第十九話 芽衣さんとお巡りさんの元旦
「毎年ね、元旦の朝は今年はどんな新しいことを始めようかなって考えるの」
真田さんとお布団の中でぬくぬくしながらいつものお正月はどんな風に過ごしているの?って質問されたからそう答える。いつもはお店がお休みになってからおばあちゃんちに行って大掃除のお手伝いをしたりしているんだけど、今年はクリスマス辺りから色々といつもと違っていたかな。
「ふーん、じゃあちょうど良かったじゃないか、俺とこうやって新しいこと始められたし」
「なんか違うくない?」
「そうかな。だって間違いなく芽衣さんにとって新しいことだろ? 初めてだったわけ、イタタタ……」
耳を掴んで引っ張る。外が明るくなったっていうのに真田さんてばまだエロモードが続いてる! そりゃさ、初めてだったけどさ! 気持ちは分からないでもないけどそんなに嬉しそうな顔してこっちを見ることないじゃない!
「もう、真田さん、エッチ! スケベ! 私の言ってる初めてはそういうことじゃないの!」
「何だ、俺と色々な初めてをするんじゃないの?」
「それはそうだけど、それとこれとは違うんだからね!」
「芽衣さん、そろそろ離してくれないと耳が千切れちゃうよ」
「新年早々エロいことを言う真田さんが悪いの!」
ちょっとプンスカしながら起き上がると真田さんが後ろから引っ張ってきてまたその腕の中に逆戻り。
「まだ早いしせっかくの休みなんだからもうちょっとお布団の中でマッタリしていよう」
そりゃお布団の中は温かいからいつまでも入っていたい気分にはなるけどこんな風に何も着てない状態で男の人と一緒にっていうのは何だか落ち着かない。せめてパジャマか何か着たいなあって呟いたから真田さんは分かったと言って起き上がった。そこでじっとしたまま私のことを意味深な顔をしながら見詰めてくる。
「芽衣さん、目を閉じていた方が良いんじゃないかな」
「何で?」
「俺が行きたいところはそっちにあるタンスなんだけどさ、そうなると何も着てない状態だから丸見えになっちゃうわけだし、それって芽衣さんにはまだ刺激が強すぎるんじゃないかなって。まあ俺は見られても平気だけど」
その言葉に私は意味不明な悲鳴をあげながら枕で顔を覆った。そんな私に真田さんは笑い声をあげながらベッドを出た模様。確かに私にはまだ刺激が強すぎると思う……。だけどちょっと疑問が。
「なんで丸見えになるのが前提なの? 出る前にパンツだけでも穿けば良いじゃない!」
「どうせまた脱ぐことになるんだから面倒臭いじゃないか」
「脱がずにずっと穿いてれば問題ないでしょ?」
「またまたご冗談を」
別に冗談じゃなくて私は本気で言ってるんだけどな。だってほら、寒い季節だし風邪をひいたら困るじゃない? 私のせいで年明け早々風邪をひいてお休みなんてことになったら申し訳ないじゃない?
「俺としては芽衣さんにこれを着せるのだって大いに不本意なんだからさ」
ベッドに戻ってきてお布団に入ってきた真田さんが私から枕を取り上げて、代わりにTシャツを顔の上に乗せてきた。
「ま、どうせまた脱ぐことになると思うけどね」
「それこそご冗談」
何やら不穏なことを言い続けるのは無視してさっさとTシャツを着る。さすがに大柄な真田さんのものだけあって襟ぐりとか袖口とかダブダブだし裾もきっと膝に届くんじゃないかな。
「これで少しは落ち着いてマッタリできそう?」
「うん」
「じゃあマッタリの続き」
そう言いながら私のことを抱き寄せた。まあ日付が変わってからの真田さんの態度に関しては色々と言いたいこともあるんだけど概ねいい感じの年越しではあったかな、こうやって抱き締められるのも悪くないし。
去年の“今年に新しく始めること”はハロウィンの飾りをたくさん作ってお店に飾ることだった。その時はまさか次の年にこんなふうに男の人と一緒にベッドの中で新年を迎えることになるなんて考えもしてなくて我ながらびっくりの展開。しかも今年はお店と自宅のリフォームもすることになったし改めて新しく始めることを考えなくても色々と新しいことが目白押しで目まぐるしい一年になりそうな予感がする。もちろん真田さんとのことも含めてね。
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二度寝しちゃった私が起きたのは十時過ぎ。それも自発的に起きたんじゃなくて真田さんに無理やり起こされちゃったってやつで、シャワーを使わせてもらいながら頭も体もフラフラしている状態。それでもこの時間に離してもらえたのはエッチの最中に携帯電話にお母さんから連絡が入ったからだと思うんだよね。それがなかったらどうなっていたか……考えるとちょっと怖い。
「だけど真田さん、お母さんがお雑煮食べに来なさいって言わなかったらどうするつもりだったの? 冷蔵庫の中、お餅も無かったよね?」
お風呂の外の洗面所でお髭を剃っている真田さんに声をかけた。
「そこまで考えてなかったな。芽衣さんと初詣に行くということしか頭になかったから」
「お正月で殆どのお店がお休みなのに。そりゃ真田さんの実家もここから近いんだからそっちに行けば飢えて死ぬことはないんだろうけどさ」
それに近所には年中無休のファミレスやコンビニもあるから本当に飢えて倒れちゃうなんてことは余程のことが無い限り無いとは思う。だけど元旦にいきなりコンビニ弁当なんていくら何でも悲しいよね、それがたとえお節風弁当なんてお正月っぽい名前がついていたとしても。
お風呂から出て出掛ける用意をしていたら真田さんが何処からか手袋とマフラーを出してきた。どうやら私に使えってことらしいい。
「今日はそんなに寒くないのに」
「だけどお風呂に入っただろ? 初詣に行くんだし帰るまでに湯冷めして風邪でもひいたら俺が芽衣さんのお母さんに叱られる。だからこれをつけて出ること」
そんなことを言いながらコートを来た私の首に問答無用でマフラーをグルグルと巻きつけてきた。そして私の手に手袋を手に押しつける。
「温かいって言うより暑いよ……」
「外に出たらそれほどでもないよ。とにかく家に戻るまでの我慢」
「そうやってお巡りさんの顔をするのずるい」
「それって俺が睨んでるってこと?」
「問答無用な顔してるってこと」
本人曰く本気で怒ったらもっと怖い顔なんだよね。同じお巡りさんの酒井さんが言うには機動隊の人って強面の人が多いらしくてその中では真田さんは優しい顔をしてる方らしい。しかも超体育会系の職場で普段している訓練も超ハード。その内容を聞いていても警察官って言うより自衛隊じゃ?みたいな感じにしか思えなかった。しかも通常装備が夏も冬も盾とヘルメットってのが凄いよね、聞いているだけで体中の体脂肪が何処かに消えちゃいそう。そう言えば真田さん、服を着ている時は分からなかったけどその下は余分なお肉はついてなくてすっごい筋肉質だったかも……わわわっ、何を思い浮かべてるんだ、私!!
「芽衣さん、顔が赤くなった……」
マンションを出たところで真田さんが怪訝そうな顔をして私のことを見下ろしてきた。
「だ、だからマフラーが暑いんだってばっ」
「……何か変なことでも考えたんじゃ?」
「違うの! 暑いの! のぼせてるの!」
「ふーん……」
その顔は信用してないよね?!
「本当に暑いんだってばっ」
「はいはい。じゃあ手袋だけは勘弁してあげるよ。その代わり……」
私が持っていた手袋を自分のコートのポケットに仕舞い込むとその代わりと言って手をつなぐ。体温が高めな真田さんの大きな手に包まれると手袋をしている以上に温かかった。
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いつもは静かな月読神社も初詣にやってきた人と出店で賑やかなことなっていた。普段は境内に入るとやっぱりあらたかな神様だけあって空気が違うなって感じだけどさすがに元旦やお祭りの時は神様も無礼講を許してくれるみたいでそれはそれは賑やか。それにここ最近は本来の御利益ではない縁結びや恋愛成就で名前が知られるようになったせいか学生さんなどのカップルさんの姿が目立っている。
「やっぱり彼氏彼女が多いね。神様も意外な展開に驚いてるかも」
「ここにきて一年だけど知らなかったよ、そんな御利益で有名になっているなんて」
「真田さんに新しい彼女ができるようにお参りしたらって言ってたけどその必要はなかったね」
「神様に頼らず自力で見つけたからね。いや、向こうから飛び込んできたっていうのが正しいのかな」
私はあの時のことを思い出すたびに冷や汗が出ちゃう。本当にあの時あの場所に真田さんが居合わせてくれて良かったと思う。あ、そうそう。あの時の自転車は修理され未だに現役で、グチャグチャになったのが嘘のように私の足として活躍してくれている。但し週に一度は必ずブレーキチューブとかを点検するようにってお向かいのお巡りさんからの断固たる条件付で。
「あの出来事自体が神様の仕業だったりして」
「ブレーキチューブが切れたのが?」
「うん」
「氏子を危険な目に遭わせてまで誰かに引き合わせるってある意味凄いな」
「ここの神様、もともとは武運長久の神様でどっちかって言うと武闘派だからね。サバイバルな神様なのかも」
もちろん御利益だけじゃなく罰の方もかなり強烈らしいって話は聞いたことがある。そういう言い伝えがあるからこの一帯の人達は老若男女に関わらず信心深い人が多いんだよね。私の話に氏子になるのも命がけだなって真田さんが笑った。
「あ、でもさ恋愛はともかく警察官なら武運長久はピッタリなんじゃ? お巡りさんとして活躍できますようにってお願いしたら凄いことになるかも!」
我ながら良いお願いだって思ったけど真田さんは違ったみたいで少しだけ顔をしかめた。
「俺としては仕事で活躍するより暇な方が良いんだけどね。俺が暇ってことはその周辺地域が平和だってことだから。それに芽衣さんだって嫌だろ? 商店街であれこれ物騒なことが起きたら」
「それは確かに。じゃあ今のは取り消し」
真田さんはそれが良いねと頷く。
「だから神様にとっては不本意なことかもしれないけどここは、この一年も芽衣さんと仲良くすごせますようにってお願いするつもりだよ」
「家内安全、無病息災、商売繁盛は?」
「分かった分かった、芽衣さんはそれで良いから。こっち関係は俺が芽衣さんの分もきっちりお願いするよ」
「あ、もちろん家内安全、無病息災には真田さんも含まれてるからね。商売繁盛は繁盛したら困るから除外してもらう」
これだけたくさんの人がお参りに来ているのにそんな細かいお願いして大丈夫なのかなとは思うけど、まあそこは神様だし大丈夫だと信じておこう。なんせサバイバルで強烈な神様だもん、気合と根性で何とかしてくれるに違いない。
そんな訳で二人でお参りをしてお婆ちゃんちに向かうことになった。お婆ちゃんやお母さん、それから新年の挨拶に来ていたオバちゃん達一家は真田さんのこと大歓迎で迎え入れてくれた中、お父さんだけが何とも微妙な表情をしていたのが少しだけ可哀想だったかな。ま、娘の幸せの為なんだから潔く諦めて下さいとしか言いようがないよね。