは後でも食べられるから問題ないだろ? 先ずは芽衣さんの心のケア」

「今は心よりお腹のひもじさの方が深刻なんだけど」


 私の言葉に苦笑いしながら隣に座る。


「それで?」

「それでって?」

「だから俺が話しかけなかった二週間のことでは色々と言いたいことが溜まってるんだろ? 今なら俺と芽衣さんしかいないんだから遠慮なく爆発させてくれて良いんだよ」

「別に爆発するようなことなんてないよ」


 まあ最初の頃は確かにムカついていたからぬいぐるみに八つ当たりしたりしていたのは事実なんだけどさ。


「芽衣さんは良い子すぎるよ。こういう時は言いたいことを言わなきゃ」

「別に良い子してるつもりはないけどな……」

「じゃあ枕の横にある犬のぬいぐるみが不自然に型崩れしているのはどうしてかな? 前はこんな形じゃなかったよね? まさか寝相が悪くてお尻に敷いていたわけじゃないんだろ?」


 うっ、そういう目ざといところはさすが警察官だ。


「それは……」

「それは?」

「私がちょっとボコボコにしちゃったって言うか……」


 私の返事に真田さんは笑いながら枕元に置いてあったワンコのぬいぐるみを引き寄せた。


「可哀想に。君は俺の代わりに芽衣さんから一体どんな仕打ちを受けたんだろうね」

「ちょっとだけだよ」

「じゃあどうして可哀想なぬいぐるみ君にこんなことを?」


 なんだか尋問ぽい……。だけど真田さんは私が正直に答えるまで追及の手を緩めるつもりはないみたい。


「それは真田さんが……」

「俺が?」

「真田さんが私のことを無視するから」

「それでぬいぐるみをボコボコに?」

「だってお店の前でお母さんとは楽しそうに喋っているのに私が前を通ってもニコリともしてくれないんだもん。そりゃ喋るのも禁止って約束したのは見ていたから分かってたけど少しぐらい目を合わせてくれるとかしても良かったんじゃないの? 私が近くに行っても全くの無視だったじゃない。こっちを見ようともしないし」


 それどころか直ぐに目を逸らすとか背中を向けたりとかあからさまに私のことを避けてたよね? そのたびに可愛そうなワンコは私にボコられていたんだよ? そう言いながら真田さんの手からワンコを引き取る。考えてみたらかなりのとばっちりで可哀想なことをしたかな、そんなことを考えながらワンコを見下ろすと何となく呆れた顔をしているように見えた。


「しかも道を尋ねているお姉さん達にはニコニコ愛想よくしちゃってさ……」


 私のことは全く無視するのにね。


「俺だって辛かったんだよ。こんなことをしてたら芽衣さんに本当に嫌われるんじゃないかってね」

「だったらこっそり話しかけるとかしてくれれば良いのに」

「そんなことしたら我慢できなくて話すだけじゃ終わらなくなるだろ? 芽衣さんのこととなると俺って我慢が効かなくなるからさ」


 真田さんは苦笑いしながら私の手からぬいぐるみを奪うとそれをベッドの横にあるドレッサーの椅子に座らせた。


「出来るだけ見ないようにしていたのは芽衣さんのことを頭から締め出すため。そうでもしなきゃ毎日でもここに来るか俺の家に連れ込んでいただろうからね。そりゃ酒井さんだって芽衣さんのお母さんだって見て見ぬふりをしてくれたと思う。だけど俺にだって意地ってのものがあるんだよ、オヤジに対してさ」


 その意地のせいで芽衣さんには辛い思いをさせちゃって申し訳なかったけどねと言いながら私の服のボタンに手をかけた。え、本当に始めちゃうの?


「あの真田さん、ご飯……」

「その前に芽衣さんを怒らせちゃったからちゃんと仲直りをしておかないと落ち着かないよ」

「でも……」

「それに俺も寂しかったから慰めてもらわないと」

「え?」


 悪戯っぽい顔をした真田さんは私から服を全部脱がせてしまうと今度は自分が脱ぎ始める。


「あの、じゃあせめてシャワー……」

「ああ、そうだ、お風呂、二人で一緒に入れるね。後でゆっくり温まろうか」


 話、聞いてないって言うか聞いてもらえてない……。


「あのさ、芽衣さん。俺、ずっと芽衣さんに言いたかったことがあるんだけど」

「なに?」


 私のことをベッドに押し倒してから少しだけ動きを止めた真田さんがジッと見詰めてきた。


「愛してる」

「?!」

「芽衣さんのこと愛してるよ」


 きっとこの時の私の顔ってちょっとしたトマト状態だったと思うんだ。だって顔が一瞬で熱くなったのが自分でも分かったし真田さんがメチャクチャ嬉しそうな顔をしてこっちを見ていたし。そんなこと言われたの初めてでこういう時ってどう返したら良いのか分からなくて頭の中はちょっとしたパニックだった。だけどせっかく愛してるなんて言ってくれたんだもん、ちゃんと返事はしなくちゃ駄目だよね? 何て言ったら良いのかな? あれこれ考えていた頭とは別に口はさっさと言いたいことを決めちゃったみたいで勝手に言葉が飛び出した。


「えっと、えっとね! 私も真田さんのことすっごーく愛してるからね!」

「うん、分かってた」


 こう、もっと気の利いた言葉は無かったの?って言われても仕方ないんとは思うんだけど、真田さんは凄く嬉しそうだったからまあ良いのかな。で、結局私達が二人でお風呂に入って晩御飯を食べることが出来たのは深夜になってからだった。でもさ、もうそれって晩御飯じゃなくて夜食だよね……。



+++++



 仲直りをしたその日から二日ほど経った夜、お腹が痛くなって予定通り生理が始まった。分かっていたことではあるけどなんだか物凄くガッカリした気分。次の日に酒井さんがいない時を見計らって報告したら真田さんも「そうか」って言いながら少しだけ残念そうな顔をした。


「あの、ごめんなさい、色々と心配かけて」

「謝るのは俺の方だろ?」


 順番的にはこれで良いんだろうけどやっぱりガッカリ感が半端ない。こんなことを言っちゃ駄目なのかもしれないけど赤ちゃん、本当にできていれば良かったのにな……。


「そんな顔するなって。そう遠くないうちにちゃんと芽衣さんに赤ちゃんを授けてあげるから」


 私の心を読んだのか真田さんはそう言いながらニッコリと微笑んだ。その前にきちんと奥さんになってもらわなきゃいけないけどねと付け加えることも忘れなかったけど。

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