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第二十四話 お城のテンヤワンヤ一夜

 片付けを終えて皆を送り出した時のことを改めて振り返ってみると、どの人も真田さんが最後まで残っていることを当然のように受け止めていて「真田さんと芽衣ちゃん今日はご馳走様、ありがとうね」と私達のことをセット扱いしていた。お父さんが死んだ目をして溜め息をついていたのは真田さんの溶け込み方を見てついたんじゃなくて、そういう既に認めちゃっている周囲の空気のせいだったのかもしれない。


「で、どう?」

「うん、色も綺麗だし匂いも素敵。だけど気分的にはお花見って言うより桜餅になった気分が近いんじゃないかな~」

「そっか。じゃあ後で味見をさせてもらう」

「なんでだ」


 どうして私が湯船に浸かっている横で真田さんは服を着たままニコニコ顔でバスチェアに座っているのでしょうか?


 真田さんが家の改築完成祝いにプレゼントしてくれたのは色んな花の香りがするバスソルトのセットだった。お花に関しては私の方が詳しいので最初はどうしようか迷ったらしいんだけど、入れ物が可愛いし色がとても綺麗だから喜んでもらえるだろうって思い切って買ってみたんだって。うんうん、私、こういうの大好きだから凄く嬉しい。で、さっそくそのうちの桜の香りがするのを使って入ってみようってことになったのね。んで、そんな私のことを真田さんはただいま満足そうに眺めているってわけ。


「真田さんは入らないの?」

「芽衣さんにお風呂でリラックスして欲しいのが目的で買ったのに俺と一緒だとそれどころじゃなくなるだろ? だから今はリラックスタイムがメイン」


 ま、二人で一緒に入るのはそのうちにねと笑う。


 真田さん曰く私って働きすぎなんだって。自分では学校のこともお店のこともそんなに無理しているつもりは無いんだけど真田さんから見たらそんな風に見えるらしい。だからお風呂ではゆっくりして疲れを癒しましょうってことらしくて今回のプレゼントを選んだみたい。普段よりちょっと長めのバスタイムを楽しんだ私はパジャマに着替えて自分の部屋で真田さんが戻ってくるのを待つことにした。一人で寝るにはちょっと大きすぎるベッドの上に座ってみる。うん、座り心地もなかなかだしこっちにして良かった。


「芽衣さん、洗面所にこれの他に髭剃りもきちんと揃っていたけどあれってどうしたんだい?」


 部屋に上がってきた真田さんが私が用意しておいたハンガーに服をかけながら尋ねてきた。「これ」と言うのは真田さんが着ているスエットの上下のこと。昼間に真田さんが家で来ていたのと似た感じのものを買っておいたんだ。髭剃りもその時に一緒に買ったもの。


「真田さんがお泊りするから思いつくものだけでも用意しておいたの。もし泊まれなくなっても置いておいて困るものじゃないでしょ?」

「なるほどね。だけど一つだけ足りないものがあった」

「そう? お髭剃りに使うものは揃えたつもりだったけど……」

「髭のことじゃなくてコレが無かった」


 ズボンのポケットから引っ張り出したものがベッドの上に投げ置かれた。それはここ最近私達二人がひんぱんにお世話になっているものだ……。


「それを私が買うのはちょっとハードルが高いよ……」

「ちょっと?」

「ううん、かなり高い」

「だよね」


 真田さんは笑いながらベッドに腰を下ろす。


「ベッドと枕の使い初めか。芽衣さんも今日が初めてなんだっけ?」

「うん。昨日まではお婆ちゃんちだったからね」

「じゃあさっそく」


 そう言うといきなり私のことを押し倒した。


「あれ? 先ずはベッドの寝心地と枕の使い心地なんじゃ……?」

「それより桜餅芽衣さんの味見の方が先でしょ」

「え~~」


 という訳で、その後のことはともかくとして私としては先ずは二人でベッドと枕の使い初めなんてのをするつもりでいたんだけど、真田さんにそのつもりがまったく無いだろうってことを最初から予想しておくべきだったかもしれない。


「桜のバスソルトを使わなかったらゆっくり使い初め出来たかな?」

「どうだろう。だけど桜を使うって言ったのは俺じゃなくて芽衣さんだからね」


 だからきちんと責任を取ってもらわないとって意味不明な理屈を振りかざすと真田さんはさっさと桜餅の味見を始めた。新しいバスソルトのお蔭かいつもよりお肌はツルツルだし手足はしっかり温まってホカホカだし今夜の芽衣さんはいつもより美味しいかも、だって。そのせいでなのかいつもよりエッチが長くてちょっぴり激しかったかもしれない。やっとのことで解放してくれたのはそれから一時間ぐらいしてからで私の方はすっかりクタクタ、せっかくお風呂でリラックスして取り戻した体力は早々に底を尽いちゃって意味ないじゃんと抗議したい気分。


「真田さん?」


 だから一言ぐらい何か言わなきゃって見上げたんだけど、いつもならこんな時は満足げな顔をして私のことを見下ろしている筈の真田さんが何だか変な顔をしてる。


「あのさ、芽衣さん……」

「なあに?」


 真田さんが口を開きかけたその時、何か下の方で音がしたような気がした。私の方は気のせいかなって思ったんだけど真田さんの方は違ったみたいで急にお巡りさんの顔に戻って私から離れた。


「どうしたの?」

「芽衣さんはここにいて。絶対に部屋を出るんじゃないよ、それと電気もこのまま消したままで」


 そう言って脱ぎ捨てていたスエットの上下を素早く着ると、音をさせないようにしてドアを開けて部屋を出て行った。もしかして外で変な人でも騒いでいるのかなとそっとベッドを出て通りに面している窓から外を覗いてみたけどそこを歩いているのは三匹の野良猫ぐらいだ。急に心配になって急いでパジャマを着るとドアの方へと急いだ。


「……」


 出るなって言われたんだから部屋の外に踏み出さなければ良いのよね、ドアを開けて様子を伺うぐらいなら部屋を出たことにはならないんだから問題ないよね。そう自分に言い聞かせるとドアを少しだけ開けて耳をすませた。しばらくじっとしていたけど何の音もしないしやっぱり気のせいだったんじゃないの?とブツブツ言いながら部屋を出ようとした途端に下からドスンと凄い音がして真田さんが何やら怒鳴っている声が聞こえてきた。……階段の時もそうだったけど私の「気のせい」って本当に当てにならない。


 階段を降りて行くとリビングで真田さんが何かを抑え込んでいた。


「真田さん?」


 私の声に振り返った真田さんはいつものお巡りさんの顔以上に怖い顔をしていてる。


「だから部屋から出るなと言っただろ」

「でも……」

「出てきたものは仕方がないな。芽衣さん110番に電話して、空き巣だ」


 真田さんが抑え込んでいたのは見知らぬオジサン、いわゆる空き巣さんだった。



+++++



「警察官がいる家に空き巣に入るなんて間抜けもいいところだよな」


 通報して真っ先にお店に駆け付けたのはお向かいの派出所に夜勤で来ていた吉川さんと浅井さん、そして松柴署のお巡りさん達が十分ぐらいしてやって来た。取り押さえたのが駅前派出所勤務の真田さんで、その真田さんがここに泊まっていたと知って事情を知っている吉川さん達はともかく松柴署のお巡りさん達は何とも言えないニヤニヤ顔を抑えながら形ばかりの現場検証をしている。


「あーあー……せっかく新品のガラス戸に穴なんて」


 お巡りさん達がニヤニヤして真田さんが居心地悪そうにしていることよりも問題なのはサッシに開いているこぶし大の穴の方だよ。せっかく完成したばかりだというのに腹が立つったら。私達が最初に気が付いた物音は、空き巣オジサンが派出所からは見えない反対側の通りに面しているガラスサッシに穴を開けている時に、うっかり足元に切れ端を落としてしまった音だったみたい。玄関口の門燈もまだ点けていなかったから完全な空き家だと思ってオジサンも油断していたらしい。


「この程度で良かったじゃないか。せっかく揃えた家具や家電製品を汚されたり盗られたりしてなくて良かったと考えないと」

「それはそうなんだけどさあ……」

「じゃあ調書に関しては明日にでも改めて。どちらにしろ現役の警察官が現行犯で確保したわけだから言い逃れなんて無理な話なんだけどな」


 一通りの検証が終わったところでベテランさんらしい刑事さんが真田さんに声をかけた。


「話をするのは俺だけでいいんですよね?」

「松岡さんは何も見てないんだろ? だったら真田の証言だけで問題ない、明日どこかで時間を取って話を聞かせてくれ」

「分かりました」


 現場検証をしていたお巡りさんが、本当はこんなことしないんだけど松岡さんは身内だから特別だよって笑いながら、穴があいたところをボール紙で塞いで白いテープで固定してくれた。


「俺がいるときで良かったよ。しかし派出所が正面にあるのによく入る気になったものだ」


 私の横で真田さんは呆れたように呟いた。


「灯台下暗しってやつじゃない?」

「にしても本当にすぐそこなのになあ」

「あ、そうだ真田さん。それでさっき私に言いかけたことは何だったの?」


 現場検証も終わって帰っていく刑事さんとお巡りさん達を見送ってからそう言えばと思い出した。空き巣騒ぎで頭からすっかり抜け落ちていたけどあの時の真田さんは珍しく深刻な顔をしていたから何か重大なことを言おうとしていたと思うんだけどな。私の問い掛けに真田さんは再び凍り付いたようにその場で動かなくなった。


「ねえ、どうしたの? 何か大切なことなんだよね?」

「……芽衣さん、落ち着いて聞いてくれる?」

「うん」


 ダイニングの椅子に私のことを座らせると真田さんはその向かい側の椅子に座った。怖い顔って言うより途方に暮れた顔って感じだ。


「あの、芽衣さん、落ち着いて聞いてくれる?」

「それはさっきも聞いた」

「ああ、そうだった。あのさ、言いにくい事なんだけどさ……」


 あれ、なんでそこで顔が赤くなるの?


「あの、その直後に気が付いたんだけど、その、避妊してたやつ失敗したかも、しれないんだ……」


 消え入りそうな声だったので最後の方が上手く聞き取れなかった。だから最初は何のことだかピンと来なくて首を傾げながら真田さんのことを見詰めていた。失敗? 避妊が?


 ……え?

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